1話 目覚めの翌日(前)
2008年 4月4日 朝
「……だるい」
男子寮の狭いワンルームで起きて第一声がこれ。影時間とペルソナの初使用に空腹まで重なったからか、疲れが全然取れていなくて日課のジョギングに行く気が起きない。とはいえ二度寝する気にもならなかった。
「六時……寮の食堂で朝食が出るって聞いたけど、この時間じゃまだ早いか」
仕方なく水を飲んで空腹を紛らわせ、ベッドで横になったまま昨夜の出来事について考えてみる。
昨日は危なかったけど生きているからよしとして、問題はペルソナだ。
なんでか知らないが召喚機なしで呼び出せた。もう結構長いこと影時間を体験しつづけていたからか、初召喚で気絶もしなかった。けど下手したらあそこで朝を迎えていたかもしれない。
そうなっていた場合、誰かに発見される前に目が覚めなければ警察か病院に運ばれただろう。確か“山岸風花”の適性が発見されたのは検査を受けた病院だったはず。危うく巻き込まれる所だ。気を付けないといけない。
「……やっぱり、これからはペルソナの訓練をすべきか」
来年、原作が始まればシャドウが活発に動き回るようになるはず。
影時間から逃げられない以上、それまでに今の力を把握して力をつけておかないと危ない。
というのも、昨日なんとなく理解できた限り、俺のペルソナは弱い気がする。
防御力は高そうだけど、攻撃用のスキルがアギ、ブフ、ガル、ジオ。つまり火、氷、風、雷の単体攻撃魔法四つしかなく、物理攻撃のスキルにいたってはひとつもない。代わりにやたらと補助とデバフのスキルが充実している。そしてレベル1状態なのか、複数の相手に影響を及ぼすスキルは持っていない。
早い話が火力不足。このままだと来年を迎えるには心もとないし、原作介入なんてもってのほか。ガンガンいこうぜ! 的な感じでタルタロス攻略をする奴らに混ざって戦える自信はない。
しかし、幸い俺のペルソナには変わった能力があるらしい。
まず、常時発動されている能力が2つ。
一つは自分を中心に一定距離の地形と動く物を知覚できる“周辺把握”。集中すれば半径100m位の様子が分かり、そうでなくても曲がり角で不意打ちを受けたりはしないと思う。
二つめが劣化アナライズ。アナライズと呼んでいるけど、原作の山岸風花のように敵の情報を分析することはできない。実際に攻撃してみた結果を収集する、ただのメモ帳でも代用できそうな能力。
意識しないと使えない能力には、体を背景に溶け込ませて見えにくくする“保護色”と気配や音を消す“隠蔽”の二つがある。
保護色は体の変化が追いつかない移動速度で動くとモロバレ、隠蔽は姿が見えるが保護色と併用することで弱点を補える。
これらの能力を使った雑魚刈りをして訓練するしかない。これからの伸びしろに期待、といったところか……最悪の場合は主人公とその仲間、“特別課外活動部”へ影時間の適正とペルソナの事を明かして保護してもらう事も最終手段として選択肢に入れておこう。
昨日の件で俺は死をそのまま受け入れられる人間じゃない事が分かった。生きるために逃げて、逃げられなければ戦う。戦って生き延びられないなら、助けを求める。それが当然に思える。
ただ強引にタルタロス攻略に参加するように誘われるだろうから、保護は本当に最終手段だ。生きるために保護されて、どこより危険な場所に放り込まれちゃたまらない。
そうなると巌戸台分寮の場所を探して確認しておくべきだな……その時になって場所が分からなくちゃ困る。ついでに散歩がてらこの辺を歩き回って土地勘を掴むか。
商店街も探して叔父さんに挨拶もしないといけないし……なら父さんからのお土産も持って……
そんな事をしていたら、時計を見て結構時間が経っていたことに気付く。
「そろそろ朝食も出る頃かな?」
身だしなみを軽く整えて部屋から出る。すると向かいの部屋の扉が開いて眠そうな坊主頭の少年が出てきた。俺はその顔に見覚えがあり、固まっていると向こうも俺に気づく。
「あ゛~、ん?」
「あ、おはようございます」
「ぁ、はよーっす。えっと、どちらさんで?」
「昨日からこの部屋に来た、今年から高一の葉隠影虎です。よろしく」
「あー、そういや昨日の夕方に荷物運び込まれてたっけ。オレッチは
「こちらこそ、よろしく……」
目の前の少年は伊織順平と名乗った。野球帽をかぶってないから人違いかと思ったけど、間違いなく原作キャラの1人だった。まさか、この段階で原作キャラに会うなんて……
おまけに順平の人柄と勢いのせいで朝食も一緒に食べることになった。
~男子寮・食堂~
