影時間
~タルタロス・16F~
今日からタルタロス探索を再開。
かなり久しぶりなので気を引き締めてと思ったが、
「先輩、全然手ごたえがないです」
「クゥン……」
「だよなぁ……」
俺だけでなく天田もこれまでの練習で強くなっているし、コロマルも元々持っていた経験で十分戦えている。シャドウが2,3匹いても俺たちの誰か1人いれば十分、そんなのが3人も集まって行動していたら、低い階層では全く戦闘訓練にならない。
素材はそこそこ集まるけれど、それにしたってもっと上層の方が良い素材が手に入りそうだ。宝石の種類も豊富になるだろう。
「やっぱりこの壁をどうにかして上に行くしかないと思います」
「そうなんだけど、自然に開くのを待ってたら来年になるんだよ。あと開け方も分からない」
力ずくで打ち抜くことはできなくもなさそうだけど……
「ッ!!」
オーロラの壁へ瞬く間に8連打を叩き込んでみたが、
「……やっぱり駄目だ」
オーロラは大きな揺らぎを見せるが、貫くには至らない。
「あと一歩で貫通しそうな所まで行ってる気がするけど、腕が通るぐらいの大きさじゃとても通れないよ。それもすぐ塞がっちゃうし」
ちなみに3人での一斉攻撃でも足りなかった。
「ワフッ?」
「ここを通るしか方法はないのかって? ……心当たりがないわけではないけど、かなりリスクが高い。影時間になる前に学校に忍び込んで、建物の変化に巻き込まれるんだ」
要は山岸さんが特別課外活動部に加わる時のイベントを真似ること。
どこに飛ばされるか分からないから上手くいけば壁の先に行けるかもしれない。
ただし中間をすっ飛ばして、いきなり最上階付近に出る危険もある。
「俺達も強くはなったけど、さすがに最上階付近にいきなり突入は無謀だと思う。上の階層に出てくるシャドウは単純に強いだけじゃなくて、魔法や武器に対する耐性や反射能力も備えてるはずだし、即死魔法も使ってくるから」
「地道に登って慣らしながら行かないと……ってことですね」
「ワフゥ……」
「こうしていても仕方ないですし、もう一回素材集めに行きますか?」
「そうだな、取り残したものもあるかもしれないし……」
こうして俺たちはタルタロスを周回した。
……
…………
………………
翌日
10月13日(月)試験期間開始
~空き教室~
今日から中間試験だ。
事前に予告があった通り、俺だけ他の生徒とは隔離されて試験を受ける。
試験を受ける教室は普段使われていないようで、椅子と机は俺の分だけ。
ド真ん中に設置された席に座っていると、やがて二人の先生方が入ってきた。
馴染みのない男の先生と鳥海先生だ。
二人は俺の使う椅子と机、制服のポケットや袖口から筆記用具の中身に至るまで確認。
さらに試験の諸注意を受け、
「試験前、最後の勉強はするか?」
男性教師のこの問いかけに“今更慌てても仕方ないので不要です”と答えたところ、その場でカバンごと教科書も預けることになった。
徹底している。
「面倒くさいし気分は良くないと思うけど、これだけやっとけば“不正はなかった”って後で胸を張って言えるから。今回は我慢して頂戴」
鳥海先生から憐れみ? のような視線と励ましの言葉をいただいたところで予鈴が鳴った。
俺は席に着き、先生方は前と後ろから俺を挟み込むように待機。
「これがプリントね。まだ見ちゃダメよ」
そして約5分後、中間試験が始まった。
……
…………
………………
事前に勉強した成果が出ている。
過去問から予想したヤマも外れていない。
動画を作りながら復習したおかげで、解き方が楽に思い出せる。
解答用紙に答えを記入する間に、次の答えが分かってしまう。
……動き続けた手が止まった。
見直しも含め、10分少々で完璧に問題用紙が埋まってしまった。
……
…………
………………
夜
~自室~
新しい苗が届いた!!
明日、早速植えてみ……?
何だろうか? 箱に違和感が……これか!
なんと箱の底が二重底になっていた!!
苗を全部出し、そっと内蓋を開けてみると、
「……“ファンレター”?」
丁寧かつ妙に美しい文字でそう書かれた封筒が出てきた。
「どうしてファンレターをこんな手の込んだ方法で隠すのか……しかも名前書いてないし……あ、もしかして中村さんか?」
箱の送り主だから封筒にまで書かなかったのかもな。
……ファンレターなんて、もらった事が無い。
なんだか緊張してきた!
「……」
「葉隠ー! いるかー!?」
「!? あ、いるよ!」
クラスメイトの声だ。
「勉強教えてほしいんだ! 明日のテストが不安でさ!」
「あぁ……ちょっと待て! 今ドア開けるから!」
ファンレターは後にしよう。
……
…………
………………
影時間
~タルタロス~
試験期間なので動画撮影も誰かと遊びに行く予定もなく、放課後の時間を休憩に使用。
その分、精力的に素材集めを行った。
……
…………
………………
翌日
10月14日(火)
~空き教室~
今日も変わらず中間試験。
動き出した手は、解答用紙を埋めるまで止まらない!
