夜
~鴨山ジム~
監督と話し合い、投げ技と寝技を重点的に教えてもらうことになった!
俺は基本的に打撃中心の戦闘スタイルだが、投げと寝技の対策は必要だ。
主義主張はとりあえず横に置いておき、素直に指導を受け、投げと寝技を学んでいく。
……寛容さが上がった気がする!
……
…………
………………
練習後
~鴨山ジム~
総合格闘技の練習が終わると、今度は百人一首。
こちらは総合よりも練習時間が短く、教えてくださる鴨山婦人はかなりの話好き。
おかげで百人一首に関する話や、上の句と下の句を覚えるだけで終わっていた。
そして今日はとうとう実際に対決!
したのだが……
「参りました……」
結果は惨敗。
意地で5枚はもぎ取ったが、それ以外の読まれた札は全て婦人の手の中。
急速に婦人の陣地の札が無くなり、俺の負けが繰り返される。
並べられた札の内容と位置は事前に記憶してある。
読まれた上の句から下の句を判断して取りに行く……
1秒もかからず俺の手は動き始めるのに、そのときには既に取られていることが多々ある。
「年季が違いますからねぇ。ほほほ……」
確かに元日本一なら上の句や下の句を覚えていて当然だし、札の位置も並べられた時点で覚えているかもしれない。しかしそれならまだ条件は対等。こういってはあれだけど肉体的なスペックが劣っているとは思えないし、経験の差による物なのか……
百人一首で鴨山婦人に勝つ。
実はだいぶ難しい課題であることに気づいた……
……
…………
………………
撮影後
~鴨山ジム前~
「お疲れ様です。葉隠様」
「お疲れ様です」
撮影を終えて外に出ると、近藤さんが待っていた。
「昨夜の件、どうなりました?」
「尾行は失敗で、やらせがない事の証明としてそのまま使うそうです。ただそれだけでは尺が足りないので、内容を一部変更することになりました」
具体的には超人プロジェクトの日本支部を紹介する事になったらしい。
「日本支部と言うと、あのアパートじゃないですよね」
「はい。事務所を別に用意していました。ただし社員の福利厚生も兼ねて様々な設備を導入。一部施設は一般にも開放する予定ですので、良い宣伝になりますね。近日中に撮影が入りますが、葉隠様はスタジオでVTRを見ていただきます」
「その撮影には行かなくて良いんですか?」
「プロデューサーが仰るには“詳細を知らないのなら、一緒にスタジオであれこれコメントしてもらう方が面白そうだ”との事です」
なんだか含みを感じるが、そう決まったようなので仕方ない。
その後は近藤さんの車で駅まで送ってもらった。
……
…………
………………
深夜
~自室~
「おっ! 仕事速いな」
ロイドから、Rune Makerのアップデートについての連絡だった。
やたら対応が速いと思ったら、また既製品を参考にしたらしい。
早速使ってみよう。
「デザイン画がある程度決まっている場合は……スキャナーで画像の取り込み? ……おっ! すげぇ!」
画像取り込むと自動的に、立体図が生成された!
……細部が少々おかしいが……
「自動3Dモデリングプログラム。現在開発中の試作品のため……って、Mr.コールドマンの会社で開発中の製品データ使ってるのかよ……社外秘じゃないの? こういうの……」
データ収集してクオリティーが上がるならアリなのかなぁ……まぁ使うけど。
マニュアルに従い、自動で作られた3Dモデルの細部を手動で修正。
デザインが固まったところで、先ほどまで作っていた雷を防ぐ魔法円を用意。
宝石を填め込む場所と魔法円を設置する位置を確定し、内部に加える。
宝石の台座の形状、および使用する宝石もここで指定。
大きめのターコイズを中心に、相性の良いオニキスと水晶を周囲に配置。
この3種は相性が良いだけでなく、それぞれ災厄から身を守る効果が高いとされる。
雷を防ぐという目的にも合うだろう。
「……こんなもんかな」
3Dでイメージが固まったら、ドッペルゲンガーでサンプルを製作。
「……そういえばシャドウ召喚の要領でエネルギーを固められたっけ……」
気と魔力とMAGを練り混ぜると、意思に従い形を変える塊ができていく。
ちょっとコントロールが難しい、けど十分いけそうだ。
ならこのままサンプルを作って、ドッペルゲンガーで必要な型を取ろう。
こうして徐々に作業に没頭し、設計からアクセサリー製作の段階に入っていく……
……
…………
………………
影時間
~タルタロス・40F~
一通り探索を終えて、2つめの壁の前……
ここは16Fにあるオーロラのような壁とはまた雰囲気が違う。
全体を格子状の柵で阻まれ、まるで牢屋のようだ。
中心に1本だけ金色で鍵のような柱が立っているのが気にかかる。
殴ってみた感触は16Fの壁よりも少し頑丈そうだ。
壁はだんだん強固になっていくのだろうか?
「壊して進む意外に道が無かったら大変でしたね」
「まったくだ……それより天田、コロ丸。始めるぞ」
「はい!」
「ウォン!」
パラダイムシフトを発動し、ドッペルゲンガーの耐性を変更。
雷耐性を弱点に、その分炎耐性と斬撃耐性を無効にする。
「来い!」
「ジオ!」
「バウッ!」
「もっと狙え! あとそんなに叫ぶと撃つタイミングが丸分かりだぞ!」
飛んでくる炎と雷の魔法。それをひたすら回避する俺。
思いつきで始めたけど、魔法の回避に専念するのも良い練習になるかもしれない……
アクセサリーの試用試験を兼ねて、比較的鍛えていない魔法の練習を行った!
