4月22日(火)
昼休み
「はい、今日はここまでー」
「起立、礼」
昼休み前の授業が終わり、号令がかる。
俺はそれに従いながら、使っていた教科書やノートを閉じて、そのまま教室の外へ。
横には同じ事を考えているであろう順平、友近、宮本、そして他の男子クラスメイトたち。
そして廊下に出た俺達は、出た者から順に駆け出した。一階にある購買部へと。
「うぉおおおおおっ!!!」
「今日こそはぁ!」
「カツサンドォォォ!!」
月光館学園には学食がない。小等部や中等部の生徒は給食があるらしいが、高等部では昼食は各自で弁当用意するか、購入した物を持ってくるか、購買で買うかだ。
他のクラスからも続々と出てきた生徒も加わり、誰もが真剣な表情で走っているが徐々に差が開いていく。宮本をはじめとした運動部の生徒が多い先頭集団が他を突き放し、少し後ろに順平がいる中間集団。その後ろに位置する後方集団は密集しすぎて思うように動けず遅れている。
当たり前だが、購買部に先に着いた生徒はそれだけ自分の好きなものを選べる。現時点で後方集団に巻き込まれた友近が望みの商品を買える可能性は低いだろう。
ちなみに俺は、人と人のあいだをすり抜けていたら先頭集団のさらに先頭にいた。
コースは直線の廊下から一階へと下りる階段へとさしかかる。
宮本や他の生徒は普通に階段へと突入しようとしているが、俺は階段の手すりに左手を置いて、軽く飛び越える。
「はぁっ!?」
「飛び降りた!?」
「ここ四階だぞ!?」
突然自分たちとは違う行動を取った俺に、後ろから声が聞こえてきたがこれでいい。この階段はビルなどの階段でよく見る一階と二階の間に踊り場があるタイプの階段。丸くはないが螺旋階段と言ってもよく、踊り場で繋がる二つの階段のあいだに狭い吹き抜けができている。
俺はそこに足から飛び込み、乗り越えた手すりにぶら下がって一時停止。
下の階段の手すりを確認して飛び移り、同じようにぶらさがる。
そしてまた次の手すりに飛び移る事を繰り返して一気に、安全に一階まで降りた。
……吹き抜けから飛び降りるのが安全かと聞かれると返答に困るけど、俺としてはあんな人と勢いに混ざるほうが怖いし、落下より階段で将棋倒しになる危険の方が大きいと思う。
なにはともあれ、これで後続を引き離した俺は余裕を持って購買へ到着。
「おばちゃん、これお願い!」
「はいよ、三千円丁度ね。まいどあり」
「こっちもお願いします!」
「はい、あなたはおつり七百円ね」
数人の先客が居たけれど、商品はまだあるので焦る必要は無い。
しかし買い物が終わるまで気は抜かず、動きは素早く。
この人たちは早く授業か終わったのか? それとも授業をサボったのか?
そんな事を少し気にしながら目当ての商品に手を伸ばす。
“特濃マヨサンド”
ここの購買のパンは数が少ないが、種類はゲームに出てきた選択肢より豊富にある。そして火曜日には百食限定で販売される、競争率の高さから幻と呼ばれ、多くのファンがこぞって買い求める特別なサンドイッチがある……という話を順平から聞いて、興味が出たので買いに来たのだ。
一パック五百円、購入制限付き? 一人三パックまでか。ならとりあえず三パック。後は頼まれた菓子パンに飲み物……あ、少し余分に買っていこう。
「これお願いします」
「はいよっ、四千二百円ね。それから袋も持っていきな」
「ありがとうございます」
支払いを済ませつつ購買のおばちゃんに礼をいい、貰った袋に商品を入れて教室へ戻る。
教室
「ただいまー」
教室に入り、一箇所に固まって話す五人組に声をかける。
「おつかれー」
「おかえり!」
「うわー、大荷物だ」
「いっぱい買ってきたね」
「ちょっと買いすぎじゃない?」
口々に言葉をかけてきたのは、西脇さんとクラスメイトの女子二人に、B組の岩崎さんと岳羽さんを入れた五人。彼女たちは全員月光館学園の中等部から高等部に進学した生徒で、特に西脇さんと岩崎さんは運動部つながりで親しかったらしく、昼食を一緒に食べる事にしたそうだ。
