人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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276話 トラブル発生

 11月18日(火)

 

 朝

 

 ~辰巳ポートアイランド上空~

 

 今日はヘリコプターでテレビ局へ向かう。

 夏休みにアクティビティーで一度。プロジェクトの正式発表でマスコミ対策に一度。

 そして今回が人生で三度目になるヘリだが……

 今更だけど、ヘリってこんなに簡単に使えるものだっけ?

 騒音で苦情が来るって聞いた気がするけど、思いっきり街中にある日本支部から飛んだ。

 

「技術は日々進化するものです。このヘリは最新型の騒音を軽減する仕様ですから」

 

 それでいいのか?

 ……万が一のクレーム対応はしていただけるだろうし、深く考えないでおこう。

 映画や漫画みたいな世界なんだし、きっと大丈夫。

 

「ところで今日はスケジュールが変更になったんですよね? 確認させていただけますか?」

「かしこまりました」

 

 今日の予定は……

 まず当初の予定はテレビ局でアフタースクールコーチングの撮影だった。

 しかしヘリのため30分以上早く着く予定。

 ここに明日の午後予定されていた別番組の打ち合わせが繰り上がる。

 続けて予定通りの撮影と、他の番組の打ち合わせを昼まで行った後、またヘリで移動。

 超人プロジェクトの日本支部に戻り、昼食をとってから車に乗り換える。

 先日コラボ企画のお誘いをいただいたCraze動画事務所へ挨拶に行き、軽い打ち合わせ。

 その次は学校で部活に参加し、山岸さんに打ち合わせの内容を説明した後はいつも通りだ。

 

 ……午前中は忙しくなるが、ほとんど打ち合わせだな。

 今日も頑張っていこう!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午前

 

 ~テレビ局~

 

 スポーツ系バラエティー番組・マッスルチャレンジの打ち合わせを終えて、今度はアフタースクールコーチングの撮影にやってきた。

 

 しかし、

 

「葉隠君! 近藤さん!」

 

 出会いがしらに目高プロデューサーが慌てた様子で叫ぶ。

 

「おはようございます。何事ですか?」

「大変なんだよ! 近藤さんもちょっとこっちに!」

 

 楽屋に引っ張り込まれて、話を聞くと。

 

「来月、葉隠君の企画の締めはプロの総合格闘家と試合をしてもらうって話だっただろう?」

「そうですね。確か今日の収録の最後に約一ヶ月前ということで、対戦相手が発表されるとか」

「その対戦相手が今日になって! 断りの連絡を入れてきたんだよ!」

 

 ドタキャン、って事か。一ヶ月前だけど。

 暢気にそんな事を考える俺に対して、近藤さんが冷静に問う。

 

「断りの理由は? それから代理の選手は」

「理由は一応怪我という事らしいんですが、試合ができない怪我でもない、ただプロとして他の試合もあるから養生させたいと」

 

 どうも言葉を選んでいるようだ……歯に衣着せずに言うと、素人とのエキシビジョンなんてやってられるか! ということか?

 

「怪我なら仕方ありませんが……ちょっと引っかかりますね」

 

 俺の質問に対し、目高プロデューサーは否定はせずに補足した。

 

「僕も連絡を受けた時に問いただしたんだけどね……あちらの受け答えにも余裕がない感じで、いまいち要領を得なかったんだ。とにかく“試合は断る”の一点張り。こちらも納得できないから連絡は続けてるけど、平行して代理の選手も探してる。

 ただ、年末はまた別の大会もあるし、総合格闘技のジムも忙しい時期らしい。これから頼んで、素人のエキシビジョンマッチに向けてコンディションを整えてくれるジムと選手はまだ見つかってないんだ……」

 

 悩みからか早口で言い切った目高プロデューサーは、胃を押さえて視線を下げる。

 

 ……胃の調子が悪くなっている……

 

「プロデューサー。その問題に俺が関われることはなさそうです」

「そうだよね……」

「ただ、近藤さんが何か考えているみたいです」

 

 俺たちの視線が近藤さんへ。

 それを受けて彼は口を開いた。

 

「試合相手は日本人、もしくは国内のジム所属でなければいけませんか?」

「いえ、別にそういう制限は設けていませんが」

「アメリカでは既にある程度の格闘家が我々のプロジェクトに参加しています。本部に連絡を取れば、誰か試合ができる人材を紹介してもらえるかもしれません」

「本当ですか!?」

「まだ可能性の話ですが、少なくとも探してはもらえるでしょう。ここで企画が頓挫することは、我々にとっても宣伝の機会の損失になります」

 

 近藤さんはとりあえず本部と連絡を取ると言い残し、楽屋を出て行く。

 残されたのは俺とプロデューサー。

 

