人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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290話 呪縛からの開放

「あ……ッ!!」

「おっ、起きたか」

「体調はどうかしら?」

 

 俺が自分の出演準備を整えていると、光明院君が目を覚まして跳ね起きた。

 まだ10分程度しかたっていないが、悪夢でうなされた上に俺たちが色々とやった。

 むしろあの時点で気づかないのはドルミナーが効いていたんだろう。

 やる気はないけど誘拐に便利そうだ。

 

「時間は!? 収録はどうなった!?」

「起きて早々にそれか。まだBunny'sの出番は先だから落ち着けって」

「そ、そうか。よかった」

「それより体調は?」

「あ? ……! 大分いい、もう大丈夫だ」

 

 気の流れはまぁまぁ良好。

 疲労は残っているけれど、あの悪霊を取り除いたら頭の流れも良くなったようだ。

 

「なら、ちょっと待ってろ」

 

 先ほど局内にある売店で購入したインスタントなのに野菜たっぷりで超ヘルシー! が売り文句の“野菜オンリーカップスープ”にお湯を入れ、さらにそれを“インスタントおかゆ”にそそいで3分。一緒に買った塩と胡椒と適量の野菜ジュースと生姜ペーストで味を調え……

 

 ほぼインスタント食品で栄養豊富かつ体の温まる”即席養生野菜粥”が完成した!

 

 胃が弱っていたので、しっかりした固形物はおそらく厳しい。

 Dr.ティペットも同意してくれたので、栄養はありできるだけ消化の良いものを用意した。

 

「お待たせ。無理はしなくていいから食べられるだけ食べてくれ」

「……」

 

 光明院君は器と俺を何度か見た後、そっとスプーンでお粥をすくい、一口ずつ食べていく。

 その間に俺は準備を進めよう。次は撮影用のメイクだ。

 

「……なぁ」

「ん?」

「何で、俺を助ける?」

 

 唐突な質問だな。

 

「1つは頼まれたから。お前のこと本気で心配して、助けてやってくれって頼んできたやつがいるから。もう1つは俺自身が納得できないから。山根マネージャーの態度は他人事でも気に入らないし、お前がへこんでいるのも見ていて調子が狂う」

「……」

「今は色々考えたり気にしなくていいから、とにかく少しでも回復して仕事に出られるようにすることだけを考えろ」

「もう十分体調は良くなった」

 

 嘘つ、ん? ……オーラからして嘘ではないようだ。

 確かに体調や話し方もだいぶ戻ってきたようには思える。

 ただ気の流れを見るとまだ本調子では絶対にないのだけれど……

 

「無理してるんじゃないのか?」

「は? 全然、ここ最近で一番気分いいけど?」

「ここ最近で一番って、じゃあいつから体調悪かったんだ?」

「覚えてない。けど、今の体調で仕事に穴開けるとか新人でもプロとしてありえないし」

 

 ああ……お前ずっと体調悪いまま仕事してたんだろ。だからか感覚が狂ってやがる……

 つーかそれ、プロ根性というよりも社畜根性じゃないのか?

 あとで木島プロデューサーに報告しとこう……

 

「それよかお前、いつも自分でメイクしてるのか?」

「これ? 最近覚えた」

 

 撮影スタッフの方々とは邪魔にならない範囲で、できるだけコミュニケーションをとるようにしていて、メイクさんとは話す時間がとりやすい。特にアフタースクールコーチングのメイクさんには何度もお世話になっていたから、メイクの仕方も見て、説明も聞いていた。

 

 そしてこの前から天田が撮影に参加することになったので、メイクの効率化と勉強を兼ねて自分でやるようになったのだ。天田がメイクを受けている横で道具を借りて、チェックや指導を受けながら。

 

「専属のスタッフを用意してもいいのですが」

「経費削減になりますし、できるなら自分で出来た方がいいでしょう。それに女性のメイクと違ってカメラ越しでも顔色を悪く見せないのが一番の目的ですし」

 

 無駄遣いではないのだろうけど、近藤さんのお金の使い方は豪快で怖い。

 

 そうこうしているうちに準備完了。光明院君も野菜粥を食べ終えていた。

 胃腸が弱まっているし、念のために気と指圧で治療しつつ消化吸収を補助しよう。

 

