夜
~アクセサリーショップ・Be Blue V~
「先輩ありがとう! おばあちゃんの所のお豆腐久しぶり~」
「喜んでもらえてよかった」
先日のお詫びも兼ねて、八十稲羽からのお土産を久慈川さんと井上さんに渡す。
しかしこちらが謝るのにわざわざ閉店後のバイト先に寄ってもらったのは少々申し訳ない。
「気にしないでよ葉隠君。ちょうど仕事も終わる時間だし、お互い忙しいのは分かってるから。お互いに動ける方が動くとか柔軟に対応した方が用があるとき都合がつきやすいし」
「そうそう。それにお豆腐は早く食べた方が美味しいし、そんなに日持ちするものでもないからぐずぐずしてたら悪くなっちゃうじゃない」
「そう言ってもらえると助かります」
和やかにそんな会話をしていると、井上さんが思い出したように一言。
「りせちゃんも葉隠くんに用があったみたいだし、ちょうど良かったよ」
「え? そうなの?」
「あ、いや……用というほど大したことではないんだけど」
「悩みとかかな? 俺でよければ何でも聞くけど」
俺がそう言うと、久慈川さんは少し迷った様子でこう口にした。
「先輩ってさ、突然変な声が聞こえたりすることって、ある?」
「変な声?」
「うん。電波が悪い電話みたいな、聞こえにくい会話っていうか、普通は聞こえない声っていうか。先輩って超能力とかオカルトとかそっち系でも評判だし、そういう声に心当たりがあるんじゃないかと思ったんだけど」
「なるほどね。確かに声ならしょっちゅうあるけど」
「え、本当に!?」
こんなやり取り以前もした気がする……あ、あれは岳羽さんか。文化祭の時だったな。
それはともかく、ついさっきもここの地下倉庫で掃除をしていたから、霊の声は聞いた。
奥にいた俺に久慈川さんが来たことを知らせてくれたのは、幽霊の香田さん。
あとこれは音だけど、地味に毎晩トキコさんが契約の履行を求めてくるし……
「久慈川さん霊感に目覚めたの?」
「そうでないことを祈りたかったんだけど、もう超ストレートに霊って言われた……」
「そうは言っても、久慈川さんなら目覚めてもおかしくはないと思うし」
「私ならって?」
だって探知系のペルソナ使いだし、見えても聞こえてもおかしくないじゃん。と説明してもまだ分からないだろう。でもその声がただの幽霊ならまだいいけど、どこかで愛と叡智の会の人工霊に憑かれたとかなら良くないな。
先日作った護符入りのお守り袋を取り出して、そっと持たせてみる。
「先輩?」
「……よし、大丈夫!」
「何が!? 先輩の行動がまったく意味不明なんだけど!?」
「とりあえず久慈川さんが幽霊に取り憑かれてるわけじゃないから、そんなに心配しなくていいと思う。むしろ霊が原因なら気にしすぎると逆効果になるから、常に平常心を心がける方がいいよ」
「そういわれても、タイミング悪すぎ!」
「そういえばりせちゃん、今度季節はずれの心霊スポットロケの仕事が入ってたね」
「そう! その話を聞いたちょうどその日に声が聞こえたの!」
「なるほどなー……ん? 心霊スポットロケ? それってもしかしてアイドルのバラエティー番組で、ロケ地は■■山って所ですか?」
「そうそう! 葉隠君知ってるの?」
「俺の方にも同じオファーをいただいて参加することになっています。たぶん同じ仕事じゃないですか?」
「へぇ~、良かったじゃないかりせちゃん。これで少し心強いね!」
「うん、確かに1人よりは心強いけど……」
「何、久慈川さんってそんなに幽霊とか苦手?」
「普通だと思ってたけど、実際に変な声が聞こえたとかのタイミングでは心細いかも……」
どんな声だか知らないが、どうやらその声が原因で不安が強くなっているようだ。
俺だってここでバイトを始めた頃は初めて具体的に霊の影響を感じて必死だった。
そう考えると久慈川さんが怯えるのも仕方のないことかもしれない。
「そういうことなら……井上さん、もう少し時間ありますか?」
「今日はもう仕事もないし、大丈夫だよ」
「でしたら、少しここのお店の人と話してみませんか?」
Be Blue Vは俺とオーナーも含めて、従業員7人中4人が霊能力者だ。彼女たちから話を聞いて、幽霊に関する正しい知識を身につければ、少しは不安も解消されるのではないだろうか? 話を聞くことで知らないことから感じる恐怖を軽減できれば御の字だ。
「今の時間なら仕事も終わっていますし、奥にまだ誰か残ってるはずです。皆さん良い人ですから。時間のある人にお願いしてみましょう」
ということでお願いしてみた結果、今日は霊媒体質の三田村さんからお話を聞かせていただくことができた!
無自覚の霊媒体質という、自分ではどうにもできなかった状態での生活や不安。
霊や自分の体質について、自覚をしてからの状況改善。
実際に起こった出来事と対処法など、主に被害者としての観点の興味深い話が聞けた!
