人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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239話 八極拳・練習終了

 翌日

 

 10月19日(日)

 

 朝

 

 ~校舎裏~

 

『違う拳法?』

『その通り。今日は気分を変えて“劈掛(ひか)掌”を教えよう。前回学んだ手技主体の翻子拳が、足技をカバーするために戳脚を学ぶように。私は八極拳と供に劈掛掌を教えている』

 

 至近距離での戦闘を重視する八極拳。

 そこで遠い間合いでの戦い方をカバーするための劈掛掌だそうだ。

 その相性は“八極と劈掛を共に学べば神さえ恐れる”という言葉があるほど。

 

 神さえ恐れる……個人的に心が惹かれる言葉でやる気が出てくる。

 そして練習が始まると、やはり最初は套路から学ぶことになった。

 

 劈掛掌の特徴は力を抜き、大きく振り回す腕の動きと曲線的な歩法(歩き方)。

 2つが合わさり縦横無尽に、しなやかに振り回された腕は遠心力を加えて力強く敵を討つ。

 

 そもそも名前の由来からして、上から下へ振り下ろす動作を“劈”。

 逆に下から上打ち上げる動作を“掛”と呼び、基本拳は握らず掌で行う。

 故に“劈掛掌”。

 

 しかしこれは……

 

『ほぅ、八極拳よりも筋が良いのぅ』

 

 老師のおっしゃる通り、八極拳よりも性に合っている気がする。

 特に“飛虎拳”という套路が妙にしっくりきた。

 それにこの腰を支点に上下左右に振り回す腕……若干バスタードライブに近い。

 

『む? 套路の反復だけでここまで生きた動きができるか。よし、少し打ち合うとしよう』

『はい!』

 

 記憶に残るバスタードライブの動きを参考にすることで、急速に動きが身についた!

 そして痛みを伴う訓練が始まった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~自室~

 

「最近アレだな……」

 

 練習やバイトが無いと、飯食いに行くか部屋で過ごす割合が増えている気がする。

 散歩とか“意味もなく出歩く”って事がなくなってきた。

 順平たちと微妙に時間が合わないから遊びに出る気にもならんし……

 

「……集中力切れてきてるな……一旦まとめておいて休むか」

 

 暇を持て余して考えていたのは、“ペルソナの偽装”について。

 

 文化祭の後、演技の要領でキャラクターを作り、ドッペルゲンガーの変形と保護色にアルカナシフトを組み合わせれば、擬似的なペルソナチェンジが可能になる。これを利用すれば万が一俺がペルソナ使いとバレた場合でも、以前桐条先輩達と一戦交えた“翁”であることはバレずに済むかもしれない……

 

 そう先月のベルベットルームでドッペルゲンガーから聞いていたが、俺はいまだにキャラクターが作れずにいた。

 

 ネットで世界の神話や物語に目を通して考えてみたが、色々ありすぎて逆に困る。

 姿は様々でも実際はどれもドッペルゲンガーなので、スキルは自由に使える。

 使えるが……別のペルソナということをアピールするにはある程度制限した方が良いかも?

 耐性とアルカナはコロコロ変えるとチェンジがバレる危険が高まるので、そこは固定。

 さらに特別課外活動部の前では1つのペルソナしか使えない事にする、となると……

 

「基本的に何でもできる万能型のペルソナを装うのがベストなんだよなぁ……姿を変えても使える技には変わらないし、自分で技に制限かけてピンチになるとか馬鹿らしいし……ピンチになって突然使えない力使い始めたら怪しいし……今日はこんなとこかな。あ、パラダイムシフトの耐性変更はポイント制にした方が分かりやすいか……これだけ替えとこう」

 

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 現在の耐性:光・闇無効(4)4属性耐性(4)物理耐性(3)=11ポイント

 

 ・ヒソカ(翁)用

 ペルソナ名:未定

 アルカナ:隠者

 耐性:打撃耐性(1)斬撃無効(2)貫通無効(2)光・闇無効(4)雷耐性(1)氷耐性(1)

 戦闘方法:隠蔽、保護色を利用した暗殺&召喚シャドウ+魔法。

 備考:物理の無効化に重点を置くスタイル。氷と雷は氷結と感電による行動不能が怖い。

   感電防御と氷結防御のスキルが入手できれば、物理の完全無効化も可能……?

