夕方
~辰巳スポーツ会館~
新体操の練習も終わりが近づいてきた。
そして先日習得した“重心把握”の真価が見えてきた。
重心把握は格闘技における根幹、あるいは神髄とでも言うべきスキルかもしれない。
「……」
倒立したまま
体を支える上半身に力を、下半身からは脱力。
体の中心、丹田に重心を置いて上半身を下半身に。下半身を上半身にする。
呼吸を止めてはならない。あくまでも自然に。そうすれば……
「……」
『オー……』
そっと片腕に重心を移し、片腕で倒立を続けるとスタッフさんから声が上がる。
普通に片足でバランスをとるのとまったく同じように、片腕で立つ。
重心を把握し、自在に移動することができれば、たとえ片手でも地面に根が張ったように。
大きな力を使わずに体を支えられた。
これを格闘技に応用すれば、まず体が安定する。
すると自由に動けるし、攻撃に力も乗る。
全体的に動きのキレが増した。
さらに重心把握は投げ技や特に太極拳との相性が非常に良かった。
そもそも重心把握を習得した要因の
相手の重心を把握することで、相手の体勢を崩すのが遥かに楽になった。
例えば相手が正拳突きを打ってきたなら、その腕を取って引き込む。
すると重心は前に傾き、相手は反射的に重心を後ろへ。腕を引き戻そうとする。
またそれに逆らわず、逆に押し込めば相手が後ろへたたらを踏む、といった具合に。
実際に太極拳には手で相手の突きを払い、腰のひねりで腕を引き込む動きに変える。
同時に相手の足の後ろへ踏み込み、体を戻す際に引っ掛けて倒す……という技もある。
また柔道にも同じテクニックが相手の崩し方として教えられている。
重心を把握し、動きに合わせれば、力ではなく技で投げられる。
そして体操で最初に教えられた基本は倒立であり、体操に最も重要なのはバランス感覚。
それが身についていれば、力はいらないとも山口選手は語っていた。
どちらも体を操るという点では近しいのかもしれない。
体操を通して、格闘技への理解が深まった!
……
…………
………………
夜
~廃ビル~
「……なあ、これまたどういうことになってんの?」
アジトに来たら、鬼瓦達の他に見覚えのない連中が36人もいた。
あまり良い雰囲気でもないが、喧嘩はしていないし殴りこみにしては穏やか過ぎる。
鬼瓦に聞いてみると、
「……俺らのとこの元メンバーだ。ったく、少し前まで俺らを腰抜け扱いしといてこれかよ」
「あの時は悪かった! ……もう一度一緒にやらしてくれないか。もちろん下っ端からでいい」
あー……そういや鬼瓦のチームって俺に負けてメンバーが減って、元リーダーも脱退。
後を継いだ鬼瓦が俺の下につく事を決めたんだっけ。
それが金流会の襲撃をしのいだことでまた評価が上がってきて、メンバーが戻ってきたと。
よく見れば闘技場で見たやつもいるな、確かに。
「尻尾巻いて逃げた奴らが今更何だとは、正直思ってる。ただ、あの時は頭も情けない姿を見せてお前らも不安だったろう。だから水に流してやってもいいが……ヒソカ、あんたはどう思う?」
「俺か?」
「今の俺らはあんたの下についてんだ。あんたの意向も聞きてぇ」
「そうか……俺としては鬼瓦の指示に従えるならべつにいいんだけど……とりあえずその代表っぽい奴と、そっちの奥にいる鼻ピアス。あと真ん中あたりにいる3人組――」
集まった中から全部で7人を選び出して、再加入拒否を伝える。
他は全員入れても反対しないけど、この7人はダメだ。
「ハァ!?」
「おいテメェ! 他が良くて何で俺らだけがダメなんだよ!」
「そうだそうだ!」
「大体何で部外者のテメェがデカい面してんだよ!」
「関係ねぇ奴は黙ってろ!」
当然のように絡んできたのが5人。
残り2人は無言。こっちは他のより少し状況が読めるみたいだ。
「お前らな……俺は言ったはずだ。今の俺らはヒソカの下についてる。つまりウチに戻ればお前らもヒソカの下だ。無関係でも部外者でもねぇんだよ」
鬼瓦はそう言うが、俺の言いたいことは違った。
「いや、そのあたりは各グループで責任持つなら勝手にやってくれていいんだけど。
泳がせて逆に情報源にしてもいいけど、面倒そうだし。
「何?」
「ハ、ハァアッ!?」
「テメェ、フカシこいてんじゃねぇぞ!」
「何の証拠があるんだよ? 言ってみろコラァ!」
