人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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26話 決断

「大変だったね。はい、今日の分のお茶」

「ああ、ありがとう」

 

 山岸さんが買ってきていた缶のお茶を受け取って、喉に流し込む。

 

「ふぅ……」

 

 天田はあれから何度も真剣に頭を下げていたが、とりあえず保留にさせてもらった。

 検討して後日また連絡すると伝えたときは落胆していたが、諦めてはいないようだ。

 

「江戸川先生はどう思われますか?」

「ヒヒッ、私は別にどちらでも構いませんよ? 一人も二人も同じ事ですし、部屋だって余裕がありますからねぇ……しかし私は怪我の治療はできてもパルクールの技術を教える事はできません。そうなると指導するのも負担が増えるのも影虎君です。ですから君が決めてください。

 はっきり無理だと断るか、新たな挑戦に飛び込むか。あるいは悩むのも大いに結構。決断も挑戦も悩みも、全ては君という一人の人間、そして魂の成長に繋がるのです……ヒッヒッヒ」

 

 全ては俺しだい……一つずつ考えてみるか。

 

 まず天田を受け入れた場合のメリットは何か?

 部活の先輩後輩という関係が交流を持つ理由になる。

 関係が来年まで続けば、特別課外活動の動向を知る機会が増えるかもしれない

 天田にとっても原作開始前に体を鍛えておく事はプラスになるはず。

 それにこの部に入ればいじめから一時的に身を守る場所を作ってやれる。

 何より俺の手と目が届きやすくなる。

 

 ではデメリットは?

 まず天田の練習に時間を割くことになり、俺の自由な練習時間が減る。

 天田と多く交流を持つ事により、将来の不確定要素が増す可能性。

 そして、おそらく天田を気にする桐条先輩の目も増そうだ。

 

 すぐに思いつくのはこのくらいか、数ではメリットの方が多いな。練習時間が全部潰れることはないだろうし、それは問題ない。不確定要素は今更だ。

 

 問題は桐条先輩の目が増える可能性だが……昨日の話では桐条の力を使って調べているわけではなく、個人的に気にしている程度に聞こえた。こまめに報告を上げて一定の信頼を勝ち取ればなんとかなるか。俺に適性があることを知られなければ、影時間の事を向こうから話しにくるとは考えにくいし……

 

 そこまで考えて、俺の気持ちは固まる。

 

「天田君に、入部の許可を出します。ただし練習参加は脳震盪の経過観察期間が終わってから、それまではおとなしく養生する事を条件に」

「わかりました、では私も顧問として許可を出す事にしましょう。葉隠君は彼の入部までにどんな事を教えるか、考えておいてください」

「わかりました。そういうことでお願いします。……ちょっと失礼します」

 

 話が一段落すると、俺はことわりを入れて先生の部室を出て携帯を取り出した。

 そして登録してある連絡先から桐条美鶴と書かれたメールアドレスを選択してメッセージを送る。

 

 昨日の話の後で天田の事で何かあったらと連絡先を渡されたのだが、まさかこんなに早く使う事になるとは……っと、もうかかってきた。

 

「はい、葉隠です。桐条先輩ですか?」

「そうだ。早速だが先ほどのメールの件、もうあの子と接触したというのは本当か?」

「ええ、昨日助けられたお礼がしたかったそうです。裏で手が回されたんじゃないかと勘ぐってしまうくらいに早く話す機会が訪れました」

「なるほど。私も昨日の頼みで無理をさせたのではないかと思ったよ。……それで彼の様子は?」

「お礼の最中は笑顔でしたが、作り笑顔に見えました。ただその後でちょっとうちの部活について話したんですが、体を鍛える事に随分興味があるようです。うちの部に入部させてくれと頼まれました」

「そうか……その報告は前にも受けたことがある。彼は君の部に限らず中等部や高等部にある格闘技系の部活動のほとんどに練習参加を頼み込んでいたんだ。いじめ対策のつもりだと考えられたが、年齢差や体格差で指導が難しくなるので何処の部も受け入れず、それ以来話を聞かなかったので諦めたと思っていた」

