翌日
10月25日(土)
放課後
~部室~
いつものように校舎裏で中国拳法の練習と撮影。
昨日の復習に加えて太極拳の型を学び、実際に動いて練習していた。
ゆっくりと、丁寧に動きの確認を続け……少し汗をかく程度で先生は型の練習終了を宣言。
そして現在、俺と先生は部室の厨房に立っている。
作業台にはたくさんの材料が並べられ、その向こうのADさんから撮影開始の合図が出た。
「ということで、場所を移しましたが……先生。この状況はどう見ても料理番組なんですが」
「その通り! ここからは美味しく、体に良い中華料理を作って食べよう。技を磨くだけでなく、体も作っていく。そのためには食べることはとても重要。食べることも修行の内! ちなみに私の実家はそこそこ歴史のある中華料理店、私自身も調理師免許を持っているから味はそれなりに期待していいよ。初日だし簡単なメニューから始めるからね」
黄先生から餃子と小籠包など、本格的な“飲茶”料理の作り方を習いながら作ってみた!
なおその試食の際には、太極拳を学ぶ上で重要な“陰陽”の思想について説明を受けた。
どうやら黄先生の指導は型や体の鍛え方の指導、料理指導、試食しながら戦術理論や思想の解説という形で進めていくようだ。
……
…………
………………
夜
~アクセサリーショップ・Be Blue V~
「何だか久しぶりな感じ」
岳羽さんがバイトに復帰した。
体はもう大丈夫なんだろうか?
「うん、もう平気。ごめんね、ずっと休んでて。あとこの前のフルーツありがとう。高かったでしょう」
俺があれこれ言ったことで負担をかけたようだし、気にしないでほしいと告げる。
「ところで体調崩してる間、病院に行ったりした?」
「……うん。君から色々聞いて警戒してたんだけど、そうこうしてるうちに体調が悪化しちゃってさ……寮母さんに押し切られて、連れてかれた」
「そうか……」
そうなると、岳羽さんの入部は原作より早まるかもしれないな……警戒しておこう。
……
…………
………………
影時間
~タルタロス・エントランス~
「先輩、今日はいつもより多めに素材が集まりましたね」
「ワン!」
「ああ……」
「あれ? 先輩どうしたんですか?」
「ワフン?」
「いや、実は考えてることがあってさ」
黄先生から色々な体の鍛え方を教えてもらったが、そのうちに“毒手拳”の話を聞いた。
「何でしたっけ、どこかで聞いたような……」
「日本だと漫画で取り上げられるやつだよ。長い時間をかけて手に毒を染み込ませて、それで殴られると肉が腐るとかいうやつ」
黄先生はその真実と迷信の部分をはっきりと説明してくれた。
曰く、
薬草や漢方薬を用いて行う修行があるのは事実。
しかしそれは手足にかかる負荷が大きく、怪我をしやすい練習のアフターケア。
手に毒を染み込ませるなんてことをすればまず自分が毒の被害を受けてしまう。
適切に治療を行いながら強靭に鍛え上げられた手足、そこまでに積み重ねた訓練。
それらが1つになって、修行者は敵を一撃で仕留めるまでの力を身につけた。
……ということではないかという話だ。
「へぇ~、そうなんですか。……それで?」
「うん。今話したのが一般的かつ常識的な考え方らしい。でも先生は最後にこう言ったんだ。中国の歴史は古いし、もしかしたら本気で毒を染み込ませることを考えた人もいるかもしれない、と」
先生は冗談のつもりで言っていたが、俺はそれが気にかかっている。
「少しやってみようかと」
「やってみようって……」
「いや、全く何も考えてないわけじゃないんだ。今日の探索では二人のサポートに専念して状態異常魔法を使ってただろ?」
状態異常魔法は様々な効果があるが、どれも魔力を用いて発動している。
さらによく観察してみると、魔力が変質して敵を侵食しているようにも感じる。
まだそんな気がするという程度だが、的外れではないと思う。
「魔力は魔法を使うためにそれなりに操ってるし、状態異常を引き起こす魔力をこの拳や爪に纏えれば、攻撃と同時に状態異常魔法を叩き込めるのではと」
同じ要領で武器に定着させれば、武器に追加効果をつけられるか?
