人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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233話 試合後の……

 試合終了後

 

 ~部室~

 

 撮影の全てが終わり、スタッフさんも撤収作業を進めている頃。

 

「いやー葉隠君、良かったよ! 手に汗握る素晴らしい試合だった」

「ありがとうございます」

「解説の人も言ったけど、とてもアマチュアとは思えない見ごたえのある試合だったよ。これなら放送にも十分使えるし、今後にも期待が持てるね!」

「それは良かった。特に問題ないですか?」

「そうだね。試合後のコメントもしっかりもらったりし、君がどれだけ貪欲に技術を身につけようとしているかも視聴者に分かってもらえると思うよ。

あ、話は変わるけど明後日、スタジオ撮影だからね」

「はい。内容は今回の結果の発表と聞いています」

「そうそう、細かいスケジュールは近藤さんに伝えてあるし、もう3度目だから注意する事もないか。いつも通りお願いね」

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 そうだ、次回の課題についても聞いてみよう、

 

「次回の撮影開始はいつ頃になりますか?」

「その事だけど、できれば今月の15~17日の間には始めたいな。試験期間か、期間が終わってそのままになると思うけど……どうかな?」

 

 勉強に不安はないので、そう伝える。

 

「本当かい? だったら是非お願いしたいよ。近藤さん」

「はい、後ほど詳しく話を詰めましょう」

「わかりました。こちらも会議と準備があるので、夜に連絡させていただきますね。ちなみに葉隠君、課題は次回も中国拳法になる予定だよ」

 

 今回の試合で露呈した“パワー不足”という俺の弱点を補ってくれそうな先生を、周先生が紹介してくれる事になったらしい。

 

「ただその先生、超厳しい人らしいんだけど……大丈夫だよね?」

「大丈夫だと思いますが……そんなにですか?」

「僕も聞いた話なんだけど、その先生の指導に耐え切れず逃げちゃうお弟子さんが多いらしいよ」

 

 だったら心してかかる必要がありそうだ。

 

「あ、それでもやってくれるんだ」

「ちゃんと指導はしてもらえますよね?」

「うん、腕は抜群だそうだよ。なんでも中国武術基金会随一の達人だとか」

「であれば問題ありません」

「ありがとう。快諾してくれて助かるよ。それじゃあまた明後日、テレビ局で」

「お疲れ様でした!」

 

 上機嫌なプロデューサーが帰っていく姿が見えなくなると、なんだか気が抜けた。

 

「お疲れ様でした」

「防衛成功おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「しかし……それにしては顔色が優れませんねぇ?」

「……試合を振り返ってみたら、なんだか気が抜けてしまって」

「ほう?」

「……先生、近藤さん。今日の試合を見ていてどう思いましたか?」

「十分にリラックスして、力を出せていたと思いますが」

「ヒヒ……私も同意見です」

 

 俺もそう思う。

 

「真田は強かったですよ。油断していたら危ない相手です。それは絶対に間違いないです。……だけど今日の試合を振り返ってみると……正直、割と余裕がありました」

 

 真田にも意地があったはず。

 前の試合の時より強くなっていると感じたし、最後まで諦める事はなかった。

 それでも前ほど追い詰められる事がなかった。

 かなり粘られたけれど、常に優位に立てていたと思う。

 周囲からどう見えたかは知らないが、適度な余裕を持ったまま戦えていた。

 前はギリギリ勝ちをもぎ取ったのに。

 

「なんと言えばいいのか……勝てて嬉しい。自分が成長している。そういう喜びはありますし、自信もついた気がします。だけど何でしょうか……ほんの少しだけ、虚無感? のようなものを感じます」

 

 以前は試合後に大量のスキルを習得し、試合の中で大きな成長を感じた。

 しかし今回はそれもない。

 唯一、夏休みに手に入れていた“カウンタ”が上位の“ヘビーカウンタ”に変化しただけ。

 それも成長と言えば成長だが、ちょっと慣れた程度に感じてしまう。

 

 この気持ちを、自分の感じる事を可能な限り言葉に変換すると、

 

