「カァアーット!!」
秀尽学園の廊下に監督の声が轟く。
「葉隠君! イイねぇ! 実にイイよぉ!」
「ありがとうございます」
劇中の名前は“
その1番最初の出番であり、光明院君が演じる転校生の主人公“
第1回での登場はこれだけだけれど、次回顔を合わせて改めて主人公たちに自己紹介。
そこからストーリーの後半まではお助けキャラとして動く流れへと繋がっていく。
そして記念すべき1回目の演技だが、普段から声の大きいらしい監督さんがさらに声を大きくして褒めてくれている。オーラの色にも陰りがないので本当に求められた演技ができたようだ。
と思ったら、
「うーん……葉隠君!」
「はい、監督」
「今の演技、とても良かった。だからと言ってはなんだけど、もう少し難しい注文をつけることにするよ」
「どのようにいたしましょうか?」
「後半の君の役割は主人公たちを妨害する黒幕だ。それがストーリーの進行上で発覚するまでは全く違うイメージで、ガラリと印象を変えることを強く意識してほしい。ということで……今の演技に、黒幕とは思えないような“ドジっ子”を加えてくれ! 途中アドリブを入れてもいいから思い切って!」
「ど、ドジっ子……わかりました、やってみます!」
「光明院君はそのまま、アドリブに柔軟に対応してみて!」
「はい!」
「じゃあもう一度! 準備!」
いきなりの無茶ぶり。
やってみると答えたはいいが、どうするか……遭遇するシーンで転んでみるか。
しかし転ぶと言ってもわざとらしく見えてしまってはいけない。
ごく自然に転ぶ……重心把握を逆に利用して、通常安定させる重心を崩す。
それを走ってきた主人公に遭遇して驚いた瞬間に行う。
驚く演技自体は取った今褒められたところなので問題ないだろう。
ただ驚いただけで転ぶというのも大げさすぎる気がするので、何かに足を引っ掛ける?
手頃なのは、扉の角かな?
やるなら遠慮せず思い切り転んだ方が自然か……魔術で体を強化しておこう。
ただし転ぶことに気づいて何もしないのも不自然、ある程度身体を元に戻そうともしよう。
「準備はいいね!? 用意! アクション!」
一息入れようと生徒会室の扉を開き、廊下へ出た――
「あっ!」
「え、うわっ!?」
ここだ!
扉の外へ出た瞬間。廊下を駆けてくる主人公を避けようと、とっさに後退。
だけど慌てたために扉の角に足を引っかけ、支えの足が後ろに出せない。
しかし上半身は既に後方に倒れかかっている。
重心を前方へ、しかし倒れる体を安定させるほどではなく、一瞬耐える程度に。
後は重力に任せて倒れこむ!
「うっ! い」
「大丈夫か!?」
「カット! 葉隠君!?」
「頭からいったように見えた」
……演技なのだが、撮影が中断するほど周囲に心配されてしまった……
「無事なら良かった……迫真の演技だけど、今のはもはやただの事故映像だからもうちょっと安全な感じで軽~くやってみよう!」
ご指導いただいた内容を意識して演技を続けたところ。監督からのOKが出た!
演技……まだまだ学ぶべきことは多そうだ。
……
…………
………………
夜
『お疲れ様でしたー』
本日最後の撮影が終了。
ここからは現地解散でそれぞれ帰宅することになっているはずだが、なんだか撮影スタッフさんの雰囲気がおかしい。
「葉隠様」
近藤さんも急ぎのようだ。
「何があったんです?」
「先日の山根マネージャーの件で話を聞きたいと、警察の方が来ています。それだけでなく同行者に“白鐘直斗”と名乗る少年に見える少女がいまして、特に我々とBunny'sの木島様、磯野様、光明院様の話を聞きたいと」
「!! 間違いないのですね」
また4の登場人物が1人……何でこの件に関わってくるかは知らないが、捜査関係だったら出てくることもあるか? 何にしても来ているならば仕方がない。それよりも、
「スタッフさんの感情は戸惑いが強いようですが」
「今回の来訪は白鐘様が希望したのでしょう。警察官の付き添いは1人だけだそうで、熱心なファンが警察や探偵を騙ってアイドルと面会を希望しているのではないかという疑いが……彼女はまだそれほど有名ではないようです」
「なるほど」
高校1年でいくつもの事件を解決した名探偵、なら久慈川さんと同じまだ中2の今は?