「ぁ痛っ!?」

「少し我慢しろ。時間ないし、この方が早く効くから」

「バラエティーの罰ゲームかよ!?」

「なら予行練習ってことで」

「いや何度かやったけどこれ、罰ゲームでもないくらい痛っ!? これダメな奴だろ!?」

「これはバラエティー番組でも罰ゲームでも撮影中でもなくて治療なのでOK」

「~~ぁっ! アーーーーーッ!!」

「変な声を出すな!? 苦情が来るぞ」

 

 光明院君が痛みに悶える中、控室の扉がノックされた。

 

「失礼します。葉隠さん、スタンバイお願いできますか」

「あっ、はい! よかった。苦情じゃなかった」

 

 どうやら部屋に来たスタッフさんがそのまま案内してくれるらしい。治療はここまでだな。

 あとはDr.ティペットとバーニーさんに任せて、光明院君は時間まで休んでいてもらおう。

 

 と思ったら、急に外に出る用意をし始める光明院君。

 

「どうした?」

「トイレ行くだけだよ」

 

 ああ、なるほど。

 指圧による治療効果が出てきたらしい。

 腎臓や肝臓の機能を高めるツボも突いてあるし、便秘も改善するよう気を流した。

 これで体内に溜まった悪いモノが排出されることを期待する。

 

 そして彼は念のためにバーニーさんを護衛に着けてトイレへ。

 俺と近藤さんは撮影へと向かった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~スタジオ~

 

 特番の収録は終盤に差し掛かっている。

 

 結局あれから光明院君の体調が再び悪化することはなく、Bunny'sの出番になると彼は最初から撮影に参加することができた。それも決して無理をしているようなそぶりを見せず、パフォーマンスも渾身の出来だったようだ。

 

 体調の回復に撮影参加とパフォーマンス成功も伴って、精神面もより安定している。じっくり疲れは取るべきだと思うが、今ならもうそれほど心配はいらなそうだ。

 

 しかし……そんな光明院君の復活を快く思っていない人がこの場にはいる。

 予想はしていたけれど、山根マネージャーは意図的に光明院君を追い詰めていたようだ。

 見違えるほどに元気になった光明院君を見て大いに慌て、悔し気な表情をしている。

 そんな態度を隠さないものだから、アイドル達やスタッフさん達にもモロバレ。

 

 自分の所のアイドルが活躍して嫌そうにするマネージャーが不気味なのか、だれも話しかけないけれど確実に周囲は気づいている。視線を送られている光明院君や磯っち、他の数名も間違いなく。

 

 だけど大半のBunny's所属アイドル達は全く気付いた様子がない。

 また、そんな子に限ってパフォーマンス中のオーラが“同じ色”をしている。

 オーラの色は感情や精神状態を如実に表してくれるが、それだけに人によって差も出やすい。

 同じ楽曲で歌って踊っているとはいえ、物事の感じ方は人それぞれ。

 20人以上のオーラが色の配合率まで同じになるとは、通常では考えにくい。

 さらに以前見た例のスクールに通う子のリストと様子のおかしな子がほぼ一致している。

 ほぼ間違いなく彼らには、光明院君の頭に取り憑いていたような存在が憑いているだろう。

 

『近藤さん、聞こえますか?』

『聞こえていますよ』

『Bunny'sの子たち、例のリストに載っていた子は全員憑かれてると考えていいと思います。載ってなかった子も2人いますけど、そっちは新しい被害者でしょう。

 発動条件はおそらく歌とダンスのパフォーマンス中限定。トーク中とかは個性も感情も出てますし、効果もほぼ技術を与えるだけっぽいですね。

 “山根マネージャーを疑わない”、あるいは“山根マネージャーへの服従”くらいはありそうですけど、彼らは光明院君みたいに追い詰めるような精神操作はされていなさそうです』

 

 ただ……ここでいくつか問題が浮かび上がる。

 

『彼ら、どうします?』

 