霊能力がなくても、専門の修行をしていなくても、できる対処法はある。
それを知って、久慈川さんもの不安も少し落ち着いたようだ。
さらに日を改めてオーナーたちも霊の話や対処法を教えてくれることで話がまとまった。
心霊スポットロケまでの勉強会……
霊に関する勉強なら、人工霊の対処にも役立つかもしれない。
俺も参加できるタイミングで参加しよう。
……
…………
………………
影時間
~タルタロス・エントランス~
「なんだか久しぶりな気がするな」
「ワフゥン?」
「前から一週間も空いてないじゃないですか。まぁ、あまり目立ったこともなかったですけど」
「最近は昼間の活動の方が濃かったからかな……」
「それより今日はどのへんに行きますか? 実験するって言ってましたし、低めにしておきましょうか?」
「いや、今日は上を目指そうと思う。“不屈の騎士”がいる59階が今の最高階層だから、そこからスタートで」
「ワンワン!」
「実験なのに大丈夫か? ってコロ丸が言ってますよ」
「大丈夫だと思う。さっきも話したけど、昨日で一気に力が増してさ……感覚をつかみたいのはあるんだけど、これまでの相手だと逆に十分な実験ができない。だから上で慎重にやるけど万が一のフォローを2人に頼みたい」
「ワフッ」
「分かってくれたか。ありがとう」
「僕もいいですよ。上にいけるならその方がトレーニングになりますし」
「天田もありがとう。助かるよ」
ということで話がまとまり、転送装置で59Fへ移動。
「おっ、また不屈の騎士がいる。ちょうど1体だし、上に行く前の準備運動をしていこう」
「はい!」
「ワン!」
気合十分の2人を引きつれ、まずは俺が背後から急襲。一撃を叩き込む。
「グォウッ!?」
「行くよコロ丸!」
「!」
敵が俺に気をとられた隙を逃さず、2人が追撃。
さらなる隙を晒した相手へ、代わる代わる攻撃と撹乱を続ける。
「オオッ!!」
一方的な攻撃に苛立ちのオーラをほどばしらせ、不屈の騎士が持つ槍を振り回し、乗っている馬を暴れさせる。全体打撃攻撃スキルのキルラッシュだが……闇雲に放たれたスキルは俺だけでなく2人にも当たらない。逆にスキル使用後にはひときわ大きな隙が見えた。
絶好のチャンス!
「“嵐脚”!」
気合を込めて虚空を蹴り抜くと同時に放たれた気の刃。
それは硬直した不屈の騎士の頭部と胴体を大きく切り裂き、二つに分けて霧に変えた。
「よし!」
「……先輩、今の嵐脚って新しいスキルですか?」
「いや、勢いで知ってる漫画の技の名前を言ったけど実はスラッシュの応用技。スラッシュは分かるよな?」
「ペルソナの物理攻撃スキルですよね。先輩は自分で気を打ち出して同じことができるみたいですけど」
「そうそう。打撃属性のソニックパンチ、斬撃属性のスラッシュ、貫通属性のシングルショット。色々あるけど俺は手から打ち出す気の塊の形状で変化をつけられる。で、さっきのは斬撃属性のスラッシュを手じゃなくて足から打ち出したんだ」
ヒントは先日の体操。
重心把握を手に入れたおかげでバランス感覚が強化され、さらに体が安定した事。
俺はそこで逆立ちでも二本足で立つのと変わらない安定感を手に入れていた。
そこに昨日のコミュ封印解除での強化が加わり、気のコントロール力も上がり、思った。
手だけじゃなくて足にも気は通ってるし、蹴りにも使ってる。
だったら足でもスキルは使えるんじゃないか? と。
「で、いまやってみて成功したわけ。ちなみに本当の嵐脚ってのは蹴りでカマイタチを生み出して飛ばして敵を切る技ね」
「ワフワフッ! ワフッ!」
「疾風属性はつかないのかって? 元ネタの漫画にそんな属性はなかったからな……今も足から放っただけのスラッシュだし、斬撃属性だけだろう。でも面白いな。それに風と斬撃の2属性を併せ持つ技があれば便利かもしれない。
今日はとりあえず実験を進めないといけないけど、魔術で何とかできないか考える価値はあると思う」
改めて60階へ上り、体の具合を確かめながらさらにシャドウとの戦闘を続けるとあっという間に64階へ到達。
……ここまででやっぱり気の運用がスムーズに、全体的に戦闘能力が強化されていることが実感できた。
応用技もスラッシュの代わりに色々と試してみたところ、嵐脚だけでなくその派生技? のような扱いだった“嵐脚・線”のような技が。打撃属性のソニックパンチは嵐脚とイメージが合わなかったが、ソニックパンチをそのままキックに置き換えたような高速の蹴り“ソニックキック”が完成した。
さらに居合の心得と組み合わせることで、総合格闘技を学んだ時の最後の試合のような、居合切りならぬ“居合蹴り”が完成。
ここまでで4つも新技が増えただけでも上々だけれど、おまけに足から放つ技は手よりも威力が高いことも判明。よく“脚の筋力は腕の三倍”などと言うけれど、本当にそのくらい威力には違いが出ていた。
