放課後
今日からまたTV番組の撮影が始まった。
「テレビの前の皆様、こんばんは! 受講生の葉隠影虎です!」
前回に引き続き一人での進行。
本日の科目は念願の格闘技、中国拳法の“翻子拳”だ!
そして練習場所はなんと、月光館学園の校舎裏。
試験が近く、次回のテストで良い点を取らなければならない。
そんな俺の事情を考慮していただけたようだ。
ここなら練習のための移動時間が少なくて済むし、撮影までは部室で勉強会だって開ける。
「見てくださいこの景色! いい景色でしょ。この高台は僕が所属しているパルクール同好会の練習でもよく使うんですが、風も爽やかですごく良い環境だと思います。ただこの時期はちょっと寒くなってきたかもしれませんね」
防寒が甘いスタッフさんはちょっと寒そうだ。俺はまだ涼しいくらいだけど。
「では早速参りましょう! 先生、お願いします!」
合図とともに、階段を駆け上がってくる三十代前半の男性。
前回のMs.アレクサンドラのような、ド派手な演出はないようだ。
「こんにちは。中国武術基金会の“周”と申します。よろしくお願いします」
「葉隠景虎です。こちらこそ、これから一週間よろしくお願いします」
周先生は中国の北部にある河北省の出身で、そこは今日から俺が学ぶ翻子拳の本場。
先生はそこで開かれた大会で何度も優勝を経験している素晴らしい経歴の持ち主だそうだ。
「翻子拳は手の技、パンチが中心の中国武術です。そして連続攻撃、が特徴の中国拳法です」
所々イントネーションのずれている日本語で説明を受けながら、まずは翻子拳の歴史や基本的な戦い方の考え方を学んだ。
翻子拳には“双拳の密なること雨の如し、脆快なること爆竹の如し”という言葉がある。
これは翻子拳の特徴である打撃の連続を表現した言葉だそう。
とにかく雨のように、爆竹のように、一気に拳を連続で叩き込む中国武術。
それが翻子拳を学んでいく上で中心となる。
しかしパンチ(手の技)だけを学ぶのではバランスが悪く、実戦では弱点となり得る。
故に翻子拳は足技をカバーできる他の中国拳法と一緒に学ばれることが多い。
「通備翻子拳、戳脚翻子拳、鷹爪翻子拳……流派はいろいろありますが、私の流派は“戳脚翻子拳”です。戳脚翻子拳の“戳脚”とは、翻子拳と逆で足技が中心と言われる中国武術ですね。葉隠くんにも戳脚翻子拳、お勉強していただきます」
「よろしくお願いします!」
そして練習開始。
しかし今日は初日なので基本功(基礎練習)が中心。
最後に戳脚翻子拳の
影時間に自主トレしよう。
……
…………
………………
夜
~自室~
電話がかかってきた。久慈川さんからだ。
「もしもし」
『先輩? 夜遅くにごめんなさい。今時間大丈夫?』
特に問題はない。何かあったんだろうか?
『ちょっと相談かな。実は私ね、この間先輩と一緒に番組に出させてもらったおかげで、私一人でもお仕事もらえるようになってきたの。一昨日まではアフタースクールコーチングの受講生として練習したし、明日は9日に放送される分のスタジオ撮影なんだよ!』
「よかったじゃないか」
仕事が順調なようで、めでたいことだ。
『それはそうなんだけど……実はね、お仕事が増えた分、学校の勉強にあんまり時間を取れなくなっちゃってて』
おまけに久慈川さんの中学校でも、もうじき中間試験が行われるようだ。
『先輩って中学生の時から成績良かったんでしょ? それに今だって学年一位だって聞いたし、私と同じようにテレビのお仕事してるから先輩はどうしてるのかなって思って。できれば何かアドバイスください!』
「アドバイスと言われてもなぁ……おとといの放送でも言ったけど俺、中学時代はほとんど勉強してないぞ」
『そんなぁ……』
「まぁ分からない所を教えるぐらいはできるけど、勉強方法の話になると久慈川さんがどれだけ時間を取れるかどうか、どんな時間帯に時間を作れるか、あと向き不向きとか、そういうことも考えないといけないと思う」
というかそんなにやばいのか? 確かに成績が良いイメージはあまりない。
そういえば4の試験ではボロボロだったような気がする。
『むっ! 特別成績いいわけじゃないけど、そんなに悪くないもん! ただ勉強しなくても点数が取れたりしないだけだもん!』
「わかったわかった。悪かった。……そうだ」
