人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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288話 予定変更

 11月27日(木)ドラマ宣伝用特番撮影日 

 

 午前

 

 ~テレビ局~

 

 割り当てられた控室。

 時計の針のカチコチという音がやけに大きく聞こえる。

 もう少しでBunny'sのアイドルたちが局にくる時間だ……

 

 磯っちの話によると、光明院君はいつも控室でマネージャーからの説明を受けた後、必ず局内に設置された自販機で“後光の紅茶”か“純粋ハチミツ”を買うらしい。控室付近に設置されている自販機は2か所で、片方はコーヒーとエナジードリンク系ばかり。彼が買う2種類はもう片方の自販機にしか置かれていないので、待ち伏せの場所は決定。局への到着と配置のタイミングは磯っちから連絡がくる。

 

「?」

 

 手順を確認していると、控室の扉がノックされた。

 返事をすると、元気な声と共に見慣れたツインテールが入ってくる。

 

「おはよう、久慈川さん。どうした?」

「おはようございまーす。んと、普通に挨拶しようと思ったのと、まだ収録まで時間あるし

 何か話さないかと思ったんだけど……お邪魔だった?」

 

 その視線がチラリと、控室の隅で座る2人へ向いた。

 

「いや、まだ大丈夫だけど。そういえば紹介してなかったかな?」

 

 計画まではまだ時間がある。

 久慈川さんに奥の2人、サポートチームのDr.ティペットと護衛のバーニーさんを紹介しよう。

 

 光明院君の健康をチェックする計画を近藤さんに話した際に、それなら本職がいた方がいいだろうという話になり、今日はDr.ティペットと護衛のバーニーさんも同行していただいている。

 

「キャロラインさんとは、先輩の文化祭の時に一度お会いしてますよね?」

「ええ、葉隠君がスタンバイしている時ね、あの時は挨拶もできなくてごめんなさい」

「俺が体力使い果たしてたからなぁ……」

「私もステージの事とかでバタバタしてたから、お互い様ですよ。それでバーニーさんは本当に初めてですよね。これからよろしくお願いします!」

「……ああ、よろしく」

「バーニーったら……ごめんなさいね、不愛想な男で」

 

 そんな話をしているとやがて近藤さんや様子を見に来た井上さんまで集まって、朗らかな時間が過ぎていく。

 

 ……と思った矢先のことだった。

 

 携帯が震え、チャットアプリのメッセージが次々と通知される。

 

 磯野 “SOS”

 磯野 “光が倒れた、意識ない”

 磯野 “今地下駐車”

 

「!! 緊急事態! 地下で光明院君が倒れたそうです。意識なし!」

『!』

「すぐ行くから患者を安全な場所に、それ以上は無理に動かさないように伝えて」

「了解」

「あと――」

「えっ?」

「急になに……ちょっと先輩!?」

 

 間に合わなかったのか……?

 

 事情を知らない久慈川さんと井上マネージャーを混乱させたまま。

 俺は緊急の呼び出しに応えるべく走り出した……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~テレビ局・医務室~

 

 

 明るい室内に用意されたベッドに、意識のない光明院君が横たわっている。

 それを俺たちは部屋の隅で、医務室の医師の邪魔にならないように見ている……

 

『……』

「……うん。とりあえず命の心配はないでしょう」

「マジっすか!?」

「おそらく原因は過労、それによる貧血ですね。このまま休ませてあげればじきに意識も戻ると思います」

「あざっす! ったく、びっくりさせんなよな~」

「ありがとうございました、先生」

「いえいえ。お礼でしたら私よりもそちらの美人先生たちに。先に着いていたのもここに運びこむのを助けてくれたのも彼女たちですし、処置も完璧。搬送も手伝っていただいて、私は確認をしただけですから」

 

 医務室の先生から診断を聞いた磯野や木島プロデューサーに安堵の空気が流れ、Dr.ティペットを筆頭にお礼を言われる。しかし俺はお礼よりも、光明院君の状態が気になった。

 

 光明院君の体から感じる気の流れは、とにかく弱っている。

 流れは遅く、勢いも弱い。そもそもエネルギーの量が少ない。

 タルタロスの後は俺や天田も似た状態になるけど、安全のためここまではしない。

 これはまさに“精魂尽き果てた”という印象だ……

 

「虎。ありがとな。計画は狂っちまったけど、マジ助かった」

「力になれたならよかったよ」

 

 もう少し早く、倒れる前に止められたらなお良かったのだけれど……

 それは今言っても仕方がない。

 

「ところで今日の収録は」

 

 どうするかと言い切る前に、乱暴に医務室の扉が開いた。

 