当然それほどの実績はないはず。まだ本格的に有名になる前の段階なのだろう。
撮影スタッフとしては部外者や不審者を入れるわけにはいかないし、もうこの時間だ。
未成年のアイドルたちならこれ以上仕事はないだろうけど、早めに家に返さなくてはならない。
先日のことでドラマへの影響や出演者のメンタル的にも気になるのかもしれない。
しかし個人的には会ってみたい。それにあの時問題解決に動いていた俺たちを名指しで呼んでいる以上、どこかで何かに気付いたんだろう。
そう話すと、近藤さんも会って話すことに前向きだった。
「ちょうど警察との伝手が欲しかったので、良い機会かと」
「そういえばMr.コールドマンは警察にも顔が利きましたね」
アメリカ旅行中、説明のできないことをもみ消していただいたことを思い出して苦笑。
それからいくつか打ち合わせ、俺たちはそれぞれ動くことにした。
……
…………
………………
30分後
~都内のファミレス~
秀尽学園から退去の時間もあるということで、大多数の聞き取り調査は日を改めて。
今日はご指名のあった俺たち+タクラプロの久慈川さんと井上さんの7人が質問を受ける。
そうなるように、近藤さんの話術と俺の魔術で持っていくことに成功。
そして現在、俺たち7人と中学生の白鐘直斗は近場にあったファミレスのパーティー用個室へと場所を移した。
……ちなみに付き添いの警察官は、白鐘が話を聞けると決まるとすぐに帰ってしまった。
白鐘が警察の協力者だと証明するまでが自分の仕事だと言っていたけど、それでいいのか?
「皆さん、改めましてご協力ありがとうございます」
おっと、白鐘はさっそく聞き取りを始めるようだ。
……それにしても“白鐘”ってなんか違和感。
1人の作品ファンとしては下の名前でイメージがついてるからかなぁ……
「自己紹介はここまでの道中でさせていただきましたし、アイドルである皆さんのことは聞くに及ばず……早速ですが本題に入らせていただきます。
皆さんに話していただきたいのは、事件を起こした山根マネージャーについて。事件当時のことが主な質問内容になりますが、Bunny'sの皆さんには彼の普段の態度や生活についても教えていただければと思っています」
……なるほど。
「事件そのものではなく、山根マネージャーが事件を起こすに至る“経緯”が知りたかったわけか」
俺の呟きに対する彼女の反応は、予想以上に鋭かった。
「ご明察です。こんな言い方は失礼だと思いますが、ボクは先日の件そのものを調べているわけではありません。捜査上の機密に関わることは話せませんが……山根マネージャーと同様に、突然癇癪を起こして暴れる人の事件の報告がここひと月で10件以上と多発。そのうち2件では犯人が暴れた際に死者まで出ています」
『!!』
個室内の空気が重くなる。
「まさか、山根くんと同じような人が他にも?」
「同様の事件が多発している。それは偶然か? 共通する原因があるのか? 調査をして原因を探るのがボクの仕事です。そのために山根マネージャーが事件を起こした当時の話を聞かせていただきたい」
「そりゃいいけど、俺で力になれるか? キレた原因の光や木島プロデューサーならまだわかるけど、俺別にあいつと仲良かったわけでもねーし」
「彼の普段の様子でも、客観的な視点でも、教えてもらいたいことはいくらでもあります。さらにボクが事前情報から事件発生時までの様子を検証したところ、ここにお呼びしたあなたがた5人の動きは他と違いました。
聞けばそちらの光明院君は山根マネージャーの下で長く体調不良が続いていて、皆さんはそれを保護し、できる限りの治療を施した。そのためにわざわざ外部の葉隠さんたちに協力を要請。……皆さんは山根マネージャーの異変を何かしら察知していたのではないですか? 無自覚かも知れませんが、皆さんが何かにつながる手がかりを持っている可能性は低くない。ボクはそう考えています」
なるほど。
それで俺たちだけ名指しだったわけか。
納得した。そして同時に隠すつもりもないので、認めて言葉にする。
「確かに。山根マネージャーの異常の原因なら、俺たちは知っている」
『!?』
その言葉に驚いたのは、近藤さんと白鐘を除く皆。
白鐘は冷静に俺を観察しているようだ……そして視線で続きを促してくる。
「近藤さん」
「皆様こちらをご覧ください」
「? あ、それ俺のサプリ……山根マネージャーからもらってたやつ」
「山根マネージャーから?」
図らずも光明院君から自分のものであるという証言を得た。
その上で、近藤さんは磯野からの依頼や実際に目にした山根の態度から違和感を覚えたこと。
そして調べてみたら、サプリメントに含まれるはずのない薬品が混入されていたことを説明。
それだけでも事件に慣れていない皆は愕然としているようだが……
さらに山根マネージャーの経歴や愛と叡智の会についての情報も続けて提供していく。
