この話が二話目です。
~Bunny's事務所1F・警備室~
ビル内への進入は難なく成功。
警備システムが無反応なのは遠くのカメラやセンサーが働いてないからだと思う。
しかし手元にある端末からの情報抜き出しは順調に進んでいるようだ。
……ただ待ってるだけじゃ時間が無駄だな……警備室なら……あった!
入り口の傍の壁に大きな鍵束が掛けられている。
手に取るとご丁寧に1つ1つどこの鍵かが書かれていた。
今のうちに全部の場所と形状を記憶してしまおう。
これから事務所内を歩き回るのだから、少しでも時間の短縮をしないと。
特に指定された重要ポイントの鍵は念入りに……
さらに警備室内を軽く探すと、日付と時間が書き込まれたチケット状の入館証が目に入る。
これも召喚シャドウの応用で再現できそうだ。一応覚えておこう。
データを抜き取りながら、今後役立ちそうな物、目に付いた情報を次々と記憶した!
……
…………
………………
翌日
11月22日(土)
朝
~車内~
体操の練習に行く前に、近藤さんから俺と天田に資料が配られた。
「これが先輩が抜き取ったデータを分析したものなんですね」
昨夜の作業はやはり誰にも邪魔されず、ひたすら単純作業が続いて終わった。
そして抜き出したデータを一晩で分析し、10ページ程度にまとめられたのがこの資料。
「よく一晩でまとまりましたね」
「さすがに全てではありませんが、手がかりになるであろうデータには事前に目星をつけてあります。優先度の高いものから調査を行い、あとは慣れですね」
はたして目的の情報は集まったのだろうか?
「結論から申し上げますと、やはりおかしな点がいくつか。さらにBunny's事務所と愛と叡智の会の出資するアクターズスクールとの関係が見つかりました」
光明院君のあの様子の原因を調べるにあたり、近藤さんはまず光明院君やその同グループの他メンバーのスケジュールを調査した。するとそこに光明院君は含まれていなかったが、同じグループのメンバーは大半がそのアクターズスクールでボーカルやダンス、演技といったレッスンを受けていたらしい。
「それっておかしくないですか? 前に僕がスカウトされて見学したときは、必要なレッスンは全部事務所内でできるって説明を受けましたよ? そうですよね? 先輩」
「天田の言う通りです」
「それなのですが、嘘ではありません。確かにBunny's事務所は同じビル内にレッスン場がありますし、専門のトレーナーを用意しています。練習生は事務所内でレッスンを受けるのが基本方針ですが、グループの全体訓練など決められたレッスンを除いて自由参加。それ以外は事務所内のレッスンに参加する他に、外部でレッスンを受ける事も許可されているようですね。
この事自体にはまだ問題はないのですが……」
近藤さんが資料を開くようにと促すと、メンバーの評価が書かれた内部資料にアクターズスクール利用の有無が書き加えられた表が載っている。
「これは……事務所から低評価を受けている子と、アクターズスクールを利用している子がほぼ一致している?」
「データに含まれていた指示書を確認しましたが、どうやら定期的に行われる試験で能力不足と判断された候補生に対し、事務所ぐるみでアクターズスクールを紹介しているようです。ただし事務所からの紹介でも補助金や月謝の割引といった補助はありません。
また事務所の基本方針はあくまでも事務所内でのレッスン。スクールはあくまでも候補者個人が自主的に行っているということで、事務所は月々のレッスン料を候補生の親から徴収しています」
さらに経理や人事のデータを過去に遡って調べると、候補生をスクールの方に行かせ始めたのはここ数年の事で、利用者の減った事務所内のレッスン場ではインストラクターの解雇など人員や経費の削減が始まっているという……
「レッスン料の話は引っかかりますが、置いておいて……肝心のレッスンの質は?」
「分かりませんが、おそらく低下しているかと。スクールに通い始めた子の評価は徐々に上がっているようですし、スクールの方がまだマシなのではないでしょうか?
