4月26日(土)
辰巳博物館
古いコンサートホールを改装してオープンした比較的歴史の浅い博物館だが、季節を通して古代、中世、近代と様々な時代についてこれまた様々な展示をしている。館内の展示物には経営不振に陥った複数の博物館から寄贈されてきたものが多く、展示物の種類や品数が非常に豊富。アクセスは辰巳ポートアイランド駅からバスで十分……
「次はー辰巳博物館前ー、辰巳博物館前ー」
調べた通りのバスに揺られる事十分間、ペルソナの世界でもさすがは日本だ。定刻通りに到着し、バスを降りて待ち合わせの相手を探す。昨日バイトについて問い合わせたら、担当者から朝の七時半に博物館前で迎えると言われたから鞄一つ持って来たんだが……あの人かな?
以前の名残か、華美で大きな入口が付いている以外は四階建てのビルとあまり違いは見られない。そんな博物館の前に立つ若い男性に声をかける。
「すみません、貴方が原さんでしょうか?」
「そうだけど、君は葉隠君かな?」
「はい、葉隠影虎です。おはようございます、今日はよろしくお願いします!」
「僕は学芸員としてこの博物館で働いている
「分かりました」
「それでは付いてきてくれ」
博物館に入り、関係者以外立ち入り禁止のロープを超えて原さんに付いて行くと、応接室と書かれた部屋には先客が居た。そして先客の姿を見た俺は反応に困る。
「君が葉隠君か! よく来てくれたね! いやぁ、君みたいな若い子が名乗りを上げてくれて本当に良かった! 歓迎するよ! 私はここで館長をしている小野だ!」
「あ、ありがとうございます……小野館長」
先客は年老いて皺の多い顔を緩ませ、おもったより強い力で俺の背中を叩きながら喜んでいる人の良さそうな普通のお爺さんだ。
髪型が
染めたであろう黒髪を有名な古代日本男性の髪型に結い、服装まで髪形に合わせてある。第一印象は完全にコスプレである。しかしこの服装に小野という苗字。まさかこの人……
「最近の若い子は皆、映画やゲームセンターに行ってしまう。若者の博物館離れが進むのは実に」
「あの、すみません」
「おお、なんだね?」
「付かぬ事をうかがいますが、月光館学園で教鞭をとっている小野先生をご存知ではありませんか?」
「勿論だとも! それは私の息子だよ!」
「やっぱり……」
疑問が確定事項に変わった。
「息子が働いているからもっと歴史に興味を持つ子が多く来ると思えば、アルバイトの応募者は君を含めてたったの一人とは嘆かわしいっ!」
俺を含めて一人、ってそれ俺だけってことじゃん!?
「館長、こちらにおられましたか。書類に判をお願いします」
「む、そうか……私は行かなくては。原君、彼をよろしく頼む。葉隠君、君は仕事に精を出すだけでなく、よければ博物館も楽しんでいってくれたまえ。ではな!」
小野館長は女性職員に呼ばれると、渋々といった表情で部屋を出て行った。
「嵐のような人でしたね……」
「見た目にも驚いただろうけど、悪い人じゃないから。それからこれが書類ね」
俺は小野館長の勢いに押されたが、原さんの説明に従って書類を書いていく。
午前 時刻は八時半。
書類を書いたら今日一緒に働く学芸員の方々に挨拶を済ませ、仕事の手順や土器の搬入場所を教わりながら待つこと三十分。問題の土器が届いたということで仕事が始まった。
原さんを含めた五人の学芸員についていくと、博物館の裏手にある搬入用の駐車場に到着。すでに四台のバンが停まっていて、運転手が見知らぬ職員と話している。そこに原さんが一度加わってすぐに戻ってきた。
「皆、作業にとりかかろう。車の後ろから順に運び出してくれ」
「「「「「はい!」」」」」
速やかに動く学芸員の皆さんに一歩遅れて俺が続く。
車のトランクが開かれると、車内にはプラスチック製のケースが大量に積み込まれていた。
「はい、葉隠君はまずこれ持ってって。梱包材があるけど、落とさないように気をつけて」
「はい!」
受け取ったケースの中身はビニール製の何かでケースから落ちないように保護されている。
そのせいでよく見えないが、中身はかなり細かい土器の破片のようだ。
俺はケースを丁寧に運び、事前に教わった部屋に運び込む作業を続けた。
午前 十一時半。
全てのケースの搬入が無事に終わり、土器修復の準備が行われている。
ケースを搬入された部屋はホールのような広い部屋で、学芸員さんの指示に従いケースの整理をしたり、床にビニールシートを敷いている。修復作業はこの上で行うそうだ。
敷いたビニールシートの一角には土器の破片が入ったケースが一つ。その横に破片の仮止め用テープや印をつけるためのチョークなど修復作業に必要な道具が次々置かれていくが、ここで気になるものを見付けた。
「原さん、質問があります」
「なんだい?」
効いたのは置かれた道具の一つについて。
「これって市販の接着剤ですよね? これでくっつけるんですか?」