「木島さん、光明院君の容体は?」

「山根君……いきなり入ってきてそれかい? それに君には他の子たちと楽屋で待機するように言っておいたはずだが」

「番組プロデューサーからの問い合わせがありましたので。アイドルたちには部屋から出ないように言ってあります。で、容体はどうなんです?」

 

 山根はマネージャー。木島プロデューサーが上司のはずなのに、ほとんど耳を貸していない。

 相変わらず態度も悪いし、どうなってんだこいつ……

 

「光明院君のマネージャーさんですか?」

「ええ、彼の具合はどうですか? この後の収録に参加できますか?」

「残念ですが……命に別状こそないものの、かなり疲れがたまっているようですし、栄養状態も」

「やれます……」

『!?』

 

 医務室の先生の説明に割り込んだか細い声。

 それはベッドに横たわる光明院君の声だった。

 

「光!」

「意識が戻ったのか」

「すみません、でも俺……」

 

 明らかに体調は悪そうだが、それでも無理に起き上がろうとする彼。

 磯野や木島さん、医務室の先生が止めているが、それでも彼は起き上がる。

 

「俺、やれます……やらせてください!」

「ダメです」

 

 そんな彼の必死の訴えを、山根は一言で切り捨てた。

 

「そんなっ!」

「たったいま先生から君は収録に参加できないという言葉を聞きました。そうですね?」

「え、ええ……確かに難しいでしょう。目が覚めたとはいえ体調は良くないでしょうし、激しい運動も控えるべきです。それよりも親御さんに連絡して、念のため病院を受診したほうがいいと思いますが、今後の」

「ありがとうございます。……という事だ、光明院君。医師がこう言っているのだから聞き入れなさい。君の自己判断で何かあったらこちらの問題になる。それにもう番組プロデューサーとスタッフの方々には君は急病で参加できないと伝えてある。収録が終わるまではここで休みなさい」

 

 何の感情も抱いていないような声で、淡々と告げて出ていこうとする山根。

 その背中を引き留めたいのだろう。か細い声とともに光明院君が手を伸ばす。

 だがそれ以上に、

 

「待ちなさい!」

 

 とうとう我慢の限界が訪れたのか、木島プロデューサーの怒声が轟いた。

 

「……何でしょうか?」

「急病で参加できないと伝えてある、とはどういうことだい? 君には他の子たちの世話を頼み、そこで番組プロデューサーの質問を受けたからここに来た。そう君は言っていたはずだ。光明院君の容体についても、どう診断されたか知らなかったんだろう? なのに何故そんな勝手な返答をしているんだい?」

「ハァ……万が一を考えたら無事でも休ませるべきでは? 実際にそう診断されたわけですし、正しい判断でしょう」

「そういう事を言っているんじゃない! それならそれで何故一言連絡しないのかと言っているんだ! 報告・連絡・相談は基本だろう!」

 

 仕事1つが担当アイドルの将来に与える影響とその重要性を木島プロデューサーは語る。そして結果的に仕事は勧められないと診断されたわけではあるが、大事な仕事を勝手な判断でキャンセルした山根に憤りを隠さない。

 

「虎、俺プロデューサーがこんなにキレてるの見たの初めてだ……」

「プロデューサーとしてのプライドはしっかり持った人だからな……」

 

 周囲の状況のせいで思うように活動できなかっただけで、オーラは紫なんだよな……今は赤が強いけど。怒り心頭で俺もDr.ティペットも近藤さんも、口をはさむタイミングが見つからない。

 

 そこへ切り込む者が1人。

 

「あの!」

「だから、っ!!」

「……何か? 光明院君」

「あの、俺、大丈夫です。仕事できますから、収録の時間までには、だから」

 

 ……これまでの刺々しさはどこへ消えたのか。

 今目の前にいる彼には演技をしていた時の凛々しさがない。

 共演した時のような輝きもなければ、俺に噛みついてきた時のような勢いもない。

 これまで見てきた彼とは似ても似つかない、弱弱しく懇願する1人の少年だった。

 

 しかし、

 

「ハァ……君も諦めが悪い。そもそもの原因は君が倒れたからでしょう?」

「は?」

「なっ!?」

「ちょ、オイ!」

 

 流石に俺も声が出た。

 木島プロデューサーも愕然として、磯野は山根を睨んでいる。

 ついでに近藤さんは呆れ、Dr.ティペットも顔には出さないがオーラが真っ赤。

 バーニーさんは危険人物と認定しているのか目を離さない。

 

 それも当然。山根は“マネージャー”であって、アイドルをサポートするのが彼の役目。アイドルの健康状態を把握して調整するのも彼の仕事の1つなのだから、今の発言は職務放棄と言ってもいい。

