~控室~
目を覚ました光明院君に治療を施すため、控室に戻ってきたのだが……
「何か食べたいもの、飲みたいものはあるか?」
「……」
彼は山根に言われたことがよほどショックだったのか、ふさぎこんでいる。体調が悪くて頭が働かないのもあるのかもしれないが、横になったまま声をかけてもろくに反応しない。オーラは絶望的なほど暗く、悲しさに満ちた青から動かない。まるで抜け殻のようだ。
体を回復させて仕事をさせれば心も立ち直らせられるかと思ったが、このままでは回復しても仕事ができるかどうか……そもそも精神がこんな状態では体の回復にも差し支えそうだ。しかし悠長にしている時間もない。体調が悪いから気分も優れないということもあるだろうし……
「とりあえずうつぶせになってくれ」
「……」
光明院君はチラリと目だけで俺を見て、半分寝返りをうつ。
俺の顔を見たくないとばかりに反対側を向いたようにも見えたが、体を押してもう半回転を補助すると、抵抗なくうつぶせになってくれる。
「これから少しでも早く体が回復するようにマッサージする」
「……」
「無反応は許可と受け取るよ」
始めよう。
現在の光明院君は心身ともに疲れ切っている。
心身ともにエネルギーが枯渇している状態なのだから、まずはそれを補おう。
タルタロスで強化された今の俺なら、1人分のエネルギーを補うくらいは朝飯前だ。
「!!」
軽いマッサージをしながら気を流し込むと、手の触感や気の流れ方に強い違和感を覚えた。
本当に……ガチガチのボロボロじゃないか……
和田や新井など、それなりに健康なうえでただ疲労した状態とはわけが違う。
もっと強く、根本まで染みわたった疲労がこの感触なのだろうと直感した。
気も全体的に不足しているためか、与えたそばから体内の至る所へ広がっていく。
……さらに流し込む量を増やす。
「…………」
……流れがある程度はっきりしてくると、体の悪い部分も明確になる。
目高プロデューサーと同じ全身疲労に、この腹部の淀み方は便秘……
これまでの治療経験と照らし合わせて推測できる症状もあれば、そうでない症状もある。
この胃腸の流れの悪さは何だろう? 胃潰瘍とはまた違う感じだ。頭もかなり流れが悪い。
「心当たりはないか?」
「……別に」
口数は少ないが、返事が出来る程度にはエネルギーを送り込んだ分だけ楽になってきたか?
「そうか……消化が悪かったり、胃が重かったりとかも」
「……分からない……そう感じるまで食わないから」
「ああ、そうか」
磯っちも光明院君はろくに飯を食わないって言ってたっけ……?
そういえばそれと一緒に、トイレで吐いてたとも言ってたな?
「吐き気は?」
「……この前、番組の差し入れで貰った物食って吐いた」
「よくあるのか?」
「……」
無言+オーラの色からして図星のようだ。
「じゃあ、逆に普段何喰ってるんだ?」
「適当に……」
「適当にって、コンビニ弁当とかか?」
「いや、そんなに食い切れないから……“5秒チャージ”とか“ケロリーフレンド”とか」
「……それ栄養補助食品じゃねーか」
忙しい時に少し食べるくらいならまだしも、主食にする物じゃないぞ!
つーかそんなものばっかりだと栄養偏るだろ!?
「ちゃんと他のサプリも飲んでるよ」
「いや、サプリってお前……Dr.ティペット、専門家としてお願いします」
「そうね。サプリや栄養補助食品は上手く使えば効果的で健康維持に役立つけど、そればかりでは本末転倒よ。そんな食生活は医師として勧められないし、物によっては粗悪なものもあるわ。日本で市販されている一般的なサプリならそれほど心配はいらないけど……そもそも不足している本当に必要な栄養素をちゃんと選べているのかしら?」
再び無言で図星、かと思いきや、
「……マネージャーから貰ったやつを飲んでる」
答えてくれたが、ちょっと心配な回答だった。
「見せてもらってもいいか?」
「……別に普通のサプリだけど」
そう言ってサプリが荷物のどこに入っているかを教えてくれた光明院君。聞けばあの山根マネージャーも同じものを飲んでいるらしい。最初は彼が飲んでいたものを、疲労回復に良いから飲んでおくようにと渡され飲み始めたのだとか……
あの態度で光明院君の健康を気遣っているのか?
