この話が一話目です。
翌日
11月21日(金)
午前
~テレビ局~
幸か不幸か、光明院君と仕事場で会えた。
しかしマネージャーにきつく言われたのか、必要事項以外の会話には応じてくれなかった。
彼は何かにつけて俺を避けていたが、収録中に行った競技では対抗心バリバリ。
直接の会話はないが、軽く周囲が戸惑うほどだったので状況は変わっていないだろう。
……このままでは俺以外との関係も心配だ。
基本的に対応が刺々しくなっていたので、フォローに動いたが……
正直あまり効果があったとはいえず、周囲の光明院君への印象は悪くなっている。
一番の被害者である俺が寛容な姿勢を見せているから、もう少し様子を見てあげよう。
そういう雰囲気に抑えるのが精々だった……
「早く何とかしないと仕事がなくなりかねませんよ、近藤さん」
「ですね……あのマネージャーも形式的には謝罪やフォローをしていますが、いまいち心がこもっていません。あれではむしろ不満を煽るでしょう。……葉隠様、今夜ご協力いただけますか?」
「収録後ならいつでも」
今日のタルタロスは中止だな。
……そういえば光明院君があの状態なら、佐竹の方はどうなっているだろうか?
あいつもBunny'sだし、似たような事になってないといいが……
……
…………
………………
放課後
~部室~
昨日に引き続き、マッサージの動画撮影。
「またアレっすか……」
「あれ痛いんですよね……」
「大丈夫だ。ちゃんと対策は考えてある」
激痛を思い出したようで腰の引けている和田と新井。
だが俺もちゃんと対策は考えてきた。
ヒントは前に目高プロデューサーに施術した時の事。
彼も最初は指圧を痛がっていたが、しばらくすると痛みを感じることなく眠ってしまった。
その間の気の流れを記憶から引きずり出して考えた結果、気の流れが原因だと思われる。
もともと流れが悪くなっている所へ、強制的に、急激に気を流れるように刺激するから痛みも強くなるのではないか? 少なくとも目高プロデューサーはある程度気の流れが良くなってからは痛みを訴えることがなかった。
だから痛みの伴わないマッサージと気功で先に十分に気の通りを良くしておけば、ツボを刺激しても痛みを感じなくて済むのではないか? と考えた。
……まぁ、確認は今からだけど。
それでも単純な2人は安心したようで、すぐにマットへうつぶせになる。
そして施術開始。
「「あ゛~……」」
マッサージ中。まだ痛みはないようだが、気の流れの改善も緩やか。
これはだいぶ時間がかかりそうなので、ついでにちょっと踏み込んだ話をしてみる。
「そういえば2人とも、この前引退された先生と会ったんだって?」
「あ゛~……柳先生の事っすか?」
「あの日は突然休んですみませんでした……」
「いや、それは別にいいんだ。ちゃんと伝言は聞いてたし。で? 久しぶりに会って話した感想はどうよ? 随分絞られたって聞いてるけど」
「その通りっす……久々に聞いたっすよ、あの『バカモン!』って怒鳴り声」
「あのって言われても俺は知らないんだが。そんなにか」
「1回怒鳴られる度に鼓膜が破けるんじゃないかと思うくらい、デカイんですよ。声が、あぁ」
「あんだけ怒鳴れるなら十分まだ働けると思うんすけどねー」
オーラを見ると、だいぶリラックスしている。
それに伴って口も軽くなってきたようだ。
「働けるなら教師を続けてほしかったか?」
「そりゃー……そうっすねー……超厳しい先生だったんで、去年まではとっとと辞めちまえ! とか思ったことも正直あったんすけど」
「実際辞めた後になって思うよな……柳先生が辞めてなかったら、サッカー部も変わらなかっただろうし……」
「だよなー……辞めてなかったらこうして兄貴らと会うことも無かったんだろうけど……」
……2人にとってはどちらが良かったんだろうか?