久慈川さんに例の動画について話してみた。
『勉強用の動画? なんでまた急に?』
動画配信を思い立ったきっかけと、初回のネタを勉強にしている理由も話す。
『先輩も大変なんだね……』
「それなりにな。で、初回は勉強の動画にしようとしか決めてないから、分からない部分が分かっているならそこも取り上げるよ 。何かリクエストはある?」
『だったら……パッと思いつくのは“一次関数”かな』
「ああ……そこで躓いたままだと、後々関数とか分からなくなるからな……こっちは明日から勉強会やることになったし、ついでに作ってみるよ。他の教科も分からない事があったら質問していいから」
『ありがとう先輩!』
「じゃ、動画ができたら連絡するから頑張ってな」
久慈川さんとの電話を終えた……
……
…………
………………
影時間
「あっ!」
「どうした?」
軽く組み手をしていたら、天田が声を上げた。
なんだか戸惑っているようだ。
「あの、急なんですけど“ディアラマ”って回復魔法が使えるようになったみたいです。魔法の練習は少なめなのに何ででしょう?」
「スキルはトレーニングや経験で身につくっぽいけど、覚える時は結構急に覚えるよ。俺も割としょっちゅう想定外のスキルが身についたりするから、あまり気にしなくていいと思う。あとおめでとう」
天田のディアラマは原作だと初期から習得してるはずだし……別段不思議でもない。
「そういう物なんですね。ありがとうございます」
天田が回復魔法を習得した!
……
…………
………………
10月5日(日)
朝
~古本屋・本の虫~
「おはようございます」
「あら、いらっしゃい。こんな朝早くからどうしたの?」
今日の店番は光子お婆さんだった。
「中学生用の参考書と問題集をいくつか買いにきました。知り合いの中学生に勉強を教えることになったので」
「あらあら、そうなの。それなら欲しいだけ持って行ってちょうだい」
また格安で本を譲っていただけることになった……
「本の処分にご協力ありがとうね」
「こちらこそ助かります」
せっかくのご厚意にこんなことを言うのは何だけれど、こんなことをしていて店の経営は大丈夫なのだろうか? 心配になる。
「そうだ! いつもお世話になっていますし、何か手伝えることはありませんか?」
せめて何か手伝いでもしなければ申し訳ない。
お年を召した夫婦二人の生活で、何か困ることはないだろうか?
「ありがとう、優しいのね。でも今は特にないわねぇ」
「そうですか……」
「もしよければ、返事は今度でもいいかしら? おじいさんと話せば何か思いつくかもしれないし、あなたが次に来るまでに何か用ができるかもしれないわ」
「全然問題ありませんよ。何かあったら気楽に話してください」
「ありがとう。そうさせていただくわ」
格安で中学生用の参考書と問題集一式を手に入れた!
……
…………
………………
午前
~部室~
「第2回! 試験対策勉強会~!」
ノリの良い島田さんの号令で勉強会が始まる。
「割と突然な話なのに集まりがいいな。前回と同じ顔ぶれが揃ってるじゃないか。天田まで」
「僕は暇でしたし、先輩が昼に何か作るって言ってたから」
「俺らはさすがに試験前ですからねー」
「オレッチとしては桐条先輩が参加してくれたことに驚きを隠せないっす」
「なんだ伊織、私が参加しては迷惑か」
「そんな滅相もない! ただ桐条先輩はいつも忙しそうだから時間があるのかと思っただけで」
「その点に関しては心配無用だ。私も学生なのだから、勉強の時間は用意してある」
……桐条先輩もすっかりこのグループに馴染んだものだ。ちゃんと分かっていながら、慌てる順平を見ながら笑っている。
……岳羽さんは今のところ動きがない。 特に桐条先輩を避けるわけでもなく、話しかけられれば普通に会話に応じている。しかし自ら近づこうとはしていない。そしてそれは俺に対しても同じ。正直、勉強会への参加も控えるかと思っていたけれど……これまでと変わらない関係を維持することに決めたのならばありがたい。
警戒しつつ、気取られないよう緊張を押し殺して勉強した。
……普通に勉強するより疲れる……
……
…………
………………
昼
「ん……」
「あー……」
適度に休憩を挟んではいるが、皆の集中力も切れてくる頃だ。