 光明院君に憑いた霊よりは安全そうだけど、100%心身に害がないとは言い切れない。

 取り除いてしまった方が無難だと思うけれど、まず人数が多い。

 そして光明院君が回復したように、おそらく霊を取り除いた時点でその影響は消える。

 つまり彼らの歌やダンスといったパフォーマンスに影響が出る可能性が高い。

 仮初の実力と言えばそれまでだけれど、急に実力が低下して困るのは彼らだ。

 

『……私としては子供たちよりもマネージャーが気になりますね』

『山根ですか?』

『ええ。子供たちはあくまでもスクールに通い、アイドル活動に邁進しているだけ……目的は不明ですが、霊的技術と彼らを利用しているのは愛と叡智の会。そして山根は何らかの計画の現場責任者というところでしょう。

 子供たちは自分で自分、または他人を傷つける様子がありませんし、注意は必要ですが早急に対処が必要とは思えません。それよりも危険なのは山根マネージャーかと』

『まぁ、それは確かに……』

 

 横目で様子を見てみるが、彼は爪を齧りながらステージ上の光明院君を見つめている。

 普通に不気味で仕方ない。

 

『葉隠様、彼にはその霊が憑いていませんか?』

『……あの人はおかしいと思いますが、今の段階ではなんとも。憑いているとしたら、やっぱり脳の中に隠れているでしょうね。札を貼れば分かると思います』

『ここは人目もありますし、あまり近づいて何か行うのは控えたいですね。葉隠様がその霊に気づいて対処できる。愛と叡智の会にとって、まず間違いなく不利益なはず。危険視される恐れもあります』

『さっき勢いで光明院君の取り除いちゃってますし、今更な気もしますが』

『極力です。どう行動するにしても、目撃者はいないほうが都合が良いでしょうから』

『それはそうですね、一人になるタイミングがあれば……』

 

「最後に全体での告知撮りまーす! 皆さん集合お願いしまーす!」

 

『おっと、呼ばれました』

『ではこの話はまた後で』

 

 魔術による密談を終えて、撮影に戻ることにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「学園★急上昇!」

『よろしくお願いします!!』

「……はいカット! お疲れ様でした!」

『お疲れ様でした!』

 

 最後の収録も無事に終わり、参加者が端から順に、方々へ散っていく。

 あとはいくつか全体で確認をして、それぞれ帰るなり次の仕事へ行くなりするんだろう。

 そんなことを考えながら、ステージの中央近くで自分の番を待っていると、

 

「……」

「ん?」

 

 光明院君がやけに神妙な面持ちをしていると思った、次の瞬間。

 

「ちょっとすみません!」

『?』

 

 突如あがった光明院君の声にスタジオ中が何事かとざわめき、視線が彼へとあつまる。

 

「光明院君?」

「なにを……」

 

 木島プロデューサーと山根マネージャーの声が聞こえた気がする。

 しかし彼はそのまま大声で、

 

「今日の収録、本当にありがとうございました!」

 

 お礼の言葉を口にし、頭も下げた。

 それによってスタジオはさらにざわめく。

 これまでの光明院君の態度が噂で広まっているのだろう。

 そんな彼がお礼を言ってさらに頭を下げるなんて……そんな言葉が飛び交っている。

 俺も正直ちょっと意外に思っている部分はある。

 

「俺、今日体調悪くて、倒れてしまって……それでも休んで回復したら参加していいって言ってもらえて……そのために急遽出番を遅らせてもらったりもして……それだけじゃなくて俺、これまで共演させていただいた時も、あんま態度、よくなくて……」

 

 今日のことからこれまでのことまで、たどたどしい話し方ではあるが、そこには彼なりの苦悩と誠意が込められている。込められているというよりも、溢れ出している。心から吐露していると表現すべきかもしれない。

 

 そして、そう感じているのは俺だけでなく、ここにいる誰もがそうなのだろう。突然のことにも関わらず、誰1人彼を止めることなく真剣に言葉に聞いている。その様子はまるで舞台上で1人の役者が、観客が目を離せないほどの名演技をしているかのようで……

 

「今日も、これまでも、皆さんにご迷惑をおかけしました!! 申し訳ありません!! そして、本当にありがとうございました!!」

 

 最後にもう一度、謝罪とお礼の言葉で締めくくられた後には数秒間の沈黙。

 そして、

 

「!!」

 

