~天城屋旅館・温泉~
「フー……骨休めにちょうど良かったかもですね……」
「これがジャパニーズ・オンセン……ベリーグッド……」
「普段はシャワーで済ませる方が多いのですが、たまにはこうしてゆったりとお湯に浸かるのも良い……」
天城屋旅館は温泉だけの利用も可能だった。
残念ながら、看板娘の天城雪子さんは真面目に学校へ通っている時間だったけど。
この温泉だけでも十分に来た甲斐はあった。
「天城屋旅館。スバラシイ」
「突然訪ねたにも関わらず、丁寧な案内と風呂上がりのサービスまで対応していただけるとか。機会があれば宿泊してみたいものです」
「……そういえば冬休みとか夏休み、部活で合宿もできるんですよね」
PSP版のゲームで女性主人公を選び、運動部に所属すると夏休みの合宿イベントがある。
あれは確か八十稲羽高校との合同練習だったっけ?
そのための宿泊施設として、天城屋旅館が利用されていた。
……冬休みも合宿ってできるんだろうか? できるんだったらうちの部で合宿やりたいな。
「いいですね。……ところで話は変わりますが、あの商店街のアートのお店」
「だいだら.が何か?」
「話には聞いていましたが、この目で見るまで半信半疑でした」
「ああ、うん……銃刀法とか完全無視ですよね……」
「Mr.葉隠が店長と話している間にいくつか触らせていただきましたが、弾を込めれば実際に撃てそうな銃もいくつかありましたよ」
4の探偵王子、直斗の武器は銃だったっけ? てかもうこの時点であるんだ。
あの店、本当によく捕まらずに営業できてるよな……
「葉隠様のご親戚も中々個性的でしたね」
「あはは……」
天城さんと同じ理由で看板娘には会えなかったが、店長のおじさんには会えた。
“イヤー、影虎君。オオキクナッタネー!”
“コンナ、急ニクルトハオモテナカタヨー!”
“アマリ、オモテナシデキナクテ、ゴメンナサイネ”
あの人はれっきとした日本人のはずなのにすごいカタコトだったな……
なんでも“The・麺道”を読んでああなったらしい。
「一体どういう本なんでしょうか」
「俺、持ってますよ。普通……いやかなり詳しく麺料理のことを紹介しているだけの本だと思うんですが」
よっぽど感化されたのだろうか……
他にもMOEL石油。四目内書店。四六商店。丸久豆腐店。巽屋。
その他まだ閉店していない商店街のお店を見て回った。
しかしあの2店を超えるインパクトはどこにも無かった。
「しかし情報は集まりましたね」
「そうですね」
苗を探してもらった愛家のおじさんを含め、何人かにそれとなく聞き込みをした結果、
手紙の送り主である霧谷長船という人物が間違いなく実在していること。
苗や園芸用品を取り扱っている兼業農家の息子さんであること。
まだ中学生であること。
さらに礼儀正しく親切で、畑や家の仕事をよく手伝い、学校の成績も優秀。
近所ではそこそこ有名な好青年であることが判明。
「そんな好青年が、何でまたあんな手紙を送ってきたのか」
「葉隠様、心当たりは?」
「野菜の効果に気づいているか? ってことでしたし、野菜が関係しているとは思いますが」
それ以上はさっぱりだ。
……まぁ会って話してみれば分かるだろう。
とりあえず今は温泉を楽しむことにしよう。
……
…………
………………
温泉の効果か、体調が“絶好調”になった!
