人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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263話 検査結果発表(前編)

 午前

 

 ~テレビ局・スタジオ~

 

 ヘルスケア24時の撮影。

 世間より一足早く、この間の検査結果がすべて知る日がやって来た。

 検査中に結論が出ていなかった事も色々あったが、結論は出ているのだろうか?

 

 ステージの左側。患者として検査着姿で1人、背もたれのある豪華な椅子に座る俺。

 対面には超人プロジェクトとの協賛企画として、普段の倍以上の医師団がずらりと並ぶ。

 

「いや~ほらやっぱりね。健康が一番大事ですわ」

「葉隠君は若いからまだ我々みたいなことは気にしなくてもいいと思いますけどね」

「でも例のプロジェクトでアスリートとして活躍していくんでしょう? だったら必要ですよ」

 

 ステージ中央の奥から芸能人の方々が一通りコメントをすると、司会者とアシスタントのアナウンサーが撮影を進行させていく。

 

「それではどのような結果が出たのでしょうか」

「医師団の見解は!?」

 

 ここでモニターに結果が映し出され――

 

『脳の発達

 サヴァン症候群の疑い

 共感覚

 ミオスタチン関連筋肉肥大の疑い

 超視力

 血液成分(赤血球の増加)

 etc…』

 

 ――多い!?

 

「え、っと……」

「これは初めてのケースですね……」

 

 この番組で病名などが発表されることは普通らしいが、それでも一人の人間に対してここまでたくさんの症状や病名が出たことはなかったようだ。

 

「先生方、これは?」

「はい。えー葉隠君の検査結果はですね、色々と複雑な結果が出まして。ひとつひとつ説明させていただきたいのですが、まず始めにこれだけは言っておきます。

 葉隠君は現状、ほぼ健常者と変わりません。治療の必要な疾患を抱えているわけではなく、また検査の過程でいわゆるドーピングに類する薬物反応も出ていません」

 

 そう前置きしたのは、俺の検査結果がドーピングを疑われるレベルで良かったから。

 医師団と番組側の配慮がわかる。

 

 血液の状態から視力の話。さらに循環器や呼吸器へと説明が続き、

 

「次はですね。脳に関して」

「まだあるんすか!?」

「そうなんです。むしろ一番注目すべき点がここです」

「我々も正直驚いてます、こんな患者さんは初めてなもので」

 

 お笑い芸人の1人が上げた声に対して、研究が専門のドクターからは研究に協力して欲しいなどの声も上がる。

 

 そして俺は改めて自分の体の異常を実感。今では日常的に100kmを超える速度で走ったり、ビルの間を飛び回ったりしているけれど、それは魔術による強化があるからだという意識が強かった。

 

 ……もちろん強化がなければそこまでの運動能力は発揮できないが、素の状態の体も相当異常なレベルになっているのだろう。医師団と普通の芸能人の反応からそれを強く感じる……

 

 そしてまた俺の脳についての説明が始まるが、今回はまだ聞いていないことも含まれていた。

 なんでも俺の脳波を調べた結果、面白いことが分かったらしい。

 

「えー……まず始めに知っておいていただきたいのは、脳波にはいくつか種類があります」

 

 モニターに映し出された表によると、脳波の種類は5種類。

 

 β波:日常生活を送っている時に出る基本的な脳波。

    緊張や不安などネガティブな感情を抱いた時にも出る。

 

 α波:心身ともにリラックスしていたり、落ち着いて集中している状態で出やすい脳波。

    頭の回転や記憶力の上昇に効果があるとされている。

 

 θ波:眠りかけや瞑想をしている時に出る脳波。 ひらめきや洞察力が活性化する。

    さらにα波と同じく記憶や学習、ヒーリングに役立つとされる。

 

 γ波: 脳が高速で物事を処理している時に出る脳波。

     抗うつ剤のような効果があり、 集中力を増加させると考えられている。

     解明されていない部分も多く、超能力を発揮する際に出るとも言われている。

 

 δ波:睡眠中の脳波。夢も見ない深い眠りに落ち、体のメンテナンスをしている状態で出る。

 

