人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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293話 呪いの詳細

 11月28日(金)

 

 昼前

 

 ~八十稲羽市・天城屋旅館~

 

「いらっしゃいませ。またいらしてくださったんですね」

「お世話になります」

 

 サポートチームの5人と八十稲羽市に到着後、まず訪れたのは天城屋旅館。

 出迎えてくれた女将さんは、前回俺たちが温泉だけ利用したことを覚えていたようだ。

 今回は明日が土曜で仕事も昼までに戻れば大丈夫ということで、休養もかねて一泊する予定。

 

「どうぞこちらへ」

「これは素晴らしい景色ですね」

 

 近藤さんの言う通り。

 案内された部屋は、窓から和風の庭園が一望できる眺めの良い部屋だった。

 

「当旅館で一番景色の良いお部屋を用意させていただきました」

「言われて納得の景色ですね、近藤さん」

「ええ。しかし、私は普通のお部屋を予約したはずですが……」

「本日は他にお客様もいらっしゃいませんから、どうぞごゆっくり。もちろんお代も同じです」

 

 なんと旅館からのサービスで部屋のランクを上げてくれたようだ。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。ところでお客様……葉隠君ですよね? 最近テレビに出ていらっしゃる」

「はい、葉隠影虎です」

「やっぱり! アフタースクールコーチング、いつも録画して従業員皆で見ています」

「えっ、本当に? 見てくださってありがとうございます!」

「それで、あの……あつかましいお願いですが、差し支えなければサインを1つ、いえ2つほど……」

「それくらいでしたらまったく問題ありませんよ。大歓迎です! あ、お名前は……」

「1つは天城屋旅館、もう1つは葛城宛でお願いします」

 

 普段は車か変装して移動しているので声をかけられないけれど、やはり知名度は上がっているようだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 昼食後

 

 ~商店街~

 

 霧谷君の学校が終わるまで、商店街でお土産を探し時間を潰すことにした。

 特に女性のDr.キャロラインとメイドのハンナさんは、日本の染物に興味があるらしい。

 しかし平日の昼間、それも田舎町に外国人は珍しいのか、とても人目を集めている……

 

 だいだら.で“漆黒の地下足袋”。巽屋で“和柄のハンカチ”を購入した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 午後

 

 ~霧谷家~

 

 とうとうこの時がやってきた。

 霧谷君の家に来るのは2回目だが、相変わらず俗世間から切り離されたような立地だ。

 建物は古いが汚れている印象は受けないし、“古民家”という風格を感じる。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしていました」

「……お久しぶりです?」

 

 なんと、こちらが声をかける前から霧谷君が玄関を開けてくれた。

 脈絡なく扉が開いたので少し驚いたが、彼は相変わらず和服で静かに微笑んでいる。

 

「よくわかりましたね」

「先月から人が来たことを知らせる術を新しく仕掛けたんです。以前はここまで来るお客は誰もいなかったんですが、以前ご協力いただいてから、時々人が来るようになったので。まさかこんなボロ屋にインターホンがあるとは思わなかったでしょう? あっ、立ち話もなんですからどうぞ中へ」

 

 彼はいたずらが成功したように笑い、思い出したように家の中へ勧めてくれた。

 しかし、これまた相変わらず、彼の仕掛けた術には違和感すらなかった……

 本当に謎の深い人物だ。彼が敵でなくて良かったと思う。

 

「えーと今日はどうしましょうか? もう呪いについて調べる準備はできているのですが、まず調べてからお話しします?」

「ん……できれば早めに調べてもらえると助かります。もう体に影響が出てしまっているのか、昨日倒れてしまったので」

 

 あと親交を深めていたらコミュが上がるかもしれないし、できるのであれば先に対応してもらいたい。

 

「わかりました。ではこちらへどうぞ」

 

 案内されたのは応接室ではなく、大広間。

 そこには驚くほど複雑な円と図形が組み合わせられ、びっしりと文字が書き込まれた複雑な魔法円。その上には燭台に蝋燭、香炉や紫色の藁人形が10個。さらに注連縄(しめなわ)など様々な道具が配置されている上、それぞれから非常に強い魔力を感じる。

