人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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230話 翻子拳・練習終了

 10月9日(木)

 

 夕方

 

 早いもので、翻子拳の練習も6日目。

 明日が最終日であり、真田との試合が控えている日だ。

 それに備えて今日はより実践的に、周先生との組手が中心の練習が続く……

 

「ハァッ!」

 

 すばやく拳を入れ替えるように、1回の踏み込みで3回拳を突き出す。

 戳脚の腿法(足技)も合わせ、上下同時の連続攻撃へと繋げていく。

 

『スピードは文句なし! もっと緩急をつけて! 常にフルスピードで動く必要は無い!』

『はい!』

 

 5割、は抑え過ぎか。6、7割程度の速度で動き、敵の動きと状況を見極める。

 そして相手が隙を見せたところで……10割!

 

『おおっ!!』

 

 “双拳の密なること雨の如し、脆快なること爆竹の如し”

 

 7割から10割に移行する瞬間、その言葉を体現したような感覚を覚えた。

 7割の動きは爆発直前のタメ(・・)として、ここぞと言う時に力を解放。

 

『もう一度お願いします!』

 

 この感覚を忘れないよう、何度も反復訓練を行う。

 

 そして練習終了間際……

 

『葉隠君、今日まで練習お疲れ様。明日が最終日で試合なので、本格的な練習は今日までになる。そこで最後に一つ明日の試合に向けて注意をしておく事がある』

 

 先生のアドバイス。

 一言一句聞き逃さないよう注意を払う。

 

『君はこの6日間で驚くほどの成果をあげた。今日の練習でも確認したけど、君は私が教えた沢山の技をしっかりと身につけている。だからこそ言っておくよ……明日の試合、翻子拳に拘らずに(・・・・)戦いなさい』

『こだわらず?』

『君は元々は空手家なんだろう? 他にも色々な格闘技をやってきたと聞いているし、今日の練習中、私の攻撃を防ぐ時にもその技が少し出ていた。それでいいんだ。翻子拳を学んだからといって、翻子拳だけに限定して戦う必要はない。使える技は遠慮なく使いなさい。

 君に教えた戳脚翻子拳は、手技主体の翻子拳と足技主体の戳脚、両方の弱点を補い合う形で組み合わされた物。同じように君は君の元々の戦い方に翻子拳を取り入れてほしい。翻子拳にこだわって、元々の持ち味を殺すことはしてほしくない』

 

 6日間かけて身につけた翻子拳の技術。

 それはあくまでも俺が強くなるための参考。

 これまで積み重ねてきた本来の戦い方を忘れるな、ということだ。

 その上で学んだ技術を実践で活かせるかどうかは俺次第……

 

『分かりました。明日はこれまで身に着けた技術、全ての力を十分に発揮して戦えるよう考えてみます』

『そうしてほしい。君は技を覚えるのが恐ろしく早かった。だからきっと、上手くやれるはずさ』

 

 新たな課題が生まれ、6日目の練習が終わった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 周先生からの課題について、思考を一時中断。

 息抜きに今週のアフタースクールコーチングを見る。

 今日は久慈川さんが出演している!

 

「課題はピアノか」

 

 オープニングが終わると、直ちに久慈川さんの映像が流れ始めた。

 

 まず初日。

 全くの未経験から一週間でパッヘルベルの“カノン”、そして“エリーゼのために”の2曲を習得するという目標が発表される。

 

『初めてだと難しく思うかもしれないけれど、曲は意外と簡単で、初心者の方でも弾きやすいです。頑張りましょうね』

『はい! 久慈川りせ、頑張ります!』

 

 多少驚いたようだが、果敢に挑戦する決意が画面越しでも見て取れる。

 

 それから楽譜の読み方の確認、など基礎の基礎から学び始めた。

 久慈川さんは、片手ずつでも実際にピアノに触れながら練習を続けていく。

 

 ……

 

 そして最終的に彼女は課題の2曲をしっかりと弾ききった!

