人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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292話 体操・練習終了

 夕方

 

 ~辰巳スポーツ会館~

 

「葉隠君大丈夫かい?」

 

 アフタースクールコーチング、新体操の最終日。だが昼に俺が倒れたことがしっかり通達されているようで、目高プロデューサーが心配してくれている。

 

「大丈夫ですよ。今は特に何もおかしなところはないですし、Dr.ティペットも控えてくれていますから」

「そう? 今日の練習は天田君メインで映すとしても、最終日で課題への挑戦があるけど」

 

 課題。そういえば今回もあったな。確か、

 

「バック転を1分間に何回できるか、でしたね」

「そうそう。ギネス記録に挑戦してもらうけど、あんまり無理しなくていいからね」

 

 本気でやってほしいけど、無理して倒れるようなことがあればそれはそれで問題。

 複雑な事情がありながら心配してくださるプロデューサーに、無理はしないと約束した。

 

 ……そして挑んだ課題の結果は。

 

「チャレンジ成功ーーッ!! その回数なんと68回ッ!! 一秒間に一回以上という驚異的なペースで成功させたぁあッ!!」

 

 成功していた。

 

 “無理をしない”と約束したから、楽に楽にと考えてやってみたら、それが逆に良かったようだ。

 

 重心を安定させ、站樁(たんとう)の要領で上下を入れ替えて戻す。

 足で跳び、地についた手を足のごとく使い、一回転で二度安定した加速を得る。

 どんどん勢いがついて、それを殺さないように続けるだけで高速回転が可能になっていた。

 まるで自分が球体になったかのようで、激しく動きつつも体は非常に楽。

 

「先輩のバック転、なんかCGみたいでしたよ」

「え、そう? 自分じゃ分からないんだけど」

「だって1分間ずっとその場から動かなかったじゃないですか。激しくバック転してるのに。中心に棒が刺さってクルクル回されてるみたいでしたよ」

「僕はアレみたいに見えた。ほら、ファミレスとかで売ってる子供向けのおもちゃあるじゃない? あの、お菓子がついててそのおまけみたいな」

「あー……あのボールペンみたいにカチカチやると人形が動くやつですか?」

「そうそう! アレの名前って正式になんていうか知らないけど」

 

 先生の言いたいものは伝わった。

 俺もあのおもちゃの名前は知らないけど、傍から見るとあんな感じになっていたのか……

 

 とりあえず成功したのでよしとしよう。

 

 ……新体操の練習が終わった!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

『――このような事情があったようです』

 

 近藤さんから電話で山根マネージャーについての報告を受けた。

 

 それによると近藤さんは山根の身辺を調べた際に、彼が昔“心療内科に通院していた”という事実を掴んでいたらしい。

 

 もっともそれ自体は特におかしなことでもなく、また通院していた病院にも特におかしな点は見られなかったため、あくまでも情報の1つに止まっていたらしいが……今日の件を受けて、再度調べなおした(ハッキング&電子カルテ閲覧)ところでその詳しい事情が明らかに。そして山根に取り憑いていた人工霊の命令に繋がるであろう内容が出てきたそうだ。

 

 それはまだ山根が前職の事務員として、学習塾で働いていた頃のこと。

 彼は同じ学習塾に生徒として通う高校生のグループから“いじめ”を受けていたという。

 

 いい大人が高校生からいじめを受ける?

 

 という疑問がまず沸いてきたが、事の発端はいじめではなく、いつだかテレビでニュースになった“オヤジ狩り”だったようだ。

 

 なんでもそのグループは受験のために塾に通っているものの、勉強熱心と言うわけではなく、そもそも素行の悪い生徒の集まりだった。それが受験勉強でストレスをため、街中でたまたま目をつけた山根で小遣い稼ぎと憂さ晴らしをした。

 

 その時はお互いにお互いのことは知らなかったようだけれど、同じ学習塾の事務員と生徒。山根にとっては運悪く顔を合わせてしまったことで、関係が継続。素行の悪い生徒たちは自分たちの行いを暴露されないよう、山根の心身にさらに圧力をかけるようになった。

 

 さらに山根はその事を学習塾の上司に相談したらしいが、結論から言うと無意味。それどころか上司までもが逆に山根に黙って我慢するように圧力をかけ始めた。

 

 なぜならば相手は生徒だから。

 生徒は受験のために塾に通っていて、親は子供の受験成功のために高い金を落とす。

 しかし下手に山根が相手を訴えでもしたら、関係した生徒グループは辞めるかもしれない。

 

 それだけならまだしも、生徒の受験に悪影響が出た場合は? モンスターペアレントなど、原因が生徒側にあったとしても、親が怒鳴り込んでくることも考えられる。もしかしたら塾の悪評を広められるかもしれない。受験のために子供を預けている塾が、子供の受験の邪魔になったら? 塾の評判まで落とされたら?