 

「これは……」

「事前に葉隠さんが把握している呪いについての情報を聞かせていただいた感じ、だいぶ厄介な呪いに思えましたから。葉隠さんにかけられた呪いを調べ、可能であれば解くために、僕の持てる限りの知識と技術を詰め込みました。

 ささ、葉隠さんはそちらの円の中央へ。気を楽にして座っていてもらえればOKです。あと髪の毛を1本ください。他の皆様は申し訳ないのですが、隅の方へお願いします」

 

 複雑な魔法円と感じる強大な魔力に圧倒されつつ、指定された場所に座る。

 そこは大きな円の中央。複雑な図形で狭められ、人1人が座るのが精一杯な狭いスペース。

 そして同じく、対面に配置された円の中に霧谷君が座る。

 そんな彼は、自分の斜め後ろ。部屋の隅に近藤さんたちが移動したのを確認。

 最後に俺から受け取った髪の毛を藁人形の1つに入れて全ての中央に配置し、

 

「では……始めます」

 

 一言、宣言した。

 

「“――”」

「!!」

 

 彼が手を組んで何事かを呟いたと同時に、感じる魔力が跳ね上がる。

 それは床に敷かれた魔法円を巡り、離れた燭台のろうそくへ勝手に火が灯る。

 さらに続けて彼は何かを唱えているが、その言葉を理解することができない。

 変わったイントネーションで紡がれる言葉は、まるで歌っているようにも聞こえる。

 やがて部屋中に満ちた魔力は束ねられ、指向性を持ち、俺の周囲を包んでいく……

 

  シャラン――

 

「!?」

 

 音が聞こえる。

 

 シャラン――

 

 鈴のようにも聞こえるが、背筋の凍るような気配を伴って。

 

 シャラン――

 シャラン――

 シャラン――

 

 ここには様々な道具があるが、音を出すものはひとつもない。

 ただ霧谷君の声だけが響く……はずなのに、

 

 シャラン――シャラン――シャラン――

 シャラン――シャラン――シャラン――

 シャラン――シャラン――シャラン――

 

 もはや霧谷君の声よりも、音の方が大きく聞こえる。

 それに伴い、音も変化する。

 

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――ジャラッ――

 

 それは鈴の音ではなく、忌まわしいほどの鎖の音。さらに音は近づいているのではなく、俺自身の体から(・・・・・・・)聞こえていることに気づく。

 

 ジャラッ――ジャラッ――ジャラッツ!

 

「呪いの片鱗、捕まえた」

「!!」

 

 一際大きな音と同時に浮かび上がる、俺の髪を入れた藁人形。

 一瞬送れて理解できた霧谷君の声。

 

「なっ!?」

 

 直後に部屋の景色が一変。

 これまで存在しなかった鎖が俺と魔法円、そして宙に浮かぶ藁人形を磔にしていた。

 普段冷静な近藤さんが声を上げる。ということはこれは彼にも見えているのだろう。

 

 俺も驚きはしたが、それは景色よりも鎖から感じていた霧谷君の魔力に。

 それでいて新月の夜、ベルベットルームで見る、あの鎖と同じ気配も含まれていることに。

 それらをあわせて感じる、“呪いが引きずり出された”感覚に戸惑いを隠せない。

 

 知識と技術を詰め込んで、できる限りの準備はしたと聞いている。

 しかしこれほど簡単に“呪いを引きずり出す”ことが可能なのか?

 俺自身ではどうしていいかすらわからなかったことを、簡単にやってのけてしまう。

 彼は一体何者か? どれほどの力を持っているのか? このまま解けてしまうのか?

