人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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273話 江戸川の意見

 翌日

 

 11月16日(日)

 

 朝

 

 ~保健室~

 

 休日だけど昨夜の報告の返事を聞くため、そして疲労が抜けなかったので保健室を訪れると、

 

「待ってましたよ、影虎君」

 

 怪しい薬を持った江戸川先生が待ち構えていた。

 

「おはようございます。今日の薬はそれですか?」

「これともう一つ、こちらの錠剤も飲んでください。ささ、まずはぐっと」

 

 進められるがままに薬を飲む。

 ……今日の薬は臭みが強い。

 

「漢方ですか? 生薬系の風味がしますね」

「自然治癒力を高め疲労回復を後押しする生薬を栄養剤に配合しました。成分が吸収されればじわじわと効いてくるはずです。その間に昨夜のお話を」

 

 先生はまず、昨日の状況を確認することから始めた。

 

「また大変でしたねぇ……それで、影虎君としてはそのタカヤという人の言葉が気になっている、と」

「言われた時に否定できず、いまだに答えが出ません」

 

 最近は調子が良い、色々と順調だと思っていた。

 その裏に焦りがあり、それが昨夜の原因なのか。

 

「ふむ……影虎君。実は私、昨夜報告を受けてから近藤さんと話をしたのです」

 

 唐突に何の話だろうと思っていると、先生方には関係しているかもしれない出来事に心当たりがあったようだ。

 

「あれは翻子拳の練習と撮影が終わった日のことでしたね。君は真田君との試合に勝って、心の内を私たちに明かしてくれました」

「……あの虚無感の事ですか?」

 

 うなずく先生。

 さらに話を聞くと、先生方はそれを“ 燃え尽き症候群”の兆候かと考えて密かに注目していたようだ。

 

 しかし、

 

「俺は別に、確かにあの時は不完全燃焼な感じはしました。だけどそれからやる気がなくなったとかそういうことは」

「はい、それはちゃんと見ています。影虎君は常に新しい目標やできることを探し、様々な事から学びとれる事を見つけては自分の物にしてきました。直近では百人一首を格闘技に応用しているとか。君は確かに努力を続けています。それは間違いない」

 

 そう先生は認めた上で、

 

「考えてみると、君は努力あるいは模索を“止めた事がない”のです。少なくとも私が君と出会ってからは魔術の習得に格闘技の練習……それらは夏休み、銃で撃たれて間もない時でも継続していました。状況的にその必要があったことも認めますが、君はそれからも、日本に戻ってきてからもひたすらに力をつけようとしています」

 

 それは当然、と言いかけてハッとする。

 

 何故当然なのか。

 時間が無いからで、その必要があるから。

 その答えはタカヤの言った焦りに通じる。

 

「人の心とは複雑怪奇なもの。ましてや見たくないものを見つめると言うのは難しいこと……君の中に焦りがあったということは、私も否定できません。

 しかし、君の心は君の物。他人の言葉がその全てを示しているわけではありません。君が言っていた順調。調子よく力をつけている、というのは我々から見てもその通りで、紛れもない事実です。そこを疑う必要はありません。

 昨夜の君たちの意見は、どちらかが間違い、と言うものではなく。両方正しかった、と言える事だと思います」

「……そうなると、今後どう対策をしましょうか」

 

 それが問題だ。

 今のところは原因もはっきりせず、なるべく気をつけるしかない。

 

「その事で我々から1つ提案があります。今現在影虎君が引き受けているアフタースクールコーチングの仕事ですが、12月にプロと試合を行って終わります。そして来年は運命の年と聞いていますが、その始まりは4月。つまり君が2年になり1学期が始まってから。間違いありませんね?」

 

 間違いないと答えると、先生は怪しげな笑みを浮かべ、12月から4月までを調整期間に当てないか? と提案してきた。

 

「調整期間……具体的に何を?」

「まずは健康面、体と心のメンテナンスですね。詰め込みは控えて、来る運命の年に入ってから力を発揮できるように体と心を整えましょう」

 

 ……焦りを自覚してきたのか、そんな暇があるのかという言葉が頭に浮かぶ。

 

「もちろん新しい技術を習得するなとは言いません。要はバランスですよ。スポーツ選手も本番前には本番で全力を出せるように調整するのですし、君は今年1年で身に着けた事が沢山あるでしょう? それを本番で十分に使えるよう、技術も自分の心もまとめて見つめなおすのです」

「……確かに」

 

 幸い戦闘能力はだいぶ高くなった。

 格闘は真田に余裕で勝ったことで証明済み。

 隠密行動や魔術、シャドウ召喚、アイテム製造、先生方のサポート。

 天田とコロ丸と岳羽さんはスパイとして情報を流してくれる。

 原作キャラよりもできる事は多い。

 原作沿いに話が進むのなら、早々困ることはないはず。

 

「……君は強くなりました。不安に思うでしょうが、それは私がよく知っています。だから自分に自信を持ってください。あとは鍛えた力を使って、生き残る方法を具体化していくだけです。そのためにも影虎君自身の調整は欠かせません」

「……分かりました。1月からはそういう事で。……今後ともよろしくお願いします」

 

 江戸川先生と今後について話し合った!

