夜
サポートチームの皆さんが借りている部屋で、俺は昼間の出来事を説明した。
「……彼女は真実を知ったと」
「はい。こちらの失言もあったわけですし、下手なごまかしは逆効果。余計な問題を増やすと判断しました」
ただし、10年前の真実を話しただけではない。
……
…………
………………
「ごめん」
ひとしきり泣いて落ち着いた岳羽さんが涙を拭う。
……ここからが俺にとっての本番だ。
「岳羽さん。俺の言葉を信じてくれるなら、まだ聞いてほしい事がある」
「何?」
「岳羽詠一郎氏の身に起こったことは今話したけれど、それで全てが終わったわけじゃないんだ」
岳羽さんの表情が再び険しくなる。
「どういうこと?」
「世間には、研究に携わった人間は全員事故で亡くなったと報道されていたけれど、その情報は嘘なんだ。本当はまだ生き残りがいる。それも桐条鴻悦の思想に染まって後を継ごうとしている人間が」
「それって……どこかで研究を続けてるって事!?」
「いや……必要な研究はすでに終わってると思う。10年前の事故もお父さんが無理やり止めたから失敗したんだ、だから今は再び実験を行い、成功させるタイミングを狙っているはず」
「そんなのって……何のためにお父さんが実験を止めたと思ってるの?」
「そいつらには関係のないことなんだよ。残念だけど」
だんだんと彼女のオーラがいつも通りに戻ってきた。
悲しみのオーラが、赤く燃え盛る怒りのオーラに変わりつつある……
「教えて……桐条先輩はその件に関わってるの?」
「YesかNoで答えるなら、Yes。だけどそれは10年前に桐条グループ、ひいては祖父が起こした事故の後始末という形でだ。10年前の事件は岳羽詠一郎氏のおかげで失敗に終わったけれど、その影響で生まれた問題もある。例えるなら核兵器の使用後に残る放射能汚染のように。彼女はそれを消すために人知れず活動している。だから俺は彼女自身は問題ないと思っている」
しかし問題は桐条グループだ。
「問題解決に動いているのは桐条先輩だけじゃない。事件を起こした桐条グループも問題解決のために動いているし、桐条先輩もグループからのバックアップを受けて活動している」
先輩は問題解決のために真剣に取り組んでいるけれど、まだ俺達と一つしか違わない高校生。
社会的に見れば子供だ。
総帥の娘であり、問題解決のためにある程度の裁量は認められていると思う。
しかし、それはあくまでも許可された範囲での話。
希望を出すまではできても、すべての決定権は彼女より上にあると考えてもいい。
「問題はその許可を出す人間の中に危険人物が混ざっていることなんだ。そしてそういう人物が混ざっている事実は桐条先輩も知らない」
「じゃあその人たちは、好き放題できるってわけ?」
好き放題とまではいかないはず。
「問題解決を隠れ蓑にして、疑われないようにしている感じだと思う」
桐条先輩のお父さん、つまり桐条グループの現総帥は桐条先輩と同じく心から問題を解決しようと考えているし、一番の権力を持つ人だ。彼に企みがバレたら窮地に立たされるはず。少なくともグループ内ではやっていけないだろう。
「じゃあその事を先輩に言えば!」
……感情的になっているな……
「残念だけど、桐条先輩は上層部に疑いを持っていない。そもそもこの問題自体が、本来はグループ内でもトップに近い人間にしか知らされていない機密事項なんだ。総帥にもバレず、そこまでの地位につけている時点で信用されているということ。俺たちがただ訴えてもそう簡単に信用されないだろう」
そもそもトップシークレットの情報を“無関係な人間が”知っているという時点であちらにとっては大問題。怪しまれる可能性が高い。また、それによるリスクも高い。
「でも!」
「落ち着いてくれ」
感情的になり始めた岳羽さんにパトラをかけてクールダウン。
そして桐条グループが行っていた非人道的な実験についても語った。
「……………………」
語った内容が衝撃的すぎたか、岳羽さんは愕然としている。
「大丈夫か?」
「……ごめん、流石にもういっぱいいっぱい。ていうか何がどうなってんの……」
乱暴に髪を掴む岳羽さん。相当に混乱しているようだ。
「信じがたい話だと思うけど、俺は正直に話した。桐条グループの事も、
「!!」
父親の名前には反応を示す。
そんな彼女に4度目のパトラ。
「……岳羽さん。今すぐ全てを信じなくてもいい。だけど一つ約束してくれないか」
