放課後
~部室~
「完全復活!」
「もう学校終わったけどな。つか結局影虎は丸一日保健室にいたんだよな? 大丈夫だったのか?」
撮影までのわずかな時間を使って勉強会を開こうとしたところ、順平から探るような言葉をかけられた。
「特に問題なかったよ」
手足の麻痺が取れるまでに時間がかかったけど、肝心の体調は2時間寝ただけで治ってた。
その麻痺も今後成分を再調整して軽減していく計画だそうだし。
「ねぇ風花……これ、ツッコむ所かな?」
「私にも、ちょっと分からないかな……」
「割と真面目な話をすると、俺、今は市販の薬が安易に飲めないんだよ。ドーピングの規定に引っかかる成分もあるし。先生はその点しっかり配慮してくれるから楽でさ」
『あ~』
明確な利点を説明すると、一応納得してくれたようだ。
……いや、この話題を避けたのか?
その後の勉強会は皆、実に集中して取り組んでいた……
……
…………
………………
放課後
~校舎裏~
今日も翻子拳で対打の練習。
一回一回を丁寧に行っているが、反復練習のおかげでかなりのスピードが出るようになった。
そして呼吸も乱れない。というか乱れるほど速くは行わない。
呼吸が乱れなければ体の動きも乱れず、体内の気もスムーズに動いている。
呼吸を第一に考えて、安定したら少し動くスピードを上げる。そして気と体の動きを合一。
この繰り返しで徐々に速度を上げていく。
『とてもいい感じだ。今日までみっちり対打をやって、明日は“散打”の練習に入ろう。今みたいに決まった動きではなく、防具をつけてもっと自由に技のやり取りをするんだ。明後日、練習の最後には試合が予定されているしね』
周先生との会話はもう、ほぼ中国語オンリー。
聞けば先生は大学で日本語を学んでいたらしいが、来日してから日が浅く日本語に不慣れだったようだ。加えて俺が想定以上に速く教えた内容を習得してしまうので、指導するための日本語の予習が間に合わなくなっていたらしい。
ちなみに撮影が終わるとさっさと帰っていたのは、急いで帰って予習するためだったとか。
ビジネスライクな人と思っていたのが申し訳ない。
本当の周先生は真面目すぎるくらい真面目な人だった。
語学を学ぶことで、先生の人となりをよく知ることができた!
そして撮影がよりスムーズに進むようになった!
……
…………
………………
夜
~アクセサリーショップ・Be Blue V~
練習後、普段よりもわずかな時間だがバイトをした。
「葉隠、そっちは終わったな?」
「ばっちりです、棚倉さん」
お店の掃除を済ませ、最終確認をしていると、
「二人とも、遅くまでありがとう」
奥から出てきたオーナーから労いの言葉を頂いた。
しかし、お世話になってるのは俺の方だ。
「こちらこそ。シフトも調整していただいていますし、オーナーや棚倉さん達にはお世話になりっぱなしで」
「ま、そのぶんお前は広告塔って事でいいんじゃね?」
「そうね。実際、葉隠君がきっかけでお店が有名になったし、前よりもお客さんが増えてるわ」
「つーか実際どうなんだよ? これから本格的に芸能活動するのか?」
「今のところはまだ目の前のことで手一杯な感じです。とりあえず年内、アフタースクールコーチングの要請があったら撮影に参加させて頂きますが……その他はまだ色々と未定です」
「そっか。ま、その時はその時考えればいいか」
「それでいいと思うわ。今は綺羅々ちゃんやゆかりちゃんも」
そこまで言って、突然はっとしたような表情になるオーナー。
「いけない、ゆかりちゃんを待たせてたのを忘れていたわ。これから少しトレーニングするから、二人は先に帰っていいわよ。ありがとう」
オーナーはそう言い残して奥へと帰っていった……
「……この分だと岳羽もアタシらの仲間入りか?」
「そうなると思います」
棚倉さんはあっさり受け入れたようだ。
「だって今更じゃね? オーナー含めて従業員7人中5人が霊感あるんだし」
「うち一人は霊感と言うより霊そのものですよね……」
『……呼んだ?』
「呼んではいないです。すみません」
「お前もいつのまにか会話できるようになってるし、やっぱそういう人間が集まるんだよ、この店は」
バイトの先輩としばらく雑談した。
……
…………
………………
深夜
~長鳴神社~
「お待ちしておりました」
近藤さんから連絡を受け、神主さんのお宅へやってきた。
思いの外早く神主さんの意識が戻ったらしい。
俺を呼ぶということは、記憶が残っていたのだろう。
もしくは素直に事情を話した方が良いと判断したのか?
