人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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246話 薬膳料理

 午後

 

 ~校舎裏~

 

 站樁(たんとう)の体勢で立ちながら、心を鎮めて気の流れを観察する。

 下半身に力を入れ、上半身はリラックスさせている……つもりだ。

 しかしまだ上半身に余分な力が入っているのが分かる。

 主に前に出した腕と繋がる肩、そこから繋がる上半身全体に。

 

 だから意図して力を抜く。

 昨日習った“陰陽”。それは森羅万象を陰と陽、2つに分類する思想。

 太極拳と関係が深いのは言うまでもない。

 

 この状態も陰陽に分類してみよう。

 

 黄先生は站樁の状態は“上虚下実”だと話していた。

 そして陰陽の思想では陽の気は上昇し、陰の気は下降するらしい。

 この2つを融合し、上半身に陽、下半身に陰のイメージを作る。

 

 体内の気を観察していると、些細な動きや力の入れ方で流れは変化しているのが分かった。

 呼吸を整え、重心の移動で気の流れを下に導こう。

 

「……」

 

 気を下げていくと自然に下半身が緊張し、上半身の力は抜けていく。

 だが足に無駄な力が入ってしまい、腕を下げてしまいそうになる。

 これではいけない。

 

 太極拳の太極図が示すように、陰の中にもわずかな陽はあり、陽の中にも僅かな陰がある。

 そして全てはバランスを取り合っている。

 

 それを意識して体内の気のバランスをとる。

 

「……」

 

 バランスを取り、 わずかな動きと気の緩みで崩し、またバランスを取り直す。

 ただ立っているだけに見えて、体内では激しい変化が絶え間なく繰り返される。

 

「そこまで。1時間経ったよ。ゆっくり体を動かそう」

「……そんなに経ちましたか」

「実に集中できていたし、いい感じだ。その感覚を忘れずに次に行こう」

 

 今度は太極拳の套路。

 先ほどの気持ちを忘れずに行うと……動きに合わせて気の流れには偏りが生まれている。

 下がり、上がり、押しては引く。それはまるで波のよう。

 

「!!」

 

 常に滞ることなく流動し続ける気。

 ゆったりとした動きでは無駄な力が抜け、攻撃動作では力が乗るのが分かる!

 

 先生の言葉の意味が理解できた気がして、気づけば套路に熱中していた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 今日は疲れた。早めに寝てしまおう。

 明日は本部から連絡があって、今後について細かい打ち合わせをするらしい。

 集中力を欠くわけにもいかないし……

 

 

 ……“疲労”が取れた!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 翌日

 

 10月27日(月)

 

 朝

 

 ~部室~

 

「今朝、生産元からIDOL24、そして久慈川さんの所属事務所へ“Soma”のサンプルが発送されたとのことです」

「ありがたい……」

 

 昨日の問題解決のため、近藤さんが動いてくれて助かった。

 サンプルの提供で気を引いてくれなかったらどうなっていたことか……

 コミュがあったら確実にリバース状態寸前だった。

 

 ……? コミュ……?

 

「では次に、来月のスケジュールについて。日本時間の10月31日、つまり今月の末日に超人プロジェクトの正式な会見が行われます。つきましては月光館学園の関係各所に迷惑をかけないため、一時的に葉隠様には寮を出ていただこうと思います」

 

 おっと……こっちに集中だ。

 

「以前、目高様から相談されていた“ヘルスケア24時”への出演を受けるという形で、31日の夜。会見が始まる前に都内の病院へ移動、そのまま一週間の検査入院と撮影ができるよう調整しました」

 

 病院は当然桐条グループの傘下でない所。

 撮影スタッフ、病院関係者、ともに細心の注意を払う事などが説明される。

 

「入院中はヘルスケア24時の撮影、マスコミ対応、それから中等部文化祭の準備に使う事になりますね」

「そういえば退院したら翌日は文化祭ですね」

 

 31日から一週間で11月7日。

 文化祭は8日と9日だから、一週間まるまるとは言わないまでも、準備に使えるわけだ。

 

「葉隠様には各国メディアからインタビューに答えていただきますが、それ以外の対応は我々が行います。一時的にサポートスタッフも増員することになっていますし、可能な限り負担を減らすよう務めます」

 

 なので俺は撮影と文化祭に力を入れて欲しいそうだ。

 