「以上を踏まえまして……まず葉隠君の睡眠中。この時は普通にδ波が検出されますが、その睡眠時間が著しく短いんですね」

 

 俺の就寝は基本的に夜の12時以降。

 場合によっては1時か2時まで本を読んだり勉強していることもある。

 極力普段通り生活した検査中も当然その通りだ。

 さらに起床時間は朝のジョギングやトレーニングがあるのでだいたい5時~5時半頃。

 つまり1日のうち就寝時間は3時間ほどになる。

 しかしそれでも睡眠不足という感じはまったくない。

 

「これはですね、えー、こちら葉隠君と普通の人の睡眠に入るまでの脳波グラフを見ていただくと分かります。葉隠君の方が線の推移が急ですよね?」

『確かに!』

「これはそれだけ葉隠君が普通の人と比べて“熟睡の状態までが早い”ということを示しています。そしてしっかりと睡眠が取れていればそれだけ体も回復しやすくなりますので、短い睡眠時間でも足りる、夜遅くまで起きていても大丈夫な仕組みが体の中にできている。ということがわかりました。

 ですが、いいですか皆さん、さらにですよ」

 

 なんだか代表して語っている脳科学者の先生が興奮、ノッてきている……?

 

「今“睡眠状態に入るのが早い”と言いましたが、これは睡眠とδ波に限らず他の状況、脳波も同じでした。そして何よりも!」

 

 朝起きたばかりの時は日常生活のβ波。

 しかし朝の身支度を整えてメガネもかける(ドッペルゲンガー召喚)とα波が検出される。

 以後、仕事や勉強中はずっとその状態が続く。

 

 ……おそらくドッペルゲンガーの能力で色々と補助されているから負担の軽減、ひいてはリラックスにつながっているんじゃないかと俺は思うが……どうやら医師団側はα波が出ていて脳が活性化している状態、つまり高い記憶力への影響があると逆に考えているようだ。

 

 さらに占いをしている時は瞑想状態のθ波が出ていて、ひらめきや洞察力に関係するという話にも合致するし、途中からコンセントレイトを使って目高プロデューサーの体を調べた時にはγ波も出ていたらしい。

 

「えー、今見て頂いたVTRでも話していましたプロデューサーへの占い結果。こちらを改めて我々が診察してみましたところ……なんとですね、葉隠君の言葉通り、まず胃にポリープ(腫瘍)と胃潰瘍になりかけている部分が5箇所ほど発見されました」

 

 芸能人の方々から驚きの声が上がる。俺もプロデューサーの状況に驚きだ。

 

「大丈夫だったんですか?」

 

 プロデューサーはスタジオの隅から軽く手を振っている。

 

「ポリープは幸いそのまま内視鏡で摘出できましたし、後の細胞診で悪性ではありませんでした。胃潰瘍はなりかけなので、まだ投薬で様子を見ながら治療できる範囲でした。お酒の量も多いようですし、食事や生活改善もしていただきたいところですが……そう言えるのも早い段階で見つかったからですね。ちなみに葉隠君、病気の診察の仕方を習ったりは」

 

 あるわけがない。精々運動をしていて怪我をした時に使える応急処置、溺れた時の救命処置程度だ。病気の診断や治療ができるようになるまでどれだけの時間がかかるか、誰より知っているのは彼らだろう。

 

 ……というのをやんわりと伝えると、医師団の皆さんは納得した様子。

 しかし、

 

「知識はない、にもかかわらず彼は明確にプロデューサーの病巣の位置を言い当てました。この現象は非常に興味深い!」

「先生、つまりそれは葉隠君が本当に予知能力や超能力を持っている証拠だということでしょうか?」

「個人的には十分にあると思います。脳波の一致もそうですし、厳密な検査を行った結果、超能力の存在を示すような結果がここまで明確に出ている。これは非常に貴重な検査結果だと思いますね」

