人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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220話 新月の夜

 翌日

 

 9月29日(月)新月

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「うーん……」

「鶴亀の本領発揮と言ったところだな」

 

 会長たちが今日発売された鶴亀に目を通している。

 その横で俺はのんびりと弁当を食う。

 煩わしい人目を避けるにはやはり生徒会室がちょうどいい。

 

「葉隠、よくそこまでのんびりしていられるな」

「事前に取材が来たことは中学時代の知り合いから確認とれてましたし、内容をだいたい予測して先手を打っておきましたから。後はもう成り行きを見てからって感じなんで」

「それにしても」

「いいじゃない美鶴。実際慌てても仕方ないんだし。ところで葉隠君の先手ってこれ?」

「? ああ……確かにこれです。昨日の収録で会話に混ぜて色々と話しておいたんです」

 

 会長が見せてきた携帯の画面には、昨日の収録を観覧していたと思われる人物のブログが表示されている。その内容は収録中の俺の話を聞いて、鶴亀の記事に対して怒りを覚えたという。ブログの中には俺が語った内容もばっちり載っている。

 

「……葉隠。こういうものは勝手に公開していいのか? もうかなり拡散しているようだが」

「番組的に良くはありませんね。でも番組観覧者が番組の放送前に、観覧した内容をSNSなどで公開してしまう事例は増えてきているみたいですよ」

 

 そのため番組観覧者には放送まで見聞きした情報を口外しないよう注意をされているはず。しかし注意をされていても、やってしまう人はいるということだ。

 

 ただ拡散はなんとなく誰かが仕向けたような気がするなぁ……証拠はないけどタイミングが良すぎる。ネットの反応を見ると、いい感じの防波堤になってくれてるし……

 

『学校はこいつを早く退学させるべき』

『情弱乙』

『“鶴亀節”が炸裂したな』

『特攻隊長も災難だなぁ……』

『子供なら喧嘩ぐらいするだろ、小学生ぐらいなら殴り合いも当たり前』

『むしろ一度も喧嘩したことないやつの方が珍しいと思うわ』

『大体、原因って特攻隊長が強くなろうとトレーニングに励んで、相手にしなかったからだろ? 手当たり次第強いやつに挑んでたとかじゃなくて』

『それな。周りが見えなくなってた隊長にも落ち度はあったかもしれんけど、先に手を出したのは相手側らしいし。しかも勝てないからって大勢集めて、高学年の兄弟まで呼んで取り囲むってのはやりすぎだっつーの』

『さすがに袋叩きにされたって言ってたよな。そんな出来事に対して、自分が“肉体的・精神的に弱かったから、そんな事態を招いた”って言える方がすごいわ』

『口ではなんとでも言えるだろ。みんな騙されてるんだよ』

『騙されてるっていう証拠は? ソースを出せよ』

『別に特攻隊長に落ち度がないって言ってるわけじゃないさ。だけど子供の頃のことだし、相手側にも落ち度があるって事を忘れちゃいかんだろう。後本人は自分の落ち度は認めてることも』

『“中学時代は普通の子だった”って自称だけど元同級生の証言もあるしな』

『そんなの本当かどうかわからない。名前と学校名と顔を晒さない限り認めない』

『このご時世に無茶言うなよ……』

『何でそこまで噛み付くの? 特攻隊長に恨みでもあるの?』

『まあ俺も勉強に関しては嫉妬に駆られるけどな』

『暗記が得意とか裏山。それも中学の試験ほぼそれだけで乗り切ったとかスゲェ』

『逆に思った。それくらいの地頭がないと、有名進学校の試験で全教科満点を連発するなんて無理なんだと』

『流れを無視して申し訳ありませんが、私は葉隠君のお父様が羨ましくて仕方ありません。私には娘と息子が一人ずついますが、父親が自慢だなんて言われたことがありません。娘は口も聞いてくれませんし、息子は大切なことは私に話しません。……私はどうすればいいのでしょうか? どうすればよかったのでしょうか……』

『(泣)』

『涙拭けよ、おっさん……』

『家庭問題相談のスレッドに行こうぜ。俺(一児の父)も行くから』

『うちのはまだ小さいけど……』

『明日はわが身か』

 

 後半が変な方向に進んでいる……しかしアンチ的な人はいるけど、炎上というほどでもない。

 イメージダウンは抑えられているようだ。

 

「こっちは様子を見るしかありませんね」

「だな。……それにしても葉隠、この学校の名前を夢で見ていたという話は本当なのか?」

 

 桐条先輩が、ネットに流れた情報について聞いてくる。

 オーラは緊張……いや、困惑かな?