「ふむ……どうやら君の中で、真田君との試合はなかなかに大きな事だったようですねぇ」

「先生の仰る通りだと私も思います。目標を達するという事は、力と熱意を注いできた何かを終わらせる事でもあります。そこに一抹の寂しさを感じているのでは?」

「そうなんでしょうか……?」

「ヒヒッ! それに疲れもあるでしょうねぇ。あれだけ激しい試合をしたのです。今日のところはもう帰って体を休めてみるといいでしょう。明後日にはまたTV局で撮影なのですから」

「さらに来週からは試験期間に、新たな課題に取り組む事になりそうですし、まだまだ忙しい日が続きますよ」

「……それもそうですね!」

 

 しばらく行けてないタルタロス探索も再開したいし、やらなければならない事は沢山ある。

 言われた通り、今日は帰ってゆっくり体を休める事にしよう。

 

 あ、夕飯は外で食べていこう。寮の食堂だと今日の結果を聞かれてうるさいだろうし。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 メールチェックをしていると、久慈川さんからメールが届いた。

 どうやら勉強の事で質問があるようだ。

 今来たという事は、起きているだろう

 

「もしもし久慈川さん? メール見たよ」

 

 電話越しに問題を解説。

 

『そっか! あれがこうだから……答えは1番!』

「はい正解! 文章題は長くて複雑そうに見えるけど、内容を一つ一つちゃんと理解すればヒントは十分に入ってるはず。まず内容を理解してポイントをつかむ。そうして問題を単純にしてしまえば、1人でも解けると思うよ。ここまで聞いてた感じ、久慈川さんは単純な問題ならしっかり解けてるみたいだし」

『それはもちろん! 私だってやるときはやるんだから。でもありがとう先輩、おかげですっきりした!』

「どういたしまして」

『は~……これで心置きなく眠れるよ~』

 

 今日の勉強はこれで終わりのようだ。

 用が済んだらさよならと言うのもあれなので、昨日の番組の事を話題にしてみる。

 

『見てくれたんだ』

「自分も出る番組なんだからチェックはするさ」

『そこはお世辞でも私が出るから、って言うところじゃない?』

「ははは……でもしっかりやれてるようで良かったよ。緊張してるのも伝わったけど、トークはしっかりしてたし。放送後の評判もいいみたいじゃない」

『うん、私も井上さんからそう聞いた』

「アイドルレッスンにピアノのレッスンも入って大変だったろ?」

『う~ん……ピアノのレッスンはそうでもなかったよ。先生はいい人だったし最後には行ってよかったと思えたし。アイドルとしてのレッスンはいつもの事だから』

 

 ? 急に久慈川さんの歯切れが悪くなった。……もしかして、

 

「スタジオ撮影で何かあった? 一緒に出てた佐竹に何か言われたりとか」

『……先輩、何でそこまでピンポイントにわかるの?』

「大変だったろうって聞いて急に歯切れが悪くなったから、何かあったんだろうと。後はレッスンが平気だったならスタジオ撮影かと思って。佐竹に関しては前回の撮影の時に俺も会っててさ、正直あんまり良い印象がない」

『先輩もなんだ……実は私も。最初に顔合わせした時から上から目線っていうか、自信過剰な感じがしたんだけどね。撮影の途中で休憩が入った時に、何かご両親が見に来てたみたいなの』

「ああ、有名タレントの? 俺、最初にあった時思いっきり自慢されたよ。有名タレントの息子でどうたらこうたら。聞いてもいない事をペラペラ喋って、最後に君は? って」

『それ私も言われた! あれすっごく嫌な感じだよね! それはあなたが凄いんじゃなくて、お父さんやお母さんがすごいんでしょう? って言いたくなったもん』

 

 だいぶ鬱憤を貯めていたようで、どんどん出てくる。

 

「俺も思ったよ。で、その両親がどうしたって?」

『それがね? 休憩中にずんずんスタジオに入ってきて、出演者皆に挨拶してたの。“うちの子なんです。よろしくお願いします”って。それがただの挨拶ならいいんだけどさ……

 ご両親に業界内での影響力があるらしくて、そこからはもう息子さんに下手な事言えない! 知らなかったじゃ済まされない! みたいな雰囲気になっちゃって、すごい重苦しかったんだよね……特に若手芸人さんは萎縮しちゃって、お通夜状態?』

 

 うわー……想像できてしまう。

 

