人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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264話 検査結果発表(後編)

 収録後

 

 巌戸台へ向かって走る車の中には、重苦しい空気が流れていた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~スタジオ~

 

 収録が再開されると脳の話の続きは穏やかに、しかし速やかに行われた。

 そして始まったのは骨の話。骨に関しては何も聞いていないが……

 

「骨硬化症?」

 

 なんでも以前俺が撃たれて入院した時のデータと比較して、その兆候を発見。

 調べてみたところ、確定したらしい。

 

「骨粗鬆症、簡単に言うと骨がもろくなる病気を皆様一度は耳にした事があるかと思います。骨硬化症はその反対でですね、骨密度が異常に高まることで骨がより強固になる病気です。神経の圧迫による視力障害、難聴、水頭症などの症状を併発する可能性もありますが……これらの症状が出るかどうか、出たとしてどの程度重くなるかはその人次第な部分がありまして、葉隠君の場合、少なくとも現時点ではそれらの症状が一切出ていません」

「それはつまり、ただ骨が普通の人より頑丈なだけ、ということですか」

「現時点では。今後も他の症状が出ないとは限りませんが、出てこない可能性もあります」

 

 ペルソナや魔術を知り、医学の素人である俺からすれば本当にその病気なのか?

 と疑問がわいて来るけれど、骨密度が異常に高いのは事実らしい。

 

 最後に俺の体の状態をまとめられ、

 

 常人よりも骨は硬く     = 骨硬化症?

 筋肉が発達しやすく     = ミオスタチン関連筋肉肥大?

 高い持久力と回復力を持ち  = 血液成分など

 それを操る脳はハイスペック = サヴァン症候群?

 

 それぞれに病名や科学的な理由をつけられた上で、

 

『1つ1つは遺伝子の異常などで説明がつくが、それらの症状が1人の体の中で混在し、なおかつデメリットのある症状が1つも出ていないというのは奇跡としか言いようがない』

『何度も言うが、彼からドーピングの類の反応は出なかった。それに私にはこの体を作れる薬なんて想像がつかない。彼と同じ体になれるドーピングがあるというなら、私はその人に教えを請いたいぐらいだ』

『彼は本物の超人だ!』

 

 特に海外からきた医師が口々に神の奇跡だ、神が与えた肉体だ、などと個人的にはかなり不愉快な評価を口にする。

 

 ……あながち間違いともいえない事で余計に腹が立つ。

 

 そこから撮影が終わるまでは、不快感を抑えるので必死だった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 神が与えた体。

 常人より強靭な体。

 そして、重篤な症状が出る可能性を秘めた体……

 

 病気?の副作用で体が強化されていくとすれば、何もしなくても時が来る頃には……

 俺が何もせず生贄に十分な力を持つ、それはあの野郎にとっては最も良い状況……

 

 ……ダメだ。思考がどんどん悪い方へ向かっている気がする。

 

「どこかで何か美味しい物でも食べて行きましょうか」

「そうですね。この辺で何か探してみますか」

 

 少し無理にでも気分を変えようと思い、提案したところで携帯が震える。

 

「……すみません近藤さん。やっぱりまっすぐ帰宅でお願いします」

「何かありましたか?」

「岳羽さんからメールです。できるだけ早く会って話したい事がある、と」

「おや。あちらから先に申し出てきましたか」

「そういえば彼女、昨日桐条君に呼び出されたそうですね。何か心境の変化があったのでしょう」

「さて……」

 

 江戸川先生の言う通り、何かしらの変化はあると思う。

 だが、それが俺にとって良い変化かどうか……

 

「とにかく会ってみない事には。あと、少し用意をしたいので、まずは一旦寮へお願いします」

「かしこまりました」

 

 それから到着予定時刻を聞き、それに合わせて岳羽さんと会う約束を取り付けた。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~辰巳ポートアイランド駅前~

 

「お待たせ、岳羽さん」

「……あ、葉隠君。ううん、私が早く来すぎただけだから」

 