……
…………
………………
午後
~指定された住所~
「ここで間違いないんですよね?」
「はい。間違いなくここですね。表札もかかっていますし」
学校が終わる頃、指定された住所は八十稲羽市のはずれ。山道を少し登ったところにポツリと建つ古民家だった。まるで麓の街から切り離されたような立地で、建物の古さとあいまって不思議で不気味な雰囲気を漂わせている。
だが、ずっと立っていても仕方がない。
意を決して呼び鈴を鳴らす。
すると、
「はい」
よく通る声が玄関の中から響き、やがて静かに扉が開かれた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
扉を開けたのは、今時珍しい和装に身を包んだ中学生くらいの男の子だった。
「初めまして。葉隠影虎と申します」
続けて近藤さんとチャドさんの事も軽く紹介。
「貴方がお手紙の……?」
「はい。あの手紙を送った、霧谷長船と申します。遠い所をわざわざお尋ねいただき、真にありがとうございます。まずは中へどうぞ」
……見た目は中学生。
実年齢も中学生のはずだけれど、ずいぶんと落ち着きがある子だ。
言動もオーラの流れも穏やかで、大人びていて。誰かに高校生と紹介されたら信じそう。
謎の多いメッセージの送り主だが、第一印象は悪くない。
しかし普通の中学生ではなさそうだ……
言葉に出来ない違和感を抱く俺を、彼は穏やかな笑顔で応接間らしき座敷に案内。
一度席をはずしたかと思えば、お茶を用意して戻ってきた。
「粗茶ですが」
「いただきます……美味しいですね」
素直に美味しい。
「気に入っていただけたようで良かった」
柔和な笑顔を浮かべているが……油断できない。
なぜだか、中学生を相手にしている気がしない。
本題である野菜の話を聞きたいが、焦って話を進めるのは危険だとすら感じる。
何が目的か、彼は何者なのか。
会ってみてさらに謎が深まる。
そんな俺に対して、
「改めまして、遠い所をようこそお越しくださいました。そしてあんな失礼な手紙で呼びつけてしまい、申し訳ありません」
彼はあっさりと手紙の事を口にした。
……自己紹介と挨拶だけで、後はただ意味不明な質問と会いたい事だけ書かれた手紙。
失礼といえば失礼か? 俺は心当たりがあったから、そっちの方が気になったけど。
「失礼とは思いませんでしたよ。初めてのファンレターで嬉しかったですし、それに内容もある意味簡潔で分かりやすかったです」
「ありがとうございます」
よっぽど不安だったのか? 彼は胸をなでおろし、身に纏うオーラは喜びの色に輝いた。
「うちの苗はいかがですか? 中村さんから、気に入っていただけているらしいとは聞いていますが……」
「おかげさまで育ちもよく、満足しています」
「それは良かった。これまでお送りした苗は元々、この八十稲羽の在来種として古くから種が受け継がれ、生産され続けてきた作物なんです」
「へぇ……あまり聞かない品種だとは思っていましたが、それは知りませんでした」
そこで彼はお茶を一口飲み下し、俺を正面から見据えて口を開いた。
「一般的な品種ではないですからね。歴史が古いだけ、それぞれの野菜に不思議な逸話が残っていたりもしますが……それらの逸話は単なる作り話ではなく、野菜が秘めた“特殊な効果”に起因する物です。
……一般的な人がそれに気づくことはまずありませんが、葉隠さん。貴方は気づいていますね?」
あの内容でここに来た事実がある以上、隠す意味はない。素直に認める。
でも彼はどうして、俺が気づいている事に気づいたのだろうか?
「今日お会いするまで確証はありませんでした。ただ突然うちの苗を大量に注文する人物が現れて、しかもその本人が最近テレビで騒がれている葉隠さんだと知って、注目していたんです。そうしたら不思議な発言や何らかの能力を持っていることを匂わせる発言があったので、もしかしてと思いました。
あとは注文していた苗ですね。プチソウルトマトはともかく、カエレルダイコンは生育環境の影響を受けやすく、八十稲羽以外の土で育てると本来の味が出ません。そんな苗を葉隠さんは変わらず大量に買っていくので、味以外に目的があるのではと」
ぶっちゃけあまり美味しくならない。
そんなカエレルダイコンの苗も変わらず大量に買い続けたから……本当だろうか?