「ちょっと興奮しすぎじゃないですか? もうちょっと冷静に。何度も言っていますが、いくらなんでも超能力というのは……」

「私も同意見だ。そもそもだね、今でこそMRIだのCTだの、人体の内部を見られる医療機器が増えたけれども、それがない昔は視診、聴診、触診、打診。全部医者が自分の目と手と耳の感覚を総動員して診断をしていたんだよ。それを考えれば、体の違和感に気付けることに不思議はない」

「いやいや、その可能性を否定はしていませんよ。彼の脳の活動状況を調べたデータでは脳の複数の部位が活発に活動していることもわかっています。ですがγ波が超能力に関係している可能性については昔から言われている事でありますし」

 

 ……医師団の間で撮影を無視した言い争いが始まった……

 

「人が受け止める情報量は、受け取る際に使用される感覚が影響します。よく言うでしょう。対面で話す時は表情、つまり視覚と、声で聴覚の2つがあって、電話やメールではそのどちらかしかない。言葉の意味を推し量る材料が少ないために誤解も起こりやすい」

「先生方ー?」

「彼の場合はそれが逆だと言っとるんですよ。脳の活動範囲を見れば彼が、複数の感覚を統合した“共感覚”を持っていることは明白。通常の感覚に加えてそれらを統合した新しい感覚がーー」

「それは“第六感”と称しても良いのでは? 五感とまた別にある感覚と考えれば」

「今はそういう話をしているのではないだろう!」

「先生方ー! 落ち着いてください!」

 

 さらに海外からの先生方も英語で加わり収拾が付かない。

 

 収録は一時中断になった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「えらい騒ぎになりましたね……番組始まって以来の珍事だそうですよ」

「ほとんどの部分は結論が出ていたのですが、能力をどのように受け止めるかで色々と意見の対立がありまして。……まさか本番で再燃するとは思いませんでしたが」

「あの脳科学の先生の発言が相当納得できなかったみたいですね、あの真っ向から噛み付いてた先生」

「あの方はとても慎重な方らしく、非科学的な話もそうですが、憶測で物を語る言を何より嫌うそうです。能力は認めても超常現象とは思えず、証明も仕切れないという事ではないでしょうか」

 

 そんな感じの発言内容だったし、大体当たっているだろう。

 近藤さんと2人、控え室で苦笑い。台本のページをめくる音だけが聞こえる。

 

「……江戸川先生は?」

「言われてみれば、戻ってきませんね?」

 

 今日は俺の体の事なので、先生も撮影に付き添ってくれている。

 何か問題があるのなら、今後の対応についても医師団の皆様に話を聞いておこうという事で。

 

「探してきましょうか?」

「そのうち帰ってくると思いますけど……俺が行きますよ。丁度トイレに行きたくなって来たので」

 

 それよりも今後の撮影に変更はないだろうか?

 中断した分時間が押してしまうかもしれないし、こんな事態は初めてだから心配だ。

 

「では私はそちらを確認してきましょう。葉隠様は先生をお願いいたします」

「わかりました」

 

 ということで、近藤さんと別れてトイレへ向かう。

 すると先生はあっという間に見つかった。

 一緒にいるのは番組が誇る医師団の1人。

 外科の野呂先生か……なんだかずいぶん親しそうに話しているな?

 

 堂々と近づいていくと、先に野呂先生の方が俺に気付いたようだ。

 

「葉隠君」

「お疲れ様です、野呂先生」

「ああ、お疲れ。じゃあ江戸川、俺は行くよ。また今度飲みにでも行こう」

「ええ、またいずれ……」

 

 野呂先生は医師団の控え室の方へと歩き去る。

 

「先生、お知り合いだったんですか?」

「大学の同期なんです。卒業後も一時期同じ病院に勤めていましてね……」

「そうだったんですか」

「ええ、辞めてからは連絡を取っていなかったんですがね、トイレに来たらたまたま同じタイミングで。お互いにこんな所で顔を合わせるとは思ってもいませんでした」

「……」

 

 先生の表情は特に普段と変わらないが、オーラが曇っていた。

 ……この世界の先生は医師を辞めて養護教諭になったと聞いている。

 旧友との再会は必ずしも良いものではないのかもしれない。

 