 帽子で軽く変装したためか、一瞬の間があった。

 

「それより急に呼び出してごめんね。忙しかったんじゃない?」

 

 岳羽さんの視線が肩に担いだボストンバッグへ向けられる。

 

「大丈夫。午前中は収録でテレビ局に行ったけど、午後は何も予定入れてなかったし」

「はー……昨日のステージ見た時もそうだったけどさ、サラッと収録とかテレビ局とか聞くと、改めて芸能人なんだーって思うわ」

「はは……あんまりこうしてるとバレるかもしれないし、場所を移そうか」

「そうだね」

 

 岳羽さんに聞いてみると、特に目星をつけていた場所はないようなので、近場のカラオケボックスへ。

 

 受付をすませて個室に入ると、ほどなくしてサービスの飲み物が届く。

 

「ご注文の品、以上でよろしかったでしょうか?」

「はい、ありがとうございます」

「どうぞごゆっくり~」

 

 飲み物を置いた店員が部屋を出て行くところを確認。

 これで当分は邪魔が入らない。

 

「早速だけど、特別課外活動部に勧誘されたか?」

「うん……分かった?」

「岳羽さんが前に病院へ行ったのは聞いたし、そこでペルソナ使いの適性診断が行われていることは知ってたからね。桐条グループに岳羽さんの事が知られた可能性は考えていた」

 

 言わないが、天田の報告もあったし。

 

「そんな状況で急に会って話したい、なんてメールが来れば察するよ。……で、誘いを受けてどう思った? できれば何を話したかも教えてほしいけど、漏らせば不利益になる内部情報もあるかもしれない。そこは岳羽さんの決断を尊重したいと思ってる」

「……」

 

 岳羽さんは数秒黙ったかと思うと、ぽつぽつと語り始めた。

 

「昨日の文化祭の後……現地解散になってさ。高等部の生徒会室に呼ばれたの。そこで色々聞いた。特別課外活動部の事、ペルソナの事、シャドウの事……ほとんどそれだけ。葉隠君から聞いていた以上の事は……話してくれなかった」

 

 岳羽さんのオーラは、怒りよりも失望や落胆の色が強い。

 

「シャドウや影時間が存在する理由は不明とか、自分たちの実験で生み出したんでしょ? 一緒に戦ってくれって言うのなら、そこまできっちり話してよ! って感じ? 葉隠君から事前に話を聞いてなかったら、お父さんの事とか、むしろ秘密を暴いてやる! って感じになったかもしれないけど、昨日の話はぶっちゃけ信用できなかったなー……」

「それが残念か」

 

 ……これも原作よりはるかに2人が親しくなっていた結果だろう。

 

「軽くフォローを入れるなら、シャドウと影時間その物は桐条グループの研究で生まれたものじゃないらしいけどね」

 

 影時間やシャドウの存在を知って、そこから“時を操る神器”の研究が始まったのであって。

 研究の過程で影時間やシャドウの存在が見つかったわけではないのだ。

 そう考えると桐条先輩の“シャドウや影時間が存在する理由は不明”という言葉は嘘ではない。

 

 しかし“桐条グループの実験で影時間が顕在化し、毎晩タルタロスが現れるようになった”、という事実を隠している時点でたいしたフォローにはならないだろう。

 

 実際に目の前の彼女は苦笑いを浮かべるだけだ。

 

「しかし、信用できなかったとなると」

「それなんだけど……ごめん。私、入ることにした。特別課外活動部に」

「信用できなかったのに、か?」

「うん。それは先輩も感じたみたいで、言われた。中二病とかお遊びじゃないぞ! って、私が信じてないことを変な方向に勘違いしたみたいで、慌てながら。桐条先輩って時々アレだよね」

「大事なところでポンコツモードに入ったのか……」

「明彦もそうだがゲーム感覚では本当に危険だーとか言い始めたから、そんなに危険なら仲間は多い方が良いでしょ? 味方が欲しくて私に声をかけたんでしょ? って言ったら黙り込んじゃって」