ちなみに光明院君は事務所のレッスンのみですが、ダンス、ボーカル、それに演技など、評価は常にほぼ最高をキープしています。仕事量は個人での仕事がダントツに多く、全体の仕事と合わせて休みがほとんどありません」
次のページに彼の1週間のスケジュールが載っていたが、一目見て引いた。
朝から晩までビッチリと仕事やレッスンが詰まっている。
法的に働けない深夜は地方への移動や自主レッスン。
学校や勉強の時間はほとんどないに等しい。
「これじゃ休憩時間なんてないだろ……」
あったとしても、気が休まる気がしない。
健康を第一に、学業にも配慮した近藤さんの立てるスケジュールとは真逆。
とにかく売れるうちに売る、それ以外は度外視しているような印象を受けた。
そんな状況で、他よりも質の低いレッスンのみを受けて、常にトップで輝き続ける。
「才能あるのはどっちなんだか。ストレスの原因はこれでしょうか?」
「原因の1つではあると思います。個人的に気になるのは、8ページをご覧ください」
「8ページ……誰の個人情報ですか?」
「ああ、天田は知らなかったか。これあいつらのマネージャーだよ。もし天田がBunny'sに入ってたら、天田のマネージャーにもなってたかもな」
と、話しながら目を通すと、ここでも気になることがあった。
「28歳? あの人見た目の割りにけっこう年ですね。新人って聞いてましたけど、新卒ってわけじゃないみたいだし、前職は学習塾勤務?」
「前職の学習塾を調べましたが、そこも“愛と叡智の会”が出資している学習塾です。入社時の審査や面接の資料が見つかりませんし、志望動機や採用に至るまでの経緯も理由も不明。採用試験に合格した結果だけが残る、かなり怪しい人物の可能性が再確認できました」
彼は愛と叡智の会のコネを使って入社した?
Bunny's事務所の上層部にもコネを持つ人物がいるということか……
「芸能界で例の団体が手を広げていると聞きましたが、Bunny's事務所はズブズブの関係なのかもしれませんね……」
しかし事務所自体が腐敗しているとなると、改善は難しくなるんじゃないか?
「それについてですが……」
データを遡って調べたところ、愛と叡智の会との関わりが強まったのはここ数年。
接触自体はそれ以前からあったと思うが、具体的に協力を始めたのは比較的最近らしい。
「私が思うに、愛と叡智の会はまだBunny's事務所に浸透しきれてはいません。ズブズブの一歩手前かと。上層部に息のかかった人間はいるはずですが、そうでない人もいるはずです。最後のページをご覧ください」
今度は光明院君をプロデュースしている木島プロデューサー。
同グループのメンバーで、以前一度だけ共演した磯っち、もとい磯野君。
その他数名の名前と顔写真が載っている。
「スケジュールやその他のデータ。そして我々が以前から調べていた情報を総合的に分析した結果、このリストにある人はほぼシロ。今後は彼らと自然に接触し、彼らを通して内部情報を探ります」
仲良くなってそれとなく探るのか……と思いきや、驚いたことに近藤さんは彼らを協力者として堂々と依頼するつもりらしい。
「調査対象に身近な人間をスパイに仕立て上げる。これは我々のような仕事をしている者にはポピュラーな手段の1つです。企業を長期間かけて調べる場合には、協力者がより情報を掴みやすくなるように、協力者に有利な情報を手に入れて出世をサポートもします」
「そこまでするんですか!?」
天田は驚いているが、俺は近藤さんのサポート能力に納得した。
知らないうちに色々な所にコネを作ってるし、頼んだ情報はすぐ持ってくるし。何より光明院君のように芸能活動でギッシリスケジュールを埋めているわけでもないのに、どんどん名前が売れている。それこそBunny'sという一流芸能事務所に所属する光明院君と同等に。
俺がこの短期間でそこまで有名になったのは彼の力も大きい。
あのサポート能力は、前職でそういう経験があったからこそなんだろうな……
「!」
そして訪れるいつもの痛み。
だが光明院君とのコミュがリバースだからだろうか?
