人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

232 / 336
231話 二度目の試合

 ~ボクシング部・部室前~

 

「それじゃ二人とも、頼んだよ。番組とか演出とか、そういう事は一切考えなくていいから。フェアに思いっきり戦って!」

「承知しました、今日まで学んできたものを全て出し切って勝ちます」

「それはこちらも同じ事。前回の雪辱を果たすために、プライベートでプロのジムで出稽古もさせていただいた。プロの指導を受けたのが自分だけとは思うなよ?」

「ははっ、どっちもやる気十分のようだね。じゃあ、始めよう!」

 

 プロデューサーである目高の号令で周囲が慌しく動き始め、やがて轟く入場コール。

 

「赤ー! コーナー! 天才高校生ボクサー、真ー田ーアーキーヒーコーォオオオオ!!!」

 

 軽快な音楽とともに扉が開かれ、撮影班の待ち構える花道に真田が歩み出た。

 後をついていくのは、セコンドを務める桐条美鶴。

 2人はやや閑散とした人の間を悠然と歩き、一直線にリングへのぼる。

 

 今回は撮影のため、また前回のような事故防止のため、一般の生徒や観客の姿は無い。

 影虎のマネージャーや万が一のドクターとして、近藤や江戸川の観戦が認められているのみ。

 

「青ー! コーナー! アフタースクールコーチング受講生、葉ー隠ーカーゲートーラーァアアアア!!!」

 

 真田の時と負けず劣らず軽快な音楽に乗り、いつぞやの特攻服を羽織った影虎が入場。

 セコンドは一週間翻子拳を教えた周。こちらも同じく一直線にリングへ上がる。

 

 お互いに言葉を交わす事はなく、それぞれ指定されたコーナーでセコンドとの打ち合わせを行う。

 

『葉隠君、覚えているね? 君は君の試合をしてください』

『大丈夫です、周先生。どう戦うかは考えてきました』

 

 事ここに至って、語るべき事は多くない。

 影虎は短く答えを返し、周はひとつ頷いて教え子を送り出す。

 

「秋の肌寒い風が身にしみる今日この頃、会場はすでにうっすらと汗をかくほどの熱気が満ちています! 一体この熱気はどこからやってくるのか、それは愚問でしょう! リング中央で向かい会うのは、高校ボクシング界の若き天才と呼ばれる真田選手。対するはここ数ヶ月で頭角を現してきた眠れる獅子。否! 目覚めた虎、葉隠影虎であります」

 

 実況席に座る饒舌な男性アナウンサーが会場の、そしてこの映像を見るであろう視聴者の興奮を煽った。

 

 そして……試合開始を告げる音が鳴り響く。

 

「ファイッ!!」

「ゴングが鳴った! おっと!? 両者拳を合わせて一度下がった! 過去に一度行われた試合では激しい殴り合いを繰り広げたと聞いていましたが……これはどうした事か打ち合いません! 接近……も慎重だ!」

「お互いに相手を知っているからでしょうね。この重苦しい雰囲気、どちらも油断していませんよ。そして冷静です。事前に2人の試合を調べられる限り調べてみましたが、真田選手は相手と距離を取り、フットワークを活かして攻撃の瞬間懐に潜り込み攻撃をくわえて離脱する“アウトボクシング”を得意としています。

 対する葉隠君はたった一本の動画のみですが、映像では防御をがっちりと固めて攻め込んできた相手を押し返すような試合運びをしていました。相手の出方を見て戦うスタイルが基本でしょう。むやみに飛び込まず、互いに自分の得意分野で試合を挑もうとしているのならば正しい選択です。重要なのはここからいかに相手を自分のペースに引きずり込むかです」

 

 ここで解説者の説明を待っていたかのように真田が動く。

 

「真田選手、おもむろにガードを下げた。そして左腕をブラブラと揺らしている」

「“デトロイト・スタイル”ですね。ジャブを出しやすい構えですが、日本人ボクサーには珍しい構えですよ」

(まずは一発、確実に当ててペースを作る!)