「桐条先輩、その件なんですが……天田君、うちの部で受け入れます。顧問の許可も取り付けてあります」

「何? 彼によくしてやってくれと頼んだのは私だが、そこまでする必要は」

「うちの部は俺一人なので他に迷惑はかかりませんし、先輩に言われる前から彼の様子が気になっていたので。それに仲間が居るほうが楽しいかもしれませんし、彼の気分転換にもなるかと思います」

「……たしかに彼は初等部の寮母からも同じ事を言われているな」

「自発的に外に出るいいきっかけになるかと思います。ただ彼の問題はデリケートなので自分はそばで様子を見つつ、先輩にもこまめに相談させていただきたいのですが」

「…………わかった、彼のことは君に任せる。私でよければいつでも相談に乗ろう」

「ありがとうございます。それで聞きたいのですが、手続きはどうすればいいんでしょうか?」

「書類を江戸川先生に預けておく。それに先生と君がサインをして、先生にしかるべきところへ提出してもらってくれ。あとはこちらで彼から参加の意思を確認して手続きを済ませる。いつから参加させる?」

「分かりました。彼の練習参加は脳震盪の経過観察期間が終わってからでお願いします」

「分かった。そのように取り計らう」

「ありがとうございます」

「こちらこそ礼を言う。無理を言ってすまない」

「いえ……それではまた何かあったら連絡します」

 

 先輩からの返事を聞いて、俺は電話を切る。

 これでよし。頼まれただけの仕事はこなした。

 迅速な報告・連絡・相談はそれだけ面倒ごとを減らす。俺はそう信じている。

 

「ただいま戻りましたー……ぁ? 二人とも何してるんですか?」

 

 江戸川先生の部屋に戻ると、先生と山岸さんが何かを話している。

 

「影虎君、新入部員がもう一人追加ですよ」

 

 新入部員が、もう一人?

 

「あのね? ……私も入部する事にしたの」

 

 山岸さんまで!?

 

「急にどうして?」

「……昨日桐条先輩からの話を聞いて、今日あの子と会って……寂しそうって思ったからかな? 葉隠君があの子のために何かしようとしてるのを見たら、私も力になれないかな……って思ったの」

 

 こんな所で連鎖反応起こすのか……山岸さんって気弱だけど、同時にいじめを行った犯人を許すくらいの優しさも持ってたはずだしなぁ……そう考えると自然なのか?

 

「ダメ?」

 

 山岸さんはこんな理由じゃ断られると思っているのか、背筋は猫背に、顔はうつむきがちにこちらの様子を窺っている。これを一言で表現するなら“上目遣い”。

 

 わざとだったらあざといが……もういいや。こうなったらまとめて入部させてしまおう!

 来年の山岸さんの安全地帯を今から作っておくと思えばいい。

 毒を食らわば皿までって言葉もあるんだ。

 決して考えるのが面倒になったわけじゃなければ、上目遣いに負けたわけでもない。

 ゲームでは伏見千尋と並ぶ好みの女性キャラ第一位だったし、かわいいなとは思ったけど。

 

「入部は歓迎するけど、運動は得意?」

「正直に言うと運動苦手なの。だからマネージャーとして入部しようかな? って先生と話してたの」

「マネージャーは計測したタイムなどのデータ管理、活動報告書の作成が主な仕事になりますね」

「私、パソコンとか得意だからそれならできます」

 

 それは俺としても助かる。

 

「では山岸さん、影虎君の同意も得たのでこれを持って帰ってください。入部届です。記入して私に提出すれば、はれて貴女もこの部の部員です。しかし急に人数が増えますねぇ。これは忙しくなりそうです」