「何?」
「このことを他所では話さないでほしい。事実確認をしたいだろうけど、迂闊な質問が桐条先輩やその上の耳に入れば、危険だという事はわかってもらいたい。少なくとも俺はそう考えて行動している」
「……わかった。でも約束する代わりにもう少し教えてほしいんだけど」
岳羽さんは真剣だ。
「何が知りたい?」
「葉隠君、あなた一体何者なの? それからもう少しわかりやすく信用できる話はないの?」
聞かれて少し考える。
「とりあえず俺の立場は今のところ“一般人”。本来なら何もできず、何も知らずに死んでいくうちの一人……だけどどうしてか、悪夢という形で知れるはずのないことを色々と知ることができた。後はテレビでも流れた通り、死なないために自分を鍛え続けていた。……それくらいかな。
わかりやすい事は……桐条グループが解決しようとしている“問題”に対処するには、“特別な才能”を持った人材が必要だ。そして岳羽さんはそれを持っている。……俺の見た未来が本当であれば、岳羽さんは来年の1学期が始まる前に先輩からスカウトを受けるはずだ。その問題に対処できる人材を求めてね」
どこでどういう風に誘われるかまでは分からない。
俺の知識も完全ではない。
最後に弓の腕前を磨き体力をつける事。オーナーからヒーリングを学ぶようアドバイスを行った……
……
…………
………………
「以上です」
岳羽さんには桐条グループの危険性を訴えて、彼女が元から持つ疑念を強められたと思う。
常識的な感性を持つ人からすれば信じがたい内容ではあるが、真剣なオーラを確認した。
それに父親については真実を答えたけれど、彼女にとっては望みの答えだったはず。
俺の言葉を疑うことで、父親の善行を否定するのは彼女にとって苦痛だろう……
「つまり葉隠様は“桐条グループと自分のどちらを信じるか”という、選択の難しい2択を押し付けた……“ダブルバインド”の状態に落としたと」
日本語では“二重拘束”とも呼ばれる、交渉のテクニック。
相手に選択の放棄を許さず、思考の停止、あるいは精神状態の拘束で身動きを封じる事。
セールスなどでは“AとBの商品、どちらが良いか?”という風に選択肢を与える。
そこで拒否できずにどちらかを選んでしまえば、セールスマンの思うつぼ。
セールスマンにとっては、どちらを選ばれても利益が発生する。
相手にNOと言わせないようにするテクニックだ。
……今回、俺の場合はどちらでも良いとは言えない。
しかし、少なくとも彼女は選択の放棄はできないはず。彼女自身、執着がある。
そして彼女にとっては桐条グループも俺の話も“どちらも怪しい”。
その上でどちらを選ぶか、悩んでいる内は敵対行動を控えるだろう。
彼女は感情的になりやすいし、不確定要素は多いけど、
「話が終わると一人にしてほしいと言われましたが、一度別れたフリをして尾行したところ、最後はバイト先に戻ってオーナーに謝罪し、ヒーリングについての質問もしていました。
もしもの場合に備えて、サポートチームの皆さんや天田と江戸川先生についての情報は一切与えていません」
「ヒヒ……そうなった場合、葉隠君も潜入ですか」
「この機会に岳羽様をこちらに引き込む事は」
近藤さんの意見も分かる。
しかし彼女は話を真剣に聞いてはくれたが、残念ながらまだ勧誘は難しいと思う。
原作では人材集めに必死だった桐条先輩に疑いの目を向けていた。
まず彼女に納得してもらわなければ、こちらへの疑いを強めるだけになりそう……
「警戒心が強い……承知しました。しばらく様子を見ましょう。連絡は密にお願いします」
「お手数をおかけします」
岳羽さんに関する話はこれで終了。そして解散となるが……
その前に、江戸川先生から軽い連絡事項があるらしい。
「山岸さんとの動画撮影と投稿。学校側は常識の範囲内で、個人的な活動であれば問題ないとのことです。まああまりひどい内容や炎上などした場合は活動停止や注意も入るかと思いますが……ヒヒッ、その点は私やサポートチームの方々もチェックして注意すれば大丈夫でしょう。
ただひとつだけ、そんな事をしていて次のテストは大丈夫かと他の先生方は言っていました。私は君の能力を知っているので大丈夫だと思うのですが、彼らは知りませんからねぇ……説明するわけにも行きませんし、活動は自由でも何か言われるかもしれません」
「面倒ですね……」
俺はぶっちゃけ内申とかどうでもいいし、多少のことは聞き流せる。
