夕方
~古本屋・本の虫~
「こんにちは~」
……おや? 返事がない。
カウンターにも誰もいない。
営業中の札はかかっていたが……しばらく待ってみようか。
……
「おや! 虎ちゃんかい!」
「あらあら、いらっしゃい」
「こんにちは」
文吉お爺さんと光子お婆さんが外からやってきた。
どこかに行っていたのだろうか?
「ちと本を届けに、そこの児童館までのぅ」
お二人は相変わらず本を減らそうとしているらしく、子供向けの本を寄付してきたそうだ。
しかし、店内の本はあまり減ったようには見えない。
「残念だけど、年々本を読む人が減ってしまっている気がするわ」
「最近はなんでも“ぱそこん”で済むんじゃろ? 調べ物に重い辞典はいらんし、小説や雑誌も“でぇた”とかいうのがあれば、紙と同じように読めるとか。場所を取らんからそっちの方がいいとかなんとか……」
購入客は少なく、逆に本を処分に来る客が多いようだ。
リフォームのためにできるだけ本を捨てたくないと言っていたが、大丈夫なのだろうか?
「芳しくないのぅ……」
「業者の方が言うには、できれば今月末までにお店を空にして欲しいんですって」
「今日が16だから、2週間しかないじゃないですか」
「そうなんじゃ。待ってもらうにしても10日が限度と言われての……年末、向こうにも予定があるので仕方が無い」
「お引越し屋さんに運ぶのを手伝ってもらう時間も必要ですし、そろそろ捨てる本の仕分けを始めないといけませんね……」
文吉お爺さんと光子お婆さんは悲しそうだ。
……近藤さんに相談してみようか。
どうしようもなくても、スケジュールに空きがあれば本を運ぶくらいは手伝えるかもしれない。
そう話すと、
「虎ちゃんは優しいのう!」
「有名になって忙しいのに、ありがとね」
2人に感謝され、今日も大量に本をいただけることになった。
今日は……ヘルスケア24時の放送日だし、医学関係の本にしようかな。
不思議な体のこともあるし。
……“家庭用医学辞典”は基本として、“○大医学部入試対策問題集”なんてのもある。
他にも薬学科の教科書や薬の成分に関する本も沢山。卒業生が売りに来たのだろうか?
さらに精神病に関する本、薬を使わない療法、マッサージやヨガの本もある。
そういうものも合わせると、かなりの量になった!
しかし代金は千円プラス以前も話していた俺のサイン。
いつもお世話になってます。
……
…………
………………
夜
~鴨山ジム~
柔道出身の練習生と、組み技と寝技のトレーニング。
「ッ!」
動きをよく見て、相手の体勢を崩して押さえ込む!
「ふぐっ!」
「くっ!」
体格と組み技の経験は相手の方が上。
そう簡単には押さえ込まれないという意思が伝わってくるほどの抵抗。
だが……ここだ!
百人一首で鍛えた膝立ちの安定感を生かし、素早く体を入れ替える!
「!? くそっ!! ふっ!! ぐっ!!」
がっちりと押さえ込み、程なくして相手のタップでトレーニングが終わ、っ!?
「……ありがとうございました!」
今の練習で久しぶりに新しいスキル“居取り”を習得した。
大きな隙になるダウン状態の時に防御できる。
さらに相手の攻撃が物理攻撃の場合にはそのまま拘束するスキルのようだ。
耐性に優れた俺はそうそうダウンしないが、これはあると安心感が違う。
コロ丸は体の構造上無理そうだが、天田には教えておきたい!