「大変だったなぁ……」

『先輩との撮影とは雰囲気ぜんぜん違って変に疲れたー……あっ、でもね? 司会者の島さんだけは毅然としてて凄かったよ。家族全員にまとめて、それとなく“現場の雰囲気を悪くするな”みたいな事も言ってたと思うし……』

 

 島さんか。彼は芸歴も長いし、圧力に対抗できるのだろう。

 芸能界の力関係というのはまだよくわからないが、久慈川さんは嘘は言わないだろう。

 今の発言は彼女の本心から出た言葉に聞こえた。

 

 ……もし本当に佐竹一家のやり方を快く思っておらず、対抗する力もあるのなら……

 万が一の場合は彼の協力を得られる関係を作っておけば心強いな。

 後で近藤さんに伝えておこう。

 

 いい情報を教えてくれたお礼に、久慈川さんにも軽くほのめかしておく。

 ついでに1つ、将来への布石を……

 

「それはそうと久慈川さん。散々話させてから言うのもなんだけど、発言と相手には気をつけろよ?」

 

 正直、今の会話は俺の方から悪口につながる発言をして、彼女が話しやすいよう仕向けた。

 だけどもし俺が悪意を持って、この話を相応の場所に広めたりしたら……

 そういう人間も世間にはいる。彼女にはそんなつまらない事でつまづいてほしくない。

 

『うっ……』

 

 漏れ聞こえるうめき声。想像ができたようだ。

 

「俺は別に何も企んではいないし、この件で久慈川さんを脅そうとも思わない。けど、世間には利益目的や単純に楽しむために悪口や秘密をばらまく奴もいるから、気をつけてくれよって話だ。

 俺もここの所“鶴亀”って雑誌に目をつけられてるみたいでさ……」

『そういえば……あれって今も続いてるの?』

「夏休みのあたりでばっちり対応したのが効いてるのか、表立ってインタビューとかは来なくなった。けど今度は裏でこそこそ動いてるみたいなんだよ」

 

 地元で元同級生にインタビューしてたり、こっそり文化祭に潜入して記事書いてたり。

 

『先輩も大変なんだね』

「慣れてきたけどな……まぁ、だから愚痴を言いたくなるのも分かる。それにずっと溜め込み続けていたら、それはそれで心と体に悪い。だから愚痴を言うなとは言わないけど、相手を選ぶようにな。もし俺でよければいつでも話は聞くよ」

『わかった。先輩ありがとね! でも相手としてはどうかな~? 先輩ってたまに意地悪だしな~』

 

 声に明るさが戻った。オーラは見えないが、からかうように言えるなら大丈夫か。

 

「おいおい……まあ候補の一人にでもしておいてくれればいいさ。俺の場合は江戸川先生や近藤さんに話してるし、久慈川さんならまずマネージャーの井上さんに話すのもいいだろうし」

『それもそ、ちょっとごめんなさい』

 

 どうしたんだろう?

 漏れ聞こえる音から察するに、電話の向こうで誰かと話しているようだ。

 

『おまたせ!』

「何かあったの?」

『お母さんがちょっと。こんな時間に何を長話してるんだって』

 

 言われてみれば、確かにそんな時間だ。

 

「今日はこのくらいにしておこうか」

『うん、それじゃまたね』

「仕事頑張れよ、りせちー」

『りせちー?』

 

 ……うっかり"りせちー”と呼んでしまった。別にいいか。

 

「将来的に久慈川さんはそう呼ばれるようになるよ。それをちょっと先取りしただけ」

『え~……私もっと大人っぽいのがいいな~……りせちーって、なんかロリっぽくない? これから高校生、大学生にレベルアップしていくのに将来的にそれってどうなの?』

「そこまでは知らないよ。文句ならそんなキャラ付けして売り出す自分の事務所に言ってくれ」

『……わかった。じゃあもし本当に事務所からそんな提案がきたら、バシッと言ってやるんだから!』

「えっ!? マジで!?」

『決めたもん。絶対決めたもん! じゃあそういう事で、先輩おやすみなさ~い♪』

 

 何か言う前に電話を切られてしまった。

 冗談だとは思うけど、もし本当にりせちーを本人が拒否したらどうなるんだ?

 

「呼び方がりせちーじゃなくなる? ……ヤバイ、想像つかない……」

 

 彼女の芸能活動に、悪影響がない事を祈る……


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