 

 左右に体を振る牽制の直後、鋭い踏み込みと共に左が放たれる。それは刹那の一撃。素人の目では見る事すら不可能なジャブがボディーを狙い、乾いた音を鳴らす。

 

(なっ!?)

 

 打ち込んだ真田が(・・・)驚愕した。

 今の一撃は全力だ。試合の主導権を握るべく、全ての力を速度に特化させた一撃。

 それが目標に当たる事なく、差し込まれた腕で阻まれている事に。

 

「シッ!」

「チッ!」

「先手は真田! これは凄まじいスピード!! しかし葉隠もきっちりとガード! そしてすかさず反撃ぃ!! 二人は再び離れます……」

「今のは速い……フリッカージャブでしょうか? 私も見逃しかけました。今の一発を打てるのはプロでもなかなかいませんよ。そして葉隠君はちゃんと見えている。……末恐ろしい二人ですね~」

 

 元プロボクサー、解説者暦1年目の解説者も舌を巻く一瞬の攻防。

 

(速い……今の一撃、俺のソニックパンチ並に速い。防げはしたけど反撃が遅れた)

(前回の敗北からトレーニングを重ね、ペルソナを通して身に着けた“ソニックパンチ”……まさか防がれるとは)

 

 二人が互いの成長を確信すると同時、激しい戦いの火蓋が切られた。

 

「葉隠が前へ! リング中央へ飛び込んだ! 真田が軽快なステップで周囲を回る!!」

「葉隠君が攻め込みましたね。この判断がどう出るか……しかし焦っての特攻ではなさそうです」

 

 解説者は動きからそう判断する。

 前へ前へと積極的に真田を追い込みにかかる影虎だが、受ける攻撃は全てガードの上。

 

(防御に重点を置いていたのは事実。だけど敵の攻撃を待つだけじゃない。防御の技術、鍛え上げた肉体の耐久力。守りの硬さに自信があるからこそ、積極的に攻撃していく!)

 

 解説者の述べる戦い方は既に過去の物。元米陸軍兵のボンズから指導を受け、夏休みの騒動で経験を積んだ影虎の動きは大きく変化している。

 

 影虎の長所は防御力と機動力。

 以前は防御に重点を置くあまり、無意識の内にかけられていた制限。

 それが成長によりなくなった今……影虎はより素早く敵を制圧すべく大胆に距離を詰める。

 

「左右の拳が真田を捉えた! コーナーに押し込まれ、る前に辛くも脱出!! だが葉隠君も足を止めない! 果敢に攻め込んでいくー!!」

(葉隠から攻め込んでくれば多少ガードが甘くなるかと思ったが、大して効果がなかったな。……随分と攻撃的なスタイルになってるじゃないか!)

 

 真田は影虎の拳を防ぎ、流し、避けては反撃。そして隙あらば攻め込む。

 徹底してインファイトには付き合わない。

 その崩れない姿勢に対し、影虎も距離を潰して打ち合う姿勢を崩さない。

 

 離れようとする真田にくらいつき、打撃で逃亡を阻止しようとする影虎。

 動きは徐々に激しさを増し、リングの上を縦横無尽に駆け巡る。

 

「激しい攻防が行きます! まるでこれ以上あとがない最終ラウンドのような気迫を感じますが、実際はまだ1ラウンド目! こんな調子でお互いに体力は持つのでしょうか!?」

 

 実況者は懸念を口にするが、トレーニングとは単純に体力をつけるだけでなく、体に動きを記憶させ無駄を省く作業だ。無駄の省かれた動きはそれだけ滑らかに動き、体力のロスを抑える。日々のトレーニングに加えて影時間でも生活で体力を練成している2人にとってはまだ気にするほどではない。

 

 2人の勢いは一向に衰えないままに、

 

「ストップ!」

「あーっとここでゴングです! 第1ラウンドから手に汗握る展開でしたが、ここで休憩が入ります!」

「う~ん、この内容で2人の肩書きは“アマチュアボクサー”と“素人”というのは……実力に見合っていない気もしますね~」

 