「どっちが良いかって聞かれると……なんか違うっす」
「なんつーか、どっちが上って感じじゃないんすよね……俺ら、兄貴や先輩とこうして部活で色々やってるのマジで楽しいと思ってますけど……サッカー部にもサッカー部の仲間がいて、馬鹿みたいにボール追っかけて」
「練習はめちゃキツイし柳先生は怖いけど、シュート決めたり試合に勝った日はもう、うれしくてたまんなかったっす」
サッカー部にはサッカー部の思い出があったんだな。
「そうっすね……だからなんすかね……林が新しい顧問になってから、ムカムカして仕方なかったっす。勉強優先の方針は正直、納得できなくはなかったっす。頑張ったら誰でもプロになれるわけじゃないって事くらい……俺らもそこまで世間知らずの馬鹿じゃないつもりっすから」
「でも部活は所詮遊び、ってのはどうしても受け入れられなくて……それ認めちまったら、俺らが皆とやって来た事を全否定するみたいで……なのにそう考えてるのは俺たちだけみたいに、みんな林のやり方に従うようになっちまって」
「何で皆、あんな風に切り替えられるんすかね……」
「それが分かったら、俺らここに居ないだろ……」
2人は思うことを素直に口に出すうちに……
「……寝ちゃいましたね」
「だな」
ツボを押してみるが、痛みで目を覚ます様子はない。
予想は正しかったと考えて良いだろう。
それに2人がいかにサッカー部の仲間や俺たちとの思い出を大事にしているかを知れた。
会話に個人的な内容が多すぎて、動画としては今回もお蔵入りになるだろうけど。
「!」
慣れた痛みと同時にスキルを習得。
“ドルミナー”……対象1人を眠らせる魔法のようだ。
習得のきっかけは、俺が和田をマッサージで眠らせたから?
痛みと同時に習得したということは、コミュが上がることで習得するスキルもあるのだろうか?
不良グループとのコミュでシャドウ召喚の能力が上がったこともあるし……
俺のコミュにはまだまだ謎が多いな……
……
…………
………………
夜
~辰巳スポーツ会館・体育館~
アフタースクールコーチング、今週の課題は一体なんなのだろうか?
心なしかスタッフさんがなんだか浮き足立っている気がする。
「天田君、メイク終わりました!」
天田の準備も整ったようだ。
台本の確認などは既に終わっているし、後はもう収録を始めるだけ。
そこへ目高プロデューサーと見慣れない男性がやってきた。
「葉隠君!」
「目高プロデューサー。お疲れ様です」
「お疲れ。今回の撮影なんだけど、課題と先生を先に紹介しておこうかと思うんだ。ほら、天田君が初めての撮影だろう?」
「カメラが回ってる前で自己紹介をするより気が楽かも知れませんね。お気遣いありがとうございます。ということはそちらの方が」
「始めまして、葉隠君。今日から一週間体操を教える
「こちらこそよろしくお願いします、山口先生。葉隠影虎です」
……? 普通に挨拶をしたつもりだが……なんだか2人の様子がおかしい。
「あのー、葉隠君? 他に言うことないかい?」
「他に、ですか?」
目高プロデューサーは何が言いたいのだろうか……山口先生を良く見てみる。
「……あっ!」
「分かったかい?」
「これまでと比べてお若い先生ですね」
山口先生はまだ大学生くらいじゃないだろうか?
成人もしているかしていないか、ギリギリのところだと思う。
これまでの先生と比べてかなり若く見える。
「ちがーう! それも確かにそうなんだけど! 僕が言いたい事は違うよ。山口先生に見覚えは無いのかい!? 今年のオリンピックで銀メダリストに輝いたあの山口だよ!?」
「オリンピックの銀メダリスト?」
「あはは……どうも、銀メダリストの山口です」
……そういえばテレビで見たことがあるような、ないような……
「すみません。僕、ちょうどオリンピックと同時期に撃たれて死に掛けてたので、オリンピック見てなくて」
目が覚めてからも無差別テロ事件(シャドウ暴走)のニュースばかり見ていた。
帰国する頃にはすでに一通り騒がれた後だったからな……
「そうだった!」
「確かにオリンピックどころじゃないよね、それは」
苦笑する2人。
どうやら銀メダリストの登場で驚かせたかったようだ。
これは申し訳ないし、失礼をしてしまった。
……そういえば天田は彼を知っているのだろうか?