   格闘戦を行うと変な所で勘の良い脳筋にばれる可能性がありそうなので後方支援中心。

 

 ・ペルソナ使いとバレた後用

 ペルソナ名:未定

 アルカナ:未定

 耐性:光・闇無効(4)火無効(2)雷無効(2)氷無効(2)風耐性(1)

 戦闘方法:回復と~カジャ系魔法の活用&接近戦

 備考:魔法攻撃を耐性でほぼ無効化し、有効な攻撃は物理攻撃に限定したい。

   ポイントがあと3つあれば、風と貫通を無効にする(魔法無効化+飛び道具の無効化)

   有効な攻撃を物理に限定することで、得意の接近戦に持ち込めれば万々歳。

   ヒソカ用とは真逆に自分から突っ込んでいくタイプにする。

 

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「そういや無効・反射・吸収のスキルばかり集めて万能属性以外無効。昔やったなぁ……エリザベスに挑んだら開幕からのメギドラオン連発で死んだけど」

 

 3のエリザベス戦はそういう仕様だったらしく、知らずに突っ込んだ俺は見事に返り討ちにあった記憶がある。こういうとこ性格出るよな。

 

「あとは姿と名前をどの神話の誰に当てはめるか……一息入れて考えよう」

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月20日(月)

 

 昼休み

 

 ~生徒会室~

 

「どうしてこうなるんだ」

「桐条先輩、元気出して下さい。俺が言うことじゃないかもしれませんが」

「いや、葉隠は悪くない。気持ちはありがたく受け取る」

 

 生徒会室での昼食中、ため息の尽きない桐条先輩や俺たちの前にあるのは一冊の週刊誌。

 

「鶴亀って本当にしつこいね……葉隠君に目をつけてたのかな」

「十中八九そうだろうな。そして節操がない。前に葉隠を否定するような記事を書いたかと思えば、今度は葉隠の味方のような書き方だ」

「売れるなら何でもいいんでしょうね」

「まったくだ」

 

 やや行儀は悪いが、記事に目を通しながら食事を勧める。

 内容は先日の試験期間について。俺がこれまでの試験結果で、証拠がないにもかかわらずカンニングを疑われ、別室で試験を受けていたことが書かれている。

 

「しっかりチェックは受けましたけど、ここまでひどくはなかったですよ」

「退学の危機……これってアレだよね? 今回の結果が悪かったら、過去のテストに遡及して退学になるって一時期流れたデマ」

「匿名で在校生に話を聞いたようだし、デマを信じきった生徒が証言したのか、デマと知りつつ話題目当てで書いているのかわからんな」

「おかげでまた理事長が忙しそうにしている……そうだ葉隠」

「何でしょう?」

「これを理事長から預かっている。いつものだ」

 

 封筒に入った給付型奨学金15万円を手に入れた、ということは?

 

「今回も全教科満点でのトップだ。君への疑いは完全に晴れた」

 

 学園は今度のテスト結果を正当に評価してくれたようだ!

 当然といえば当然だけれど、これで最低限の良心がある事が分かった。

 

「葉隠くんよかったね! あ、そうだ良かったと言えば」

 

 暗い話題を打ち切るために語られた会長の話は、

 

「この前のカツアゲ騒動、一晩で収まったらしいね」

「奪われた金も男子寮の郵便受けに、反省文と共に投函されていたそうだ」

「反省文、何か意識を変えることでもあったのか……?」

「不思議ですね」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 今日は八極拳の練習に戻ったが……

 

『今日は手足の鍛え方も教えておく』

 

 老師が用意させたのは、砂鉄が埋まった袋。

 この砂鉄袋に腕を叩きつけて体を鍛えるらしい。

 

 そして言われるがままに練習を始めたのだが、

 

『そこまで。この練習は中止だ』

 

 との一言。

 何か問題があったのかと聞けば、俺があまりに楽々とやっているので、もっとレベルを上げるらしい。そして老師は高台の手すりや壁に近づき、おもむろに自分の腕を打ち付け始めた!