ご飯、納豆、サラダ、お味噌汁に焼き魚。これぞ日本の朝食というメニューがトレーに乗って、長いテーブルの端に向かい合うように座った俺たちの前に置かれている。
「いっただっきまーす」
「いただきます」
俺が納豆にだしを入れて混ぜている間に、順平は焼き魚に箸をつけていた。
「うん、早起きしたら味違うかな~と思ったけど、いつも通り代わり映えしない味だぁ。いや、うまいけどね」
誰に言い訳をしているんだろう? 順平が味の感想の後に慌てて付け足した言葉を聞いて、俺も焼き魚を食べる。
「普通に美味しい。順平はここの食事を食べ慣れてるの?」
「まぁな。俺っち、中二からここ住んでるからさ」
「へー、なら、この辺の事にも詳しい?」
「あったりまえよ! つか、そうか。影虎は昨日来たばかりだもんな……うっし! それなら俺がバッチリこの辺の案内してやるよ!」
「え!?」
グイグイ関わってくるな!? ……でも好意を無下にするのも失礼だしなぁ。普段、友達付きあいをする位はいいか。
「……いいのか?」
「モチよモチ、遠慮すんなって。予定なんか何にもなくて暇だしさー、今日休みなのにこんな早く起きたのだって、昨日する事なくて早い時間に寝ちまったからだし」
「だったらお願いしていいかな?」
「任せとけ! なら、とっとと食っちまおうぜ」
俺と順平は朝食を食べ、一度部屋に戻って着替えてから街にくりだした。
ちなみに俺の服は昨日とは違うTシャツとジーンズに、安物のウインドブレーカーを羽織っただけ。身軽だし、気温の変化に対応しやすくて気に入っているスタイルだ。
ファッション的にどうかはあまり気にしていない。ダサいと笑われたら軽くへこむけど。
~月光館学園・校門前~
「ここが、月光館学園」
「ここがこれから一番世話になる場所だな。つか、休み中に学校行くなんて変な感じがするぜ……道は分かっただろうし、次行こうぜ」
特にしたい事もないので、学校をあとにする。
~ポロニアンモール~
「放課後にどっか行くってなると、だいたいこの辺だな。買い物もここ来ればいろいろ揃うし、カラオケやゲーセン、クラブもある。クラブは行ったことねぇけど……どっか寄ってくか?」
少しだけゲームセンターに寄ってみた。
順平はクレーンゲームが得意らしい。
何かのアニメのストラップを簡単に取っていたのを褒めたら、調子に乗って次々とストラップを取っていた……
アニメキャラストラップを大量に手に入れた!
~辰巳ポートアイランド駅前~
「ここが駅、って見りゃわかるか。つか、男子寮来るときに一度は来たことあるよな?」
「ここら一帯は大体分かるよ、うん……」
「? あ、もしかして、間違えて駅の路地裏入っちゃった系? あそこは駅前広場はずれって言って、不良のたまり場でマジやばいから気をつけろよ、マジで」
「そうだな……」
不良にも気をつけよう。
~巌戸台駅前~
「ついたぜ、ここが巌戸台だ。すぐ近くの商店街には飯食えるとこいっぱいあっから、外食するならここに来れば困らないぜ。
そういやそろそろ昼飯時だし、何か食ってく? さっきゲーセンで金使っちまったから、高いもんは無理だけど」
「それなら、鍋島ラーメン“はがくれ”はどう?」
「おっ、いいな。それなら十分……って、影虎ってはがくれは知ってたのか? まさか、何かで調べる程のラーメン好き?」
ラーメンは好きだけど
「順平、俺の名前は?」
「へ? 影虎だろ? はがく……あっ!? えっ!? まさか!?」
順平は目を丸くして俺を見ている。
リアクション大きいな……まぁ、俺も両親の海外転勤が決まって、何かあった時に相談できる大人が居た方が良いと月光館学園を勧められた時まで俺の苗字との関連に気づかなかった。というかラーメン屋の名前を忘れていて、気づいた時に大騒ぎしたから他人の事は言えない。
「ラーメン屋の“はがくれ”は俺の叔父さんの店だよ」
「へー、そうなのか。じゃあ、はがくれのラーメンはよく食べてたのか?」
「いや、実は一度も食べたことない」
「え、そうなの? なんで?」
叔父さんは俺の父さんの弟で、実家から出てここでラーメン屋を経営している。そして俺は両親と実家住まいだった。
俺と叔父さんが会っていたのは叔父さんが実家に帰ってくる年末年始だけで、その時の食事は基本的におせち料理。そうでない時は外食で、叔父さんが実家で食事を作っていた記憶が無い。
そう伝えると順平は納得したようだ。
たわいもない話をしつつ商店街へ向かえば、ゲームにあった通りの光景が広がっていた。他もそうだったけど、要所はまるっきりゲームのまんまだった。
ワイルダック・バーガーとたこ焼き屋・オクトパシーの間にある階段を登って、いい匂いが漂う2階へ足を進める。