……
…………
………………
13日(木)
放課後
~部室・厨房~
先日送られてきた過去の俺の記録と一緒に、母さんが自分の料理のレシピをノートにまとめて送ってくれていたので、部活後に山岸さんと簡単な料理を作ってみた。
「お塩は……これでいいよね?」
「レシピ通りだ。これで麺をゆでて……」
“懐かしのナポリタン”ができた!
「うめぇ!」
「部活後の空きっ腹にはたまんねぇっス!」
「やさしい味というか……なんだか懐かしいような味がします」
「よかった、成功したね!」
「レシピ通りに作ったからね……」
また何度か山岸さんは隠し味をぶち込もうとしたけど、何とか止めた。
俺の母の味ということで遠慮してくれたのか、以前よりかなり楽に止められた。
今後はこの手を使っていこうか?
……そうでなくても、逆に味を探求するような言葉は禁句にしよう。
何が起きるか分からない。
「私たちも食べよう?」
山岸さんからフォークを受け取り、自分でも1口食べてみる……
……若干体力の回復効果に加えて、懐かしさで心が落ち着く。
魅了・混乱・恐怖・ヤケクソ。精神系の状態異常に効果がありそうだ!
……
…………
………………
夜
~鴨山ジム~
総合格闘技の練習を行った!
そして……
「あさぼらけ、あ」
「!」
百人一首では相変わらず婦人が圧倒的優勢。
繰り返し、努力して喰らいついていても一向に変化がない。
ならば……
「葉隠君、しばらく手が動かないけど……ギブアップ?」
「いえ。続けてください、丹羽さん」
ここは婦人の動きを良く見ることに徹する。
俺はペルソナの能力で。婦人は長年の経験で。反応速度はほぼ互角。むしろ俺に分がある。
こうも負ける理由が別にあるはずだ……何か俺と婦人の違いが……
そして手を出さないまま、試合は終わった。
が、
「分かった……ようやく分かりました。何で負けるか」
「何か掴んだのかい?」
俺が負け続けた原因、それは技術。特に“体の動かし方”だ。
正座から少し腰を上げ、前傾姿勢で床に両手を突く。
婦人はこの姿勢から読み札が読まれるまで動かない。
そして読まれた札に反応した瞬間に“腰から”動く。
パンチも腕だけではなく肩や腰を使うが、それよりも速く……
いや、半分座りながらの不安定な姿勢を安定させたまま、腰を切ることで手を急加速させる。
同時に反応し、俺は手を伸ばす。ここで俺の手は目標の札に向かって加速していく。
しかしその時既に、婦人の手は加速を終えている。
トップスピードに到達するまでの速さが違うのだ。
だから同時に、あるいは少し後れても先に婦人の手が届く。
さらに婦人は基本であり札を払うように取る“払い手”。
前方に手を突き出すように取る“突き手”。
札を手で囲いこちらの手を防御しつつ取る“囲い手”。
さらに“押さえ手”、“渡り手”、“戻り手”等、状況に応じた取り方を瞬時に判断して取りに来る。
スピードと長年の経験による技術。
それを武器に比較的手の届きにくいこちらの陣地へ、フェイントも交えながらガンガン攻め込み、それでいて自分の陣地に目的の札がある場合は確実に守り取っていく。攻撃的、かつ堅実。
……百人一首の大会は“競技かるた”と呼ばれる。
そしてその試合は“かるた”と聞いて思い浮かべるお正月の遊びとは程遠い。
試合は“畳の上の格闘技”とまで言われるほどに激しいと準備段階で聞いていた。
正直、その時はそこまでとは思わなかったが……考えを改めよう。
百人一首の試合。使われる体力、判断力、集中力。知恵に技術に戦術。
……これは紛れも無く、格闘技であると。
「もう一度、お願いします」
意識を切り替えて、この日はさらに試合を重ねた。
婦人の動きを模倣することを念頭に置いて。
……肉が多くて関節の動きが分かり辛い……
……
…………
………………
影時間
~タルタロス・40F~
今日は俺が過去何かの役に立つかと書き残した漫画やゲームの記憶から、使えそうな技を考えてみる。
・候補その1 “影分身の術”
「人型の召喚シャドウの外見をいじって、自分そっくりにしてみた」
「見た目は本当にそっくりじゃないですか!」
「見た目だけはな。戦闘能力は人型シャドウと変わらないけど」
「バウッ!」
コロ丸は囮としてなら使えそうだと言いたいようだ。
・候補その2 “黒衣の夜想曲”
「……なんですか? その大きな浮かぶ人形みたいなの」
「前世で読んでた魔法使いの漫画にこういう魔法があったんだ。影の魔法で、肉弾戦が苦手な術者が身を守りながら戦うための人形、みたいな」
「それはそういう物だとして、なんでそれを?」
「いや、できそうだったから。それに背後に浮かぶのってペルソナっぽくない? 俺としてはかなり新鮮な感じなんだけど」
「先輩、いつも服かメガネにして着てますからね。初めて独立して動いてる所を見ました。で、効果は?」
「基本的に動きは体と連動してるし、戦えなくはない。ただ普通に戦ったほうが楽そう」
「意味ないじゃないですか……」
天田は呆れている。
「別人を装うときに使えたり、しないかな?」
使えそうな話も使えなさそうな話も、手当たり次第に書かれていた“おえかきちょう”。
きっと一部は役に立つと信じている。