岳羽ゆかり視点
午後
~月光館学園中等部・体育館~
「うっわ、すっごい人……」
葉隠君のステージの時間が近づいて、体育館へやって来た。ステージ上ではプロみたいなジャグリングが披露されていて、体育館は大勢の観客と熱気で溢れている。……本当に、一般のお客さんが入りきれてなくない?
「関係者席で助かったな」
「ああ、この混雑ではな」
「並ばずに入れて、ちょっと悪い気もしますけどね」
「山岸先輩、あんまり気にしちゃダメダメ。そういうの気にしてたらキリがないよ。ね? 荒垣先輩」
「……VIP席、ファーストクラス、グリーン車。金かコネがある奴が優遇される場面なんてどこにでもあるわな」
「そうそう。難しい事考えずに気楽にいこうぜ。つか天田ッチ、今日はマジでお手柄だな」
「僕は近藤さんに連絡しただけですよ。それよりあっちに先輩方がいますよ」
「あ! ほんとだ!」
褒められて若干照れた感じの天田君が指差した方を見ると、確かに会長さんや岩崎さんたちが集まり手を振っていた。私達はその1つ前の列へ向かい、無事に皆と合流する。
「会長さんたちもここに来てたんですね」
「天田君から連絡を貰っていたからね。ところでそちらの子は?」
「あ、えっと……」
「会長、少しお耳を」
桐条先輩が素早く説明に入ってくれた。これで問題は無いと思う。
「……なるほどね。事情は理解したよ。よろしくね」
「よろしくお願いします。……あれっ?」
「久慈川さん? どうかしたの?」
「あっちの、ここから会長さん? の後ろのほうに知ってる人が……!! やっぱり間違いない」
「何だ?」
「どうした? 何かあったか?」
「とりあえず座れ。目立つぞ」
荒垣先輩に言われて座ったものの、久慈川さんはまだ驚いていた。
「そんなに驚くなんて、誰がいたの?」
「光明院光、って、分かる?」
「Bunny's事務所所属の男性新人アイドルだよね? 葉隠君と一緒にテレビに出てた」
「山岸先輩、正解。しかも隣にそのプロデューサーもいる。きっと私と同じで敵情視察に来たんだと思う」
「うっそ、マジで? 影虎ってそこまで注目されてんの?」
「……先輩、あの光明院って人と、あとここには来てなさそうだけど佐竹って人に滅茶苦茶敵視されてるの。何度か一緒にお仕事させてもらったけど、顔を合わせた瞬間空気が悪くなるのを肌で感じるくらい。向こうから葉隠先輩へ一方的になんだけど……まだ仕事も少ない私たち新人アイドルと違って、忙しいベテランプロデューサーまで時間を割いて見に来るって相当だよ?」
「……おそらく、葉隠がコールドマン氏の援助を受けている事が正式に発表されたからだろう」
「例の“超人プロジェクト”ってやつか?」
「コールドマン氏は世界的に有名な経営者だ。たとえ知らなくても、少し調べればすぐにその業績や資金力はおおよそ分かる。そして先日の記者会見では、葉隠とコールドマン氏の関係が想像以上に親しい事も分かった。
……少し話が変わるが、コールドマン氏の人材雇用と育成の方針は大きく分けて2つだ。1つは“優れた才のある者を見つけたら逃がさない事”。もう一つは“才ある者の育成に手間と金を惜しまない事”。これは何度も彼の著書に出てくる」
先輩はさらに、アメリカは日本よりも就職では“即戦力になり得るか”を見られる場面が多いと話す。1つの企業で定年まで勤めきる終身雇用が常識だった日本と違い、アメリカではキャリアアップのため数年おきに転職を繰り返す事も普通なのだと。
「無論、企業や個人の考え方によってアメリカ的な所も日本的な所もあるが……若かりし頃のコールドマン氏はアメリカ的なやり方の中でも、かなり苛烈なやり方をしていたと聞く。
課される高いノルマと自己成長の義務に耐え切れず辞職、あるいはクビになった人も多いらしいが、逆にそれを乗り越えるだけの成長の余地と意思を持つ人材も多く輩出し、強い企業を作り上げた。
……そして彼の輝かしい成功の理由として“部下の育成能力”が頻繁に話題に挙がる。実際に彼が才能を見出して育てた人材は各分野で成功を収めていてな」
「そして今まさに注目されてるのが葉隠というわけか」
真田先輩の言葉に、桐条先輩は頷いた。
