人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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243話 内家拳・練習開始

 翌日

 

 10月24日(金)

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

 朝からごく普通に授業を受け、放課後はまた新しい中国拳法の練習が始まる。

 酔拳? 蟷螂拳? 蛇拳? 今度は何という中国拳法なのか、記憶にある中国拳法の名称を思い出しながら撮影に向かうと、プロデューサーに呼び止められた。

 

「葉隠君、ちょうど良かった。今回の撮影なんだけどね、これまでとはちょっと違う感じでやってもらいたいんだ」

 

 と、言いますと?

 

「簡単に言うと“ご褒美ロケ”って感じかな。前回の陳先生がだいぶ厳しかったでしょ? あとマンネリ化を防ぐためのテコ入れってやつ。もちろん中国拳法は勉強してもらうんだけど、それ以外にも中国の文化とかの紹介を加えてもらう形になる」

 

 さらに詳しい説明を受け、本番へ。

 

「今回の課題は……内家拳! そしてそれを教えてくださる先生が、こちら!」

「黄です。よろしくお願いします」

 

 黄先生は力士のような体格にダルマのようなヒゲ、そしてスキンヘッドのやや威圧感の強い風貌の中年男性。しかし撮影前に少し挨拶をした時には実に気さくで話好きな人だった。日本語も上手い。

 

 もしかして陳老師と同じタイプの人かとも思ったが、それも違うらしい。

 

「中国拳法をその特徴や技の性質で分類する時に使われる用語で、内家拳と外家拳という言葉があるんだ。内家拳は筋力ではなく気功や内功、体の内から力を発して用いることを念頭に置いている拳法。対する外家拳は鍛えた体や筋力で相手を倒す拳法のことを言う。まぁ他にも色々あるけれど、長くなるので割愛する。

 ただしこれはあくまでもその拳法がどちら寄りの理念を持っているか、という1つの分類にすぎない。実際は内家拳に属する拳法の修行でも体は鍛えるし、外家拳に属する拳法の修行にも気功や内功を取り入れている。もっと言えばどちらを優先するかの問題だね。熟練者になると境目なんてあってないようなものさ」

 

 だから呼び方に固執する必要はない。大切なのは練習だ。

 黄先生はそう語る。

 

「? しかし内家拳が中国拳法の分類となると、複数の拳法がそこに属していることになりますよね? 今回学ぶ拳法は具体的に何という拳法ですか」

「それなんだけどね。内家拳には“内家三拳”と呼ばれる代表的な拳法がある。それは太極拳・八卦掌・形意拳だ」

「! どれも聞いたことのある名前」

「そうだね。この三つは数ある中国拳法の中でも特に有名なものだ。君には今週一週間で、この3種類をそれぞれ練習してもらう」

 

 一週間に3種類!?

 あまり練習中に、特に練習に入る前からこういうことは口にすべきではないと思うが。

 

「それはさすがに無理では?」

 

 そんな俺に、黄先生は笑顔でこう言った。

 

「大丈夫さ! どのみち一種類でも難しいからね!」

 

 いまいち意味が分からないので、中国語でさらに詳しい説明を求める。

 

『内家拳は基礎と型の鍛錬そこに真髄があるのさ』

 

 内家拳は体や筋肉に頼らないため、力の発し方1つ取っても分かりにくい。

 10年、20年と長い時間をかけて基礎訓練を行って身につけるものだとのこと。

 だから太極拳・八卦掌・形意拳、それぞれ2日ずつかけて基礎と型。

 さらに体作りの方法なども平行して教えていただける。

 

 一週間で一つの格闘技を極めるのは最初から無理。

 この番組はそれを承知の上で、どこまでできるかを試す番組。

 そう考えて思考停止をしていたかもしれない。

 

 まさに逆転の発想。

 

 極められないことを前提に、後々自分で研鑽できるように基礎に絞って数を学ぶ。

 それが今回の課題。成果を発揮できるかは俺の努力に委ねられたわけだ。

 

「分かってもらえた所で、今日は練習を始める前に簡単な実力確認をさせてもらうよ」

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 実力テストということで先生に言われるがまま、これまで学んだ翻子拳、八極拳、劈掛(ひか)掌の型からそれぞれ自分が得意だと思う1つを披露した。