素早い手技……電光石火などで敵を追い込み、隙をつくり、ここぞという時に威力のある足技を叩き込む。良いかもしれないと思ったが、考えてみると基本的な考え方だしいつも通りの戦い方だった。
この辺はあまり変に考えず、いつも通り自分のスタイルに新技を、自然な形で組み込むことを考えていこう。
……ということで、塔の外を使って路をはばむ壁を越え、無骨の庭ヤバザへ進入。
「さて、体の動きは大分慣れたし。ここからは魔法系に行ってみようか」
「今度は何をするんですか?」
「大きく分けて2つ。1つは俺が新しく開発した魔術を応用したアイテムを使ってみること。それともう1つは霧谷君から新しく貰った魔術をいくつか試すことだな」
八十稲羽市から帰る前、霧谷君の様子を見に行ったら、以前受け取ったものの続きだという魔術集のデータを渡された。その中身は以前よりも実戦的な術が多く、タルタロスでの対シャドウ戦にも有効と思われるものも多数あった。
「どちらかというと後者の方をじっくり実験したいんで、自作アイテムの方はさっさと済まそう。霧谷君の術をものにすれば自作魔術の参考にもなるし」
とは言え自作の方もアイデア自体は前々からあったし、それなりに時間をかけて練り上げた自信作なんだけどね。
いざと言う時に撤退か次の階に移動できるように転移装置か階段を探し、無事に階段が見つかったところで実験再開。
用意するのは、事前にアプリで設計&大量に印刷して作った魔法円の描かれた札の束。
「これは“起爆札”。読んで字のごとく、爆発を起こす魔法円が描いてある札だ」
「ってことは、それに魔力を込めると」
「ワフゥ……」
「成功していれば2人の予想通りだな。ちなみに一口に爆発と言っても原因によって色々あるけど、ここでは“酸素と水素の混合気体を利用した爆発”を起こす魔法円を使った」
ざっくり内容を解説すると、
・ラグ 水を生む
・ソーン 雷による水の電気分解
・ハガル 電気分解で生まれた酸素と水素を風で収束
・ケン 着火
・ハガル さらに風で火の勢いを煽る
円と五芒星を基本とした魔法円で、五芒星の頂点に上記5文字のルーンを記述。
さらにルーンとルーンの間に上記の過程を記述。
中心には5文字を合わせたバインドルーンを配置。
さらにもう一周円を足し、その外側に効果を及ぼす範囲を設定・記述した魔法円。
外円と内円の間に、生み出される水量、元素量、爆発の熱量などの計算式が書いてある。
さらにプログラミングにおける変数を利用し、意思で威力調節を考えた“可変式”。
魔力を込めて一定時間後に爆発するよう命令を書き加えた“時限式”。
地面に置いた札に魔力を込めて、次に札に何かが触れると爆発する“地雷式”。
別に用意したルーンでの“遠隔起爆式”などバリエーションが豊富にある。
「じゃあちょっと離れてもらって、手始めにこれを……っ!」
1枚目。
基本となる魔法円のみ。
時限装置や起爆スイッチに該当する記述がなかったため、魔力を込めた瞬間手元で爆発した。
これは想定内。威力を最小限にしていたので爆竹程度の音と光が発生しただけ。
ダメージは微小。とりあえず基本の魔法円で爆発させられることが確認できた。
材料は紙とインクと魔力。使用後は爆発の影響で燃えてバラバラ。
量産してもコストはかからないし、使用後に証拠も残さないのは良いな。
次いで可変式、時限式、地雷式、遠隔起爆式と試していくと、結果は……
・可変式:まったく威力の調節がきかない。意思による数値の代入に問題がありそう。
・時限式:成功。問題なく記述して指定した秒数の待機時間がある。
・地雷式:一応成功。ただし感度が良すぎて何度か手を離した直後に暴発した。要改善。
・遠隔起爆式:可変式と同じく失敗。魔術による意思の伝達式を見直す必要がありそうだ。
まだまだ改良は必要だけど、消費する魔力はお手ごろで標準的な威力の時限式を67Fの女帝シャドウ“生成の彫像”に貼り付けてみたところ、一枚で爆散させるだけの威力を持っていた。使い勝手は改良するとして、武器に使えることは確定と見ていいだろう。
影虎は久慈川りせにお土産(豆腐)を渡した!
影虎は久慈川りせに悩みを相談された!
Be Blue Vで霊的存在の勉強会が開かれることになった!
影虎はタルタロスで急上昇した戦闘能力の確認を行った!
影虎は新技を次々習得した!
影虎は新アイテム“起爆札”を生産&量産可能になった!
※新技まとめ
嵐脚 足から放ったスラッシュ。腕よりも威力が強い。
嵐脚・線 足から放ったシングルショット。腕よりも威力が強い。
ソニックキック ソニックパンチの足版。パンチより威力が高い。
居合い蹴り 集中して放たれた超高速の蹴り。先制攻撃にクリティカルもしやすい。
(ソニックキック+居合いの心得)