 

『久慈川さんも一応この番組は二度目になるのか』

『はいっ! 前回、葉隠先輩の撮影にもちょこっと参加させていただきました』

『そうそう、そんで思いっきりライバル宣言してたなぁ』

『あ、あれは……』

『そんなに恥ずかしがらんでもええやん。ところで葉隠君のことを先輩と呼んでるけど、親しいの?』

『そうですね、知り合ったのは夏休みの特番がきっかけなんですけど……』

 

 夏休み前の撮影を見学にきて、参加していた俺と知り合ったこと。

 その後デビューが決まって不安になり、占いに来たことなどを番組内で話している……

 最終的に色々と相談してるお兄さんくらいの立ち位置で話をまとめられた。

 やましいことはないし、問題のない距離感だろう。

 トークもちゃんとできているようだし、今後仕事がさらに増えていくかもしれない。

 また番組を見たと連絡してみよう。

 

 そして番組は後半へ。

 

「……こいつかよ」

 

 次に出てきたのは前回のスタジオ撮影で顔を合わせた、嫌な感じの男子。

 Bunny's事務所所属の2世タレント、“佐竹健治”だった。

 

 前回の撮影の時に売り込みでもしたのかな?

 近藤さんが業界の力関係があると言ってたし。

 

 ……それは別にいいのだけれど、気になるのは内容。

 課題は“長距離走”で、以前俺もお世話になった三国コーチが指導をしている。

 でも久慈川さんの後だとなんだか微妙。

 会話した時よりはマシと言うか隠しているけれど、所々で妙に自信家な発言が目立つ。

 自信があること自体は全く問題ないと思うけれど、練習態度が微妙に悪い。

 結果、盛り上がった久慈川さんの後ということもあって、感動や興奮があまり……

 

「確かリアルタイムで実況してる掲示板があったはず……これか」

 

 “アフタースクールコーチング実況スレ”

 

『うーん……』

『リセチャンは面白く見れたけど、この佐竹って子はイマイチだなぁ』

『佐竹君かっこいい! 運動センスも抜群! さすがBunny's事務所イチオシアイドル!』

『ルックスとトークはいいけど、課題への熱意を感じない』

『それ番組の趣旨的に致命的じゃね?』

『そこそこ身体能力高くて、そこそこ結果もでてるけど、その上に胡坐をかいてる感が強いなぁ』

『分かる。これだけできてるんだしいいだろ? 的な』

『上のコメで違和感の原因が分かった。練習中とそれ以外のテンションが違うんだ』

『あ、なるほど』

『確かに練習前や練習後、途中の休憩やスタジオでは目の色が違うw』

『練習中もゴール直後とか、カメラが近づいた時はしっかりアピールしてるよな。

 アイドルだからと思ってたけど、そんなに余裕あんのかよと思ってしまった』

『まぁアイドルならTVでアピールするのは重要だろうし』

『中途半端な仕事してイメージダウンする方がまずいんじゃない?』

『こいつが先で久慈川ちゃんが後ならぜんぜん良かったのに、もっと考えろよ構成作家』

『特攻隊長ほど全力でやれとは言わないが、もう少しやり方ってもんがある』

『アレと一緒にするのは酷だろwww』

『特攻隊長はね……真剣なのは分かるんだけど、何故そこまで? って思う時が時々ある』

『モチベの源泉が意味不明』

『特攻隊長は軽くイカレてるよ。本人も自覚あるみたいな事言ってたし』

『言葉を選べ(苦笑)』

『彼は一歩間違えたらくだらない事に全てを費やして人生を棒に振る危うさを感じます』

『どこから目線だよw』

 

 ……佐竹の評判はあまりよさそうではない。

 あと久慈川さん、まだ“りせちー”とは呼ばれていないようだ。

 

 ……もう面白い事もなさそうだし、明日の用意に戻ろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~長鳴神社~

 

「エイッ!」

「グルッ!」

「っと!」

 

 影時間を利用して戦闘訓練。

 実戦形式で、天田&コロ丸+人型シャドウ3体が相手。

 

「……」

 

 これはなかなか……

 召喚したシャドウの力量はそれほどでもない。

 召喚できる様になった頃と比べれば、技量もあるし強くなった。

 しかし、俺もその分強くなっている。

 正直1体では練習にならない。

 だから自分で今の状況にしたわけだが……これが中々、いやかなり面倒だ。

 