 パラパラと始まり、瞬く間に広がる暖かい拍手の音がスタジオ中を包み込む。

 

 ……今日のことから彼は何かを感じたんだろう。

 そして自分のこれまでを思い返し、勇気を出して謝罪した。

 それは俺を含めて、言葉を聞いた人々の心を動かした。

 そして彼自身もまた一段、人として成長した。

 

 うっすらと涙を浮かべながら方々に頭を下げる彼を見て、そんなことを感じる。

 彼の中の何かが変化したことだけは間違いない。

 

「な、何をしているんですか君はッ!?」

 

 が……どうやら話は綺麗なまま終わらないようだ。

 山根が叫ぶ。それも全身をわなわなと震えさせ、許せないとばかりに、ヒステリックに。

 直前に光明院君を許すような、暖かい空気から一転した場の状況に誰もが困惑する。

 それが悪かったのか、怒り心頭な山根の接近を止める人は少なく、

 

「山根マネっ!?」

「どうしたんです!?」

「きゃっ!?」

「ちょっ、何すんの!?」

「うわっ!?」

 

 Bunny'sもそれ以外も関係なく、直線上にいたアイドルを押しのけて進む山根。スタジオはさらに混乱し、山根へ制止の声も飛ぶ。幸いすぐ近くにいた男性スタッフが追いついて引き止めたが……本人はそれをまったく意に介さないどころか、光明院君に向かって叫びだす。

 

「誰がそんなことをしろと言った!? 私は君にそんな指示は出していない!」

「落ち着いてください! えっと……」

「山根君! 君は自分が何をして」

「うるさいッ! うるさいうるさいうるさいッ!! 邪魔をするなァッ!!!」

 

 逆上した山根を見て、ほとんどの人間がドン引きしているのを感じる。

 これまでもおかしな人としてみていたが、もはや何をしてもおかしくない危険人物。

 IDOL23の女の子の中には涙目になっている子もいる。

 

「山根マネージャー! これは俺が謝りたいと、謝らないとと思って」

「そんなことは聞いていない! 誰がそんなことを許可した!? 君がどう行動するかを決めるのは君じゃない!! 私なんだ!! 私の許可なく行動するなッ!!」

 

 あまりにも横暴かつアイドルの人格を無視した口ぶりに顔をしかめる人が多数。

 この場にいるのはアイドルとその関係者なのだから当然ともいえるだろう。

 会社の方針やイメージ的なものはあっても、人には良識というものがある。

 そこから生まれるアイドルへの配慮、押し付けの限度や慎みもある。

 ここまで極端かつそれを堂々と叫んでいれば、よく思われないのは当然。

 というか、もう既によく思われないなんてレベルを超越している。

 

「アァイドルとしての君たちィの! イィメージも何ィもかもォ! 全ては私が作るんだァ!! 君はただ指示にィ従うだけで良いィヒィ!」

 

 山根の様子がさらにおかしくなる。

 目が血走り、瞬きと首を回すか小刻みに振るような動作が叫びの合間に頻繁に入る。

 それに応じて言葉のほうもちょっと怪しく……

 

「いい加減に……しなさい!! うっ……!」

「くそっ! この人なんでこんな、力つええ……!」

 

 木島プロデューサーと男性スタッフが2人がかりで山根を押さえつけようとしている。

 他のスタッフはアイドルに山根から離れるように指示したり、安全確保に動いている。

 

『近藤さん。我々も協力して抑え込みません?』

『そうですね。一旦どこかの空き部屋に放り込ませてもらいましょう』

 

 騒然となるスタジオ内。

 魔術でサポートチームの意思と後の動きを確認し、速やかに行動にうつる。

 

 山根は火事場の馬鹿力的な力を出してはいたけれど、強化魔術を使える俺と元CIAの近藤さん。

 さらに昔は海兵隊に所属していたバーニーさんの協力もあれば無抵抗も同然。

 

「何をするゥッ!?」

 

 捕縛には難なく成功するのであった。




光明院光は目を覚ました!
光明院光は体調が大きく改善した!
影虎はインスタント食品をアレンジした!
影虎はさらに指圧を行った!
光明院光が完全復活した!
そして山根が暴走した……

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