人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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237話 好事魔多し

 夜

 

 ~自室~

 

 先日撮影した翻子拳の回が無事放映された。

 

 ……特に問題もないみたいだし、寝よう。

 なんだか疲れてしまった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月17日(金)試験期間終了

 

 朝

 

 ~自室~

 

「ん……」

 

 朝っぱらから携帯が鳴り響いた。

 アラームではなく電話のようだ……

 

「もしもし?」

『葉隠様、近藤です。朝のお忙しい時間に申し訳ありません。一点、登校前にお耳に入れておきたい事が』

 

 こんなに突然、何が起こったんだろう?

 疑問に思い、続きをお願いすると、

 

「ネットで炎上!? 昨日の放送が?」

 

 記憶力や学習能力について騒がれる事は想定の範囲内。それが悪い方に向かったのか?

 

『それとはまた別件です。最初その件で騒がれているところに所謂“荒らし”を行う人々が書き込みを始めまして……内容は稚拙な言いがかりと言っても良い物ですが、元々の話題と合わせて議論が拡散しているようなのでご注意ください』

 

 話題にされても驚かないように。

 何か聞かれたら下手な対応をしないように気をつけてほしい。

 そういう連絡だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼休み

 

 ~教室~

 

 午前中のテストを終えて、皆との昼食。

 ここでの話題はやはりというか、今朝連絡をもらった炎上の件だった。

 

『葉隠影虎、試合中に踊る』

『真面目に戦えよ。それだけでテレビに出れてる分際で』

『ダンスの動きをステップに応用? そんなの高校生にできるわけがない。下手な工夫をする前に基礎をみっちり身に着けるべき』

『そもそも彼は奇抜な行動と工夫を履き違えているんだと思う』

『対戦相手に失礼だとは思わないの? 相手への配慮が見えない』

『真田選手がかわいそう』

『選手人気も重要なプロの場合はパフォーマンスも見逃されてるけど、アマチュアボクシングの規定では無駄な動き・パフォーマンスは明確な禁止行為。だからこの試合は葉隠の反則負けで真田選手の勝ちだろ』

『強いのかもしれないが、礼儀は伴ってないね』

『格闘家失格。ただの喧嘩屋』

 

 携帯の画面を俺への批判が流れていく。

 

「葉隠君もすっかり有名人になっちゃって、大変だねぇ」

「いや、俺は割と平和だよ?」

 

 島田さんが言うように騒いでるのは書き込んでる人々で、俺は完全に蚊帳の外だもの。

 それにいざ批判コメントを見ても、怒りも何も湧いてこない。

 格闘家失格なら失格で構わない。そもそもの目的は格闘家になる事じゃない。

 喧嘩屋はむしろ納得。

 

「それに擁護って言うとあれだけど、俺を認めてくれた人のコメントの方が多いし」

 

 批判コメントはどちらかといえば少数派。

 しかも近藤さんが言うには、連投された批判コメントで作られた流れに違和感があるそうだ。

 

「確かに……話が落ち着きそうになると混ぜ返す人が必ず出てる。それに乗って同じ議論を続けてる感じ……もしかして、そういう業者の人なのかな? こういう事して報酬をもらう人もいるらしいし……」

「近藤さんもその可能性が高いって言ってた。回線を変えて別人を装ってるみたいだけど、技術力はそんなに高くないとかなんとか……」

 

 専門外の俺には全く判別のつかない世界だ。

 

「当分は様子見だよ。と言うかそれ以外にできる事もないし」

「そうだよなー……ってかさ、オレッチとしては影虎の記憶力の方が聞きたいんだけど。辞書と教科書あれば外国語を10分程度で覚えられるとかマジ?」

「それはマジだ。ただしそれで完璧にできるのは読み書きに限る。会話は辞書の発音記号が頼りの状態で、実際に会話をして修正していくしかない」

「十分すぎるわっ! つか、めちゃくちゃ羨ましいんですけど!?」

「あー、それはあるよねー……」

「葉隠君が頭いいとか記憶力がいいのは知ってるつもりだったけど、氷山の一角だったんだね。私もちょっとその記憶力を分けて欲しいかも」

「普段俺らがそういう事言った時たしなめる側の西脇と理緒にまでそう言わせるなんて、葉隠恐るべし! だな」

 

 友近から、からかい混じりの羨望を感じる……

 それだけではない、会話を耳にしたクラス中の生徒が頷いた。

 俺の記憶力が知れ渡った事で、クラスメイトから一目置かれたようだ!

 

 ちなみに順平や友近の表情とオーラは明るい。

 試験期間中でもこうして笑い合う余裕があるみたいだ。

 事前の勉強会と動画の効果が出ているようで嬉しい。

 

 さて、残るは1科目。最後まできっちり終わらせてこよう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 試験も終わり、心置きなく八極拳の練習……になるはずが、陳老師とお弟子さんは異様に長い槍を持っていた。その長さはなんと3メートル20センチ。

 

「中国武術は本来武器術とセットで学ぶ物。八極拳の使い手として有名な“李書文”もこの“六合大槍”を得意としていた。そして槍の技術は拳での戦闘にも応用が利くのでな、今日はこの槍を使って練習をしてもらおうか」

 

 こうして人生初の“槍”の練習が始まった。

 

 ここで技術を身につけて、天田に教えてやろう。

 

 最初はそう考えていたが……

 

「……くっ!」

「穂先がさがっとるよ。もっと真っ直ぐに」

 