前より痛みが少ない……それは正直助かるが、原因を考えるとあまり喜べない。
放ってはおけないし、早く何とかしよう。
気持ちを引き締め、さらに話し合いを続ける。
……
…………
………………
午前
~辰巳スポーツ会館~
「どうしようかな~……」
最初はすごいすごいと褒めていた山口選手だが、俺たちがあまりに上手くやりすぎるので、何を教えたら良いかわからなくなったらしい。
「申し訳ないけど、初心者でここまでできると思ってなかったから……今は経験者に教えてる気分だよ。逆に普段どういう練習をしているの?」
ということで一通り説明と実演をすると。
「……これかな? 体操で一番大事なのはバランスなんだけど、この
確かに、
太極拳の緩やかな動きの中でも意識するし、常に安定させることも……うん、できそうだ。
体操を習っていくにあたり、そこのところを意識してやっていこう。
そこからは俺たちは山口選手の、山口選手は俺たちの。
お互いの練習方法を取り入れつつ、練習していこうという形で話がまとまった。
……
…………
………………
昼
~Craze動画事務所~
「おはようございます! お待たせしました!」
『おはようございます!』
プロの動画投稿者とのコラボ企画、第2弾!
動画投稿者であり、プロの清掃業者の方々から掃除の技術を学ぼう!
ということで、事務所を訪れると既にお相手の皆様が集まっていた。
「本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。僕は主に撮影と機材管理担当の“カメラ”です。お掃除代行“クリーンクリーン”の社長も兼任してます」
若くして会社を作ったらしく、まだ20代後半の若々しい男性がまず自己紹介。その後、専務、部長、課長、係長、ヒラ(社員)と呼ばれる一緒に作業を行うメンバーを紹介していただいた。全体的に若い人が多い印象。
ちなみに最年長は専務。掃除も手伝うけれど、基本は宝飾品やブランド物、古美術品の鑑定&買取に携わるスタッフらしい。あと係長は6人の中で唯一の女性スタッフである。本日はここに俺と、学校で不在の山岸さんに代わり、俺を主に撮影してくださる猫又さんの8人で作業をさせていただく。
「じゃあ、詳しいことは移動しながら車の中で」
『はい!』
処分品や買い取った品を運ぶトラックを運転する専務と部長は別行動。
俺はその他の5人と大型のバンへ乗り込む。
「いやー、まさかウチの動画にきてくれるとは思わなかったねー」
「ホントっすね」
「葉隠君はどうして、よりによってここを選んでくれたんですか?」
係長さん“よりによって”って……
「もちろん掃除の技術を習得するためですね」
アルバイト先の倉庫掃除と、名前は伏せて“古本屋・本の虫”の事を説明。
「なるほどねー、お世話になってる人への恩返しか」
「でもその古本屋さんの方はともかく、お店の倉庫には役に立つかな? 毎週ちゃんと掃除してるならそれなりに綺麗だろうし、商品はあってもそんなに特殊なものは無いと思うけど」
「いやー、それがあるんですよ。処分しようにもどう処分すればいいのか分からない物とか」
「例えば?」
「そうですね……自販機とか」
『自販機!?』
当然だろうけど、誰一人予想していなかったようだ。
「道にあるやつだよね?」
「自販機ってどういうこと? 設置したの? 倉庫に?」
「元々は普通にどこかの道にあったらしいんですが、所有者が手放したそうで……」
なんでもその自販機の目の前で何度も事故が起こり、やがて呪いの自販機と呼ばれて撤去されたらしいが、紆余曲折を経てオーナーの手元に来てしまった物だ。
「自販機……自販機の処分ってどうやるか分かる? 俺も初めて聞く。やっぱ粗大?」
「分解、っすかね? ネジとか全部外して部品にして資源で」
「中はともかく外のパーツは大きすぎないですか? その辺、自治体に聞かないことには」
「あー、ネットで調べたら引き取ってくれる業者があるみたいですね。ただ今見てるとこは処分+引き取りの出張費がかかるみたい」
流石はプロというか、俺が何気なく言ったものに対してどう処分するか、どこまで安く済ませられるかを真剣に検討している。そして話が一段落すると、
「そういえば葉隠君、昼はちゃんと食べた?」
「大丈夫です! 皆さんの前にもう1人コラボさせていただいて、“特盛焼肉丼4キロ”完食してきました!」
「4キロ!?」
「いやそれ食いすぎじゃない?」
「流石に一度にあれだけ食べることはあまりないですね、でも一日の総量で言えば普段からもっと食べてますよ」
そんな風に雑談をしながら悠々と、俺たちは仕事場へ向かった。