 

「いい感じだね。では続けてもう一つ」

 

 先生は今回初めて高台の片隅に設置されていた、運動会の放送席のような長いテントへ向かい手招きをする。

 

「? これは……」

 

 テントの中には撮影機材と、縦一列に並べられている多数の蝋燭。

 その距離は2メートル。

 

「お願いします」

 

 先生がそう言うとスタッフさんが一斉に蝋燭へ火を灯す。

 そして先生は足元の白線を指し、その場へおもむろに立って構え、

 

「……!」

 

 鋭く息を吐いて全身を震わせるように掌底を突き出す。

 次の瞬間、掌から放出される“気”の流れ。

 それは蝋燭の上をかすめながら直進し、次々と灯されていた火を消していく。

 

『おおっ!』

 

 そして最後の火が消えると、スタッフさんたちから拍手が巻き起こった。

 

「葉隠君、次は君の番だ」

 

 気を使った技。

 できないことはないが、やってもいいのだろうか……

 テレビ的なことは考えすぎなくていいと言われているが……

 

 と言うか説明もなしにやれと言われても、普通なら絶対に成功の余地がないと思うのですが?

 

 逡巡していると、黄先生はそっと俺の肩を押して白線の縁へと導く。

 

「自信を持って、君なりのやり方でやってみなさい」

 

 ……よし。

 

「では……いきます!」

 

 宣言してからソニックパンチを放つ。

 拳の延長線上を飛ぶ気の塊が火を打ち消しながら進んでいく。

 

『おおっ!?』

 

 できると思っていなかったのだろう。

 感心や拍手ではなく、純粋に驚愕の声がそこかしこから飛んできた。

 しかし……

 

「……ちょっと失敗したなぁ……」

 

 残念ながら先生のように、全ての蝋燭の火を消し去ることはできなかった。

 軌道が若干左上に反れてしまい、最後の3本には火が灯ったまま。

 それでも黄先生からは十分との言葉が出てきた。

 

「撮影された今の映像を見ると、おそらく何らかのトリックを疑う人が出てくるでしょう。それくらい気功という言葉は胡散臭く聞こえるかもしれません。ですが、気功というものは、それを知る者からすれば、道具と何も変わりません」

 

 カメラを前に、黄先生の演説が始まる。

 

「私が日本の生徒を指導している時によく聞かれるのが、“寸勁”、“浸透勁”、“発勁”そして“気”。これらについて、とても多くの生徒が質問をしてきます。そして大概の生徒は、それらをまるで魔法のような“超人的な能力”と考えています。ですが、それは大きな間違いです。

 こう言うと必ず、気や勁とは一体何なのか? という質問が来るので、私はいつもこう答えます。それは“力とその使い方”です、と」

 

 発勁はそもそも“力”を“発”する事、その方法を指す。

 

「浸透勁。この言葉は本来中国にはありませんが、意味合いとしては相手の体の奥底まで染み渡るような攻撃のことでしょう。それならば、自分の攻撃の威力、力をいかにして相手の体まで伝えるか、その方法と言えます。

 そして寸勁。これは“ワンインチパンチ”とも言われ、至近距離からでも十分な力を乗せられる体の使い方。近年ではもう科学的に検証されていますし、そういったテレビ番組を見たことは無いでしょうか?」

 

 スタッフの中からあるある、という声が聞こえてくる。

 

「でしょう? 現代は寸勁のみならず中国拳法、さらには世界各国の格闘技も同じです、科学的に検証され研究される。それが可能な、物理法則なのです。決して魔法のような奇跡の超能力ではありません。体の使い方と、それにより生み出される結果なのです。それを現代のように科学的検証ができない大昔から、連綿と伝えるために編み出されたのが気と勁の概念。

 ただし、それも説明を聞いただけでは意味がない。人が実際に自分の体に秘められている気を自覚するには鍛錬をしなければならない。十分に知覚できるまでには長い時間がかかり、自在に操るには更なる時間を要する。だからこそ気功を知らない人には不思議な超能力に見えてしまう。それだけなのです」