だけど山岸さんは困るだろう。
「……とりあえず山岸さんと相談してみます」
「そうしてください。あと、天田君への連絡もお願いしますね」
こうして改めて今日の会議は解散となった。
……
…………
………………
翌日
10月4日(土)
昼休み
~教室~
「と、こんな感じだったよ」
「なるほど~」
今日は教室で新聞部所属の木村さんからインタビューを受けている。
と言ってもいつものメンバーで昼食をとりながらの雑談みたいなものだけど。
「順調にタレント路線を進んでるね、初対面の時は考えもしなかったよ」
「それは俺が一番思ってる」
「で、今後の予定は?」
「撮影スケジュールという意味なら答えられないけど、学んだダンスとかは今後も続けていこうかと思ってるよ」
「ほうほう、どこかで発表とかする? 文化祭の時も凄かったしさ、機会があったら取材とかしたいんだよね」
「発表会は考えてないけど、最近は動画サイトがたくさんあるから」
「おおっ、まさかの動画投稿者デビュー? これまで空手の型の動画とかを上げてたのは知ってるけど、“踊ってみた”系とかも始めるの?」
「趣味程度だけどね。一応学校にも確認とったし。ね?」
「う、うん!」
「おや? 山岸さんも一緒にやるの?」
「私は動画編集に興味があって、映らないけど裏方をさせてもらおうかなって」
「これまでも何度か必要に迫られて俺はそっちの知識がないから助かる」
そんな話をしていると、
「葉隠君の動画だって」
「踊ってみたって何踊るんだろ?」
「IDOL23じゃない? この前の番組で踊ってたし」
「DMストライカーとかキレッキレで踊ってたらウケルー」
近くで食べていた生徒の話題にもされている。
「でも葉隠君、大丈夫? ちょっと変な噂聞いたんだけど」
「変な噂?」
「うん、ガセネタとは思うんだけど……次の試験で良い結果出せなかったら、退学になるって」
『!?』
クラス中の視線が俺と木村さんに集まった。
心当たりがない、わけでもないか。
詳しく聞いてみると、例の次回のテストを別室で受ける間に尾ひれがついているようだ。
「この学校ってさ、テストの不正行為に対して罰則が決まってるんだよね」
クラス中の生徒が一斉に生徒手帳を出そうと動く、その一瞬で俺は脳内検索。
「ああ……初回は同日に行われた科目のテストの無効に、厳重注意の上で停学と反省文の提出。そして2回目は退学だからか」
「そうそう。もしかして校則暗記してる?」
「一応。で、不正2回で退学と決まってて、俺達は1学期に中間と期末で2回テストを受けた。今回いい点を取れなければ、その2回で不正行為を行ったと見て退学ってこと?」
「まさにその通りなんだよね……一これまでと同じ“全教科100点以外認められない”っていう噂もあるけど、さすがにそれはデマだよね?」
テストは別室で受けるが、結果を1学期のテストに遡及させて退学なんて聞いてない。
宣告を受けた時、理事長に確認していることをしっかりと伝えておく。
「そうなんだ! よかった~」
「一体どこでねじ曲がったんだか。何にせよ俺は前回も前々回も不正なんてしてないから、いつも通りやるだけだ」
「おっ! そのセリフいただきっ! でも本当に大丈夫?」
「そうだぜ影虎!」
唐突に順平が声を上げた。テストの話題になってくるなんて珍しい。
「テストの点はな、油断してると一気にドスンと落ちるんだよ」
「経験者の言葉は重いな……」
「1学期の期末はひどかったもんね」
「中間はなかなか良かった分、差がひどかったよな」
「宮本も西脇さんもともちーも、そこ抉らなくていいから! てか、そうならないために努力しようって事だよ! 俺が言いたいのはさ!」
つまり?
「よく聞いてくれた影虎! 次のテストでいい点取るために、また勉強会しようぜ?」
その言葉を聴いた瞬間、
『お前が教わりたいんだろ!』
クラス中から声が上がる。
しかし提案自体は悪くない。
試験期間は今月の13日から一週間。
今日が4日なのであと10日もないし……
「あ、ついでにこれ動画のネタにしようか」
問題の解き方とかそういう説明動画なら、先生に何言われても復習だと言い張れるかも?
影虎は岳羽ゆかりに衝撃の事実をつきつけた!
情報を漏らさぬように釘を刺した!
影虎は新聞部のインタビューを受けた!
順平は勉強会がしたいようだ……
影虎は勉強用の動画について考えている……