 ……希望が見えた、けどやっぱり心配ってとこかな。胃がかなり辛そうだ。

 胃潰瘍になりかけと診断されていたし、倒れられても困る。

 

「プロデューサー、胃の症状を少し和らげましょうか?」

「ああ、この前の? ……頼めるかな? ちょうど休憩時間だし」

 

 相当弱っているのか、そのまま座敷になっている楽屋の一部に横たわるプロデューサー。

 うつぶせの状態でぐったりしている……体内の気の流れも悪い……

 背中をさすりながら自分の気を送り込み、流れを正常に戻していく……

 

「……ああ……これ前にもやってもらったけど、暖かいね……何で?」

「気功はそういうもの、としか……あ、そうだ。最近マッサージや指圧の本を買って読んでるんですけど、試していいですか?」

「好きにして……なんだか眠くなってきた……」

 

 本気でお疲れのようなので、このままの体勢でできるマッサージをやってみる。

 すると気を整える負担が減った。

 一度気功による調整をやめてみると、体を直接揉み解すことでも気の流れが改善したようだ。

 マッサージと気功。体の外と内から気の流れを整えた結果、相乗効果が生まれたのだろう。

 

 なら指圧は?

 

「うぁあっ!!!?」

「うわっ!? びっくりした!」

「なに今の!? 痛かった~……」

 

 肘の辺りをこする様にかばうプロデューサー。

 

手三里(てさんり)といって胃腸に効くツボです。相当悪いみたいですね……胃」

 

 体内の気を見てみると、ほんの一瞬だったからか大きな変化はない。

 しかし気の流れは改善しているように見えた。

 もう少し試してみたい。

 

「続けてもいいですか?」

「……ゆっくり頼むよ」

 

 こうしてマッサージと指圧を続けながら観察していくと……

 

 指圧は確かに効果がある。

 ツボを押すことにより体内の気が活性化し、全身や特定部位に作用する。

 書物に載っていたツボのある位置には、細くても気が流れる道がある。

 アドバイスがいつも以上に強く働き、ツボは流れの途中にある関所のイメージが沸いてきた。

 管として考えるなら、流れをコントロールする弁だろうか?

 これを外部から刺激することによって操作し、体内の気の流れに影響を与えているようだ。

 

 そしてここでもうひとつ理解した。

 体内にある気の流れの上には、本で読んだツボ以外にも似たようなポイントが無数にある。

 そしてポイントの中には、人体の急所と呼ばれる位置にあるツボも……

 そこに気づいた瞬間、スキル“アドバイス”がポイントの一部に一際強い反応を示す。

 

 ……アドバイスは学習補助が便利すぎて忘れかけていたが、本来はシャドウの急所を教える(クリティカル確率2倍)スキルだった。

 

 これは八卦掌で言うところの“点穴”だろうか?

 どうやら“治療に使えるツボ”と“人体の急所”の仕組みは近いらしい……!!

 

「これは……」

 

 突然の感覚。

 気やツボについての理解がきっかけか?

 体内で自分の力が変化するのを感じる!

 

 ……どうやら“気功・小”のスキルが“気功・中”へと成長したようだ!

 

 幸先が良い。

 そして指圧とマッサージを身に着けることで治療はもちろん、戦闘にも応用できそうだ!

 後で江戸川先生に相談してみよう!

 

「ただいま戻りました。おや、何かいい事でもありましたか? それから目高様のその状態は?」

 

 プロデューサーは実験の途中で眠った。

 最初は痛がっていたが、体内の気が整ってくるとそうでもなくなったようだった。

 気の流れはこれまで以上に正常化されているので、目を覚ましたらスッキリしているだろう。

 

 ちなみに代理の格闘家については、本部の方で候補者を見繕ってくれることになったらしい。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~Craze動画事務所~

 

『ようこそCraze動画事務所へ!』

 

 超人プロジェクトの日本支部に負けず劣らず大きなビルに足を踏み入れると、そう書かれた横断幕が目に入る。

 

 事務所とあってお堅い雰囲気ももちろんあるが、動画投稿という明るく派手なイメージも取り入れられているようで、受付やロビーには独特のぬいぐるみやマスコットキャラも多数。なんとも不思議な空間が広がっている。

 

 近藤さんが用件を伝え、受付でしばらく待っていると3人の男女がやってきた。

 

「やっほー、葉隠君」

「ご無沙汰してます」

「お久しぶりです、又旅さん、猫又さん」

 

 そのうち2人は夏休みの後、占い師としての俺を訪ねてBe Blue Vにやってきた2人の動画投稿者。

 

「お2人ともお元気でしたか?」

「もちろんだよ! お腹の子のためにもね」

「そうでした。3人でしたね」

 