「遊んでやるなよ……一応真剣に話していたと思うぞ、先輩……」

 

 カラカラと笑う岳羽。

 その時の様子を想像すると先輩が悲しく思えてきた。

 

「まぁ、そうなんだけどさ。ちゃんと話してくれない事に対する仕返しっていうか、ね? ……で、途中そんな感じになったけど、私は特別課外活動部に入ることになりました。

 信用できなかった、っていうか最低限話しておいてほしかった部分については、本当に申し訳ないと思ってるけど、葉隠君から聞いてたし」

 

 さらに説明されて納得。

 

「話を聞いた後に最初に思ったのは、信用できない、もっと話すべきことはないの? って事の他にもうひとつ、“葉隠君の話が本当だったんだ”って事。……予知とか占いとかよく分からないし、正直信じ切れてないけど、でも君が未来の出来事を知っていて、真剣に話してくれたって事は疑わないことにした」

 

 そこまで力強い視線でそう告げた彼女だが、続く声は少々勢いが落ちた。

 

「だから……先輩に話してほしかった事は君から聞いて知ってるし、信用はできなかったけど先輩が悪いわけじゃないんでしょ? それでいて特別課外活動部の活動も、先輩たちが危険に身を置いているのも。私に力があるのも。桐条グループの実験に私のお父さんが関わっていたのも、お父さんがその実験を止めようとしたのも。桐条先輩が自分のお父さんのために戦ってるのも……全部、本当なんでしょ?」

 

 ……前回、話しすぎたかもしれない。

 

「ああ、一切嘘はない」

「だったら私は先輩の力になりたい。お父さんのために戦いたいって気持ちは分かる気がするし、シャドウと戦うのは私のお父さんの意思を継ぐことにもなると思うから」

 

 力を取り戻し……いや、これまで以上の熱意と覚悟を感じる。

 おまけに遺志を継ぐって、下手したら既にペルソナ覚醒してるんじゃなかろうか?

 

「岳羽さんの気持ちは受け取った。特別課外活動部に参加することについて、俺は何も言わないよ」

「ありがとう。本当に申し訳ないと思ってる。葉隠君が色々教えてくれたのに、結局先輩たちの仲間になっちゃって。

 あっ、でも君の事は先輩たちには黙ってるから! そこだけは安心して!」

「ああ、それについては大丈夫。信じるよ」

 

 今日も合流した駅前からここまで監視の目はなかったし、このカラオケボックスも俺が選んだ。岳羽さんがどこかに俺を誘い出したわけでもなければ、こっそり調べた限り盗聴器の類も持っていないようだ。携帯や録音機器を操作する様子もなかった。

 

「桐条グループの監視がない時点で、岳羽さんが情報を流してないことはほぼ確信してたよ」

「普段からそんなに警戒してるの?」

「警戒はどれだけしても足りないくらいだよ。あと特別課外活動部に参加する件は気にしなくていい。俺は先輩より上の人間を警戒しているのであって、特別課外活動部そのものを敵視しているわけじゃない。俺の事情を知られると困るけれど、敵対して桐条先輩たちを傷つけたいとは思わないからね」

「そうなんだ……」

 

 岳羽さんはホッとしたようだ。

 

 これも嘘ではない。

 特別課外活動部の活動は完全に逆効果だが、その部員は全員騙されているだけだ。

 活動自体は阻止したいが、わざわざ争いたくはない。

 その必要性がない限り。

 

「シャドウと戦い人を守る。それだけのために桐条グループが動いているのなら、何の問題もなかったんだけどね」

 

 さりげなく、しかし問題点を明確に言葉にすると岳羽さんは黙り込む。

 彼女にしては珍しく冷静なオーラが強まっているところを見ると、何か考えているらしい。

 

 やがて口を開いた時、出てきた第一声は……

 

「……じゃあさ、私個人に協力してくれない?」


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