そんなことを考えていた。
「そういえば前にもやってましたね。あの時はデッキブラシを燃やして、持って帰れなくなったんでしたっけ」
「そうそう。前と違って毒なら燃えないだろうし、力を込める部位を穂先……デッキブラシの先端に限定すれば持ち運びはできると思う。
……先に触れたらどうなるかは知らんけど」
「なんだか危なそうですね」
「ワフゥ……」
「とりあえず実験してみようと思う。江戸川先生の薬もあるし」
恐怖、混乱、魅了の精神系は万が一の判断力に不安があるので却下。
気分は悪くなるが、ポイズマを使って実験をした!
その結果、
「先輩、先に触れたら駄目ですね。まぁ、デッキブラシじゃなくて刃物なら気軽に触ることもないと思いますけど……とりあえずカバーか何か付けたいです。武器としては使えると思いますよ」
「そうか。改良の余地はあるな。あと俺の方はかなり練習が必要そうだ」
可能性は0ではなさそうだが、そう簡単にもいかないようだ。
……
…………
………………
10月26日(日)
朝
~テレビ局~
「おはようございます」
入館証を提示して局内へ。
今日はとあるトーク番組の撮影のためにテレビ局へやってきた。
アフタースクールコーチングとはまた違う内容の撮影となのでやや緊張する。
まずは顔合わせからということで、俺と近藤さんは控え室より先に会議室へと通された。
案内のスタッフさんがドアを開けると、団子のように集まっている大勢の女子の姿が見える。
「おはようございます」
『おはようございます!』
先に挨拶をすると、一斉に返事が返ってくる。
声の主の大半はテレビでしか見たことのない顔だが、
「葉隠君だ! 久しぶりー!」
「アフタースクールコーチングの撮影ではお世話になりました」
「元気でしたか~?」
「今日はよろしくね!」
「お久しぶりです! おかげさまで元気でやっていけてます。あの時はこちらこそありがとうございました。今日もよろしくお願いします!」
今日撮影する番組は“アイドルトーク23”。
メインMCからアシスタント、コメンテーターもIDOL23のメンバーが勤めるトーク番組。
アフタースクールコーチングでご一緒させていただいた方々もいた。
さらに、
「せ、先輩~」
「おはよう、久慈川さん」
今日の撮影は久慈川さんも参加すると聞いていたが、先に来ていたようだ。
状況を見た感じ……質問攻めにされていたようだ。
「あはは、ごめんね~」
「久慈川さん緊張してたみたいだからさ、リラックスさせてあげようと思ったんだけどやり過ぎちゃった?」
「ん~、最初は本当に緊張してましたし……びっくりもしたけど迷惑じゃないですから」
明るいキャラのメンバーに聞かれて答える久慈川さん。
オーラを見るに本心からそう言っているようだ。
室内の空気も悪くはない。
が、
「さーて、次は葉隠君の番だね」
「根掘り葉掘り聞いちゃうよっ!」
女子の矛先がこちらへ向いた!