証拠っつーか、見えるもん。お前ら7人の周りに嫌ーな黒いオーラが。
鶴亀の記者を初めとして、このオーラの持ち主にはろくな奴がいない。
あとその他の連中は皆、チームを抜けたことに引け目があるのか後悔のオーラ。
対して7人にはそれが欠片もない。
あるのは黒に混じって愉悦? 今は図星をつかれた動揺、焦りの色が混ざってる。
「代表っぽいのが入ってるし……最初に鬼瓦のグループに戻ろうって持ちかけたの、こいつらだったりしないか?」
「確かにそうだけど……」
「俺に声かけたの、確かにあいつだ……」
「そういや最初に提案したのって誰だっけ?」
「あの中の誰かじゃね? 俺らが合流した時にはもう仕切ってたし」
「やっぱりか」
他の希望者に聞いてみたら、やっぱりこいつらが中心人物だったようだ。
「たった7人より36人の方が断りにくいと思った? それとも数が多ければ注目が分散されて怪しまれにくいとでも考えた? ……どっちにしても、お前ら元仲間を利用しようとしたんだろ? なんのためか知らないけど」
「ハァ!? だからしょうブッ!?!?」
うるさかったので顔面を軽~く殴る。
「判断基準は俺。おとなしく喋るか、認めないなら認めないいでいいからさっさと帰れ」
「テメェやりやガッ!?」
喧嘩がしたいようなので、適当に相手をしてやる。
すると……
「ブッ……も、もうやめてくれ……悪かった、謝る、謝るから」
「謝られるより、何企んでたか聞かせてくれない?」
「……」
「もう少し痛めつけるかな」
「! 分かった! 待ってくれ!」
「ばっ!」
「金流会に命令されたんだ! 鬼瓦のチームに戻って、情報を流せって!」
1人が暴露すると、仲間を信じていたらしい連中はそれぞれ顔を伏せるか怒りを露にし始め、それを見て他の6人も観念したように語り始める。
「……突然絡まれて、治療費だの慰謝料だのを“貸し”だって一方的に」
「俺らが元々鬼瓦の仲間だったってだけで、新しく入ったチームや家まで押しかけてきた」
「俺なんかバイト先だぞ!?」
「言う通りにしなかったら、不良どころか生活もできねぇようにするって脅されたんだ!」
「こうするしかなかったんだよ!」
「嘘だな」
俺がそう口にした瞬間、男たちは固まる。
「“金流会の命令”、あと“情報を流す”って目的は本当だろうけど。そのあとの脅されてるって内容は嘘だろ」
だって黒に混ざるオーラの色は、そんな深刻な色してなかったもの。
図星を突かれて焦って、何とか助かろうと出まかせを言ったんだろう。
命令と言ってもそこまで強制力があるわけでもなさそうだし……
「正確には自分たちから売り込んだか…………それとも誘われたか…………誘われて話に乗った感じだな」
言葉を投げかけ、オーラの変化を見て、まるで嘘発見器のように真実を探っていく。
やっぱりこの能力、対人関係では便利だな。
「これがメンタリズムだ」
視線や表情筋の動きから嘘を見抜いたりする技術……ということにして、お前らの企みはまるっとお見通しだと告げる。
すると7人は逃走を図り、自分達が騙していた連中の手によって呆気なく捕まった。
その後は鬼瓦がケジメをつけると建物の奥に連れて行ったので、どうなったかは知らない。
しかし騙されていた29人の謝罪は本物だったので、戻ることが許されていた。
これで部下の数が150人を突破、厳密には166人になった。
親父の世代は数万人という単位で族がいたらしいが、今時は減少傾向にあるという……
その中でこれはどの程度の規模なのだろうか? わからん……
とりあえず今日は忙しそうだし、また今度鬼瓦に聞いてみるとするか……
あ、あとメンタリズム関係の知識も集めとこう。
なんか興味持ったっぽい奴らが何人かこっちを見ている。
近藤さんに聞けば資料を集めてもらえるだろうし、あの人なら習得していても驚かない。
……
…………
………………
深夜
~自室~
昼に磯っちが忍ばせた紙には、チャットアプリのアドレスが書かれていた。
順平たちや部活、仕事のちょっとした連絡にも使っているアプリなので、使い方は分かる。
何かBunny's事務所やメンバーに秘密で話したいのか……とりあえず一言残しておこう。
アプリを開いて、
影虎 “こんばんは”
さて……
磯野 “連絡あり!”