……
…………
………………
深夜
~駅前広場はずれ~
不良の視線が痛いけれど、襲ってくる様子は無い。
仲間同士で囁く言葉を聴く限り、どうも昨夜のことが広まっているらしい。
幸い? 狂った部分ではなく、金流会を返り討ちにした部分だけが。
どうやら無関係の不良からも一目置かれたようだ。
とりあえず金流会に動きはないようなので、アジトへ向かう。
すると既に
「遅れてすまない。様子を見てきたが、今のところ金流会に動きなしだ」
「おう。こっちはとりあえず話つけたぜ。アンタの下につくんだと。訓練もやるそうだ。だな?」
『はい!』
既に上下関係ができている……
「なら話は早い。とりあえず実力チェックから始めようか」
「あの……質問なんすけど、素手で?」
「ん? 好きなようにかかってきていいよ? 武器もOK。鬼瓦たちは基本素手ってルールがあったみたいだけど、いいよな?」
「元々流儀が違うんだ、アンタが良いならそれでいい」
「ということで、武器使いたい奴は好きに使って。とにかく全力でかかって来い」
クレイジースタッブス所属は43人、全員の実力を試した!
結果は……うん、微妙。
本当に喧嘩は武器と袋叩きでやっていたらしく、正直ド素人。
本人達にも自覚はあって、それを少しでもカバーするために武器を持っていたようだ。
良くも悪くも武器に頼っている。
しかし、思わぬ拾い物もあった。
「凄いな、これ」
それは彼らの1人が持っていた改造エアガン。
俺に当たりはしなかったが金属の玉を発射できて中々の威力がありそうだった。
実力確認後に聞いてみると、所有者は工業大学を中退。
こういった改造や工作が得意だったらしい。
さらに他にもそういった技能を持つ奴はいないかと聞いてみたところ、電気工事や配管の資格を持っていたり、資格はないけど技術は持っていると言う奴がいたり。しかも彼らは全員が一度はそれなりの高校に入学していた、比較的高学歴な不良集団だった。
彼らが言うには、その比較的高学歴が原因で他の不良から疎外され、似たような経歴の不良が自然と集まってできたグループらしい。
「えー、あそこの高校? なんだ超頭良いじゃん。俺らとはちげーわ。とかさ……中退してんだから大して違いは無いだろ」
「だよな。あとそこ行けたならまじめにやってれば将来安泰じゃん! もったいねー! とか、うっせぇっつの。続けられたら続けてるっつの」
「でも一番はあれだろ、理由なくナメられる」
『あるあるあるある』
「この辺、逆に低学歴を自慢するやつたまにいるよな。不良なんだから中卒上等! 中退ダセェとか」
「どうしても周りと上手くいかなかったとか、金が無くて続けられなかったとか、人それぞれ理由はあるってのにな……」
俺は親父がアレだから学歴は気にしないけど……
聞こえてくる会話がなんだかめんど、いや、複雑そうな連中だ……
……彼らには武器の扱いを極めてもらおう。
「OK。方針は決まった」
彼らには
ナイフ班
槍術班
剣術班
に分かれて訓練してもらう。当然、指導は俺。
さらに人数も増えてきたので連絡網などもしっかりしておいた方が良い。
あと金流会の動向も警戒しないといけないし、その辺も柔軟に対応できるように……
俺、探偵って事になってるし、戦力にならないならその手の技術を仕込んでみようか……
……
…………
………………
影時間
~タルタロス・エントランス~
天田に“居取り”スキルを習得させるため、エントランスで投げと寝技の練習をした。
しかし……
「先輩、床が」
「やっぱ硬いよな……俺も本気で投げられない」
「上の階よりはマシですけどね」
タルタロスは寝技の練習に向いていないようだ……
……
…………
………………
影時間後
~自室~
近藤さんから色々と連絡のメールが入っていた。
まず動画投稿者の事務所からコラボの申し込みがあった事について。
これはプロジェクトの宣伝にも良いので、引き受ける方針でスケジュールを調整する。
また不良グループとのあれこれについては、金流会についてあちらでも調査する。
コミュの事があるので、関係を継続するか否かは俺に任せる方針。
ただしあくまでも“ヒソカ”という別人としてであり、“葉隠影虎”と直接関係しないこと。
先日の事もあるので気をつけて、連絡を密にしてほしいとの事だった。
また、俺が技術指導をしている
使える人手はいくらでも欲しい状況のようだ……
それから来週の芸能活動のスケジュールに、本部とのやり取りに関して。
色々と書かれていたことに対して返信を済ませ、次にネットの掲示板を開く。
メールの最後に少しだけ書かれていたが、早くもヘルスケア24時が放送された影響が出ているようだ。
まずは実況スレから……
『【速報】ヘルスケア24時で葉隠影虎の秘密が明らかに!』
『超人プロジェクト第一の参加者がガチの超人だった件について』
『こマ?』
『流石にネタじゃねぇの(震え声)』
『病名大杉ィ!』
『つか病名にもなってないのが』
『一日目の血液検査でいきなり異常?発見。
高地トレーニングした直後のプロアスリート並みの血液成分。
心なしか医者が戸惑ってないかw』
『それは英語でまくしたててる外国人医師に対してじゃないか?