そしてそれを聞きつけた順平がたまには女の子と食事がしたい! と言い出し、混ぜてもらう代わりに……とか言いながら自分からパシリになった。本人はいいとこ見せようとしたみたいだけど、効果はおそらくない。
ただ、さすがに五人分を一人で買ってこさせるのはかわいそうという意見が出て、それが通るくらいには好かれているらしい。その結果俺と宮本が巻き込まれたが。
「はいこれ、西脇さんはコロッケパンとチョココロネ」
「ありがと、いまお金出すね」
「はいはい、で高城さんは……チキンサンドとミックスサンドと三色コロネ。あと岩崎さんにカツサンド」
「ありがとう!」
「私にも? 私は友近に頼んだはず」
「友近はだいぶ最初の方で脱落してたから。カツサンドの確保は無理だと思って買ってきた。食べ足りなくならないように他にも買ってきたから、あと適当に持ってって」
「そうなんだ……友近、怪我とかしてないかな……」
「おー! 気がきく男子っ!」
「こんなにたくさん、葉隠君に頼んでよかったー」
さらっと友近を心配したのは岩崎さん。俺に気がきくと言ったのはクラスメイトの
島田さんは若干ギャルっぽいが、山岸さんのイベントに出てくるようなギャルではなく、一言で言うとぶりっ子系。小柄なのでまぁまぁ可愛く、ほどほどに人気があるらしい。
対する高城さんは純朴そうなぽっちゃり系。間違ってもペルソナ4に出てくる“大谷”のような、ちょっとかじった程度でバッチリ印象に残る外見や性格ではない。
「はい、葉隠君」
「ども」
「あとこれもね」
俺は女子から頼まれた分のお金を受け取り、そのあと差し出された缶のお茶を岳羽さんから受け取ってその分のお金を払う。
男子が食べ物を買い、その間に女子が飲み物と場所を用意する。そういう約束なのだ。
「ありがとう」
「うん…………それにしても順平たち遅いね。何やってんだろ? 女子のパンは俺が買ってきてやるよ! とか言ってたのに」
「伊織君たちが遅いっていうよりー、葉隠君が早すぎるって思うなー」
「帰りに階段ですれちがったから、今頃は奮闘中じゃないかな? 宮本は俺と入れ違いだったから多分すぐ帰ってくると思うけど」
「そっか……どうする? もう食べちゃう? それとも他の男三人待つ?」
「待ってようよ、せっかく買いに行ってくれてるんだから」
「きっと下心があるんだろうけどね」
岩崎さんと西脇さんの意見に誰も反対は無く、待つ事になったが女五人の中に男が一人のこの状況……正直ちょっとつらい……
そのまま待つこと八分弱、ようやく三人が一緒に戻ってきた。
「おま、マジで何やってんだよ……」
「だってさ……」
「疲れた……」
あいつら、どうしたんだ?
順平は呆れ、友近は気まずそうに、そして宮本がやけに疲れている。
「や、やぁお嬢さんたちー」
「え、なに順平急に、気持ち悪いんだけど」
意を決した順平の一言は、岳羽さんにバッサリ切り捨てられた。
しかし様子がおかしいのは事実……何事かと様子を見ていると、順平は岳羽さんにかにパンを差し出した。
「すんません。注文のパン、買えなかったっす……」
同時に友近も岩崎さんにタマゴサンドを差し出す。二人は他に何も持っていないところを見ると、自分のパンの確保にも失敗したようだ。
「やっぱりね、そんなことだろうと思った」
「仕方ないよ、それに私はこれも好きだし」
岳羽さんと岩崎さんは二人を責める気はないようで、そんな二人に順平と友近はほっとしているが、何か隠してないか? 順平がさっき何か言ってたし……あれ? そういや宮本は?
そう思って探すと、宮本は島田さんにビニール袋を渡していた。
西脇さんと高城さんの分が俺、岳羽さんの分が順平、岩崎さんの分が友近という分担になっていたので、行動は別におかしくないがあの袋、なんか潰れてないか?