「わかりました。文化祭のステージの件ですが、楽曲はどうなりましたか?」

「高等部の文化祭で使用した音楽と振り付け、そしてIDOL23の楽曲については先日話を通しておきました。こちらは文化祭だけでなく、一声かけていただければ動画撮影の方でもすぐに準備ができます」

 

 続けて彼はオリジナルの楽曲とダンスについて語る。

 そちらはどうも芳しくないようだ。

 

「プロの作曲家や振付師に打診していますが、期日までが短いことと無所属の素人ですので……ただ1名、Ms.アレクサンドラがこれまでの縁もあるからと、条件付きで振り付けを引き受けてくださるそうです」

「Ms.アレクサンドラが……」

 

 申し出はありがたい。

 そしてやっぱり業界のコネや付き合いは大事だ。

 

「その条件とは?」

「条件は2つ。まず楽曲の用意があること。そしてその曲が彼、いえ彼女の心を揺さぶるようなものであること、だそうです」

 

 元となる曲がなければそれに合わせた踊りは考えられない。

 また振り付けにはインスピレーションが欲しいらしい。

 

「その代わりに曲が心に響くものであれば、前日でも引き受けると仰っていました」

 

 良い曲が有れば引き受けてもらえる。

 ただしその曲の目処はついていない。

 

「ん~」

 

 近藤さんは可能ならオリジナルでやった方が良いと言っているんだよな……

 

「やっぱり変わりません?」

「そうですね。IDOL23の曲でも文化祭を盛り上げることは可能だと思いますが、あくまで借り物。文化祭のステージとしては“定番”とも“ありふれたもの”とも言えます。他との差別化が難しいですし、何より回数を重ねれば飽きられます。

 単なる趣味ではなく、膨大なエネルギーを回収するための隠れ蓑としてステージを利用する以上、その辺りにもこだわっていくべきだと思います」

「……でしたら一つだけ裏技、と言うか反則技がないこともないです」

 

 オリジナルの曲。新曲。……それはつまり“世間に出ていない曲”。

 そういう曲ならないことはない。

 前世で好み、この世界には存在しない曲が大量に記憶野中にある。

 

「なるほど……葉隠様の前世は同じ日本でも少々異なるのでしたね。それを利用すると」

「はっきり言いますけど“盗作”です。ただしこの世界には権利者がいません。その曲を知る人もいません」

「……黙っていれば誰にも咎められることがない。訴え出る権利を持つ者がいない」

「付け加えるならば、記憶の中にはミリオンヒットを飛ばした楽曲もあります」

「それはまた何とも都合がよく、強力な武器になりそうですね。しかし、その手段を使うことに逡巡などは」

「……今更でしょう」

 

 全くないとは言わないけど、正直もう倫理観とかだいぶ薄れてきてる。

 精々パクるならクオリティを元に近づけたいと思うくらい?

 

「かしこまりました。ではその記憶をアウトプットするために、作曲用のソフトをご用意いたします。それを使って曲をデータ化し、どこかで調整していただきましょう。ゼロからの作曲ではなく、編曲であればまだ可能性はあるかと思われます。最悪、本部のロイド様にお願いしましょう」

 

 清濁併せ呑む。

 

 ……と言っていいのかどうか知らないが、オリジナル曲はその方向で行くことになりそうだ。

 

 そして文化祭の話は終わり、話は次の話題へと移る。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

「う~ん?」

 

 打ち合わせが終わったので、昼食がてらヒランヤキャベツでロールキャベツを作ってみた。

 しかしイマイチだ。味は悪くないけれど、キャベツが柔らかすぎる。

 良く言えばとろけるようで、悪く言えば歯ごたえがない。

 元々ヒランヤキャベツの葉は薄くて柔らかい。

 ロールキャベツとし手を加えたことにより、それが一層柔らかくなっている。

 また、熱で栄養素が壊れたのか生で食べた時のような効果も感じられない。

 どちらかといえば失敗。

 

 生では苦味がきつく、火を入れすぎると効果が薄れる。

 味と効果を両立させるにはまだまだ研究が必要そうだ……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~校舎裏~

 

「今日と明日は“形意拳”を教えるよ」

 

 ということで準備体操のように始まった站樁(たんとう)の後、拳の握り方から指導が始まった。

 