「打ち合わせ前に、親睦を深めるためってことで」
「歳も高校生ならそんな違わないし、クラスメイトと話す感じで気軽に話してよ」
「あっ、でもでも恋愛は禁止だぞっ?」
逃げはしないが、既に逃げ道は塞がれているようだ……
近藤さんは相手方のマネージャーと談笑しつつ情報収集中。
仕方がない。
と腹をくくったその時、
「あら?」
「どうぞー!」
室内にノックの音が響き、近くにいた1人が答えた。そして開かれる扉。
「あっ」
「っ!」
「……」
そこにいたのはBunny's事務所の光明院と佐竹。
入ってきた2人と音のした方を向いた俺。真正面から視線が合ってしまう。
「おはようございます」
とりあえず挨拶をすると、思い出したかのように挨拶が返ってくる。
そして彼らは他の皆さんにも一通り挨拶をすると、俺の所に戻ってきた。
「やぁ葉隠君。君もいたんだね」
「オファーを頂いたので」
「……おかしいな。今日のテーマは“新人アイドル大集合”だったはずだけど?」
相変わらず敵視してくるな……
光明院君はまだ普通に驚いているようだけど、佐竹はあれだ。
“お前みたいな奴が来るところじゃないぞ”
ってな感じの意思をビンビン感じる。
「そこは俺も不思議なんですよね」
ここで揉め事を起こしても損しかない。
同意する形でスルー……したらオーラが露骨に不機嫌になった。
俺に喧嘩売らせて問題にでもしたいのかな?
撮影が始まってもいないのに、なんだか幸先が悪いな。
……
…………
………………
「ではこれはそういうことでお願いします」
撮影前の打ち合わせが行われている。
といっても大半の内容は事前に連絡とアンケートなどで回答済み。
ここではほとんどがその確認なので、全体的にはスムーズに進んでいく。
ただ、一部演出の都合だったり、他の出演者の都合でこの場で通達されることもある。
「では次に……18ページをご覧ください」
トークの中で、先輩からの“アイドルとして一芸を用意しておくべき”という言葉があり、その実例として、とあるメンバーの“エアギター”が披露される予定になっている。
「ここでは皆さんにエアギターを体験していただきますが……ここでは光明院君と佐竹君を前面に押し出したいと考えています」
番組側はあの2人に見せ場を用意しているようだ。
2人のモチベーションも一目でわかるくらい上がっている。
しかし、ここで彼らのマネージャーが口を挟んだ。
「二人はエアギター未経験者ですが、具体的にどの程度のパフォーマンスが求められますか」
「クオリティーは求めていません。トークの流れで楽しそうにやっていただければ」
「そうですか……申し訳ありませんが――」
なんとマネージャーは見せ場を断ってしまった。
「山根さん!? なんで」
「事務所の方針だ。君たちは黙っていなさい」
驚きの声を上げた自分の担当アイドルをすげなくあしらい、彼は語る。
Bunny's事務所はクールな王子様路線で2人を売っていく方針。
和気藹々とした撮影が悪いわけではないが、イメージを壊しかねない内容は認められない。
低クオリティーのパフォーマンスで万が一にも無様な姿を見せるなんてもってのほか。
イメージを守るためなら仕事の選り好みもする。
それが許される力が彼らの事務所にはあるようだ。
「今が大事な時期なのです、ご理解いただきたい」
「わかりました。そうしますと……葉隠君。代わりにどうでしょう」
俺は特に問題ないと思うけど、近藤さんに確認を取る。
二つ返事でOKが返ってきた。
「ではここは葉隠君にお願いするということで」
打ち合わせは問題が解決し、話題は次に移る。
しかし先ほどから感じる鋭い視線はどこにも移らない。
「事務所の方針じゃ仕方ないさ、だからそうカリカリするなよ。俺たちには他の出番もあるし、俺たちが目立つには道化役だって必要だろ」
「ああ……」
……なんだか意外なものを見た気がする。
光明院君が出番を失ったことに不満を持っていたのは明白。
声こそ上げなかったが、先ほどは同じように佐竹も不満を持っていたはず。
それが落ち着いて、今ではまだ納得いかない様子の光明院君をなだめている。
発言に引っかかる所はある。あまりいい印象はない。それは変わらないけれど。
佐竹の意外な一面を知った……!!
「ぅ……」
「大丈夫ですか」
「ご心配なく。例のやつです」
またあの痛みが襲ってきた。
……今は打ち合わせに集中しよう。