そうなると流石の白鐘もだんだんと落ち着きがなくなってくる。
それでもオーラの一部は冷静を保ち続けているので、脳内で情報を精査しているのだろう。
薬物など外部の刺激で脳に働きかけ、人を操ることは不可能ではないと考えているようだ。
霊に関しては……何らかの比喩と思っていそう。
「我々には大きく分けて2つの信頼できる情報源がございます。1つは超人プロジェクトの最高責任者であり、葉隠様の後援を勤める大富豪Mr.コールドマンの調査チーム」
「そしてもう1つが最近テレビでも噂になっている、俺の超感覚。科学的根拠に乏しいとかオカルトだと言われることもあるけれど、俺にとっては実在する有用な感覚だ」
一番最初を思い返せば、それはだいぶ前の話。
夏休みが終わり、日本のマスコミが学校に集まり、真っ黒なオーラを纏った鶴亀の記者がいた。
真っ黒なオーラは悪意。よって記者が所属していた会社を調査チームが警戒し徹底的に調査。
そこで偶然名前が出ていた“愛と叡智の会”が自動的に警戒対象に入る。
「警戒をしているうちに1つ1つは小さなことだったのがどんどん繋がってしまって、気づけばこんなに情報が集まっていた。無駄に高い調査力も考え物だよな」
「そんなことを言っている葉隠様も原因ですがね」
「先輩も近藤さんもどっちもどっちでしょ!」
「なんか刑事ドラマとかスパイ映画みたいでカッケー」
実際そういうことやったしな……磯ッチは地味にいい勘をしている。
「……情報と入手するまでの経緯については理解しました。その上で聞かせてください。どうしてボクにこの話を?」
「市民が要請を受けて警察の捜査に協力する。何かおかしなことでも?」
「おかしくはありません。ですが、ここまで情報が揃っているのなら、あなたがたはいつでも警察に通報できたはずです。なのにそれを行わず、中学生探偵という常識的に考えれば怪しいボクには惜しげもなくその情報を晒す。あなた方は何が目的なんですか?」
ここで俺と近藤さんの目が合う。
ここは慎重に話すべきだろう。
「まず俺の立場を明確にしておくと、俺は一人の高校生であって格闘家。そしてその延長で芸能活動をしている。今回知ってしまった情報や愛と叡智の会に対しては、警戒しなければならないと思っているし、憤りを感じる部分もある。
……けれどそれを糾弾するのは俺の仕事じゃないし、専門家でもない俺が拙い“探偵ごっこ”をするよりも君のような“本物の探偵”や警察が動くべきだろう。捜査のために協力は惜しまないけれど、その領分を踏み越えるほど暇でも余裕があるわけでもない」
「信用できる相手に偶然手に入れた情報を渡すだけで諸々のことが解決されるなら、その方がこちらも助かるのです。警戒を続けるだけでもそれなりの手間が必要ですので。付け加えるならば我々はこの国では新参者。困った時に民事不介入、などと言わずにお知恵を貸していただける、相談ができる警察への伝手があればなお助かりますが」
「ボクは今回のように捜査協力を願われることもありますが、あくまでも協力員で権限があるわけではありません。伝手としては力不足では?」
「別に無理なお願いをするつもりはありません。誰か相談できる相手がいるというだけで心強いものです。また捜査に必要なのは年齢や性別ではありません。ただ年齢を重ねただけの警察官よりも、確たる知識と熱意を持った白鐘様を我々は高く評価しています」
白鐘のオーラが揺れた。
どうやら既に年齢と性別へのコンプレックスは育ち始めているようだ。
それを無視して実力を認める。彼女にとっては嬉しい言葉のはず。
しかし、それだけに甘言に惑わされまいと思ったのか、警戒の色も強まる。
「ありがたいことですね。では次の質問に移ります。次は山根マネージャーの――」
確実にオーラは反応しているものの、警戒心も強い。
この接触が吉と出るか凶と出るかは分からなかったが……
聞き取り調査が終わった後、最後に一言。
「ひとまずお話いただいた情報をボクなりに確認させていただきます。またその結果、疑問があれば連絡させていただきます。他にもそちらでまた何か気づかれた場合には、ここに連絡をお願いします」
そう言って電話番号を置いて帰ったあたり、次のチャンスは残されているようだ。
また今回の件でBunny'sの3人とタクラプロの2人も愛と叡智の会に危機感を抱いたらしく、今後はこれまでよりも情報交換を密に、それとなく注意することで自然と合意した。
「!!」
星のコミュ……光明院光との仲が深まった!
それにより……新スキル“スポットライト”を自動習得した!
味方を一番最初に行動させる? というスキルのようだ!
さらに運命のコミュへ白鐘直斗が追加された!
確実に4の登場人物が集まり始めている……
一難去ってまた一難。
物事が落ち着くどころか、どんどん慌しくなるのは今後も変わりそうにないな……