 

「ちなみに……君を信じて教えますが、昨夜君の心に芽生えた“命をよこせ”という言葉。実は生き延びる方法としては十分にあり得ます。

 ヒッヒヒヒ……かの有名な陰陽師、安部清明がその秘術を用いて、とある名僧の命を救う話が“宇治拾遺物語”という書物にあるのですが……結論から言うと死にかけの者に他者の命を与えて延命するのです。この時犠牲になったのは風前の灯の僧に代わり、命を捨てる覚悟のある若い僧でしたがね……ヒッヒッヒ。

 この秘術は泰山府君の法、または泰山府君祭と呼ばれます……何かペルソナを理解する一助になるかもしれませんし、一応資料は探してみましょう」

 

 おまけに江戸川先生の講義を少しだけ受けた!

 

「ところで薬は効いてきました?」

「効いてはいます。けど、じんわり、という感じで」

「ふむ……長く効果が続くようにしましたが、少し弱かったでしょうか?」

 

 今日の薬の回復効果は、微妙だった……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前中

 

 ~生徒会室~

 

「やぁ葉隠君。日曜日なのに勤勉だね」

「そっくりそのまま返しますよ、会長」

 

 校内をうろついていたら、生徒会室に会長と桐条先輩がいた。

 

「いやいや、私はここが好きだからいるだけ。活動日でもないし、仕事はしてないのさ!」

 

 どうやら本気らしい。まぁ俺もたまたま通りかかっただけだ。

 となると勤勉なのは桐条先輩だけか。

 

「いや、これはむしろ怠惰の結果だ」

「何かあったんですか?」

「大した事ではないんだが、女子寮の点検で一部の部屋に修理が必要になってな。岳羽が巌戸台の分寮に引越してくる事になったんだ。分寮の寮長としてその手続きと受け入れの準備が少し」

「……それは普通に仕事が増えただけでは? 怠惰とは違うような」

「それがさ、引っ越してくるのが岳羽さんだからって、必要以上に世話を焼きすぎたんだって。友達が同じ寮になって嬉しかったのかな~?」

「やめてください、会長……」

「ん~、でも割と本気で最近浮かれ気味だったよ? 美鶴」

 

 戦力が増えたのがそんなに嬉しかったのか?

 それとも話せないことをそういう形でごまかしたのか?

 どちらにしても、桐条先輩の照れがそろそろ限界だ。

 話を変えようと思うが……あ、引越しと言えば“本の虫”は今どうなってるんだろう?

 

「会長、巌戸台商店街の本の虫って古本屋さん知ってます?」

「本の虫? ……あ、ワイルダックバーガーの近くにあるお店か。それがどうかした?」

 

 自分がその店にたまに行くこと。

 経営者の老夫婦から近々リフォームをすると聞いていること。

 しばらく訪ねていないので、今どうなっているかわからないこと。

 

「そんなわけで、会長なら情報網で何か知ってるかと思って」

「なるほどね。でも残念。私の情報は基本的に先輩と後輩繋がりだから、学生が行かないようなところにはあまり詳しくないんだよね。人気のカフェとかならそれなりに情報あるんだけど、古本屋さんの近況は……」

 

 それなら仕方ない。今日の収録前に訪ねてみようかな。

 

「それがいいと思うよ」

「ありがとうございます。……ついでにもう1つ。世間話に使える面白いニュースとかあります?」

 

 明日からまたテレビの撮影が本格化するし、話の種を用意しておきたい。

 

「面白い事とか話題って言うと、やっぱ新しいカフェとか、ネットに上がってる動画とかかな? 葉隠君の話題もちょくちょく上がるけど」

「そういえば私も聞いたな。今夜放送のヘルスケア24時は葉隠の特集だと。私も見るし、皆も注目しているぞ」

 

 確かに、あれは今日が放送日だ。

 一週間分の私生活込みなので、改めてそう言われると少し恥ずかしい。

 

 その後もしばらく雑談を楽しんだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼

 

 ~部室~

 

 山岸さんと待ち合わせ、一緒に作った昼食を食べた後、投稿用の動画を撮影した。

 

「葉隠君! 葉隠君!!」

「?」

 

 撮影が終わって片づけをしていたら、山岸さんが大慌てで飛んできた。

 

「どうしたの?」

「さっき撮ったデータをパソコンで整理してから、ちょっと動画サイトのアカウントにログインしたら、個人メッセージが入ってたの!」

「メッセージ。ああ、サイト内の機能か」

 

 俺たちが利用しているサイトにはそういう機能がついていて、動画のコメント以外にも視聴者からのメッセージが送られてきたりしている。よくあることなのに、どうしたんだろうか?

 

「それが……さっき見たら普通の視聴者さんだけじゃなくて“Craze(クレイズ)動画事務所”ってアカウントから、良ければコラボしませんか? って内容のメッセージが来てたの……」

 

 “Craze(クレイズ)動画事務所”

 俺の思い違いでなければ、有名な動画投稿者が大勢所属している企業。

 主な仕事は動画投稿者のサポートやイベント企画、マネジメント等々。

 その筋では現在、この世界の日本最大手企業。

 以前アクセサリーショップでお会いした“又旅”さんもここの所属の1人。

 

「……マジで?」

「本当だからどうしたらいいのか」

 

 山岸さんは混乱している!

 

 しかし山岸さんは恐縮していたり、何か嬉しい評価があったのかにやけていたり。

 見ていて微笑ましかったので、近藤さんへの連絡を理由に、しばらく放置してみた。


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