 

「さて、どうでしょう?」

「……嘘なのか?」

「……この手の話は受け取る方が信じない限り、どんなに説明しようと嘘ですよ」

「……確かに。ならば私は信じよう。少なくとも君が強くなろうとしている、という点はこれまで君を見てきて嘘ではないと思う。明彦とのやり取りもあるしな」

 

 桐条先輩は諦めない。

 やはり学校名を出したから影時間との関連を疑っているのだろう。

 幸い、今のところは少し気になる程度のようだが……

 

「本当ですよ。と言ってもそこに出てる情報ですべてではありませんが」

「何?」

「撮影の都合上、ある程度話をまとめる必要があったので。長々と一つずつ説明していたら時間が足りませんからね。一番手短に、それでいて最大限に情報を送れる部分を選んだら“夢で学校名を見た”という話になっただけで……実は他にも色々と見てるんですよ」

 

 悪夢を見続けた期間は1年以上。

 共通点はよくわからない何かに追われ、自分が逃げることのみ。

 夢の風景はその時によって変わるし、覚えていないことも多い。

 

「現実にある風景を見たのも学校だけでなく、ポロニアンモールや巌戸台商店街だったり、当時住んでいた家の周囲だった事もあります。……俺としては場所よりも何かが起こる時期を知らせてるんじゃないかと思いましたね。夢の体の成長と一緒で」

「大学生にならない、という話か」

「夢で見た景色を何度も見たらさすがに意識しますしね。……おまけにこの間、本当に“追われて”殺されかけましたし」

「ああ……そうか、あの件を予知していたと?」

「おそらく。まあ今となっては答えが出ませんけどね」

「わからないのか? 占いは?」

「もうそういう夢は見なくなりました。幼い子供が見えないものを見たりする、でも成長につれて見えなくなるって話、聞きませんか? 俺もそんな感じなんですよ。だからこそどうしたら良いのか分からなくて、がむしゃらに体を鍛えてたんです」

「分からないからこそ、鍛えることに集中したのか……」

 

 予知した出来事を、“影時間”から“夏休みの事件”へとすり替えると、疑いのオーラが半減した。

 しかし完全には消えていない。やはり影時間の事となるとしつこい……

 当分は警戒を強める必要があるな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~自室~

 

 近藤さんからの報告書に目を通す。

 鶴亀発売による俺のイメージの変化は、現状特に問題なし。

 番組観覧者からの情報漏洩とその後の拡散により、被害は最小限に抑えられているという話だ。

 

 今後状況が変わってくる可能性もあるので、ネット上の情報はサポートチームと本部の日本語がわかるスタッフが24時間体制で監視を行うことになった。問題があればあちらから連絡してくれるらしい。ここは素直に任せておく。

 

 そしてもう一つ、昨日の収録時に判明したテレビ局の方針について。

 結論から言うと、今後俺が学んでいく課題はあまり放送されないかもしれない。

 元々可能性はあったが、近藤さんが言うにはその可能性が高くなったらしい。

 業界の力関係や偉い人からの要求があるようだ。

 少なくとも次回の練習開始は来月の“4日”から。

 10月9日の放送には間に合わないので、出番は無いと考えて良い。

 

 ただし目高プロデューサーを初めとして、俺を出そうという意見の人もそれなりにいるらしく、全くなくなる事はないという話だ。こちらも状況をよく見極める必要がありそう。

 

 それから……!?

 

「ジョージさんの親戚の家から、ルーン魔術に関する書物を発見……」

 

 ジョージさんは祖父母との付き合いがなく、知らなかったようだが……アンジェリーナちゃんの魔術の才能について、似たような能力を持った人が親戚にいないか調べた結果、母方の祖母がルーン魔術の本場であるアイルランドの人であり、魔女的なことを生業としていた事実が判明。

 

 ジョージさんが連絡を取ると本人は10年以上も前に亡くなっていたが、叔父の家に様々な書物が遺品として残っていたため、知人の民俗学者の研究資料にと理由をつけて引き取ったそうだ。

 

