人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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今回は三話を一度に投稿しました。
前回の続きはニつ前からです。


253話 脳の検査と近藤の暗躍

 昼

 

 ~影虎の病室~

 

「この箱の中のビーズを、できるだけ速く数えてください。いきますよ。3、2、1」

「……138個」

「982563×4859120÷6874+3287465は?」

「697845440.6415479」

「2058年4月の満月の日はいつでしょうか?」

「9日」

 

 

 朝から続く脳の検査。

 葉隠様は頭に電極や装置をつけられ、ひたすら口頭で出題される計算問題を問いている。

 最初は簡単な問題から始まり、難易度の著しく高い物も織り交ぜられている。

 しかし答える本人はさほど難しくもないとばかりに、瞬時に正しい答えを返し続けた。

 広い病室に集まる医師団が器用に小声で喧々諤々と議論を始めている……

 

「えー……次のテストですが、この紙に学校の絵を描いてください。正面の校門から建物を、できるだけ正確にお願いします」

「今の学校ですか? 小学校、中学校ではなくて」

「月光館学園でお願いします」

「わかりました」

 

 淡々と紙と鉛筆を手に取る彼は、しばし迷うように動きを止める。

 しかしそれはほんの数秒の出来事で、やがて彼は大胆にも紙の中心から描き始めた。

 

 迷い無く書き込まれていく線が、瞬く間に月光間学園の校舎と校門の輪郭を表す。

 さらに細かい線が書き加えられ、立体感が生まれてくる。

 次に校舎へ向かい校門をくぐる生徒たちの姿が書き加えられた。

 これも髪型や持ち物、着崩した制服まで精密に。

 最後は濃淡分かれる線を組み合わせて全てに影をつけ、彼は満足したように鉛筆を置く。

 

「できました」

「見せていただけますか?」

 

 脳を専門とする日本人ドクターは受け取った絵を見て、さらに後ろで様子を伺っていた他のドクターにも絵をまわす。そしてまた一人のドクターが動いた。

 

『葉隠君、少し質問をいいかね?』

『もちろんです』

『君はこの絵を描くときに、何を考えて書いたんだい?』

『自分が通学した時の風景を思い浮かべて』

 

 年老いた外国人ドクターの問いかけに、彼は正直に答える。

 

『記憶にある映像を紙の上に合わせて、トレースするつもりで……ではこの絵は君が実際に見た光景だと?』

『その通りです。具体的には先月の30日の朝7時58分。そこに書いた人の名前も分かります』

『時間と名前まで? 彼らは友達かい?』

『話したことのない生徒ばかりですが、全校生徒の顔と名前は覚えています』

 

 その理由として語られた内容は非常に理解しがたいものだった。

 

 生徒会の役員の仕事で全クラスの名簿を見た。

 全校生徒がクラスごとに集まった講堂でスピーチを行い、全校生徒の顔を見た。

 その2つの記憶から顔と名前を一致させた。

 

 さらに絵については、

 

『絵はそんなに得意ではありませんでした。ただ記憶から映像を引き出して、紙と重ねてトレースすればそれらしくなるかと思ってやってみたら、予想以上に上手くいきました』

『つまり君は思い浮かべた映像の輪郭を正確になぞっただけだと?』

『基本的には。あと鉛筆画だったので、美術部の先輩から聞いた陰影のつけかたを試してみたりもしましたが』

『OK、ありがとう。他のドクターの質問にも答えてあげてくれ。それから最終的な結果を話し合うよ。君の記憶力はとても素晴らしいから、悪いことはないだろう。楽しみにしておきなさい』

 

 質問を終えたドクターが席を譲り、こちらに歩いてきた。

 

『お疲れ様です。Dr.アーキン』

『やぁ、Mr.近藤。彼、面白い子だね』

『葉隠様の脳は、脳の世界的権威である貴方の御眼鏡にかないましたか』

『持ち上げるのはよしてくれ。私はただ脳の神秘に魅せられた爺さ』

 

 そう言った彼は、葉隠様に目を向ける。

 

『……彼は、私の見立てでは、サヴァン症候群に近い。主に記憶力と計算能力、あとは空間や時間を把握する能力が突出しているね。過去のサヴァンの能力を参考にしたテストを混ぜておいたけれど、記憶と計算に関しては顕著に能力を発揮している。記憶した出来事はデータとして自由に取り出したり、比較したりもできるんだろう。彼は学習能力が非常に高いと聞いているけれど、それが要因の一つかな』

『……はい。彼はサヴァン症候群などの病名は出していませんが、能力については先ほど貴方が仰られた通りの事を話していました』

『何だ、知っていたのか? だったら事前に通達しておいて……そうか、コールドマンの指示だな? 私たちを試す気か』

『ボスは変な先入観を持たずに、正しく彼の状態を評価していただきたいと』

 

 とは言うものの、ボスと付き合いの長い彼は納得しないだろう。

 

『まぁ、どちらでも構わないがね。あの男の性格は今に始まった事じゃない。それより彼だ。少し装置の方も見たが、サヴァンだけじゃない。別の何か(・・)も抱えている気がする』

『何か、とは?』

『さて……脳にはいまだ解明されていない事も多い。可能な限り分析し、解説するが、分からないこともあるかもしれない。私としてはそちらの方が嬉しいがね。彼にも言ったが、結果を楽しみにしておきたまえ。私はしばらく一人で考えをまとめる。皆の質問が終わったら呼んでくれたまえ』

 

 Dr.アーキンはそのまま病室から出て行ってしまう。

 

 ボスから聞いていた通り、腕もカンも良い反面、飄々としてやや気まぐれな所のある方だ。

 

 今回の検査では葉隠様の体、引いてはペルソナの謎が少しでも解明されることを願う。

 しかし同時に、必要以上の情報を外に漏らさない事も私の任務。

 

 Dr.アーキンは脳の専門家として協力を仰いだだけで、ペルソナとは無関係な人物。

 彼に限らず能力があり、仲間に引き込めそうな者は様子を見て引き込めと言われている。

 そして同時に要警戒対象でもある。

 

 マスコミ対応チームの指揮もとらねばならない。

 いつもの事ながら、ボスからの仕事は神経を使う……




近藤は医師団を見定めている!
近藤はマスコミ対応の指揮も兼任していた!
近藤は密かに忙しい!


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