……
…………
………………
夜
明日からまた中国拳法の練習が始まる。
次回の先生は本当に厳しい先生らしい。
念のためにタルタロスも取りやめて、体を休めておくことにした。
……
…………
………………
翌日
10月15日(水)
放課後
~校舎裏~
試験期間中だが、予定通り中国拳法の練習が始まる。
しかし直前になって問題が発覚。
「ええっ!? 言葉が通じない!?」
目高プロデューサーの悲鳴のような叫びが校舎裏に轟いた。
「微妙に分かる部分もあるんですが、語順や接続語? が前回で勉強した中国語と違うみたいですね……まったく分からない部分も多くあります」
「以粵語發言, 我不只講粵語」
今回、指導をしてくださるのはかの有名な“八極拳”の達人、陳
『中国はとても国土の広い国で、昔は地域によって使う言葉が違ったんです。それを中国政府もなんとかしようと、君が勉強していま僕とこうして話している“普通話”を作り、これを使うように広めていました。しかし施策された当初から厳密に守られていたわけではなく、一定以上の年齢から上は普通話が喋れない人もいます。陳老師も広東語しか喋れません』
「――と、いうことらしいです」
一緒に来ていた普通話が喋れるお弟子さんに通訳してもらい、なんとか事情を把握。
「……じゃあ、とりあえずお弟子さんに通訳をお願いしようか」
「そうですね。そうしていただければ最低限の指示は聞けますから、ひとまずはそれで大丈夫だと思います。ただ直接理解できた方が便利なので」
「わかってる。丹羽君!」
「はい!」
「どこでもいいから広東語の辞書と教科書を探して買ってきてくれ!」
「わかりました! すぐ行きます!」
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
そして撮影開始。
「テレビの前の皆様こんばんは。アフタースクールコーチング受講生の葉隠景虎です! 今日から挑戦させていただきますのは、かの有名な八極拳! 名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか」
自己紹介から先生の紹介と続き、早々に練習開始。
まずは前回習った中国拳法の基本功を老師に見ていただく。
『老師はすぐに套路の練習に入っていいと言っています』
「ありがとうございます!」
前回以上のスピードで話が進み、初日の段階で八極拳の套路を見せていただけた!
しかし……陳老師の指導は穏やかで丁寧だ。厳しいという話はどこへ行ったんだろうか?
……
…………
………………
夜
~自室~
明日に備えて広東語を習得。
練習がてら翻訳の仕事で広東語の試験を受けてみる。
ついでにロシア語の試験と、いくつか仕事もこなしておく。
好きな時に好きなだけ。
引き受けた分をしっかりこなせば文句は言われない。
そういうサイトだけれど、なんとなく間が開くとサボっている気分になる。
不思議だ……
……
…………
………………
影時間
~タルタロス~
今日は戦闘を完全に天田とコロ丸に任せた。
どうせ過剰戦力なので、俺は後をついていきながら、学んだ套路から自在に動けるよう訓練する。
翻子拳を学んだ時のように、呼吸に注意して……
……
…………
………………
翌日
10月16日(木)
放課後
~校舎裏~
昨日練習した套路を披露すると、またしても老師から一発OKが出た。
『見事だ見事。周君から聞いてはいたが、本当に覚えが良いようだ。この分ならもう次の段階に進んでもよかろう』
そう言ってにこやかに笑う陳老師。
そして対照的に表情が暗く、やや青くなりつつあるお弟子さん。
『次の段階はその套路をもっと実践的に使えるようにする。まずは私と彼で見せてあげよう』
ふたりはカメラの前で向かい合い、“
「ウグッ!」
たかと思えば、 老師の崩拳がお弟子さんのみぞおちに突き刺さっていた。
『これをやる』
『これ、殴られるのですか?』
『大丈夫大丈夫、加減はする。どう力を加えられたか、どう力を加えればいいのか。実際に体験すればすぐに理解できるぞ。套路の中には当然、攻撃の防ぎ方も含まれている。だからそれを使って防御してもいい。套路に込められた意味も考えて、一緒に身に着けられる練習じゃ』
とてもにこやかに言ってますが、お弟子さん立ち上がれなくなってますよ……?
『修行が足らんな。哈哈哈哈哈!』
『いや哈哈哈! じゃなくて、大丈夫ですか!?』
『な、なん、とか……師父はとにかく、実践させ、体験させる主義で……ウッ……』
『さあ始めようかね』
相変わらず笑顔で、何事もなかったように始めようとする陳老師。
実際、何とも思ってないようだ。彼にとっては普通の練習なのだろう。
この人の“厳しい”とはこういう意味かと理解した。
そして始まった練習では、これまでの人生で最も苦痛を伴ったかもしれない……
打撃耐性があるにも関わらず、老師の打撃はとてつもなく効いた。
80を超えた老人なのに、親父以上の威力がその拳と肘に込められている。
親父と殴り合っていた経験が無ければ、吐いていたかもしれないが……
耐性による威力軽減と“食いしばり”、そして慣れと根性でなんとか耐え抜いた!!
しかしダメージは甚大だ……
「うっぷ……まだ気持ち悪い……」
『上等上等。よく一度も弱音を吐かずに最後まで頑張った。最近の若い子はすぐにダウンして休憩を挟むが……実によく鍛えられた体じゃな。おかげで何度か加減を間違えたわ』
『老師!?』
加減間違えてたのかよ!?
『冗談じゃ、冗談。しかしだいぶ強めに打っていたのは本当じゃよ』
『そうですか……』
本当に大丈夫なんだろうか、この爺さん……
腕に関しては散々見て味わったから疑いの余地はない。
なんだかんだで練習の効果は高かったようで、八極拳の動きはだいぶ身についた。
ダメージを減らすために必死になっただけじゃないと思いたい……うん。
あと老師は攻撃に“気”を使っていることも分かった。
肉体のエネルギーを効果的に使うことで、あの老体であの威力を出しているようだ。
はっきり言って陳老師は小柄だし、体つきからしておそらく筋肉の量も俺の方が多い。
散々この身に受けたあの威力、きっと俺にも出せるはずだ。
八極拳を通して陳老師の気の使い方を学べば、パワーアップできる可能性は高い!!
良い師に巡り会えたかもしれない。けれど、そこはかとない不安が拭い去れない……
とりあえず今夜もタルタロスは後ろから見学して、体を休めよう……