 

 10秒20秒とその状態が続き、驚きがおさまると疑問と希望が同時に胸へ押し寄せる。

 

 

 

 

 

 

 ――(おろ)かなり――

 

 

 

 

 

 

 それは瞬時に幻と消えた。

 確信だった。

 聞こえた声を、頭ではなく体が理解した。

 

「ヤ」

 

 霧谷君を止めようとした時には遅かった。

 

 体の内側から危険を感じる魔力が溢れ出し、魔法円と鎖を侵食したのを知覚した瞬間。

 全ての鎖は砕け散り、蝋燭の火は吹き消され、磔にされていた藁人形が地に落ちる。

 また全ての魔力が消え去ると、藁人形と同様に霧谷君自身の体も ゆっくりと崩れ落ちた。

 

「霧谷君! Dr.ティペット!」

 

 慌てて俺たちが駆け寄ると、彼は力なく手を上げる。

 どうやら意識はあるようだが、

 

「体に異常は見られないわ。どうなってるの?」

「体内のエネルギー。ほぼ枯渇状態です」

 

 とても先ほどまで魔力を放っていた人とは思えない。

 応急処置として 俺の気と魔力を分け与える。

 

「ありがとう、ございます」

「大丈夫か!?」

「ええ、なんとか……誰かそこの戸棚にあるジュースを……」

「ジュース? ……もしかして宝石メロンの? だったら薬になるかもしれない」

「戸棚ですね。探します」

「私も行きます」

 

 サポートチームのハンナさんとチャドさんが立ち上がり、指差された戸棚を漁り始める。

 ほどなくしてそれらしきビンが見つかり、中身を飲ませると霧谷君の体調は劇的に改善。

 

「皆様ありがとうございます。そしてお騒がせしました」

「そんなことはどうでもいい。それより体は大丈夫?」

「ええ……正直危ないところでした。呪いを解こうとする者に対して発動するトラップとして、命を奪いにくるタイプの呪いが仕掛けてありました。徹底的に対策はしていたのですが……」

 

 起き上がった彼が目を向けたのは、粉々に弾け飛んでいた複数の藁人形。

 なんでもあの藁人形はそういった呪いへの対抗策として、呪いを無効化する効果のある“ミガワリナス”の皮をほぐした繊維を使い、さらに呪いに対抗するための術をかけながら製作した物で、自分への呪いを代わりに受けてくれる代物だそうだ。

 

「1つでも大抵の呪いは弾ける自信がありましたが、一度に9個もダメにして自分にも届くとは……まさに九死に一生でした」

 

 彼はそう言って笑っているが、笑い事ではない。

 

「確かに危ないところでしたが、おかげで分かったこともありましたよ」

 

 死にかけたとは思えないほど気楽な霧谷君の提案で、場所を移すことにした……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 ~霧谷家・居間~

 

 全員分のお茶を用意して、一息入れた霧谷君が語り始める。

 

「まず、葉隠さんの呪いについて。結論から言うと非常に強力ですが、まったく手が出ないと言うほどのものでもありません。ただ問題は呪いが意味不明と言っていいほど異常に複雑な上に、おそらく今回のようなトラップが他にも多数仕掛けられているであろう事です」

「トラップはわかりますが、複雑というのはどういう意味でしょうか?」

 

 近藤さんの質問は予想していたのか、彼は淀みなく答える。

 

「呪いに限らずどんな魔術もそうですが、基本は目的のために力を使いアプローチします。たとえば“相手を殺す”という目的があるなら、呪いで相手を病気にしたり、相手を事故に合わせたり。ある程度目的と手段に整合性があり、またそれによって対処法も検討できるはずですが……」

 

 俺にかけられている呪いはそういった常識がまったく通用しないらしい。

 

 曰く、俺にかけられた呪いは、

 俺の力を封じ、成長を阻害し、傷つける“呪い”と称するにふさわしい部分。

 そして俺の力を増幅し、成長を促進し、守る“祝福”とでも言うべき部分が交ざっている。

 

 この時点で呪いの内容が正反対。矛盾していると思うが……

 

 力を与えるのは許容しつつ制限をかける。力を与え、制限をかけず逆に増幅する。

 力を与えるどころか削ぎ落とす。力を削ぎはしないが制限をかける。

 増幅も削ぎ落としもしないが成長を妨害する。増幅も削ぎ落としも成長の妨害もしない。

 

 ……という具合でさらに細かく、呪い同士が複雑に絡み、混ざり合っているそうだ。

 