 この槍、思った以上に扱いづらい。

 まず、何と言っても長い。そしてそれだけ重い。

 それによってコントロールもしにくくなる。

 特に問題なのは、突きの動作。

 

 重点を置いて学んでいる突きは長い槍のリーチを最大限に活かす突き。

 そのために穂先と反対側、柄の先端ギリギリまで持ち手を押し出す。

 これがもう、重さと長さで両手にかかる負担が大きく穂先もブレてしまう。

 老師の突きとは雲泥の差だ。

 

 ……腕の力だけではどうしても槍を支えきれない。

 しかし明らかに腕力で劣る老師は同じ槍をいとも簡単に操る。

 問題は腕力ではなく技術。体の動かし方。全身の力の使い方。

 

 まずは振り回した槍の勢いに、逆に振り回されてしまう体を安定させる事から始めよう。

 動きに振り回される体を重心の移動で安定させる……

 槍を突き出す動きと同時に行われる、両足を揃える動き。

 ここで若干、椅子に腰掛けるように重心を後ろに傾ける。

 タイミングは早くても遅くてもいけない。

 伸びていく槍と後ろへの重心移動を調和させ、“やじろべえ”の如く。

 倒れないように。揺らぎを小さく。そして体はどっしりと安定したまま、まっすぐに突く!

 

「良い良い、筋は良い。今日はこれ以上新しい事はやらん。その調子で槍の扱いをその身に刻み込むんじゃ」

 

 反復練習を重ね、一番の問題点を修正できた。

 同じように、教わった槍の型全ての動きを修正。

 時に支え、時に勢いに乗り、不安定な体を重心移動で次の動きに繋げていく作業に没頭する。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

 日が落ちて、撮影終了が近づいた頃……汗だくになった体は槍の重さと長さから生まれる勢いを活かし、舞い踊るように槍を振っている。今朝方批判のコメントを読んだばかりだが、やはり格闘技にはダンスの応用が有効だ。特にこの槍はこうして使うのが正解だと確信した。

 

 振る、突く、払う。あらゆる動きを始める瞬間、停止状態から物を動かすために力が必要。

 軽い武器なら少しの力で動くが、この槍は重いだけ多くの力が必要になり、負担になる。

 だから動きを止めず、勢いを次の動きに繋げれば余計な力を使わずに済む。

 それは体力の消耗を抑え、呼吸を乱さない連続攻撃にも繋がる。

 

「……」

 

 最後の型が静かに終わる。

 同時に陳老師があまり鳴らない拍手をしながら近づいてきた。

 

「槍の型もひとまず十分だ。今日はここまでにするけれど、最後にひとつ見せてあげよう」

 

 彼はお弟子さんを呼んで“貼山靠”と指示し、お弟子さんはすぐに実行。

 

 貼山靠は体当たりの一種で、腕や足を伸ばせないほどの接近戦を挑む八極拳では基本となる技の一つ。前に出した両手を振り、勢いをつけて背中から老師へ突撃。

 

「グッ!?」

 

 お弟子さんは同じ動作をした老師によって、逆に弾き飛ばされてしまった……

 そして老師は何食わぬ顔で俺の持つ槍を渡せと要求。

 俺が槍を渡すや否や、両手で単純な突きを繰り返す。

 

「……!!」

 

 老子の突きは型の一部に含まれる、柄を両手で握り、腕の振りで敵を突く突き方。

 その腕の動きが貼山靠の腕の振りに近い!

 

「分かったかい?」

 

 老師ははじめに“槍の技術は素手にも応用できる”と仰っていた。

 これはつまりそういう事なのだろう。

 

「素手に応用できる所は他にもたくさんある。明日はまた昨日のように対打をやるつもりだから、そこで今日の成果を存分に発揮しておくれ」

 

 にこやかに不安な宣告をされたが、今日の練習は身になる事の多い内容だった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 影時間

 

 ~タルタロス~

 

 天田に六合大槍の型を教え、俺は実戦の中で槍の腕を磨く事にした。

 ただし槍は練習で使った物を半分程度の長さで再現したドッペルゲンガー。

 老師から聞いた話では、ちょうどこのくらいの“六合花槍”もあるらしい。

 

 最初はこれまでの戦い方との違いにとまどい、とっさの行動に遅れが生じた。

 しかしコロ丸のフォローもあって本当に危険な状態には陥らずに済んだ。

 そして帰宅を考える頃……

 

「!!」

 

 “槍の心得”と“二連牙”を習得した!!

 

 ……二連牙はともかく、たった1日の練習と実戦で槍の心得を習得?

 なんだろう、随分と早いな……そういう事もあるか。

 

「どうかしました?」

「ワン!」

「大丈夫だよ。新しいスキルを覚えただけ」

 

 そういえばこれまで天田に色々アドバイスしてたっけ。

 ほぼ我流の天田の隙を指摘するくらいだけど、それも役に立ったのかもしれない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 10月18日(土)

 

 朝

 

 ~校舎裏~

 

 学校は試験後とあって休日。

 よって今日は朝から練習だ。

 

 昨日の老師の宣言通り、実際に当てる“対打”と“散打”の中間のような練習が行われた。

 

 俺が少し上達すると、老師は少し本気を出す。

 その結果、ダメージは受けるが上達もする。

 強制的に実力を引き上げられていく感覚と、腹の底から熱い液体がせり上がる感覚。

 二つの感覚がせめぎあう……


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