 まず3体のシャドウ。

 これは適当に襲い掛かってくるだけなので、余裕を持って対処可能。

 しかしその合間を狙って天田が横槍を入れてくる。

 正確にはデッキブラシだけど、これまでいろいろとアドバイスしてきた成果が出ていた。

 さらにコロ丸は逆に誰よりも先行してシャドウが襲いやすい状況を作る。

 もしくは逆にシャドウや天田の後から追撃してきたりと油断できない。

 2人がシャドウをフォローするので、シャドウを1体も行動不能にできていない状況だ。

 

「仲間としては心強いけど、敵にすると厄介だな!」

 

 天田には前々から指導していたけど、コロ丸もかなり強い。

 その上すぐ天田とシャドウの動きに順応した。先代神主さんとの実戦経験のおかげだろう。

 とにかく手数の多いシャドウを何とかしなければ…………!!

 

「ここだ!!」

「うわっ!?」

 

 シャドウたちの攻撃の合間に挟まれる天田の妨害。

 その一歩先に力を爆発させ、四方八方へ連続攻撃。

 シャドウ3体と天田を高速の打撃で弾き飛ばす。

 

「グルッ!」

「チッ!」

 

 コロ丸のフォローで決め切れなかった……

 もっと速く、もっと正確に。そしてもっと瞬時に全力を出す!

 こうして練習を重ね、シャドウ3体を打ち倒し辛くも勝利を掴んだ結果……

 

「ハァ……ハァ……ッシャア!」

 

 新たな物理攻撃スキル、“電光石火”を習得した!

 

 敵全体に(・・・・)複数回(・・・)、打撃属性の小ダメージを与えるスキル。

 ゲームでは習得できる時期の割に強力なスキルで、俺も頻繁に使っていた。

 消費HPも少なく、使いやすいスキルだ。

 

 明日に試合を控えた今、とても幸先が良い!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月10日(金)

 

 朝

 

 ~教室~

 

「……」

 

 学校中の空気がピリピリしている。

 俺の撮影が行われていること、真田と試合をすることは周知の事実になっていた。

 前回のようにアウェイな感じはないが、それでもどちらが勝つか気になるのだろう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

「ありがとうございました。試合までもう少し時間ありますので、準備をして待機していてください」

「わかりました、また後ほど」

 

 ADの丹羽さんが、試合前のコメントを撮影したカメラマンとともに去っていく。

 試合のルールは前回真田と戦った時と同じであると確認も済ませた。

 後は試合開始を待つばかり……

 

「体調はいかがですか?」

 

 入れ替わりに江戸川先生と近藤さんが入ってきた。

 

「普通ですね。特に疲れや問題は感じません」

 

 できれば絶好調にしておきたかったが、今日はトイレの効果が出なかったようだ。

 

「確かに、顔色も悪くないですね。私からは特に言うことはなさそうです」

 

 私からは、ということは近藤さんから何か話があるようだ。

 

「トラブルでしょうか?」

「トラブルではありません。葉隠様は昨夜のアフタースクールコーチングをご覧になりましたか?」

「見ましたよ。久慈川さんと例の佐竹君が出ていましたね」

「その佐竹君ですが、放送後からネットでの評判が芳しくありません」

 

 どうやら思ったよりも否定的な意見が多いようだ。

 

「それに伴い“彼よりも葉隠君を出して欲しい”という視聴者からの要望が強くなっています。また、目高プロデューサーからも早めに次の撮影をと打診されています。

 撮影に携わったスタッフの方々には、既に本性を見透かされているようですね。ネットでは彼を擁護、あるいは賞賛する声もそれなりにありましたが、実はイメージダウンを防ぐために可能な限り編集で悪い部分をカットしていたようですので……」

 

 そんなに撮影中の態度がひどかったの?

 ……あの子、アイドルやる気があるんだろうか?