「天田君も知らないのかい?」
「あいつも一緒に旅行に行っていたので、僕が撃たれる所をモロに見てて」
「大丈夫かい!? それ下手したらトラウマじゃない!?」
「俺が死んでたら多分そうなってましたけど、今は全然大丈夫ですよ」
むしろこれを自虐ネタにしてしまうくらいの気持ちで、天田と収録に取り組もう。
やってしまったことは仕方がない。
ポジティブに。ここから改めて失敗を取り戻していこう!
……
…………
………………
そして収録開始。
「今日はまず体操の基本である“倒立”、つまり逆立ちをしてもらって、バランス感覚を見たいと思います」
一日目は基礎的な実力チェック、そしてお互いの自己紹介を少し掘り下げた話など。
所謂慣らし運転的な収録内容になっている。
「天田君は最近ハマっている物とかある?」
山口選手がオリンピックの裏話や自分の趣味について語ってくださった後、天田に話を振る。
「僕は……最近だと槍の練習ですね」
「槍? ……武器の?」
うちの部活では体を鍛えるために、パルクールだけでなく格闘技も導入している。
そして俺がこの番組で八極拳を習った後、その一部として習った槍術を天田に教えたと捕捉。
「最初は僕がちょっと教えてみたんですけど、今では槍に関しては天田の方が上手かったりします」
「そうなの?」
これは本当の話。
天田は熱心に練習しているし、タルタロスでは常に槍を使っている。
いつの間にかお互いに槍を持って試合をすると、俺の分が悪くなっていた。
まぁ、その分俺は槍だけでなく拳に蹴りにナイフに鉤爪、刀に銃にと色々使える。
そこは一点特化型と幅広く対応できる万能型の差だろう。
「天田には得意の槍を伸ばしつつ、槍がなくても戦えるように八極拳と形意拳を中心に指導しています」
「君たち何と戦ってるの?」
シャドウです。とは言えず、いざと言うときのためとお茶を濁す。
しかしその後スタッフさんが持ってきた槍(棒の先に柔らかい布を巻きつけた明らかに手製の品)を使って軽く試合をしたところ、周囲からは本気でやり合っているように見えたらしく、決着がつく前に止められた。
なんだか不完全燃焼な気分だ……
……
…………
………………
深夜
~車内~
もうすぐ日をまたぐ時間になっても、都会は明るく騒がしい。
24時間営業のファーストフード店で購入したハンバーガーを食べつつ、作戦決行の時を待つ。
作戦は至って単純明快。
この駐車場は例のBunny's事務所から目と鼻の先で、もうすぐ影時間が訪れる。
影時間になったら俺は1人で事務所に向かい、能力を駆使して建物に侵入。
作戦用にと用意された多数のUSBメモリを事務所内のパソコンに差してデータを回収、脱出するだけ。
影時間でなくても進入はできるだろう。
しかし警備員も警備システムも動けない、認識すらできない“影時間の中を動ける”。
さらに役立てる機会のなかった“影時間で機械を動かせる”という俺の特性を使わない手はない。
ちなみにUSBの中には自動で内部のデータを抜き取るプログラムが仕込んであり、1分とかからずデータを盗めるらしい。まるで映画かと思うが、そういう装備も実在するのだとか。
「技術発展も使い方によっては恐ろしいですね」
「私としては葉隠様の能力の方がよほど脅威ですが」
と話しているうちにいよいよ12時が迫ってきた。
「そろそろですね」
「……葉隠様。諜報戦という物は常にいたちごっこです。新たな技術が研究・開発されれば、それに対抗する技術が研究・開発される。葉隠様のように特殊な能力を持つ人々が存在することも既に証明されています。
あまり高い確率とは思いませんが、相手方にもそのような人間がいるかもしれません。どうぞお気をつけて」
「了解しました」
言葉を交わして数秒。
影時間が訪れ、近藤さんが象徴化する。
……作戦開始だ!