出迎えてくれたハンナさんの後に続いて廊下を進む……
「こちらです」
「失礼します」
通された部屋へ入ると、まず布団が目に入った。その隣に近藤さんとDr.キャロラインが、布団の上ではコロ丸が横たわる神主さんに寄り添っている。
「こんばんは、榊さん」
「……あぁ……やっぱりあの時の子か……前に境内で会ったことがある、ね?」
「はい。葉隠影虎と申します」
「知っているよ……君は、有名だから……」
少々弱っているようだが、意識ははっきりしているようだ。
「昨日は、助けてくれてありがとう。……寝たままで申し訳ない」
「お気になさらず。それよりも昨日のことを覚えているんですか?」
「うっすらとね……ほとんど苦しかった事しか覚えていないけれど、苦しみが消えた時……目の前にあった君の顔は覚えていた……」
「ハッハッハッ……」
コロ丸が神主さんの顔をペロリと舐める。
「君のおかげで生き永らえた事だけははっきりしているんだ。……本当にありがとう」
「いえ……」
言いにくいが、一度ミスって苦しませたのも事実。
昨日は結果的に何とかなったが、失敗していた可能性もある。
それに何より今後のことは俺にも分からない。
神主さんに影時間の適性があれば、これからも……
「その心配はない、かもしれません」
「えっ?」
そう口にした近藤さんへ目が向いた。
「適性を持たない人間が影時間に入る方法、葉隠様はそれが存在するとおっしゃっていましたね?」
「ええ、でもそれは……まさか」
この人、桐条グループの関係者か?
「いいえ、独自の方法を取ったようです」
口に出していないのに返事がきた。
桐条グループとは関係ない独自の方法。そんな物をこの人が?
「申し訳ないけど、その方法については説明できない。僕自身、理解できていないからね……」
「それは」
質問をしかけて、Dr.キャロラインのオーラに気づく。
「失礼、興奮していました」
相手は病み上がり。問い詰めるようなことは控えるべきだった。
「葉隠様、説明は私がいたしましょう。一通りの話は私が一度聞いています」
「別室でやってちょうだい。この人にはまだ休養が必要だから」
どうやら近藤さんは先に怒られていたようだ……
……
…………
………………
「……」
別室で話を聞いた。
納得と驚きが五分五分で心の中を巡っている……
ちょっと頭の中を整理しよう。
まず、驚いたことに榊さんは影時間の存在を“知っていた”。
その情報源は彼の父親、つまりは“先代の神主”。
先代の神主さんは仕事として神主をしていたが、本当は“陰陽師”だったらしい。
「この時点ですでにややこしい……」
しかしツッコミを入れても説明が返ってくるわけではない。
そういう物として思考をまとめる。
陰陽師だった先代の力は本物で、結界を張ったり式神を使役したり、色々な事ができた。
そんな先代の遺品として残っていた日記に、影時間と思われる記述があったそうだ。
その記述は10年以上前から始まり、本人が亡くなる直前まで続いていたとのこと。
しかもその中で先代はシャドウを“物の怪”と称し、日常的に神社を守るため結界を張る。
時々それを超えて侵入するシャドウは式神を用いて倒していたとか……
……魔術を使ってる俺としては、可能だと思う。
「それで、日記を読み進めていたら影時間で活動するための道具を見つけたと?」
「“護符”と呼ぶそうですが……影時間への侵入と記憶維持の補助を目的としたものだそうです。とはいえ信じていた訳ではなく、筆跡から亡き父を偲んでいたところ、夕食の支度を忘れていたことに気づき、そのままポケットに入れてしまったようですね。気づいたら影時間だったと」
……大事になったわりにしょうもない理由……
「最初は混乱こそしたものの体に異常はなかったようですが……だんだんと体に異変が起こり始め、誰かに助けを求めて外へ這い出したそうです」
「そこから先は俺が見た通り」
「はい。問題の護符は……こちらです」
刑事ドラマで証拠品を入れるようなビニール袋に、古い和紙の断片が入っている。
「破れていますが」