 

 山根1人が黙って我慢すれば、それら全てが丸く収まるのだと。

 

 カルテに書かれていたのは“山根本人から聞き取った内容”なので、思い込みや被害妄想で事実とは差異があるかもしれない。しかしここで重要なのは事実の正確性ではなく、これが“山根にとっての”認識であり事実だということだ。

 

 そしてこの認識によって山根は大いに苦しみ。また子供に対しては憎悪に近い感情と同時に復讐心、支配欲のようなものが見られたと診断書には書かれていた。

 

「子供に対する復讐心や支配欲……人工霊によってアイドルの子たちが従順にされている状況で、さらにその子たちに指示を出すマネージャーという立場。彼にとっては鬱憤を晴らして欲望を満たせる、ある意味理想的な環境だったかもしれませんね」

『私も同意見です。それから光明院君の持っていたサプリメントを成分分析にかけた結果、容器に記載されている栄養成分の他に少量の睡眠導入剤とせん妄を引き起こすとされている薬品が微量、含まれていました」

 

 せん妄……意識混濁、脅迫的な思考、幻覚、錯覚などを起こしている状態のこと。集中力、注意力が低下し、錯乱などに繋がる場合もあるという……

 

「100%意図的ですよね」

『間違っても栄養剤に混入するものではありません。またせん妄は健常者でも就寝中に無理に起こした場合にも同様の症状が出るとされますし、睡眠導入剤もそのためか……あるいは一時的な睡眠で光明院君に体が休まるサプリメントと錯覚させるためかもしれませんが、どちらにしても市販されているまともなサプリメントではないのが明らかです。

 この薬。そして山根本人に憑いていた人工霊にもそこを利用するような命令が含まれていたこと。さらに最後の彼の反応からして、おそらく人工霊による洗脳には条件、それとも制限でしょうか? があるようで、あまり本人の意思と乖離した命令を強制するのは難しいのではないかと推測します』

「おそらく正しいと思います。もしあの霊を取り憑かせるだけで簡単に人の心や行動を完璧に操れるのであれば、光明院君に“思考の誘導”なんて迂遠な命令をする必要がないと思うので、それを受け入れるような、何らかの下地を作る必要はあるのではないかと」

 

 愛と叡智の会……既に怪しいを通り越して危険な相手だが、早めに手口と対処法がわかって良かった。

 

「近藤さん。今オーナー直伝の護符2種類をパソコンに取り込んで増産(コピー)中です。A4用紙1枚につき12枚。2枚1組で6組を一度に作れるようになったので、個人の信仰などで問題がなければ、お守りとして事務所の皆さんに配りませんか?」

『助かります。あの護符の効果はしっかりと確認されていますから、非常に心強いですね』

「では明日、八十稲羽市へ向かう前にお渡ししますね。あ、あと事務所に裁断機はありますか? もしあれば明日貸していただきたいのですが」

 

 プリンターで魔術用の札を大量生産することは前々から考えていたが、今回初めてそれを実行した。しかもスキャナーで取り込んだ画像でも、さらにそのサイズをパソコン上で縮小しても、プリントした時にルーンが認識できればOKだったので、これならエネルギーの続く限り護符が素早く量産できる。

 

 人工霊を2回見て対処した手ごたえから、事前にあの護符2枚を備えておけば、いつのまにか憑かれていた! なんて状況は防げると思う。権力を使った罠だとか、直接的な手段にも要注意だけど、対処法があるだけ良かった。

 

 ……そして愛と叡智の会に関する話が一通り済んだところで、次の連絡。

 

『来月の8日に年末の対戦相手のウィリアム様とそのサポートチーム。そして安藤家の皆様が来日します』

「8日から? となると試合の2週間とちょっと前ですね。あとエレナたちは学校とか大丈夫なんですか?」

『ウィリアム様は今回アウェーですから、本番を万全の状態で戦えるよう、日本の気候に体を慣らしてコンディションを整えるそうです。それからエレナ様以下3名の学業は現在、ホームスクーリング(自宅学習)に切り替えています。皆様、ペルソナの調査・研究にそれを応用した技術開発にと多忙ですし、例の襲撃事件があったことでやはり注目も集めましたからね……

 日本ではあまり良い印象はないかもしれませんが、アメリカでは一般的ですので専用の教材や対応もできていますし、本部でもサポートしているので問題はありません。学習の場所は自由ですし、何よりも来年葉隠様の命運を賭けた戦いをする土地を一度見てみたいと皆様仰っているようですね」

 

 そうやって気にしてくれているのは本当にありがたいことだ……

 

 こちらでも何かしてあげられないかと考え、すぐ思いつくのは基本的な観光案内など。

 だが話し合っているうちに、ひとつ思いついたことがあった。

 

「近藤さん。突然なんですが、例のCraze動画事務所からのイベントのお誘い。あれに安藤家の皆さんも一緒に参加ってできませんか?」

 

 クリスマスの一大イベントであるCステージ。

 そこに誘われていて俺が即答できなかった理由は2つ。

 

 1.年末には試合があり、そちらの準備もあること。

 2.試合が24日でステージがその翌日のため、怪我などで参加できない可能性もあること。

 

 しかしもし安藤家の皆さんが一緒に出てくれれば、俺は良い思い出になると思う。

 もし理由2の場合でも、5人がいてくれれば穴は埋まるのではないか?

 アンジェリーナちゃんとのコラボ動画はなんだかんだで視聴者数も伸び続けているし、人気は出そうだが……どうだろう?

 

『確かにあの動画の注目度は高いですし、本部と先方に提案してみるのも良いでしょう』

 

 こうして夜の報告が終わり、量産した護符にエネルギーを込めたら、明日の八十稲羽市行きに向けて早めに寝ることに……

 

「ん? また電……あっ」

 

 しようとしたところで、かかってきた電話の相手は久慈川さん。

 それと同時に、彼女の目の前で血を吐いてそれっきりだったことを思い出す。

 慌てて電話口から無事であることを伝え、さらに迷惑をかけた謝罪もする。

 その後病み上がりであることを考慮してくれたのか短めではあったが、愚痴を聞かされ。

 最終的に寝たのはそこそこの時間になっていた……

 

 今度また何かを差し入れよう……

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