 今後は資料の保存と可能な限りのデジタル化を行い、内容を翻訳・研究するとのこと。

 またその資料はデータで送れる限り、こちらにも送ってもらえるらしい。

 欲しい情報があれば探しておくので連絡してほしい……か。

 

「早速頼もう」

 

 シャドウでなくてもいい。何かを“封印”するような魔術の情報があれば、貰いたい。

 あとルーン魔術の情報はオーナーとも共有できるよう頼んでおこう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~ポロニアンモール・裏路地~

 

 裏路地の壁に、青く輝く扉が見える。

 

 俺がこの扉に入れるのは“新月の夜”のみ。

 

 今日を逃すわけにはいかない。

 

 意を決して扉に触れる。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

「お久しぶりです。イゴールさん」

「月が一度巡る間に、また力をつけたようですな」

「前回いただいたアドバイスのおかげです……ここも様子が変わりましたね」

 

 以前はただの青い部屋だったベルベットルームが、広い船室に変わっている。相変わらず全体的に青いのは変わりないけれど、これが前回言っていた準備なのだろうか

 

「その通り。ここは貴方様をお迎えするためだけの部屋となりました」

「俺だけの……」

 

 となると来年来る原作主人公はどうなるんだ? まさか共有? あっちはエレベーターのはずだけど……

 

「ご心配召されるな。新たなお客様をお迎えする時には、その方のための部屋をまた新しく用意いたしましょう」

 

 問題ないのか。ならよかった。

 

「ご安心いただけたところで、こちらをご覧ください」

 

 手で示された右側の壁を見ると、ベルベットルームの扉と同じような扉がある。

 

「この扉の先に……あなた様ともう一人のご自分のための、対話の場を用意致しました。時間に限りはございますが、前回ほど急ぐことはありません。どうぞごゆるりと、ご自身の進むべき道をお探しください」

 

 一言お礼の言葉をかけてから、扉の中へと進む。

 

「ようこそベルベットルームへ」

「……ここも随分と様変わりしたな。前は小さなボートだったのに」

 

 十分に駆け回れる広さの甲板に、ドッペルゲンガーが悠然と立っていた。

 やはりここも大幅に変化している。

 変わらないのは船首と船尾の太い鎖、側面から出ている細い鎖だけか……

 

 ……違う。細い鎖が2本減っているし、太い鎖の表面に傷のようなものがついている。

 鎖にも変化があるようだ。

 

「こうして話すのは2ヶ月ぶりだな」

「この2ヶ月でまた色々あったよ」

「知ってるよ。お前は俺で俺はお前だ。お前の成長は俺の成長。順調じゃないか。でもまだお前が気づいていない事はあるぞ」

 

 前回は色々とヒントをもらったけれど、また何か教えてもらえるのか?

 

「当然さ。重要な話が3つもある。できることなら今日を待たずにもっと早く話したかった。まずは……ついこの間ダンスをやっただろう」

 

 ……え? その話? もっと生き残るためのヒントとかじゃないのか?

 

「焦るなって。別に無関係ってわけじゃないんだから」

 

 そしてドッペルゲンガーは、この一か月で身につけた技術や成長を思い出すようにと言ってくる。

 

 今月の成長というと……

 

 マスコミ対応を初めとして、演説の経験や演技の実践。

 場の空気を見る、オーラを見る力の発展。

 ダンスの技術を学んで“セクシーダンス"。

 歌の練習してて“演歌の素養"。

 あとは魔術も成長したな、効果を全体に広げられるようになったし。

 

「それだよ」

「……魔術か?」

「いや、今あげた全部をひっくるめると、ルサンチマンの能力を一部再現できる可能性が高い」

「本当か!?」

「もちろんだ、嘘はつかない。それも俺たちの第一目標である“生き残る”という点に関しても大きな助けになる可能性が高い」

 

 はやる気持ちを抑え、詳しい話に耳を傾ける。

 

「いいか? まず今日ここに来る前に、サポートチームから報告を受けたよな? 本部の方でルーン魔術に関する資料が手に入ったってこと。そしてお前は封印に関する情報を集めてもらえるよう依頼した」

 

 間違いない。

 

「もし仮に望みの資料が見つかって、シャドウを封印する魔術があったとして……それは俺たちに使いこなせる魔術か?」

 

 ……それは分からない。技術的な面だけでなく、魔力が足りるかという問題もある。

 

「俺の予想が正しければ、魔力に関しては解決するぞ。まぁほとんどタルタロスでやってるのと同じだけどな。自分の魔力で足りないなら、よそから使える魔力を持ってくればいいわけだ。ただし、力を奪う対象をシャドウから人間に変更する」

 

 !!

