人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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28話 珍しいアルバイト

 4月25日(金)放課後 

 

 ~給湯室~

 

 以前Be blue Vのオーナーから貰った茶道具の手入れをしていたら、ため息が漏れた。

 

「バイト見つからねぇな……」

 

 天田少年に入部の許可を出すと決まって早三日。天田が練習に参加する日が着実に近づいている。

 影時間のタルタロス探索は敵が強くなっても戦える、デバフもよく効く好調続きだが、バイトのほうがさっぱりだ。たった三日ともいえるが、それでも何件かはみつかり即日面接にもこぎつける事ができているのに、結果が全敗なのだ。

 

 雇ってもいいと言われた所も二つあったが……高校生可で募集しておきながら実際に高校生に来られても困ると文句言われたり、明らかなブラック臭がただようところは流石になぁ……社会に出たら理不尽があるのも分かるけど、今回はご縁が無かったと言う事でやんわり断った。

 

「失礼する! 誰かおられるか?」

 

 聞こえたのは桐条先輩の声。

 洗い物を中断して給湯室を出ると、先輩が部室の入口に立っていた。

 

「桐条先輩、どうされました?」

「江戸川先生はいるか?」

「すみません、今先生は山岸さんと一緒に部で使う物の手配に出てるんですよ」

 

 今頃はBe blue Vで例のゴミの中から使えそうな家具を貰ったり、PCのジャンクパーツ屋をまわってるはずだ。言わないけど。

 

「そういえば彼女も入部したんだったな……居ないのなら仕方が無い。これを江戸川先生に」

 

 差し出されたのは茶色のファイル。

 

「部活動の顧問用の提出書類だ。必要事項を記入して今週中に提出するよう伝えて欲しい」

「わかりました。わざわざ届けてくださってありがとうございます」

「君にも一つ伝えておきたいことがあったからな」

「天田君のことですか」

「そうだ。彼も今日パルクール同好会の練習に参加する手続きをすませたと連絡が入った。来週の水曜日から参加する事になるだろう」

「分かりました、用意をしておきます」

「よろしく頼む。では私はこれで……っ!」

 

 用を済ませた先輩が帰ろうとしたその時、先輩の体がふらついた。

 倒れる直前、とっさに動いた俺の手が足をもつれさせた先輩を支える。

 

「大丈夫ですか!?」

「……大丈夫だ、すまない」

 

 先輩は目頭を指で揉みながら自分の足で立つが、信用できない。体を支えて気づいたが、今日の先輩はメイクをしている。女子だからと言われればそれまでだが、倒れかけたところを見ると体調不良による顔色の悪さを隠しているようにしか見えなかった。

 

「先輩、少し休んで行ってください。お茶を出しますから」

「大丈夫だ、私は生徒会室に」

「……そんなに忙しいんですか? 生徒会って」

 

 俺がそう言うと先輩は一度口を噤み、躊躇いがちに口を開いた。

 

「そうだな……少し休ませてもらおうか」

 

 俺はそのまま先輩を部屋へ案内した。

 

 

 

 

 

 

「結構なお手前で」

 

 俺が点てた薄茶を、素人目から見ても見事な所作で飲んだ先輩が一言。

 普通の緑茶がきれていたので、目に付いた抹茶を点てたけど……

 

「……先輩、これで休めてますか? 出した俺が言うのもなんですけど」

「十分だ。 君は茶道を習っていたのか? 茶を点てる姿がなかなか堂に入っていた」

「小学生の頃に母から習ったんです。俺は昔から外を走り回ったり、体を鍛えたり。そんな事ばっかりしてたんで、こういうことも少しはやりなさい、と。

 実際にお茶を点てるのは久しぶりなので、少し心配でしたけど」

「いい味だった。おかげで少し楽になった」

「……生徒会のお仕事、大変なんですね」

「それは違う。楽ではないが、私一人で生徒会の仕事を回しているわけでもない。生徒会長以下、生徒会のメンバーが手分けをして仕事に当たっている。……実は最近、夜に調べ物をしていてな、それで疲れがたまっていたんだ」

「体には気をつけてください……ところで調べ物って何を? そんな倒れかけるまで。あ、話せない事なら聞きませんが」

「構わないさ、明彦を襲った変質者のことだ」

「あ~……そういえば連絡ありましたね、変質者に注意とか、見かけたら通報とか……」

 

 いきなりは心臓に悪い! けど、若干慣れてきた気がする……

 変質者()のことを調べてるとなると、影時間に街中パトロール? それかこの前の占いで知識不足と言ったし、影時間やシャドウについて調べてるのか? あんな事の後だし、脳筋が治療中なら勉強かな?