 

 もちろんアイドル自身が注意すべきなのも事実だが、彼の場合はオーバーワークを放置し、病院への受診もさせなかったと聞いている。少なく見積もっても半分以上は山根の責任だろう。

 

 そのうえであの発言は信じられないと言いたいが、むしろそういう人間だからそんなことをしていたのかと納得もしそうだ。

 

「体調管理一つできないなんて、アイドルとして意識が低すぎる」

「っ!」

「アイドル失格。君の代わりなんていくらでもいるんですよ。分かってるでしょう?」

「ぁ……」

「こんなことではトップなんて到底ィッ!?」

「ふざっけんじゃねぇよ!?」

 

 キレた磯野が思い切り山根の頬を殴りつけた。グッジョブ! だけど落ち着け!

 

「オイ! 離せ虎! こいつマジぶん殴る!」

「その気持ちはよく分かる! つか磯っちが動いてなかったら俺がやってたかも。だから、落ち着けって。ほら、あいつもう」

「な、殴、殴られ……」

 

 親父にもぶたれたことないのに!?

 とか言い出しそうなほど、山根は混乱? いや呆然としている。

 

「な、なんてことを、なんてことを! ひ、人を殴るなんて、アイドルがして良いと思っているんですか!?」

「お前のやってる事こそ良識ある大人がやって良い事なのかよ!? 光が倒れたのもお前が追い込んだからじゃないのかよ!?」

「いい加減にしてください! 他に利用者がいないとはいえ、ここは医務室ですよ!?」

『!』

 

 今度は医務室の先生がキレた。

 それにより気まずい空気と沈黙が流れる中、

 

「……そうですね。こんなところでくだらない話をしている暇はありませんでした」

「オイ!」

 

 まっさきに動き出した山根はそのまま医務室を出て行ってしまった……

 

「あのクソ野郎!」

 

 落ち着けって。もうパトラかけようか……それに光明院君の方は……

 

「大丈夫かい? 彼の言った事はあまり気にしない方がいい」

「いえ……大丈夫です……」

 

 木島プロデューサーが励ましているが、あまり効果はなさそうだ。

 

 彼のために……1番はやはり今日の収録に参加させることだろう。

 そのために、俺にできることが1つだけある。

 

「近藤さん。それと木島プロデューサー」

「はい」

「ん? 何だい?」

「光明院君の収録不参加、今からでも取り消せませんか? できれば収録までの時間をずらして、体を休める時間を少しでも長く。それまでに光明院君の体調が参加できるまで回復すれば」

「それは……」

 

 ためらいを見せる木島プロデューサー。

 彼も参加はさせたいが、光明院君の体が心配なようだ。

 そこに近藤さんからの後押しが入る。

 

「十分に体調が回復すれば、参加は可能でしょう。キャロライン」

「最良がゆっくり休むことなのは変わらないけど、様子を見てからでも遅くはない。それくらいの猶予はあるわ。……ですよね? 先生もあの人に阻まれましたけど、先ほどそう言おうとしていたのでは?」

「えっ、あ、はい。おすすめはできませんが、体調が十分に回復したというのであれば」

「では、やはり可能な限り時間を稼ぐ必要がありますか。時間があれば体調は……」

 

 近藤さんからの視線に、頷いて返す。

 そこは俺が何とかする、というメッセージを込めて。

 

「分かった。そもそも参加不可の判断は山根の独断だ。プロデューサーには私から謝罪して、時間もできるだけ稼いでみよう」

「では私も同行します。葉隠様、あとはよろしくお願いします」

「あ、俺も行きます!」

 

 磯野?

 

「俺、ここにいても治療とか何もできねぇし。それなら光のこと待ってくれって頭下げた方が良くね? それに、山根があれだと他の奴らも気になるしさ」

「ああ……確かに。皆のことも放置はできないね。分かった。磯野君は皆のほうに行ってくれるかい? 光明院君のことは私が責任をもって何とかするから。何かあったら連絡を」

「分かりました!」

 

 そして3人は医務室を出て行った。

 

 さて、俺たちも……




特番撮影の日になった!
光明院光が計画前に倒れてしまった!
影虎たちが救助を手伝った!
光明院光は過労だった……幸い命に別状は無いようだ。
山根マネージャーは勝手に光明院の出演をキャンセルした!
山根マネージャーは光明院につめたいことばをかけた!
光明院は大きなショックを受けて落ち込んでいる!
影虎たちは問題解決のために動き始めた!



1月22日12時追記
予約投稿ミスしました……
予定より少し早いですが、楽しんでいただけたら幸いです。

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