 

 これまでの誰よりも流暢に、かつノリノリで。

 カメラに向かって気がオカルトや迷信の類でないと説明をしている先生。

 彼は次に俺へ水を向けた。

 

「そして葉隠君。彼は既に気を理解して使える領域に、独学で達していたんですね。私が次の指導を担当すると決まった後に、陳老師から伝えられました。彼は自分が教える前から気について理解している、そういう動きをしていたと」

 

 カメラが一斉にこちらを向くが、どんな顔していいかわからない。

 そこに更なる援護が入る。

 

「ただし、葉隠くんの気の扱いはまだ拙い」

 

 ん……やっぱりか。

 

「独学でここまでできれば十分だし、すごい才能だよ。そこは自信を持っていい。ここからさらに上達する余地もある。そして内家拳の練習はその問題点を改善するために役立つ。今日から一週間、もう一段上への進歩を目指して頑張ろう」

「はい! よろしくお願いします!」

 

 内家拳の練習、そして気功の訓練が始まった!

 

「まずは站樁功(たんとうこう)から。足を肩幅に開いて腰を落として、腕は前に、こう柱に抱きつくように円をつくるんだ。そう。そして姿勢を維持したまま上半身はリラックス。それが“上虚下実”。これをまずは30分、できるならもっと長く続けてみよう」

 

 ここから特に何をするのではなく、姿勢を維持し続けることが内家拳の基礎練習。

 呼吸を整え、重心を安定させると座禅に近い精神状態になってくる。

 実際この練習は立禅(りつぜん)(立って行う座禅)とも呼ばれるらしい。

 

 ……限界まで立ち続けた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 練習後

 

 ~部室~

 

 帰る前に、江戸川先生から呼び出しを受けた。

 

「呼び止めてすみませんねぇ。ヒランヤキャベツの効果について確認しておきたくて」

「大丈夫ですよ。俺も野菜のことは詳しく知っておきたいですし」

 

 霧谷君との契約で、野菜の宣伝をすることになっている。

 対象商品についての理解を深めておくことは大切だ。

 とりあえず先日の実験結果と乾燥について、先生には話しておく。

 

 すると先生からの報告もあるようだ。

 

「私からはこちらを」

 

 取り出されたのは、小さな緑色のカプセル剤が詰め込まれたプラスチック容器

 まるでサプリメントのようだけど……

 

「もう試作品が出来たんですか?」

「凍結粉砕機にかけて粉末状にしたヒランヤキャベツを市販のカプセルに充填しただけですけどね。調べたところヒランヤキャベツは栄養価が非常に高く、滋養強壮、食欲増進、精神安定、体質改善などなど……様々な症状の改善に効果のある薬効成分も検出されました。その栄養素や成分を、加熱で失わせることなく粉末にできているはずです。ヒヒッ、他には何も加えていません。ヒランヤキャベツオンリーです。

 摂取量は生の状態で葉を5~6枚でしたねぇ? そうすると……3錠を1回の目安として、水で服用してください。効果が出なければ使用量を倍に増やしても構いません。水分以外はそのままなので、摂取量が十分であれば効果も出るかと。もし何か問題があれば教えてください。私も私で改良を試みますので」

 

 江戸川先生から新薬を受け取った!

 キャベツを丸ごと持ち歩くよりも携行性に優れているし、何より飲みやすそうだ。

 さっそく今夜のタルタロスで試してみよう。

 

「あと、こちらもおまけにどうぞ」

 

 今度は液体の入った小さなプラスチック容器だ。

 しかし妙に高級感漂う箱に収められ、金文字で“Soma”と書かれている。

 

「ソーマを使った美容液の話、覚えてますか? あれの製品版ですよ。本部の方では売り出す準備が着々と進んでいるようで……ヒヒッ。サンプルがいくつも送られてきたのです。

 芸能活動をするなら肌にも気を使った方が良いでしょうし、使ってみては?」

 

 確かに……体調はともかく肌にはあまり気を使っていない。

 特に化粧品の知識もないし、これ使ってみるか。

 


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