 

「おっと! 早とちりするなよ。別にいつかの襲撃犯みたいに、根こそぎ吸い取って影人間にしたりはしない。シャドウだって完全に吸いきるまでは消滅しないだろう? 健康に害が出ない範囲でほんの少し力を分けてもらうだけ。献血みたいなものだと思え」

 

 ……ドッペルゲンガーの提案は、吸収量を少なく抑える代わりに、シャドウより多く身近にいる人間でエネルギーを稼ごう、という内容だった。

 

 封印魔術を使用するためのエネルギーが膨大であっても……この方法なら調達は可能だと思う。

 

 ついこの間、魔術の効果を広範囲に広げる方法を発見したばかり。

 “吸魔”に対応させれば、一度に多くの人から魔力を吸い上げることもおそらく可能。

 日中に人間から魔力を吸えることは、アメリカで実証済みだ。

 そして吸魔の効果範囲内により多くの人を集める手段、それがダンスや歌。

 

「分かってきたじゃないか。歌や踊りで人を魅了すれば魔力を奪うのも容易い。あのステージを思い出せ。あの時の観客の熱狂。放たれていたエネルギーを感じただろう? あれを自分のものにするんだ。

 魔力に限らず体力も貰えばいい。観客が音に合わせて拳を突き上げる、あの一回分でも大勢から集めれば敵を何十匹となぎ倒すことが可能になるだろう。そして何より何十回も拳を突き上げている人たちなら、一回分くらい負担が増えてもバレやしない」

 

 ステージの用意はサポートチームに依頼すれば力になってもらえるはずだ。もし定期的に行うのであれば……うまくやれば歌やダンスは良いカモフラージュになるだけでなく、何度も自ら足を運んでくれる人も出てくるかもしれない。何も知らなければ……吸収量を間違えなければ、純粋にステージを楽しんで帰ってもらうことも可能か……

 

 でも、

 

「それだけ大量のエネルギーを吸い上げても、扱いきれないと思うんだが」

 

 前にアンジェリーナちゃんが暴走させた魔力を吸い上げたが、あの時は体に入り込む魔力が多すぎてかなりの苦痛だった。おそらくドッペルゲンガーの言う通りに魔力を集めても、似たような結果が出るだろう。

 

 体内に留めるだけでも苦しいほどの魔力。とても操りきれるとは思えない。

 

「確かにそうだが、お前は一つ忘れている。思い出せよ。魔術関係でちょうどいいものがあっただろう?」

 

 魔術に関する記憶を古いものから確認しなおす………………!!

 

 

「オーナーの研究成果!」

 

 我が意を得たとばかりに、ドッペルゲンガーは笑顔を浮かべた。

 

 あれはまだ夏休みに入る前のこと。

 

 宝玉輪をオーナーに預けて研究してもらった結果として、ルーンを刻んだ水晶にエネルギーを蓄えて保存し必要な時に取り出す、電池のようなエネルギーの回復(補給)アイテムを作ってくれていた。

 

 あれはエネルギーを無理のないよう少しずつチャージするため、1つ作るのに長い時間が必要という話だったけれど……大勢の人から集めた膨大なエネルギーを用いれば、大量生産が可能になるかもしれない!

 

「エネルギーはあって困ることはない。封印とか特別な魔術じゃなくても、タルタロス攻略やアイテム作りに使うこともできるはずだ。やって損はないと思うぞ。一度周りに相談してみようぜ」

 

 ドッペルゲンガーとの直接対話。そしてアドバイス。

 考えるべきことは多いが、とても合理的で有益な情報を得た……




鶴亀が発売された!
記事が世間に公表された!
昨日の撮影の内容がネット上に流れている!
影虎のイメージは今のところ悪くない!
しかしアンチ的な意見もあるようだ……
桐条美鶴は影虎を気にしている!
影虎はサポートチームからの報告を受けた!
魔術研究の資料が手に入りそうだ!
影虎はベルベットルームを訪ねた!
ドッペルゲンガーと対話した!
効率的に大量のエネルギーを集める方法を知った!

シャドウ封印&生存ルートが見えてきたか!?

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