 

 その手すりや壁は石造りのはず。だが老師は砂袋と同じように叩いている……

 

『これがちょうどよかろう。今と同じように、ここに腕を打ち付けなさい』

『わかりました』

 

 先ほどの砂鉄袋はまだサンドバッグのようだと思っていたが、今度は石の柱。

 大丈夫かと思いつつ打ち付けると、打撃耐性のおかげで思ったほどの痛みはなかった。

 

『衝撃に耐えられる強い体を作るとともに、しっかりと威力を乗せる練習じゃ。君の体は鍛えられていて、普通よりも強い。だからもっと遠慮せず打ちなさい。無意識の制限を取り払うのだ』

 

 こうして俺は石の柱に体を打ち付けることで、潰れるか潰れないかギリギリまで、限界までしっかりと力を込める練習を行った。

 

 そしてやはり、練習を続けると相応の痛みが伴った……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

 ~部室横・ビニールハウス~

 

 14日に植えた“ヒランヤキャベツ”が見事に成長していた!

 

「今更だけど早いよ……」

 

 初回なので魔術も使っていないのに、立派なキャベツができている。

 

「ヒッヒッヒ……細かいことは置いておき、これがヒランヤキャベツですか。あらゆる異常を直す野菜、心が踊りますねぇ。しかし数が少ない。これは残念だ」

「10個もあれば十分でしょう。苗を注文すればまた届きますし」

「それはそうなんですがねぇ」

 

 キャベツの情報を共有した時、江戸川先生の反応はすごかったしなぁ……

 自ら毎日様子を見たり、手入れまでしていたし。

 

「とにかく収穫して次の分を植えましょう」

「そうですね。ああ、取り分は研究用に私が6個、影虎君が試用と調理用に4個ですよ」

「わかってます」

 

 江戸川先生とヒランヤキャベツを収穫した!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 近藤さんから色々と連絡を受けた。

 今日はスケジュールの確認が主な内容で、来週は別番組の収録も決まったようだ。

 意外だったのは、目高プロデューサーの担当している健康番組“ヘルスケア24時”。

 診察と検査を必要とする番組のため見送りになると思っていたが許可が下りた。

 撮影は超人プロジェクトの発表後。俺がテストケースと知れ渡ってから。

 検査に関わるドクターやスタッフは全員本部から派遣された人が担当するらしい。

 自主的に場所と設備をプロジェクトの医療チームが担当、撮影された映像はチェックする。

 そういった厳しい情報管理の下でOK、という条件がつけられたようだ。

 

 条件を出した近藤さんも、飲んだプロデューサーも。

 チェックできるならしといて損はないけど、なぜそこまでして撮影するのかと思わなくもない。

 断るという選択肢は無いのだろうか……

 

「さて、連絡も宿題も終わったし、キャベツで何が作れるか調べてみるか」

 

 キャベツ料理と言えば、定番はロールキャベツかな……あ、

 

「そういえばファンレターを貰っていたような」

 

 苗の詰まった段ボールに、隠すように同封されていた不思議なファンレター。

 

 後回しにしてすっかり忘れていた!

 

 しまったはずの机の引き出しを見てみると、奥の方に入り込んでしまっている。

 連絡してくださいとか書かれてたら申し訳ないな……

 いや、こういうのは個別に対応しない方がいいのかも……?

 

「……なんだこれ……」

 

 封筒の中には一枚のカードに丁寧な書き出しで、綺麗な文字が書き連ねてある。

 送り主の名前は“霧谷(きりたに)長船(おさふね)”。

 内容によると、苗の生産者のようだ。

 ここまでは普通だけれど、その後がおかしい。

 

 次の書き出しは――“作物の効果に気づいていらっしゃいますか?”