 江戸川先生もこの世界では生きている人間の一人。

 これまで歩んできた人生があり、その中には辛いことや悪いこともあったのだろう。

 

 ……しかし、出会ったばかりの頃とは違い、今ならその苦い過去の話を聞ける気がする……

 

 ……聞いてみよう。

 

「私がまだ医師だった頃、ですか? そうですねぇ……自分で言うのもなんですが、優秀でしたよ。学生時代から成績はほぼ上位でしたし、大学の卒論も高く評価され、卒業後は某大学病院から是非にとお声がかかったり……早い話が、出世コースに上手く乗ったエリートでした」

「どうして自分がそれまで築き上げた地位を捨てる決断を?」

 

 半端な聞き方は逆に失礼だろう。単刀直入に聞いてみた。

 すると先生は、自分に“欠けていたモノ”に気付いたからだと答えた。

 

「ヒヒッ。初めに指摘を受けたのは……私が新米から少し脱した頃の事ですかねぇ。私が勤めていた大学病院に、とある有名なお医者様が患者として訪れ、そこで“若手を担当医にしてくれ”と話したそうで……なんでも、治療はしてほしいが難しく、先が長くないのは自分でも分かっている。ならばせめて次代を担う若い医師の勉強になればとおっしゃられたとか」

 

 そこで治療計画の立案と実際の治療を行う担当医候補を3人選定した。

 

 1人は江戸川先生。

 1人は先ほどまでこの場にいた野呂先生。

 そして最後の1人は、他所の大学から来たあまり交流のない若手医師。

 

「……患者の病気は“癌”。治療できる可能性は残されていましたが、複数個所への転移あり。高齢のため安易に手術は踏み切れない、非常に難しい状態でした。率直な感想を言えば、まだ経験の浅い当時の我々には手に余る。と思いましたよ」

「でも、やったんですよね?」

「ええ、当然の事ですがまだまだ新米の私達の計画がそのまま通るわけありません。治療計画の立案は各々で行い、最終決定はコンペ形式で患者本人に選んでいただくことになっていました。計画を立てたら熟練医の確認と指導を受けて修正。その繰り返しです。

 断るという選択肢は誰も選びませんでしたねぇ。私も当時、手に余るとは思いましたが、それでも自分なりに最良と思える計画を立てて提出したつもりです」

 

 検査結果から計画をまとめて提出したらダメ出しを食らい、修正してもまたダメ出しを食らう。患者の状況の変化にも対応しなければならないので、毎日のように先輩医師の罵声が轟いた。

 

 江戸川先生は懐かしそうに語っている。

 

「特に3人目の方はよく怒られていました。その方は真面目な人でしたが、いまいち出来が良くないと評判でしたし……」

 

 話の流れとオーラのゆらぎで、なんとなく先が分かってしまった。

 

「でも、最終的に選ばれたのはその方なんですね?」

「ええ、その通りです。私は最下位。医局の先輩方には高評価だったのですが、患者本人から“患者として他に選択肢があるのなら、君の治療は受けたくない”とまで言われ、完膚なきまでに叩きのめされてしまいました」

「そこまで言われる理由は――」

「葉隠君!」

 

 ……丁度良いところだったのに、ADの丹羽さんの声がかかる。

 

「はい。どうされました?」

「丁度よかった。先生方の話し合いが終わったから、そろそろ収録が再開されると思います。準備をお願いします」

「わかりました」

 

 俺の答えを聞くと、丹羽さんは忙しそうに走り去った……

 

「先生、続きが気になりますが」

「お仕事では仕方ありませんね。まぁ、あわてて話す事でもなし。またいずれ暇な時に続きをお話しましょう。さ、急いで準備を」

 

 1つ頷き、まずトイレを済ませることにした……

 

 

 体調が“絶好調”になった!




ヘルスケア24時の収録を行った!
影虎の検査結果が一部公開された!
医師の間で論争が発生した!
収録が中断した!

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