そろそろ昼飯にしてもいい時間だし……
「昼飯作ってくるよ」
「ありがとー、葉隠君の料理楽しみにしてるよ!」
「今日は何が出てくるのかな?」
「部室にキッチンがあるのって、こういう時にいいよね」
「いつもごめんね~」
「何か手伝おうか?」
「僕も手伝いますよ」
女性陣と天田が手伝いを申し出てくれるが、ほとんどの準備は朝、商店街で買い込んだ材料を運び込んだ時に済ませてある。
「ありがたいけど大丈夫だよ。それより出来上がりまで男子の世話を頼む。あ、山岸さんには後でお茶をお願いできるかな」
「分かった。その時は任せて」
一人厨房に入り、調理を開始。
……
…………
………………
「おまたせ、今日のメニューは“3種類のミニバーガーセット”だ」
以前ロイドから受け取っていたハンバーガーのレシピ集。
その中から複数の味を楽しめるよう1つを小さく、3種類作ったバーガーのセット。
付け合わせの“フライドポテト”は選び抜いたじゃがいもを使用。
皮付きのままカットして揚げただけだが、シンプルにじゃがいものホクホク感が味わえる。
「うまっ!」
「うわ~……相変わらずに妙にクオリティ高いし……」
「ポテトも……味付けはハーブソルト? バジルかな? 丁度良い塩加減にいろんなハーブの香りが鼻に抜けてすごく後味がいい」
ハーブ系に凝っている山岸さんは、バーガーよりもポテトが気になるようだ。
「ハンバーガーならわざわざ作らなくても買ってくればと思ったけど、チェーン店のとは別物だね」
「そうなのか? 初めて食べるから違いがわからんな……」
「あー、チェーン店のは味より安さと量って感じっすかね? これと比べると」
「こう言っちゃうと店に悪いっスけど、チェーン店のはもっと安っぽい味っス」
「でもそのチープさが癖になるって感じもしますけどね」
順平、和田、新井の三人がハンバーガーのことを桐条先輩に教えている。
勉強中とは真逆の関係が生まれていた。
それにしても、さすがは三ツ星料理人の監修を受けたレシピ。
みんなには満足してもらえているようだ!
さて、俺も午後のためにエネルギーを蓄えよう……
……
…………
………………
午後
~高台~
午後は翻子拳の練習。
頭を切り替えて体の動かし方を学ぶ。
「それでは、今日は前回の復習から」
大雄拳、小雄拳、八歩槌、八面槌、十路行拳、八閃翻……
昨日も見せていただいた様々な
そして実際にやってみた。
初めは直立した状態から、両腕を大きくしなやかに動かす。
その勢いを体全体に通すように、左足を高く上げ、戻すと同時に体を沈ませる。
脚は前後に開き、膝は曲がる。腰から低く落とされた状態で前傾姿勢。
拳を握った両手は前方、想定される敵へと向ける。
そして……
「!!」
弾けるように動き出す体。
“中国拳法の中では最もボクシングに似ている”と聞いていたが、俺は別物だと思う。
素早く見えない敵へと叩き込む拳だけでなく、腕を鞭のように振るうことも多い。
跳躍動作に突進、伸びやかな腕と体の上下。
それらを組み合わせることで、敵の全身へ満遍なく拳の雨を浴びせていく――
「ハッ!! フゥ…………どうでしょうか?」
「
「実は昨日の夜、記憶を頼りに少し練習しました……」
「とてもよいです。今、見ていて体の動き方はあまり指導する必要ないと思いました。少しだけ、小さな注意をしたいですが。体の動き方はとてもよいです」
周先生の套路を元に、ダンスシミュレーションの要領で体に合わせた動き。
自主練の成果は確実に出ているようだ!
しかし身についたのは動きだけ。
「套路を行うとき、呼吸を意識してください。ゆっくり動きながら呼吸の確認をしましょう」
人は無呼吸では生きられない。
体の動きが激しければ激しいほど、体も酸素を必要とする。
呼吸が不十分であれば息切れをしてしまい、 動きも鈍る。
俺は套路に従って体を動かせてはいるが、翻子拳の呼吸は身についていないとの事。
二日目の指導はひたすらゆっくりと、様々な套路を行いながら呼吸を確認した。
影虎は翻子拳の練習を始めた!
久慈川の仕事が増えた!
久慈川は学業に不安があるようだ!
影虎は動画のネタを手に入れた!
天田がディアラマを習得した!
影虎は新たな参考書と問題集を買い込んだ!
影虎は勉強会を開いた!