「分かっていた事とあわせて考える限り……“葉隠さんを特定の時期まで生かす”こと、そして“その時期までに一定の力は与える”ことは共通で定まっていると思うのですが……それ以外がまるでバラバラ。平然と矛盾した部分が目に付きますし、そもそも細かく分かれすぎてほとんど理解できません。

 大勢で旅行先を決める会議をしていて、誰かが北に行きたい、誰かが南に行きたいと主張して、そこから間を取って東にしよう、だったら西にしよう。さらに北と東の間をとって北東にしよう、だったら北西……という風に収拾が付かなくなった状態のような感じでしょうか? それを結局個人で行きたい所に行くことにして、無理やり1つにまとめたみたいな……うん、そうですね、呪いについては今言ったイメージが一番近いと思います」

 

 さらに彼はそれが俺に出ている影響にも繋がっているのではないかと話す。

 

「そもそも呪いが滅茶苦茶で矛盾だらけ。コンピューターで言うところのバグだらけなわけで、それを無理矢理、力技で成立させている状態なので……率直に申し上げますと、異常の1つや2つ出ても全然おかしくない。むしろ自然に思えました」

 

 ……あの自称神のクソ野郎め……人の体に、よりにもよってそんな爆弾仕込むなよ!?

 

 と叫びたくなるのをグッとこらえる……が、怒っている雰囲気は出ていたようだ。

 ここで霧谷君は良いニュースを投下してくれた。

 

「落ち着いてください。さっきも少し言いましたが、まったく手が出ないということはありません。僕の力で完全に解くのは難しいですが、部分的な呪いのデバッグには成功しました」

 

 なんと、霧谷君はコミュが上がるたびに感じていた傷みを解消できたらしい。

 ぶっちゃけ実感がないが、しばらくしたら効果がわかると思う、だそうだ。

 

「原因だったのは力を与える部分と与えない部分ですね。相反する内容が絡まって、本来得られる力を完全に得られず、エネルギーが体内で破裂寸前になっていたようです。1つ1つの制限は弱かったので、力を与えないようにしている部分を壊しました。まぁその瞬間におもいっきり排除されてしまったわけですが」

「いや、だからそれは笑い事じゃないって……」

「でもこれで2つのことがわかりました。

 1つは葉隠さんに呪いをかけた相手は、複雑な呪いをかけられる強大な力の持ち主ですが、完全無欠の存在ではありません。神を名乗っているのに、僕という1人の人間の介入を許してしまう上、反撃で殺そうとするも完全には殺しきれなかった。ですから確実に付け込む隙はあります。

 そしてもう1つ。反撃をしてきたのは僕が呪いに“介入した後”で、観察をしていた時には無反応でした。注意は必要ですが、呪いそのもの(・・・・・・)に手を出さず、呪いの観察のみに留めればさほど危険は高くないかと。そして呪いの様子を観察し、どこにどのような魔術的影響が出ているかを調べられれば、魔術によってその影響を取り除いたり、症状を緩和できる可能性もあると思います」

「そうかっ!」

 

 “呪いを解く”という根本的な解決にならなくても、それによる症状をなくすか抑えるかできれば、それは十分に助かる。

 

 一度は消えたように思えた希望が再び沸いて――!!

 

 体の内側に力がみなぎる。

 これは……間違いなくコミュの力。

 霧谷君と関わり、芽生えて育まれた力。

 

「葉隠さん?」

「……今、さっき話してくれたデバッグの成果を感じてる」

 

 コミュの力って、傷みがないとこんなに暖かく感じるものだったのか……

 

 この後もしばらく話をしたが、霧谷君は一度強力な即死魔術のようなものを受けている。

 肉体的に回復したとはいえ、精神的な疲労が見られたのでこの話はひとまずそれまで。

 両親がいるというお店の方へ彼を送って、今日は帰ることにした。

 

 霧谷君がどうしてあれほどの力を持っているのか?

 死にかけたのにどうして協力を続けてくれるのか?

 色々と疑問は尽きないが、信頼してもいい相手だと思う。

 希望を見せてくれた彼には感謝してもし足りない。

 こちらから何かお返しはできないだろうか?

 

 旅館に帰る車の中ではそんなことを考えていた。


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