「拳は攻撃の際に相手に触れる、発した勁を流し込む場所だからね。ちゃんとした握り方ができていなければ、相手に十分な勁が流れず威力が減退してしまう」

 

 さらに続けて形意拳において重要な、“五行拳”。

 劈拳(金行)、崩拳(木行)、鑚拳(水行)、炮拳(火行)、横拳(土行)。

 五行説にちなんだ五つの打ち方を学ぶ。

 

 ここまでとてもシンプルで、八極拳に似た印象を受ける。

 

「確かに、形意拳と八極拳はどちらも“動きの無駄を排して、一撃に大きな威力を秘める”という似た特徴があるね。それに形意拳は元々槍術から生まれたとも言われていて、槍との関係も深い」

 

 とても興味深い。

 

 さらに動物の動きを模した"十二形拳”の実演と練習が軽く行われ、今日の練習は終了。

 

 そして部室に戻り、料理の勉強が始まる。

 

「今日のテーマは“薬膳料理”! ……と言っておいて、実はいまいちピンときてません。それから失礼ですけど、なんかマズそうなイメージがあります」

「もしかして漢方薬を料理にぶち込むような想像してないかい? 漢方薬の材料を入れることもあるけれど、薬膳料理とはそういうものじゃない。普段何気なく食べている食材や香辛料にも様々な栄養が含まれていて、それを体に取り込むことで人は生きているだろう? それと同じことさ。

 昔は香辛料が薬として扱われていたりしたし、漢方薬の材料になる食材もたくさんあるからね。薬食同源とも言うよ。食材が持つ効果を無理なく日々体に取り込み、病気や体質の改善に活かす。そのために考えることは……細かいことを言えばどこまでも細かくなるから、今日は基本を教えるよ」

 

 そう言って黄先生は1枚のフリップを取り出した。

 そこには食材の名前が多数羅列され、太い線で5つに分けられている。

 

「食材には“寒”、“涼”、“平”、“温”、“熱”。生で食べた場合に体を冷やす作用のあるもの。どちらでもないもの。体を温めるものに分類できる。これを薬膳では“五気”またはどちらでもない平を除いて“四性”と呼ぶ。食材の効果はそれぞれだけど、基本的に夏の暑い時が旬の野菜は体を冷やす作用、寒い冬が旬の野菜は体を温める作用があるとされているよ」

 

 それは地域の違いでも変わらず、例えば“砂糖”。

 北海道など寒い地域で採れる“甜菜”を原料とする“てんさい糖”には体を温める作用が。

 沖縄など暑い地域で採れるサトウキビには体を冷やす作用があるそうだ。

 

「そして夏のように暑い日なら体を冷やす食材、冬で体が冷えたなら体を温める食材を食べる。体の状態と反対の材料を取り入れることで、どちらかに偏ることのないように。陰陽均等に、調和するように考えるんだ。

 例えば今日なら、もう寒くなってきた。さっきまで海のそばで練習をしていて、終わってからここまでで体が冷えてしまった。そうなると暖める食材を食べるわけだね。

 薬膳には他にも形意拳と同じ五行の考え方に基づいた医学や食材の選び方などがあるけど……それは食事をしながら、五行の話と一緒にしようか」

 

 ここで一通りの説明を終えて、料理の発表。

 

「今日は寒い日に体を温める、四川風坦々麺を作ろう!」

 

 四川といえば、中華料理の中でも辛味の強い地域。

 材料も体を温める作用のものを多めに使用しているが、

 

「うわっ! 結構入れましたね!」

「痺れるような辛さが大切なのさ! 冷えの緩和だけでなく、健胃、整腸、鎮痛。血流拡大に筋増強とありがたい薬効もあるからね!」

 

 唐辛子や花椒が鍋に大量投下されていく。

 漂う香りは美味しそうで魅力的だが、とてつもなく辛そうだ!




影虎は太極拳の練習をした!
陰陽の考え方と合わせて理解が深まった!
影虎は打ち合わせをした!
影虎は手段を選ばなかった!
影虎は料理の試作をした!
料理はイマイチだったようだ……
影虎は形意拳の基本を学んだ!
影虎は薬膳料理の基本を学んだ!
“四川風坦々麺”のレシピを手に入れた!
影虎は五行について学んだ!

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