4月21日
影時間・月光館学園巌戸台分寮
「美鶴、分かった……もう嫌と言うほど理解した……」
「本当に分かっているのか? 今回は不審者として処理ができそうだが、シャドウの存在が公になれば」
「まぁまぁ桐条君、真田君も反省しているようだからこれくらいにしておこう。もう夜遅いどころか影時間まで終わりそうだ」
「……理事長がそうおっしゃるなら。……明彦、もう一度だけ言っておくが、今後は迂闊な発言は慎め。お前も有名人としてもてはやされ、注目を集める人間なんだ。お前自身の意思にかかわらずな」
「骨身にしみた……」
長時間の説教による疲れから、ラウンジのソファーに深くもたれかかる真田。
それを見た桐条は不満そうな顔を隠そうとしない。
「本当に、はぁ……」
「ははは、こうなると真田君も形無しだねぇ。それと桐条君」
「はい、何でしょうか? 理事長」
「君が申請した新型補助装置の開発依頼、あれが通ったよ。来週から研究が始まるそうだ」
「本当ですか。それはよかった」
「ただ、まだ補助装置は現状使用しているものが最高性能だ。それ以上となると完成が何時になるかは分からない。気長に待っていてくれ。あとは昼に頼まれたシャドウや影時間についてのデータは作戦室のコンピューターに入れておいたよ」
「ありがとうございます」
「しかし驚いたよ、急に資料が欲しいだなんて。やはり桐条君も先日のイレギュラーの事で?」
「それもありますね。一つはイレギュラーの件があったため、一つは私は今後のサポートに備えるため。それから……」
「? 他にも何か理由が?」
言葉を切った桐条に、月光館学園の理事長と特別課外活動の顧問を務める幾月修司が先を促す。すると桐条はためらいがちに口を開いた。
「もう一つ。今日たまたま聞いた占いが気になり……」
「占いだと!? 美鶴、熱でもあるのかっ!?」
「……待て明彦、確かに占いを論理的な理由とは言えない。だが、世間には占いを行動の理由とする者も多く居ると聞く。なのに何故、私は体調不良を疑われねばならないんだ? そして叫ぶほどにおかしいか?」
「お、おかしいとは言ってないだろう! ただ珍しかっただけだ!」
「僕もちょっと驚いたけど、お年頃の女の子としては普通じゃないかな?」
「理事長、棒読みで言葉に感情が微塵も感じられませんが……私も別に占いを全面的に信用しているわけではありません。あくまで先に述べた二つの理由に加え、少し心当たりのある占いをされたため気になった、と言うだけのことです」
「普段の様子を考えると占いをしたこと自体が驚きなんだが……」
「っ、オホンッ! で、どんな内容だったんだい?」
真田の言葉に眉を寄せた桐条に問うことで、幾月が無理やり話を変えた。
桐条は占うまでの経緯を話し、続いて占いそのものについて話す。
まず内容はタロット占いであること。
引いた七枚のカードは一枚目から順に
搭 意味:苦境
戦車の逆位置 意味:困難・障害・悪戦苦闘・現状維持
運命 意味:良い方向への進展 物事の好転期 決断する時
皇帝の逆位置 意味:論争あり 自己中心的 未熟 精神的な弱さ 不安定
節制 意味:意識の移り変わり 成長 時の流れを見直す 自制心 忍耐
刑死者 意味:試練に耐える 難問題に出会う 復活 変転の時 極限の選択
審判の逆位置 意味:見当違い 不本意な選択 拘束 知識不足 間違った方向
であること。
そして総じて出た結果が
「私は過去から現在に至るまで乗り越えることが困難な苦境に立っている。
未来にはそれが改善するが、周囲では論争が尽きない。
見当違いや知識不足で間違った方向に進んでしまう。
私が望むのは成長であり、そのために自制と我慢を自らに強いている。
……望みの項目で時の流れを見直す、という意味を伝えられた時はドキリとさせられたが、基本は誰にでも当てはまりそうな内容だ。しかし、最後の結果が見当違いや知識不足ならば、この機会に情報を見直してみるかと思い立った。それだけだ。根拠のある理由ではないが、悪い事でもないだろう」
「確かにそうだね。知識はあればあるほどいい。裏のない素直な理由だね、占いだけに。んふふふふふっ」
「明彦もどうだ? その足では満足にトレーニングもできまい」
「この足でもできるトレーニングはあるさ。それより美鶴、その病院に運ばれた小学生は」
「あれっ? 二人とも無反応かい?」
「ああ、あの時の少年だ……」
親父ギャグを完全にスルーされた幾月が気づかれなかったギャグの説明を始めかけ、スルーして始まった二人の会話の内容に気づいて口を噤む。すると部屋の様子が一変した。
「影時間が終わったな……それで容態は?」
「怪我は元々それほど大きくはなく、検査では脳に異常も見られなかった。当分は安静が必要だが、体は問題ない」
「体は……」
「気になるなら、会ってみるか?」
「馬鹿を言うな。母親を奪った加害者の俺達が、どんな顔で出て行けると言うんだ」
「だろうな。荒垣もあの事件でここから出て行ってしまった。戻ってきてほしいが……なりふり構わなければ謝罪はできると言うのに、動かない私達には強くも言えないな」
桐条が後悔や苦悩が混ざった次長の言葉を吐いたことで場が沈黙する。
それを切り裂いたのは一本の電話だった。
音源の無い深夜の静かなラウンジに、携帯電話の着信音が鳴り響く。
「一体誰だ? こんな時間に……シンジ!?」
自分の携帯電話の表示を見た真田はすぐさま応答した。
「シンジ!」
『……うっせぇよ……電話でどなるな』
「そんなことよりどうした? 何かあったのか?」
『チッ、何かあったのはテメェの方だろうが。お前が怪我をしたって話を小耳に挟んだぞ』
「耳が早いな」
『んなことが聞きたいんじゃねぇ。大丈夫なのか?』
「足をやられたが問題なく治るそうだ。次の試合には間に合わないが、その分はこれをやったシャドウに……っと、そうだシンジ!」
『んだよ、うるせぇな……』
「俺に怪我を負わせたイレギュラーがまだ街中にいるかもしれん、気をつけろ。なんならここに……」
『もどらねぇ、っつってんだろ。アキ……注意はしておく。それから近くに桐条は居るか?』
「居るぞ、ちょっと待て。美鶴、お前にだ」
「……久しぶりだな、荒垣」
『ああ。面倒だから用件だけ言う。アキの奴をよく見といてくれ、ちゃんと相手をみて喧嘩を売るようにな。あとは……お前もアキも、あまり無茶すんなよ』
「先の二つはお前が戻ってくれば解決するが、難しいのだろうな」
『……勝手に抜けて悪いとは思ってる』
「いいんだ。気持ちは分からなくもない。しかし、もしいつか戻る気になったら、いつでも戻ってきていい。私たちは歓迎する」
『……じゃあな』
「待ってくれ」
『……何だ?』
「……明彦から聞いたとは思うが、今街には明彦に怪我を負わせたイレギュラーがいる可能性がある。十分に気をつけろ。それから、もし見かけた場合は連絡して欲しい」
『……分かった、
「頼んだ」
その一言を最後に電話が切られ、ラウンジの三人は相変わらずだと軽く笑ってその場は解散となる。
真田明彦は桐条美鶴の説教を受けた!
幾月修司は親父ギャグを言った!
しかしスルーされてしまった!
美鶴は自身の強化に向けて動き始めている……
荒垣真次郎は特別課外活動部の二人に忠告をした!
ただし核心は隠した!
前話に続く妄想の産物。
短くてすいません。