 

「何か分かりました?」

「向こうも警戒しているのか目撃証言一つない。第二の被害者が出なくて良かったと思う反面、野放しになっていれば懸念が残る。類似する事件が無いかを少し調べているところだ」

「そうですか」

 

 あくまでも“人”の話をしているように聞こえるが、俺は事情を知っているのでおおよそ見当がつく。きっと過去のデータでも探してるんだろうな……

 

「ところで……君はバイクの免許を取るのか?」

「えっ? 何で知ってるんですか?」

「あれが目に付いた」

 

 先輩が指差す先は床脇(とこわき)。その名の通り床の間の横にあり、備え付けられている棚の上には一冊の本。

 

 “免許習得虎の巻~バイク編~”

 

 昨日バイト情報誌と一緒に買った参考書が置きっぱなしになっていた。

 

「なるほど……両親と親戚一同が入学祝いにバイクを贈ってくれると言うので、取る事にしたんです。桐条先輩はバイクに興味は?」

「乗る機会は少ないが、趣味で一台所有している」

「そうなんですか」

「意外、と言わないんだな?」

 

 知ってますから。

 

「趣味は人それぞれ、先輩がバイク好きでもいいじゃないですか」

「周りからは危ないからよせとよく言われるがな」

「桐条先輩の立場だとそうかもしれませんね。俺は母方の伯父がバイク会社を経営して、父がそこで働いています。他にもバイク好きな人がまわりに多かったので変には思いませんけど」

「ほう、君の家はバイクを……」

「ちょっと失礼」

 

 立ち上がって棚から数冊の本を取り出し、目的の一冊を探す。

 

「どこに……あった。どうぞ」

「バイクのカタログか?」

「伯父の会社で作っているバイクのカタログです」

「速水モーターか。……水陸両用?」

「それは伯父が設計にかかわったバイクですね」

 

 伯父は社長だが趣味で設計も行う。しかし彼はバイク好きであると同時にかなりのロボットオタクで、やたらと水陸両用や変形のための機構をバイクに搭載したがる人だ。設計した中にはこうしてカタログに載せられないまま消えていった実験的なバイクも多いと聞く。

 

 そんな話をしながら持ち込んだ私物のカタログを先輩に見せていると、先輩はより興味を示したようだ。

 

「よかったらそれ、持って行ってください。これも一緒に」

 

 俺は持っていた残りの本を先輩の前に置く。俺が持ち込んでいたバイク関連の雑誌だ。

 それを見た先輩は興味を持つも、手が出ない。

 

「これを私がか?」

「先輩の立場だと買いづらかったりしません?」

「確かにそうだが……」

「雑誌なんて読み返してもせいぜい十回くらいで捨ててしまいますから。どうぞ息抜きにでも」

 

 熱心なのはいいけれど、流石に倒れかけるまで根をつめるのはやめた方がいい。部活のことではなにかと世話になってるし……そういう意味を込めて本を押し出すと、先輩は薄く笑って本を受け取った。

 

「ありがたく頂こう。寮に帰って楽しませてもらうよ。バイクの雑誌なんて久しぶりに……? バイ()情報?」

「あっ、先輩それだけ返してください、必要なんで」

 

 表紙を眺めた先輩がバイク雑誌に混ざるバイト情報誌を見付けた。

 言われて気づき慌てて回収すると、バイクの話しになった時と同じような質問をされた。

 

「アルバイトを探しているのか?」

「免許を取るためのお金とか、バイクの整備費用とかをためようと思いまして」

「なるほどな。もう見つかったのか?」

「まだですね。競争率が高いみたいで」

「そうか……腕力に自信はあるか?」

「? それなりにあります。(友近)を一人担ぎ上げるくらいなら」

「それなら一日限りだが、一つだけ心当たりがある」

「……それは何処で?」

「先方は辰巳博物館。桐条グループが出資する代わりに、課外活動などで生徒の学習に協力していただいている。そこに明日、遺跡から出土した土器の破片が大量に運び込まれるそうだ。その搬入の手伝いと土器の修復が仕事になる」

「土器の搬入と修復……それって素人がやっていいんですか?」

「作業はもちろん専門家の慣習の下で行うが、遺跡の発掘や出土品の修復を行うアルバイトは稀に存在するらしい。

 今回は先方がそういった仕事に興味のある学生の経験になればという意図もあるらしく、高校生も受け入れている。私も先日会食で館長にお会いした際に誘われたんだが、時給千円で昼食付きでも人が集まらないと嘆いていた」

「時給千円で昼食付き」

 

 情報誌に載ってるバイトで時給が低いものは六百から七百円……そう考えると結構条件いいな。ストレガと江戸川先生の紹介と違って、内容もハッキリしているし何より安全そう。

 他に候補も無いし、一日だけならやってみるか。

 

「先輩、先方の連絡先を教えていただけますか? 興味がでてきました」

 

 先輩に博物館の電話番号を聞いた俺は、そのあともう十分休んだからと言う先輩を見送り、貰った番号に電話をかけた。




遺跡発掘や出土品の復元のアルバイトって本当にあるらしいです。
どんなアルバイトがあるかと探してて見つけました。
調べてみると、土器の復元体験が出来る場所まであるらしい。

遺跡とか土器は素人が入る隙間の無いプロの領域だと思っていた私には驚きでした。
そして、へ~面白いな~と思ったらこの話を書いていた。

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