マネージャーとしても他所の子供にサプリなんて買い与えるか?
と、どうにも怪しく思えてしまう。
しかし話を聞いていると意外にも、光明院君はわりと山根マネージャーを信用しているようだ。
「山根マネージャーってどんな人?」
「……業界にすごいコネがあるらしくて、俺が仕事欲しいって言ったらすぐに用意してくれる……現場の人には評判よくないみたいだけど、それでも次々仕事が途切れないからありがたい」
「それでこんな状況になってもか?」
「それはっ! ……俺が自分で体調管理できていなかったから……」
マジかこいつ……ああもう、調子が狂う!
「いいか? これは俺の意見だけどな? 仕事を大事に思うのはいい。だけど倒れるまで仕事入れておいてマネージャーに責任が無いってのはありえない」
「だけど、俺の仕事は全部俺が入れてくれって頼んだから……」
「だとしてもマネージャーなら負担や体調も考えて調整するのが仕事の内だろう」
「……マネージャーが体調管理してなかったわけじゃない……体調のことはしょっちゅう聞いてきたし、他のやつらの体調もちゃんと気にしてた。俺が、黙ってたんだ……大丈夫だって、何も言わなかったから……」
「だとしても、それで簡単に見捨てるような事を言うか?」
「ッ! うるさい! ……休ませてくれよ!」
光明院君は叫ぶと同時に跳ね起きて、そばにあった毛布に包まってしまった。
……まだまだ前と比べて覇気が無いけど、怒鳴り返せる程度には体調が戻ったらしいな。
体内のエネルギーは補ってやったし、気の流れもある程度整えたからだいぶ落ち着いている。
このまましばらく寝かせてみよう。
先日覚えたばかりの“ドルミナー”を発動。
すると俺の体から魔力が抜け、彼の体からは力が抜ける。
「……よし、寝た」
適当に毛布に包まっただけでは寝づらかろうと、一度毛布を剥いで体を仰向けに、座布団を枕代わりに頭へ。その後毛布を掛け直してやっても起きないあたり、だいぶ深い睡眠状態のようだ。
俺も少し休もう。
「お疲れ様。何か飲む?」
「……」
「ありがとうございます」
バーニーさんが無言で差し出したクーラーボックスから、レモネードを貰う。
「ふぅ……」
「彼、だいぶ元気になったわね。少なくとも体は。顔色が目に見えてよくなってるわ。マッサージに気功……エネルギーによる治療も馬鹿にできないわね」
「意外と効くでしょう? ……しかし、問題は心の方かと。話を聞いていると光明院君本人もおかしくなってる気がして」
「そうね……ちゃんと診断したいけど……」
そこで部屋の扉が開く。
「近藤さん。どうでした?」
「光明院君の参加する撮影は最後に回し、それまでに十分回復すれば参加してもらうという話になりました。今はIDOL23の皆さんが撮影に入っています。役どころや意気込みのインタビューなどで30分。葉隠様と久慈川様の番で20分は稼げるでしょう。こちらはどうですか?」
こちらの状況も説明する。
「なるほど、体の調子はほぼ回復。残るは精神状態ですか」
「パトラをかければ力技で乗り切れるかもしれませんが」
「う……!」
『!』
光明院君が急に苦しげなうめき声を上げた。
「ううっ、嫌だ……嫌だぁっ……」
「……寝ているわ。悪い夢を見ているんでしょう。もし繰り返し悪夢を見るようなら、うつや不安障害も考えられるわね」
「これは起こすべきでしょうか?」
「いや……待ってください」
うなされた状態を観察すると、違和感を覚えた。
「どうしました?」
「頭の中に何か……光明院君のでも、俺が送り込んだのでもない。良くない力の塊があります」
「何ですって?」
「……間違いない。さっきまで何も感じなかったのに……光明院君の苦しみ方に同調して、強くなったり弱くなったりしています。これが原因かもしれない」
「取り除くことは?」
「除霊用の護符を使ってみます」
オーナーから習ったお祓い用の護符を作成。
書き記すのは、とり憑いた霊や霊が放つ体に悪いエネルギーを体からはじき出すルーン。
念のために4人分、霊から身を守る護符も作り、十分な力を込める。
「皆さん、これを1枚ずつ持って。それと離れておいてください」
勘違いであることを期待しつつ、気を引き締めて光明院君の額に札を張り付ける。
「……」
『……ピ……ィイイイイイッツ!!!?!?』
「うッ! うあ、あ……」
「」