「天田君の部屋と山岸さんの部屋の用意もしないとダメですね。今日からとりかかりますか?」

「応接室を含めて三部屋にしましょう。私の部屋は来客を迎えるには向きませんし、部室といえど各個人の部屋に勝手に入るのもどうかと思いますからね」

「え? えっ? 部屋って何の話?」

「貴女の部屋の話です。例えば着替え。影虎君と一緒にするわけにいかないでしょう? だから空き部屋を整備して更衣室にするんですよ」

「昨日桐条先輩と話した時に案内した部屋、あそこが俺の部屋。普段はあそこで着替えや休憩をとってる。部員が少ないから山岸さんと天田君を入れても一人に一部屋個室が与えられる状態なんだよ。泊まり込みは禁止だけど、私物とか置いておくのは構わないから」

「あの部屋だけが部室じゃなかったんだ……いいの、かな?」

「ヒヒッ……いいんですよ。学校側がこの建物丸ごとパルクール同好会の部室と認めているのですから」

「まぁ、あまり気にしない方がいいよ。便利だし広くてラッキー、で済ませれば。俺もそうしてる」

「じゃ、じゃあ……そうする。近いうちにPCの材料買ってきて組み立てるね」

「納得早っ!?」

「へうっ!?」

 

 この子、意外と順応力高いのかもしれない……

 

「というか、PC自作するの?」

「う、うん。マネージャーの仕事にあれば便利だと思うけど、私物のPCを学校に置いておくのはちょっと……」

「それは仕方ない。でも値段はいくらくらいになる? うちの部は正式には同好会だから部費が出ないんだよ」

「安いパーツを選べばちゃんと使えて二万円まで抑えられると思う」

「二万円か………………本気でバイト探すか」

「?」

「いや、実は他にも用意したい物があるんだ。練習中に使う天田君用のプロテクター一式とか」

 

 パルクールの練習は高い所から飛び降りたり逆に登ったりと危険がつきものだ。特に初心者は技に失敗しやすく、怪我の危険が大きい。だから怪我から身を守るプロテクターが必須。最低でもヘルメットや両方の肘と膝を守るプロテクターに足に合わせた運動靴が必要になる。

 

 しかし天田少年は現在遠縁の親戚の援助を受けて暮らしているので、防具にかかるお金を気にしてパルクールを辞めると言い出すかもしれない。今の大人ぶった天田少年なら十分ありえる気がする。

 

 でも中古は前に壊れ物を掴まされたことがあるし、ケチると怪我の元。怪我をしてパルクールが怖くなる、ってこともありえるので初心者には体に合うちゃんとした防具を使わせるべき。それに今後はスポーツドリンクの消費も増えるだろう。

 

「パルクールで必要なものって色々あるから。それに俺、丁度バイクの免許取ろうとも思ってたし。講習や試験料だけじゃなくてガソリン代や整備費もかかるから」

「おやおや……影虎君、バイト先のあてはあるのですか?」

「叔父がラーメン屋を経営しているので、聞いてみるつもりです。そこ以外ならネットやバイト情報誌で探そうかと」

「ヒヒヒ……でしたら割の良いお仕事を紹介しましょうか?」

 

 江戸川先生の紹介する割の良い仕事……なんか嫌な予感がする……

 

「あの、私も部員になるので少しくらいなら……」

「とりあえず、それは叔父に聞いてからで。山岸さんは……また今度話そう」

「でも」

「まぁまぁ山岸さん。男子にもいろいろと思うところがあるのですよ」

 

 部員が部のためにお金を出し合うのはおかしくないかもしれないけど、なんとなく女子や子供にお金を出させるのは忌避感があるんだよなぁ……前時代的かもしれないが、たぶん親父の影響だ。何とかバイトを見つけて出費をまかなえるようにしたい。

 

 俺はそう心に決めて、理解できない様子の山岸さんの説得にとりかかった。




影虎は天田を仲間にする事にした!
なぜか山岸まで仲間になった!
影虎はバイト探しを本格的に始めるようだ……

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