「うわぁ、ぐちゃぐちゃだぁ」
「すまねぇ……」
「やっぱり。ミヤ、あんたまた熱くなったでしょ。この前も勝つ事に集中してパン潰してたし」
ああ、それで西脇さんは俺に頼んだのか
「ちがっ、今日は違うって!」
「じゃなんでよ」
「……教室戻ろうとしたら、順平と友近に協力を頼まれた」
どうも宮本はやってきた人の中に再突入したらしく、新しいパンは確保したけれど、代わりに袋が人の波に押しつぶされたんだと。
しかし、話を聞いた島田がある事に気づく。
「あれ~? 友近君たち、パン買えたの?」
その一言で順平と友近が固まる。そしてそれを見た岳羽さんの目が訝しげに二人を見る。
「どういうこと?」
「あーいやえっと、そのね」
「ほら、買えたパンってそれそれ、いま渡したやつ」
慌てて弁解する声はしどろもどろで、まったく信憑性が無い。
「いや、他にも買ってただろ。メロンパンとか」
「ちょっ!」
「それ言うなって!」
しかも宮本から空気を読まない一言が……これによりさらに岳羽さんの目が厳しくなり、もうごまかせないと観念した二人が白状した。
それを聞いたところ、岳羽さんと岩崎さんの分のパンの確保には成功していたらしい。
ただその時に自分たちのパンを買い忘れた事に気づいて、買ったパンを友近に預けて順平と宮本が人ごみに再突入。そしてパンを買っている最中に事件は起こった。
「いや~、下駄箱の近くで待ってたらさ、叶先生が来たんだよ。そんで困ってたみたいだから声かけたら、人が多くてパンが買えないって言うから……」
「もう分かった。それでパンを先生にあげてしまったと」
「まぁ、ほら、叶先生だぜ? 美人の先生が困ってたら、力になりたいじゃん? それに理緒もそんなに食べるほうじゃないし。なー?」
「え? うん、私はこれでも十分だと思うけど……」
どうにも軽い友近に、機嫌の悪そうな岳羽さんが口を開こうとする。
しかし、それより早く俺が動いていた。
腰を落として友近の右半身にタックル、素早く左腕を股下から右足に絡める。
右腕も同様に首を取り、肩に担ぐように体全体を持ち上げ
「影、うぇっ!?」
「ふんっ!」
「あ、あたたたたっ! ぁぁああ……」
「……え、なにこれ?」
「アルゼンチン・バックブリーカー……ってか影虎急にどうした!?」
「いや、なんとなくムカついた」
首と足に力を加えると、友近が悶える。
この野郎、岩崎さんをないがしろにしやがって。
岩崎さんは帰りの遅いお前を怪我が無いか心配しながら待ってたんだぞ?
この、傍で見てるとちょっとムカつくくらいのリア充め。
俺なんか浮いた話は一つも無いのに!
「ギブ、ギブっ!」
「葉隠君、もういいから!」
「ん、分かった」
「ぶっはぁ……助かったぜ、理緒……」
岩崎さんに止められたので、しぶしぶ友近を近くの机にそっと下ろす。
うめく友近に岩崎さんが寄り添うが、手加減はしたので大丈夫だろう。
しかし、これもまたムカつくなぁ……
と、考えていたら島田さんがちょこちょことやってきた。
「葉隠君、もしかして気づいちゃった感じ?」
「友近と岩崎さん? 岩崎さんはけなげですねぇ……」
「やっぱり葉隠君にもそう見えたか~」
「島田さんは知ってたのか?」
「私は中等部の三年間ずっと二人と同じクラスだったからね~、そうなんじゃないかな~とは思ってた。理緒ちゃんは自覚してないみたいだけど、行動が友近君に甘すぎるんだもん。……それにしても友近君は相変わらずデリカシーないなぁ」
「……中等部でもこんな感じで?」
「甘酸っぱかったよぉ~。そしてイライラヤキモキさせられたよぉ~……」
「友近に?」
「それがほとんどだけど、気持ちを否定しまくりの岩崎さんにもちょっとあるかなぁ?」
「何の話?」
小声で話していた俺たちに、事情をしらない順平や岳羽さんが聞いてくるが、二人の世界を作っている気がする友近と岩崎さんを放置して説明すると、友近が復活する頃には
「あ~……いきなりどうしたんだよ影虎~」
「「「「「「「今回は友近が悪い」」」」」」」
「何故!?」
二人を除いた俺たちの意思は一つになっていた。
今回は日常の話。
全コミュを見たくて女主人公で運動部コミュ(岩崎)をMaxにしてから、友近は一度爆発しろと思っていました。
という訳で軽く仕置きをさせてみた。後悔はしていない。