「そうだよ。土器の修復では完全に近い状態に戻すだけでなく、必要な時に元の破片の状態に破片を損壊させることなく戻せることが重要なんだ。その点この接着剤は成分にアセトンと言う物質が入っていて、後で簡単に取り除けるからね。市販品でもいいんだ」
「そういう理由でなんですね……」
「ただまぁ、今日は使うかどうか分からないけどね」
「? それはどうして?」
「土器を接着し始めるのは、基本的にその土器の破片が全部集まってからなんだよ」
そう言いながら原さんはケースのビニールを開け、破片を三つ取り出した。
「そのためにはまずこんな状態の破片からパズルのように合う破片を探して、テープやペンで仮止めをしながら一つ一つ確かめていくんだ。だけどこの破片は長く地面に埋まっていた物だからパズルのようにぴったり合うとは限らないし、発掘されずに破片そのものが欠けている場合もある。
そういう時は無い破片を補填して組み立てることもあるけれど、それは出土した破片全部から必ず合う破片がないかを探してから。それが終わって初めて本格的に接着剤で接着するんだ」
「……大変な作業ですね」
今日運んだケースに詰まった大量の破片全部を調べるとなると、まず今日一日では終わらないな。
「今日一日でそこまで作業が進むことは難しいんですね」
「大きい破片ばかりですぐ組み立てられる土器があればチャンスはあるけど、今日の出土品は工事中に出土したそうだから小さい破片が多そうだ」
工事中に出土品が見つかると工事を行う側にとっては発掘作業で工期が遅れるなどの問題で非常に迷惑らしく、出土品は無いものとして工事が続けられることもあるそうだ。今日の破片は工事会社が協力的だったか、迷惑をかけた末にここまで運ばれてきたのだろう。
「んー……ちょっと早いけどそろそろいい時間だね。皆ー! 今やってる作業が終わったら昼食にしよう!」
原さんの号令もかかった、発掘の経緯は気にしないでおこう。
十二時十分
用意された幕の内弁当に舌鼓を打った俺は、一時までの食休みに博物館内を歩いていた。
どうやらこの博物館は一階から四階まで上に登るごとに展示物の年代が新しくなっているようで、今いる一階の部屋にはアンモナイトなどの化石がガラスケースの中に並べられている。付随されている説明書きも分かりやすく、こういうのを見るのもたまには良いかもしれない。
しかしその展示物を見るお客は少なかった。あまり繁盛してないのかな……とか失礼な事を考えつつ歩いていると、見間違えようのない人が前から歩いてきた。
「葉隠君じゃないか、こんなところでどうしたんだい?」
「小野館長。食休みに時間をいただけたので、館内を見せていただいていました。化石や石器、色々珍しいものが多くて面白いですね」
「そうかそうか、そう言ってくれるか。近頃の若者には退屈なのかと思っていたが……そういえば、仕事のほうはどこまで進んだのかね?」
「土器の搬入と修復の準備が終わりました。一時からは修復のお手伝いをさせていただく事になっています」
「うむ、順調のようだね。ときに、一時までは館内をまわるのかね?」
「そのつもりです」
「なら時間まで私が館内を案内してあげよう!」
「!? 館長直々にですか? それは」
「次代を担う若人が歴史に興味を示したんだ。遠慮する必要は無いよ、私も館内を見てまわるのが日課なんだから」
笑顔から小野館長の喜びと善意が伝わってくる……どうやらもう逃げられないようだ。
俺は小野館長に館内を案内していただくことになった。
「ではまず……」
……
…………
………………
……………………
…………………………
「おや、もうこんなに時間が経ってしまったか」
はっ!? 意識が飛んだ!? いつから!?
たしか、最初の方は面白かった気がするけど……そうだ、邪馬台国と卑弥呼の話になってから館長の語りに熱が入ってきたんだ。月光館学園の小野先生が伊達家のストーカーなら、小野館長は卑弥呼のストーカーってくらいに。
それで、ってもう時間!? 館長の視線を追って室内にかけられた時計に目を向けると、時刻は十二時五十二分。
「時がたつのは早い……君ももう行った方がいいな」
「館長、案内ありがとうございました。おかげで有意義な時間になりました」
「そうかね、楽しめていたのなら私も嬉しいよ」
「本当にありがとうございました」
「土器の修復は破片を良く見て、根気良くやるのが肝要だ。頑張りなさい」
社交辞令を口にして立ち去る俺を、館長はその一言と満面の笑顔で見送ってくれた。
俺は時間に遅れないよう作業部屋への道を急ぐが、その間に館長の言葉が頭をよぎる。
修復は破片を良く見て……もしかして……間に合うか?
俺は思いつきに従い、近くにあったトイレへ駆け込んだ。
小野館長はオリジナルキャラです。
原作には出てきませんのでご注意ください。