んっ!? もう返事が返ってきた。
連絡ありがとう、って事か? 続けてガッツボーズの絵文字が送られてくる。
影虎 “待ってたの?”
磯野 “まぁな! それに通知くるから撮影とかレッスン中じゃなきゃ大体すぐ見るし”
影虎 “なるほど。ところで何か秘密の相談でも? あんな渡し方されたから気になって”
磯野 “あー、それな。相談もあるけど、フツーに話すのも歓迎。
前にも話したけど、うちのグループ空気悪くてさ。マジストレス溜まる。
つかそういう事こそグループとか事務所内で処理するべきなんだろうけどさ”
影虎 “まぁ、第一に頼るのは普通そっちだよな。信頼してくれたのは嬉しいけど”
磯野 “連絡してくれてマジサンキューな。
で、相談なんだけど、虎って病気の診断ができるんだよな? テレビで見た”
影虎 “病名や治療法までは分からない。病気か何かの疑いがあるなら病院に行った方が”
磯野 “本当は行かせたいんだけど、忙しいしマネージャーが許可出さなくてさ……
本人も大丈夫の一点張りだからなおさらで……でももう見てらんねぇよ”
影虎 “許可ってことはグループのメンバーか? あとそんなに悪いのか?”
磯野 “ああ、診て欲しいのは光明院。あいつろくに飯も食わないで仕事や練習しててさ。
大丈夫かと気にしてたら案の定どんどん体調悪くなってるみたいなんだ。
ダンス練習のときはスタミナ切れるし、今日は撮影前に局の便所で吐いてた。
明らかに様子がおかしいんだよ”
様子がおかしいとは思っていたけど、明らかな症状まで……
影虎 “マネージャーは動かないんだな?”
磯野 “ダメもとで1回話してみたけど全然頼りにならねぇ。
本人に大丈夫ですね? って聞いて、光が大丈夫っつったらそれっきり。
つかその前に、大丈夫だろ? 体調管理できてるな?
とか言われた後であいつが無理とか言うわけねぇだろ!”
影虎 “わざと言えない空気を作ってから聞くのか?”
磯野 “俺にはそう見えた。それがなくても光は大丈夫としか言わないだろうけどな”
確かに……
予想以上に事態は逼迫しているのか……
根本的な問題解決より現状の緩和を目指した方がいいかもしれない。
影虎 “いつ診れば良い?”
磯野 “診てくれるのか!?”
影虎 “俺も気にはなってたからな。問題はいつどうやって診るかだ。
体の異常は感知できるけど集中が必要だし、何より今の関係じゃ近づきにくい”
磯野 “話さなくていいなら案はあるぜ! 明後日の午前は俺らと仕事同じだろ?”
明後日の午前というと、例のドラマの製作決定を発表する特番を撮る予定だ。
確かに主要な登場人物役の俺も光明院君も、他のBunny'sアイドルも来る予定。
磯野 “光はボッチだから基本1人で動く。慣れてるスタジオだし、いくつかルーチンもある。
待ち伏せでもなんでも、近づくだけならチャンスは作れるぜ”
ドッペルゲンガーで透明化して近づくしかないかと思ったら、意外にも正攻法? で近づけそうだ。
影虎 “了解。それじゃそのルーチンと近づけそうなタイミングを教えて欲しい”
磯野と話し合い、光明院君の診察作戦を練った!
影虎は“重心把握”を習得した!
不良の部下が増えた!
影虎はBunny's事務所の磯野と連絡を取れるようになった!