 アイドルを目指している、というわけでもない俺が言うことじゃないけど……

 なんとなく不快感。

 

 久慈川さんは勿論。IDOL23の方々に、光明院君も……俺を敵視するほど。

 みんな本気で頑張ってるのに、って感じ。

 

「そうですね。光明院君の態度は褒められたものではありませんが、それでも仕事への誠意と熱意はありました。しかし佐竹君の場合は、どうも自分がもてはやされることを“当然”として受け止めている節があります。軽く調べたところ、ご両親の御威光で事務所内でも随分と優遇されているようですし」

 

 うわっ、典型的なボンボン臭がしてきた……

 

「尤も彼の家庭事情はさほど重要ではありません。とにかくそういう理由で葉隠様の出演を望む声が出ています。……さらに」

 

 まだ何かあるのか。

 

「他の番組からも出演依頼が入りました」

「……具体的な内容は」

「1つはトーク中心のバラエティ番組。1つは話題の人を呼んで自由にトークを行う番組。1つはアフタースクールコーチングと同じスポーツ系、こちらは運動能力自慢の芸能人を集め、様々な種目に挑戦。項目別にNo.1を決定するバラエティ番組ですね」

「まさかの複数!?」

「葉隠様はここ数ヶ月で何度も話題になっていますから、世間の興味を引いているのでしょう。夏休み銃で撃たれたことで肉体的、精神的な負担にならないかと懸念もあったようですが、先日の放送後に我々という窓口がある事が広まったようです」

「それで打診が……ありがたいお話ですが、それを受けるとなると……」

 

 さすがにそこまで仕事を増やすと時間が足りない。

 しかしその程度のことは近藤さんも織り込み済みだったようで、

 

「葉隠様は入学から真面目に授業を受けているようですし、多少欠席しても進級への影響は小さいかと。出席日数を計算して進級に問題のない範囲で芸能活動を行うというのはいかがでしょうか?」

 

 ……盲点だった。言われてみれば、学校って休めない事はない。

 

「そういう手もありましたか」

「学生ですとどうしても活動時間が制限されますからね。芸能界では常識のようです。

 体調不良など正当な理由があれば、補習などで考慮もしていただけるそうですし、何より一番大事なのは“成績”。定期テストで点が取れていればさほどうるさくは言わないと、葉隠様の担任教師、学校長、理事長の3名から言質を取ってあります」

 

 目から鱗。

 しかも近藤さんはきっちりと情報まで集めてくれている。

 

「率直に申し上げて、私は葉隠様が定められたカリキュラムに従う利点は少ないと考えています。教材の提供や塾講師の手配も我々が行えますし、能力を活用すれば普通の生徒が1時間授業を受ける間に、同じ時間で数倍の効果が出せるでしょう」

 

 確かに。実際そうやって時間を節約してるわけだし。

 

「仕事を学校の時間帯に回せば午後、ご友人との交流する時間も捻出が容易になると考えます。葉隠様は桐条のご令嬢と親しくしていますし、天田様、そして先日はコロマル様が我々の味方となりました。来年へ向けての情報収集などには差し支えないかと」

 

 納得しかない。

 

 原作キャラとはもうほとんど全員と顔見知りだし、会おうと思えば会える。

 順平は気軽に遊びにも誘えるし、岳羽さんとはBe Blue Vのバイトが同じ。

 桐条先輩とはテレビでの発言があるし、距離を置いた方が良いかも知れない。

 山岸さんとは部活や動画撮影を続ければ良い。

 時間の都合をつければ、放課後それだけのために来てもいい訳だし。

 あとあまり気にしてなかったけど、俺一応テストの不正を疑われてるんだよな。

 別室でテスト受けるだけ、点さえ取れればいいけど……って考えてる時点で焦りもない。

 

「学校で授業を受ける理由がマジで無いに等しい……」

「学校の役割は概ね“学習”、“生徒同士の交流”、“社会性を育む”の3つですからねぇ。勉強は先ほど言われた通り、お友達との交流はプライベートで可能、社会性は社会に出ても身につくでしょうし、そもそも君は一度社会人を経験していますから……ヒヒッ」

 

 今月末にはコールドマン氏から超人プロジェクトについての情報が公開される。

 それからはこういう仕事も増えるだろう。

 

「……少しずつ、様子を見ながらやっていきましょうか」

 

 今のうちから経験を積んでおく方が得策かな。




影虎は翻子拳の練習を終えた!
影虎はテレビを見た!
久慈川りせがテレビで活躍していた!
影虎は“電光石火”を習得した!
影虎に新たな出演依頼が舞い込んだ!
影虎は芸能活動を理由に授業を欠席できるようになった!
進級に問題のない範囲であれば“サボタージュ”も可能?



次回、真田との再戦!!

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