「葉隠は本人から直々にスカウトを受けた。しかし葉隠が見出された才能が運動能力だけならば、援助は格闘家かスポーツ選手としての内容だけでいいはず。プロジェクトの宣伝として、テレビ出演の補助までは分かる。
……しかし現実としてコールドマン氏のサポートチームはこのステージや、葉隠の個人的な動画撮影にも協力しているし、先日の記者会見では想像以上に双方の仲が親しそうに見えた。コールドマン氏が何を考えているか、会った事もない私には分からないが……コールドマン氏という膨大な資金力を持った後ろ盾。それに守られ、育成される葉隠。どちらも芸能事務所が警戒するに値するだろう」
「事務所側の立場で考えれば、自分たちの仕事を奪われて食い荒らされかねない状況って訳だな」
「外来魚か何かか、あいつは」
「ふっ、業界にとっては近い存在になるのかもな」
「……なんか、むずい話してる?」
先輩達の話に順平がついていけてない……
てか葉隠君はまた何か面倒起こしそう……いや、そもそも彼は何処を目指してるんだろう。
『ありがとうございましたー』
「あっ、ジャグリングが終わった」
「皆さん、次ですよ。葉隠先輩のステージ」
いよいよ葉隠君のステージが始まる直前、自然と会話がなくなった。
手持ち無沙汰で視線を外すと、館内の人口密度がさらに高くなった気がする。
出ていく人はいないのに、少しずつ、隙間を見つけて人が入ってきてるみたい。
……関係者席にもちらほら、明らかに無関係な人が入り込んできてるのはいいの?
誰も注意に来ないし……客席側は薄暗くなってきたから、気づかれてないの?
『!!』
その時、会場が跳ねた。
ステージの袖から走り出てきた影を指して、集まったお客の声が集まって。1つ1つはそれほど大きくないはずなのに、無理やり目をステージに惹きつけられたような……よくわからないけど、そういう“力”を感じた気がした。
唐突に流れる音楽と、ステージ中央を照らすスポットライト。
そして何よりステージ中央に葉隠君が立っていた。
「おっ! 出てきたぞ!」
「いきなり踊りだしたな……」
「挨拶なり何なりすると思ったが」
「この曲って高等部の文化祭でも踊ってたやつですよね?」
「うん、テレビでも見た。直接見るのとはやっぱり印象が違うね……」
「最初からいきなり……? それに、衣装はただのジャージだし……」
突然始まったダンスに私も皆も、会場のお客さんも驚いたみたい。
だけど何だろう、目が離せないっていうか……
会場の声がだんだん消えて、音楽がクリアに聞こえる。
「うぉ……」
「なんか、スゲー……」
「ライブってこんなに迫力があるんだ……」
ステージの中心で、たった一人で踊る葉隠君から目が離せない。
順平も、風花も、会場中がそうみたい。
音楽が終盤にさしかかる頃には、他の事が気にならなくなった。
気づいた時には音楽が終わっていて、
『キャー!!!!!』
『ワー!!!!!!』
『ブラボー!!!!』
「いいぞー! ……!?」
周りの皆と一緒に、歓声を上げているのに気づいた。
『Ladies and Gentlemen! どうもこんにちは。自分で言うのもなんですが、最近話題の葉隠影虎です』
『ワハハハハ!!!!』
『まずは挨拶代わりの一曲、楽しんでいただけましたでしょうか?』
『Foooo!!!』
『サイコー!!!』
『ありがとうございます! そう言っていただけると私も踊った甲斐があります。……しかし皆さん、ステージ右手にありますスケジュールをご覧ください。今回いただいた時間は何と40分! まだまだ始まったばかりです』
若干コミカルに、でも普通に喋っている感じなのに、一言一句が染み渡ってくる感覚。
聞いていて心地良い、って言うのかな?
てかインカムみたいなのを頭につけてたんだ、今気づいた。
『……あれ? 思ったより反応が薄い……もしかして“まだ30分以上何やるの?”とか“いきなりテレビで見たやつやって大丈夫?”……とか思ってらっしゃいませんか?』
パラパラと肯定の声が聞こえてきた。
『なるほど。まぁ実際に僕は素人ですし、ステージの実績と言えばテレビで放送された文化祭のダンス一回きり。それも今まさに踊り終わってしまったところ。そう思われるのも当然かも?