 第1ラウンド、終了。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「ファイッ!」

「さぁ、第2ラウンドの開始から瞬く間に激戦となりました! 両雄一歩も譲りません!」

「葉隠君はもっと足を出していきたいところですね」

「そういえばまだ一度も蹴りが出ていませんね」

「迂闊には出せないでしょう。真田君のフットワークを捕まえるために常にリング中を動き回るあの状態では。ヘタをすれば足が止まって、隙を作る事になります。しかしこの激しい殴り合いの中、蹴りが出せればこう着状態を抜け出すきっかけになるかもしれません」

「なるほど~! 両者とも拳で互角の状態ですからね! 葉隠君がもう一つの武器があるわけですね」

「それが吉と出るか凶と出るかはわかりませんが……!!」

 

 解説の声をかき消すグローブの音。

 真田の拳が影虎の腹に突き刺さる。

 

「ここで試合が動いた! 最初のクリーンヒットは真田! しかし葉隠は果敢に攻める!  効いていないのか!?」

(やはり一発では沈まんか! それでこそだ!)

 

 しっかりと殴りつけた手の感触にも関わらず、勢いの衰えない影虎を見てさらに気炎を上げる真田。

 

 それに対し影虎は、冷静に様子を見ていた。

 

(今のコンビネーションは初めて見る。前の試合から新しく身につけたか。リズムが今までと全く違った……それだけじゃないな。フェイントも自然で分かりにくいッ!)

 

 フックを防ぎ、直後にボディーを打たれる。

 

「あーっとまた一発!」

(お前が色々と学んでいるあいだ、俺はボクシングだけを突き詰めてきた。この拳に全てを注ぎ込んできた! これがその結晶だッ!!)

 

 自らの努力を信じ、さらに畳み掛けていく真田。

 

「当たる当たる当たる! 防ぐ防ぐ防ぐ! 葉隠たまらず防戦に入る!」

「ッ……」

 

 眉を顰めて苦しげに息を吐き出した影虎。真田はなおも手を緩めず攻め続ける。

 

「真田選手のペースにはまってしまったか、葉隠選手、手が出ていません!」

「これはまずいですねー。この状態が続きますといずれジリ貧。最後まで粘れたとしても判定では大きなハンデを背負ってしまいますよ」

 

 10秒20秒と変わらぬ状況は会場に、勝敗が決したような雰囲気を漂わせた。

 そして……

 

(ここだ!!)

 

 ワンツーからの鋭い左ストレートが影虎の顔面へ迫る。

 

 “これは当たる”

 

 2人の動きが見えた者がそう感じた瞬間。

 影虎が体ごと頭を大きく後ろに反らせた。

 直進した拳はほんの一瞬着弾が遅れ、次の瞬間顔は拳の軌道から外れる。

 

(!)

 

 真田は咄嗟に拳を引き戻し、もう一方の拳で仰け反る影虎のボディーを狙う。

 誰から見ても最高のタイミングで放った渾身の一発。

 それを紙一重で避けられて尚、即座に次へと繋げたのは肉体の反射的行動。

 ひとえに積み重ねた鍛錬の賜物だった。

 

 だが、

 

「フゥッ……」

「んっ!?」

 

 短く自然な吐息と共に、影虎から力が抜ける。

 仰け反ったまま力を失った体は当然後ろへ崩れ落ちて行き、真田の拳も空を切る。

 次いで体は跳ね上がった(・・・・・・)

 

「ラァ!!」

「ぐっ! くっ……!」

 

 勢いの乗った拳が真田の頬を捉え、たたらを踏ませ、沈黙していた実況が口を開く。

 

「おっ、とぉ!? なんだ今のは! かなり倒れてましたよ!?」

「私もスリップだと思ったんですが……ほとんど横になった状態から起き上がりましたね……しかもそのまま反撃まで」

「なんて体勢からパンチを繰り出すんだ! そして今のは一体何だ!」

「フック、いやアッパー……分類できませんね。とにかく下から殴りましたよ」

 

 格闘技の定石にない動きを目の当たりにして、会場中が不可思議な空気に包まれた。

 緊迫した空気が流れる中で、警戒を強めた真田と影虎が静かに睨み合う。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。