 2人の笑顔に嘘はないと分かるし、気の流れも良好だ。

 

 一緒に出てきたもう一人の男性と近藤さんもそれぞれ紹介の後、挨拶を交わす。

 それから会議室へ案内された。

 

 コラボ企画の概要を聞くと、それほど厳密に決められていたわけではなかったようで、

 

「当事務所に所属している動画投稿者からコラボをしたい! という声が多く出ていまして、え~こちらが希望者と動画内容のリストです」

 

 渡されたリストの中ならどの動画投稿者の撮影に参加してもいいそうだ。またこの会社では各個人ごとに、事前に企画会議をやっているので、投稿者の方と実際に相談して内容を決めてもいいとの事。逆に俺と山岸さんで作る動画に出てもらうのもOK。とにかく柔軟に対応してお互いにいい動画を作ろう、ということらしい。

 

「個人のチャンネルでの出演になるからあんまり難しく考えず、これ面白そう! とか、これやってみたい! と思うのをえらべばいいと思うよ」

「この会社の投稿者さんは“楽しい事が重要”みたいなところがありますし……あと、私たちもできる限りスタッフとしてフォローします」

 

 なるほど。お2人の助言を参考に考えてみると……

 

 経験がある事と技能関係なら、

 ・歌

 ・ダンス

 ・大食い

 ・料理

 ・格闘技

 ・ハンドメイドアクセサリー

 

 未経験だけど興味のある事だと、

 ・サバゲー

 ・マグネットフィッシング&川掃除

 ・清掃活動(プロ)

 ・お笑い系

 ・商品紹介

 

「思ったほど絞れてない……」

「葉隠君は多方面で活躍しているのが特徴ですからね」

 

 近藤さんにも相談してみると、

 

「あまり遠くまでロケに行く企画ですと、スケジュール的に難しくなると思います」

 

 ということで、事務所内のスタジオか近場で撮影できる内容を選ぶことに。

 

 そして相談を続けた結果、最終的に選ばれたのは……

 

 ・大食い

 ・サバゲー

 ・清掃活動(プロ)

 ・商品紹介

 

 の4種類、4人の動画投稿者とのコラボが決定した。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室前~

 

 部活だけやりに学校へ来たら、部室の前に見覚えのある女子が佇んでいた。

 

「! 葉隠先輩!」

「矢場さん?」

 

 中等部の剣道部主将で和田と新井のクラスメイト。

 そんな彼女が何でここにいるんだろうか?

 

「久しぶり。文化祭以来だね」

「その節はお世話になりました」

「いやいやこちらこそ。ところで今日は何か、もしかして和田か新井に用?」

「えっと、その反対と言うか……あの二人から伝言を頼まれたんです。“今日は部活に遅れます”って。でもたぶん今日は来れないと思います」

 

 何か知っているようなので詳しく聞いてみると、彼女を含めた3人の去年の担任で、今は退職された元中等部サッカー部の顧問が学校に来たそうだ。

 

「たしか柳先生、だったっけ」

「はい。この前の文化祭にも来ていて、その時に忘れ物をしたとかで取りに。それで校門前でたまたま2人と顔を合わせて、そのままお説教が始まってました」

 

 なんでもその柳先生はサッカー部の現状と、和田と新井の2人がサッカー部をやめていたことを既に知っていたらしい。

 

「月光館の生徒が出るからと、夏休みに放送されたプロフェッショナルコーチングを見たそうで」

「あー」

 

 そういえばあの時、部室紹介の時にあいつらも出てたっけ。

 

「それで気づかれたと」

「部活を変えた事そのものは別にいいと言っていました。けど、柳先生は先輩の部に入るまでの経緯も知っていたそうです。サッカー部の部員に聞きに行ってたらしくて」

「それでガッツリ怒られてるわけか」

「あの2人もあの2人で。文化祭に先生が来ていたのを知っていて顔を合わせないようにしていたみたいで。キッチリ話をするまで逃がさない! と、先生にどこかへ引きずられて行きました」

「厳しい先生だって聞いてたけど、そんなに?」

「去年までは一部の生徒に鬼とか悪魔とか呼ばれてましたよ。悪い事しなければ怖くない良い先生なんですけど」

 

 それはそれは……ご愁傷様だ。

 

「OK、伝言は確かに聞いたよ。ありがとう」

「良かった。それじゃ私は剣道部があるので!」

「わざわざありがとね」

 

 ……そうなると今日の部活はどうしようか?

 というか、まだ誰も来てないんだな……

 

 ドッぺルゲンガーで鍵を開け、皆を中で待つことにする。




年末の試合相手がキャンセルしてきた!
影虎はマッサージとツボ押しを通して気への理解を深めた!
“気功・小”が“気功・中”に変化した!

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