……ですが大丈夫! ご安心ください! この葉隠影虎、今日のステージを任せていただくにあたり! ちょっとコネやらなにやら色々と利用させていただいて、このステージのために新曲を用意致しました!』
『オー!!?』
『正直、間に合うかどうかもギリギリでしたが、どうにかこうにか奇跡的に完成! これからこの場で発表させていただきます……さて皆さん、準備はよろしいですか!?』
『Yeah!』
『ここから一緒に盛り上がってくれますか!?』
『Yeah!!!!』
『では早速いっちゃいましょう! “ミラクルをキミとおこしたいんです”!!!』
葉隠君が一際大きな声を上げると、ドラムの音が軽快なリズムを作る。
それに乗って、彼は歌う。前奏? が終わるとギターやベースの音も加わる。
ボリュームが一段上がって、もっと盛り上がれと言われてるような気がした。
そんなダンスと歌に釣られたのか、会場の熱も上がってきた!
「ちょ、順平さん、体が動いてますよ」
「ああ、悪い悪い。なんかこう、湧き上がってくるものが」
「気持ちは分かります」
そのまま葉隠君は一曲歌って踊りきると、また観客の人に向けて話しかけたり。
質問タイムを設けて、お客さんから聞かれたことに答えたり。
そういったトークをはさみながら、さらに1曲。
“光のロック”
また聞いた事のない曲を歌いながら踊りきった。
私はロックとかあまり聞かないけど、この曲は良い感じ。
さらにステージはどんどん続いて、あっという間に最後の曲。
『さて……時間が経つのは早いもので、とうとう最後の曲になりました』
『えー!!!』
歌とダンスを見ているうちに、不思議な一体感を覚え始めた。
会場中のお客が本気で残念に思っていることが伝わってくる。
『最後の曲は僕も大好きな曲。初めて聴いた日から、この曲には何度も励まされています。会場中の皆様へ。そして何より自分自身へ。つらい事があった時、もう一度言い聞かせて、諦めず前へ進んでいけるように! 気持ちを込めて歌います!
“できっこないをやらなくちゃ”!!』
……
…………
………………
『ありがとうございましたー!』
アンコールの曲、“ロックンロールイズノットデッド”まで歌い終えて、葉隠君はステージ袖に消えていく。
……
「はっ!? あれ? 私、何してたんだろ……」
「ゆかりちゃん?」
「何を言ってるんだ? 葉隠のステージを見てたんだろう」
「真田先輩……そうですよね? でもなんだか全体的に、特に最後の方の記憶があいまいって言うか……」
「熱狂しすぎたんじゃねーの? ゆかりっち、めちゃ興奮してたし」
「えっ!? 順平、それほんと?」
「アンコールって叫んでたぜ? ま、俺らも似たようなもんだけどさ。ですよね? 真田先輩、桐条先輩」
「ああ、葉隠もなかなかやるものだ。私も含めて、場内の空気が完全に纏め上げられていた」
「俺も音楽とは無縁だったが、実際に体験してみると悪くないな。体が動きそうになった」
「ゆかりちゃん、本当に大丈夫?」
「体調が悪ければ休憩所か救護室に行きましょう」
「ありがとう風花、天田君。でも体調が悪いとかじゃないから」
「そう? ならいいけど、失神した人も出たみたいだし、あまり無理しないでね」
「失神? えっ、そんな人いたの?」
「いたのって、ゆかりちゃん、気づかなかったの?」
「葉隠がアンコール歌い終わった直後、ちょっとした騒ぎになってたぞ? それ自体は葉隠が観客に声かけて、道空けさせた後スタッフが対処したからすぐに収まったが……お前、本当に大丈夫か?」
「凄い熱気でしたし、熱中症とか。人が多かったから酸欠とかあるかもしれませんよ」
熱中症……酸欠……
「たしかに、ちょっとボーっとするような感じはある、かな……」
「ならどこか涼しい場所に行くぞ、こいつもこんな状態だしな」
荒垣さんが指したのは、久慈川さん。
彼女は椅子に座り込んだまま難しい顔をしていた。
岳羽ゆかりたちは関係者席に座った!
Bunny's事務所の光明院と木島が来ていた!
影虎は警戒されている?
影虎は前世の曲を歌い踊った!
ステージは成功した!
岳羽ゆかりは記憶を失った?
岳羽ゆかりは体調を心配されている!
会場では失神者も出たようだ!
熱中症や酸欠が疑われているが……
※影虎の選曲
曲名:ミラクルをキミとおこしたいんです
光のロック
できっこないをやらなくちゃ
ロックンロールイズノットデッド
アーティスト名:サンボマスター
備考:個人的に最高のバンド&曲
“できっこないをやらなくちゃ”は、
某テレビ番組で有名になったので、知っている方も多いと思いますが、
他の曲も知らない方はぜひ一度聴いていただきたい名曲です!