光明院の頭から、半透明な小人サイズの顔が飛び出してきた……
それはまるで宇宙人のように頭が大きく、不釣り合いな細い体で光明院の頭にしがみつく。
札のせいで苦しいのか、必死に頭を振り頭の中へ入ろうとしているが入れない。
そして変化はそれだけでなく、光明院君は悪夢が収まったようで徐々に静かになる。
「葉隠様?」
「ちょっと待ってください。今、
直感に従い、邪気の左手を発動。
宇宙人のような小人の霊を無理やり握り締めてMAGを奪うと、小人は煙のように消失。
同時に脳にいくつかの情報が流れこむ。
「……分かった事を整理します。飲み物をもう一杯、あと大丈夫だと思いますが、光明院君の安否確認を」
一度頭の中を整理したくなった……
……
…………
………………
10分後
ようやく頭の中がまとまった。
光明院君は無事に寝たままなので、このまま3人に説明する。
「では説明させていただきます。結論から言いますと、光明院君の頭の中に在ったモノが悪夢の原因でした。
それは不気味な小人の姿をした幽霊に近いモノでしたが、同時に俺が召喚するシャドウのように“人工的に作られた”存在だったようです。しかも驚いたことに、その性質が研究対象の“スキルカード”にも近い」
「と、言いますと?」
「俺がMAG、気、魔力を練り合わせてシャドウを作るのに対して、あの小人はMAGと魔力のみで作られていました。
しかもそのMAGに“思考の誘導”、“特定人物への依存”や“宿主の精神を追い詰める”命令が仕込まれていて、特定の条件下でそれが発動する。寄生虫のような存在ですね。MAGを吸い取ったら命令の内容が全部流れこんできました」
「葉隠様は大丈夫なのですか? 体への影響は?」
「俺には特に何も。MAG内の情報は指示書で、一緒に込められた何者かの魔力とセットになって初めて効果を発揮できる感じだと思います。MAGだけだと書類を読んだのと大差ありません。
そもそも小人の能力は自由自在に相手を操るような強力なものではないらしく、さっきみたいに本人が寝ている時に悪夢を見せたり、平常時にはほんの少し思考をネガティブな方に向ける程度です」
「だからかしら。“宿主の精神を追い詰める事”という命令。それとあの山根マネージャーの態度が繋がった気がする」
Dr.ティペットがどこか納得した様子でつぶやいて、ストレスにより引き起こされる病気やその症状の1つに“思考力の低下”があると告げた。
「私が話を聞いて感じた限り、その小人は不合理な思考を本人の意に反して反復させるものだと思うの。強迫性障害を誘発する、強迫観念を強める感じと言えばわかるかしら?
その不合理な思考で引き起こされる症状は多々あって、摂食障害や依存症など、命令や今の光明院君の状況に当てはまりそうなものもあるわね。何より彼の山根マネージャーに対する意識なんて不合理そのものじゃない?」
「確かに」
山根マネージャーの非を一切認めず自分が悪いと言っていたからな……
「あ、ちなみにもう1つ。何のために光明院君を、そんな仕掛けまでして追い込もうとしたのかは謎ですが、下手人はまず間違いなく山根マネージャーでしょう。仕込まれていた命令の1つである特定人物への依存の“特定人物”は山根マネージャーに設定されていましたから」
「なるほど。そしてその裏で糸を引いているのが“愛と叡智の会”。光明院君を追い詰めたのはおそらく何かの下準備でしょう。キャロラインが言うようにストレスで思考力が低下し依存的になっていれば、自分たちの思想を刷り込む。あるいは何かをさせるにも都合がいい。
やり口がまるで洗脳ですが……例のアクターズスクールの短期間で実力がつくという評判も、報告にあるスキルカードのような効果を持つ小人を自由に作り出せるなら、それを取り憑かせて受講生の腕前を急激に上げることも可能でしょうね」
近藤さんの予想はおそらく間違っていない。
Bunny'sのアイドルも、最近急激に実力を伸ばした子には施されていると思う。
木島プロデューサーが言っていたロボットのような印象も小人の影響なら納得できる。
というかこんな手口を使っている、使えている時点で普通の団体ではない。
やはりオーナーや霧谷君のような魔術師が、俺が知る人以外にも存在するのだろう。
「山根マネージャー。そして愛と叡智の会……化けの皮が剥がれてきたな……」