まぁ、それを飛び越える驚きが次の視力検査で提供されるんだが』
『7.3って何だ。視力良すぎるだろ』
『葉隠君はマサイ族だったんだよ!』
全体的に半信半疑な雰囲気だ。
しかし脳の話になると……
『う~ん……この瞬間計算、マジなら凄いけど、事前に答えを教えることもできるよな?』
『計算と数の把握はそうだとしても、絵は無理だろ』
『そもそもサヴァン症候群自体がよく分からん』
『人によって得意分野も違うし、とりあえず天才的な能力があると思っとけばOK』
『前に辞書を読んだだけで外国語をほぼマスターするって話を胡散臭い作り話だと思っていた。今回の結果を見て納得した感じ。俺とはそもそも脳の作りが違ったんや』
『脳のCT比較すると明らかに違う……』
『特に視覚と記憶とかの情報処理、あと空間を把握する能力を司る部位が発達してるらしいな』
『今度は脳波、まともな部分の方が少なくないかw』
『自分の意思ではないみたいだけど、状況に合わせて脳を最適な状態にするとかヤベェ』
『お前ら特攻隊長の事ばかりだな。分からなくはないけど、もっと周りに目を向けてみろよ』
『は? なにその上から目線。
って思ったけど、医師団の表情wwwwwwwwwwwww
確かに見えてなかった』
『芸能人はどう反応したらいいか分からないか、諦めて素直に驚くことにしたんだろうな』
『でも医師団は“わかりません!”じゃプライドが許さないのか、全体的に悔しそう(笑)』
『そりゃ医師は病気かどうかの診断が仕事の内なんだから、わからないじゃすまされんだろう。
自分の腕と知識が足りてないって暴露してるようなものだし。さもなくば現代医学の敗北。
逆に喜んでるのはほとんど研究畑の人間。彼らにとっては研究と発展の余地があるからね』
『一番右の女医さんが特に悔しそうで、女騎士のくっころに見えてきた』
『大草原不可避』
『つか特攻隊長、占いで病気の診断もできるのか』
『そういえば動画投稿者の又旅女史の妊娠報道でも名前が出てたような……』
『これは特攻隊長が本物の超能力者で超能力が実在する可能性が微レ存?』
『とうとう医師団が分裂したwwwwwwwwww』
『分裂ってどゆこと? 今テレビなくて、このスレが情報源なので説明モトム』
『超能力を認めるかどうかで言い争いが始まったんだよ』
『脳に関しては医師団も戸惑ってたらしくて、答えが統一されてなかったっぽい』
『掴み合いまで始まった!』
『これもう放送事故だろ草』
『いま掴み合ってた2人の片方、うちの大学病院の偉い先生なんだけど……
めちゃくちゃお堅い人で、おふざけとか演出であんな事絶対しない人なんですが』
『この状況、カオス過ぎるだろ』
『番組始まって以来の珍事だな』
『そして周りが混乱する中、原因の特攻隊長だけが冷静に座ってる。さながら台風の目』
『ごめんなさい、って感じで拝んで見てるw 止めろよw』
しばらく医師同士の論争についてのコメントが続き、やがて番組が終わると過去の事を今回の内容と照らし合わせてみるなど、内容の真偽を議論するコメントで埋め尽くされていた。
他のスレッドも除いてみたが、今回は否定的なコメントよりも純粋に驚きと疑問の声が圧倒的に多いようだ。