それに、先ほど口にした“今日会うまで確証がなかった”。
それはつまり、俺と会って確信を持ったということ。
単純に俺がここに来たから知っていると判断した、というだけではなさそうだ。
そう聞いてみると、
「まず気配が違うと言いますか……魔術師やその素養がある人は、話せば感覚的に分かるんです。それに、
……普通なら信じられない事を平然と口にしてきた。
「感覚で分かる物なんですか?」
「僕はなんとなく。ただ僕以外に分かるという人と会った事はないです。顔が狭いので、もっと探せばいるかもしれませんが。それから、確信に至ったのは手紙です」
彼は若干気まずそうに手紙に仕掛けをしていたと答える。
「仕掛け?」
特に目立つ物は無かったはず……
そう思い出しながら、懐からあの手紙を取り出す。
一応持ってきてはいたけれど、改めて見直しても仕掛けのようなものは見当たらない。
「葉隠様、そちらが例の手紙ですか?」
「はい。特におかしくないですよね?」
「……」
「近藤さん?」
どうしたんだろう? 厳しい目で手紙を凝視している。
「葉隠様、本当にこれが送られてきた手紙で間違いありませんね?」
「間違いありません」
「私は必要最低限の文面しか書かれていないと聞いていたのですが」
「? 書いていませんよね?」
何度見直しても、書かれているのは目の前にいる男の子の自己紹介と質問。
心当たりがあれば会いたい事と、住所だけが書かれた手紙だ。
「……葉隠様、私には便箋の一番上から下までびっしりと文字が書かれているように見えます。必要最低限の内容ではありません」
「!?」
同じ手紙なのに、俺と近藤さんで見ている文面が違うようだ。
これが“仕掛け”と見て間違いないが、どうやって?
「手紙を貸していただけますか?」
言われた通りに手渡すと、
「“――”」
彼は手紙を眺め、明確に意味があると感じさせる何かをつぶやいた。
それが何語かは分からない。
しかし同時に魔力が手紙を包み、弾けるように消え去った事だけは分かる。
「どうぞ」
と言って差し出された手紙には、先ほどまで殆ど白紙だった面影がない。
綺麗な文字と言う点だけは変わらず、細かい文字で上から下まで埋まっていた。
そしてそれを取り囲む、額縁のようなデザイン。
よく見ればデザインの一部に、この一年で慣れ親しんだ文字が織り込まれているのがわかる。
「ルーン魔術」
彼もオーナーと同じルーン魔術を扱うようだ。
「ご推察の通り、この手紙には“読んだ方が魔術師・あるいはそれに準ずる何らかの特殊能力をお持ちの場合のみ、手紙の文面を認識させず、別に用意した文面を認識させる”というルーン魔術を仕込んでありました」
先ほど、手紙の書き方が失礼だったと謝られ、それに俺は簡潔でわかりやすかったと答えた。
その時点で俺が魔術師用の文面を見たことは確信できたわけだ。
つーか……江戸川先生、Be Blue Vのオーナー、シャガールのマスター、アンジェリーナちゃん。
夏休みに事件起こしたのも、悪魔召喚をしようとした魔術師団体だし……
魔術師って世間から隠れているだけで結構多いのかな……?
「手紙に関しては仕掛けをしていたことも含めて、どちらを読まれても少々失礼かと思っていたので……」
「そのあたりは特に気にしていないので」
それ以外に気になる事が多すぎて、そこはもうどうでもいいわ。
ここまできたら素直に聞いてしまおう。
「どうして俺を呼んだのか。それが今一番知りたいです」
俺が野菜の効果に気づいた。魔術が使えると確認できた。
目的は何なのかを教えてもらいたい。
問いかけると、彼はこれまでにないほど表情を引き締める。
「……では、率直に申し上げます」
その真剣な声には、目の前の少年が中学生と言うことを忘れさせるほどの圧を感じた。
俺だけでなく、隣に座る2人も息を呑むのが分かる。
「葉隠さん……」
背筋を伸ばし、真っ直ぐに俺を捉えていた視線が頭ごと下へ向かう。
「僕に、葉隠さんの力をお貸しください!」
……………………ん? どういうこと?
影虎たちは八十稲羽を満喫した!
影虎は天城屋旅館の温泉に入った!
体調が絶好調になった!
残念ながら原作キャラとは遭遇できなかった!
手紙の送り主の情報を手に入れた!
謎の少年・霧谷長船と出会った!
霧谷は魔術師だった!
霧谷には何か頼みがあるようだ……