 

 その後は住所と、心当たりがあれば一度会って話がしたい、の一言だけだった。

 

「イタズラ、じゃなさそうだ……」

 

 その手紙を苗と一緒に送ってこれるのは、中村さんか苗の生産元くらいだろう。

 隙を見て忍び込ませるほどの内容とは思えない。

 何より、野菜の効果に俺は心当たりがある。

 

 しかし何を考えてこんなメッセージを送ってきたかがわからない。

 

「とりあえず近藤さんに連絡するか……」

 

 その後、連絡すると彼も不思議に思ったようで、

 

『まずスケジュールなど、確認いたします』

 

 との一言。

 この件はひとまず彼の連絡を待とう。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月21日(火)

 

 放課後

 

 八極拳の練習は今日が最終日。

 一週間の集大成として、今日まで学んだ全てを披露する。

 

『始めなさい』

 

 まずは套路の披露から。

 小架、単打、四郎寛……

 学んできた套路のひとつひとつを丁寧に行う。

 小架は八極拳の基礎であり、重要な套路。

 単打は攻防の変化に富む套路で、老師との打ち合いでは参考になった。

 四郎寛は他2つをより発展させた難易度の高い套路。

 難しい套路を理解するために、簡単な套路に戻り、また難しい套路へ戻る。

 それをこの一週間は繰り返した。されど全てを理解したとは思えない。

 

 しかし、何も身につかなかったというわけでもない。

 

 “震脚”

 

 八極拳特有、というわけではないらしいが、八極拳で有名な歩法。

 套路を学び始めた頃は大きな音を立てていたが、強く地面を踏むだけでは意味がない。

 地面を踏みしめて“体を支える”、そして“力を十全に相手へ伝える”こと。

 

 運動の第三法則。作用反作用の法則とも呼ばれるこの法則は、同一線上にあり、力の大きさが等しく、互いに反対向き、と定義される。これは人が物を押す時、物を押す手には、手が物を押す力と等しい力が、物から手へ伝わるということ。

 

 これは何かを殴る時も同じ。何かを殴れば、それと同じだけの押し返す力が拳に加わる。

 その押し返す力に負けないよう体を支え、むしろ逆に押し込むように脚力を爆発させる。

 “腕の三倍と言われる脚の筋力を、相手に接触した部分を通して力を伝える。”

 変な言い方だが、“拳で蹴る”。そんな感覚……

 

 さらに腰の力、腕の力もまとめて一つにした力の塊を、無駄を排した最小限の動きで叩き込む。

 

 “八極、すなわち八方の極遠にまで達する威力で敵の(防御)打ち開く(破る)

 

 それが八極拳の理念であり、八極拳の完成形……そして陳老師の技。

 たった一週間の練習では到底届かない深み(・・)を見た。

 

 今回、八極拳を学んで手に入れたスキルは槍に関する技術のみ。

 格闘に関しては特に何もなかったけれど、今後の課題は見えた。

 1/10秒、1/100秒、認識できていなかった極々わずかなタイミングのズレ。

 それを見直し矯正することで、威力を向上させることができそうだ!

 

『そこまで! この一週間よく頑張った。君にこの言葉を贈ろう……“力は骨より発し、勁は筋より発する”……その真の意味、君なら研鑽を続ければ理解できるはずだ』

 

 こうして陳老師との、八極拳の練習が幕を閉じた……




影虎は劈掛掌を学んだ!
ペルソナの偽装が難航している……
鶴亀が動いた!
影虎が隔離されて試験を受けたことが脚色されて暴露された!
桐条は頭を抱えている!
影虎は手足を鍛えた!
影虎と江戸川はヒランヤキャベツを収穫した!
影虎はヒランヤキャベツを4個手に入れた!
影虎はファンレターを思い出した!
ファンレターには怪しいメッセージが書かれていた……
八極拳の練習期間が終了した!

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