「回収した時からです。護符が破損して効果を出せなくなったのか、効力が失われた結果こうなったのかは分かりませんが……とにかく現在彼の手元に護符はありません。加えて彼の記憶も、私には徐々に失われているように見えます」
目覚めた当初はもう少し受け答えもはっきりしていたらしい。
単に衰弱してたんだと思ったが……
「もちろんその可能性もあります。何にしてもこれ以上は彼の回復を待つべきかと。できれば本部へ護送して精密検査を受けていただきたいところですが……我々と敵対する意思はなさそうですし、このまま様子を見ましょう」
「無茶をしたらDr.キャロラインに怒られますからね」
「ええ……本当に恐ろしいですよ? 彼女が怒ると」
……冗談めかした口調だが、オーラを見る限り本気で言っているらしい。
なるべく怒らせないようにしよう……
……
…………
………………
影時間
「象徴化、確認」
現在時刻、午前0時ジャスト。
ドッペルゲンガーで覆い隠した部屋の中。
サポートチームのメンバーと神主さんの象徴化を確認した。
「ワフゥ……」
「よかったな、コロ丸」
神主さんの記憶については分からないけれど、象徴化したならもう大丈夫だろう。
不幸中の幸いだ。
「ん? どうした?」
コロ丸は綺麗なおすわりをして、前足で俺の脚をそっと叩く。
「ワフッ、ワフッ」
「何が言いたい……って、魔術魔術」
状況的に大体分かってたからすっかり忘れてた。
「もう一度頼む」
「ワフッ」
「……俺の言う通りになった?」
「ワウッ」
「最初は疑ってたのか」
「ワフゥ~」
コロ丸はずっと俺たちを自由にさせて、様子を見ていたらしい。
「でもこれで信用してくれたよな?」
「ワンッ! ……」
? 肯定の直後、さらに真剣な雰囲気になる。
「……!! 仲間に、なってくれるのか?」
なんと、コロ丸の方から俺の力になりたいと申し出てきた!
……サポートチームとの会話で、俺たちに何か目的がある事は察した。
……その目的が影時間に関する事も。
……俺、天田、サポートチームは神主さんの命を救った恩人。
……神主さんはもうじき完全に記憶を失い、恩を返せなくなる。
「だから自分が返す、か………………ん? ちょっと待った、何で記憶を失うって確信してるんだ? 象徴化したからか?」
「ワフッ!」
「はぁっ!? コロ丸。お前、護符の事を知ってる!? 効果も!?」
「ワンワン!」
「そもそも先代の神主と一緒に戦ってた!? 神社を守るために!?」
「バウッ!」
力強く吼えたコロ丸の背後に“三つの頭を持つ犬の怪物”が浮かび上がる。
「……マジかぁ……」
ペルソナ使えてるじゃん……
「分かったからそれ消してくれ」
「ワン!」
素直にペルソナを消してくれたコロ丸から、さらに詳しく話を聞く。
その内容をまとめると……
正確な日時は不明だが、コロ丸はだいぶ前から影時間の適性を持っていた。
同じく適性を持っていた先代の神主さんと、神社を守っていた。
その内、ペルソナに覚醒。
物の怪(シャドウ)に近い力、故に危険もあると神主が判断。
ペルソナは強力な武器になるけど、極力隠して使用も控えていた。
その後、先代が亡くなってからは一匹で神社を守る日々。
1匹でも神社を守ると決意した時、ペルソナが進化して今の姿になった。
……そういえば原作のコロ丸はメンバーの中で最後の方の加入になる。
それで他のメンバーについて行けるってことは、それだけ地力を備えてるって事。
それにコロ丸は途中離脱する荒垣先輩を除いたメンバーの中で、唯一ペルソナが進化しない。
おまけにコロ丸ってアイギスの翻訳でも、だいぶ落ち着いた性格だったっけ……
言われてみれば俺が警告したときも、シャドウについてはすんなり受け入れていた。
影時間にどこかで見たんだと俺は思ってたけど……
「そういう事かよ!」
「クゥン?」
「ああ、いや、何か色々納得しただけだ。仲間になってもらえるならこれ以上ありがたい事はない。これからよろしく頼む」
「ハッハッハッハッ!!!」
コロ丸は尻尾をこれでもかと振っている!
コロ丸が仲間になった!!
影虎は疲労から回復した!
影虎は勉強会を開いた!
影虎は翻子拳の練習をした!
コロ丸が仲間になった!!