人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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304話 ツンデレ

 12月4日(木)

 

 放課後

 

 ~部室~ 

 

「葉隠、聞きたい事がある」

 

 金流会の襲撃から一夜明けて、放課後の勉強会。

 少し遅れてやってきた桐条先輩は、開口一番に説明を求めてくる。

 おかげで他の皆は一様に戸惑っている。

 

「昨夜の件だ。君は帰宅中、不良集団に襲われただろう」

「えっ!?」

「葉隠君、それどういうこと!?」

「落ち着いてくれ。皆も、桐条先輩も」

 

 桐条先輩が話を聞きつけることは想定の範囲内。

 まず間違いなく荒垣先輩から聞いたのだろう。

 荒垣先輩なら裏路地の不良事情にも通じているし、話を聞けば桐条先輩に一報入れるはず。

 金流会の襲撃と、(ヒソカ)がそれを邪魔したことは既に広まっている。

 そうして奴らのメンツを潰すように、鬼瓦たちが動いているのだ。

 

「正直俺も何がなんだかよく分かってないんですよ。一方的に襲われて、しかも襲撃されてるところに乱入してきた人もいて、勝手に場が混乱してる隙に脱出してそれっきりなもんで……むしろ警察にしか話してない襲撃のことをなんで先輩が知ってるんですか?」

 

 この度の襲撃について、葉隠影虎は“ただの被害者”という立場を貫く。

 

「荒垣から聞いた。……そうか。確かに襲われた君を問い詰めても仕方のない事だったな」

「俺を心配しての事だと思うので、それはまったく気にしてません。それよりも何か知っていることがあれば、今後のためにも教えていただきたいのですが」

 

 彼女がどの辺りまで状況を把握しているのかを知っておきたい。

 自分のオーラを観察し、本心を隠し、もっともな理由をつけて問いかける。

 

 すると彼女は少し考える素振りを見せて、

 

「君を襲ったのは金流会というこの辺りの不良の間では有名なグループ。そして君の言う乱入者も最近、不良の間で有名になっている人物らしい。荒垣が言うには両者共に、この界隈ではトップクラスの危険度だと」

「うぇっ!? マジすか? この界隈っていうと、駅前広場はずれとかの不良も含めて?」

 

 驚きを隠さない順平の言葉に、桐条先輩は静かに頷く。

 

「マジかよ……影虎、なんでそんな連中に狙われてんだよ」

「そんなの俺が聞きたい。でも、襲われた場所によく分からないカメラマンもいた。きっとスクープ狙いか何かだとは思う。幸い喧嘩になる前に乱入してきた人が片付けてくれたから、変な写真は撮られずに済んだと思うけど」

「正当防衛としても、誰かを殴っている写真が出回れば少なからずマイナスイメージになるだろう。合成写真と記事の内容で捏造記事も作れるからな。ちなみに金流会は他人の喧嘩や復讐も請け負う、いわば“何でも屋”だという話だ」

「それって……お金をもらって葉隠君を襲ったのかも、ってことですか!?」

「最っ低な奴らですね。お金のために平気で人を傷つけるなんて」

 

 山岸さんや岳羽さんを筆頭に、女子が憤っている。

 対する男子は俺に同情的。友近と宮本は、

 

「うわぁ……芸能界の闇っつーの? そういうの見た気分」

「……何て言えばいいのかわからねぇ……」

 

 とつぶやいているのが聞こえる。

 

「ところで乱入してきた人に関しては何か知りませんか? 先ほど有名と言っていましたが」

「ああ……そちらは“ヒソカ”と名乗る外国人風の男だな。ここ数ヶ月の間に金流会とはまた違う不良グループのリーダーの座に収まり、金流会とは元々グループ同士の敵対関係にあったらしい。フラリと路地裏に現れては気ままに喧嘩を売り買いして勝ち続ける。喧嘩そのものが目的の危険な男だそうだ。

 未確認だが個人的に葉隠を狙っていたという情報もある」

 

 他人からヒソカの評価を聞くのはたまにあるけれど、やっぱりそういう評価しかないようだ。

 しかも先輩が聞いた話だと、通り魔的に喧嘩を売っているような噂まで混ざっている……

 そこまで無差別に襲ったことはないと言いたいが、ぐっとこらえる。

 

「ああ……確かにあの人は知ってますね」

「何!? 本当か?」

「知っていると言ってもバイト先に買い物に来たお客さんで、顔を覚えている程度ですが。店外でもたまに遭遇したので挨拶くらいは。あとは格闘技が好きで応援してると言われましたけど、そんな噂の人には見えませんでしたね。悪意も感じませんでしたし……まぁあの時あの場にいたのなら事実なんでしょうね」

 

 事情には詳しくない。

 話を聞いて注意しておく。

 このスタンスを貫き通して無難に追求を交わし、勉強会へと話題を変えていく……

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

 鉄頭功の実践……

 呼吸を整え、気を頭へ集中……

 

「ッ!!」

 

 頭に叩きつけたレンガが砕けた! 

 衝撃は感じたが、痛みはほぼない。

 

『見事!』

 

 強靭に鍛えた肉体に加えて、気を集中させる事で防御力を高める技術を学んだ! 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~廃ビル~

 

 アジトで抗争の準備を進めていると、連絡担当の1人が駆け寄ってきた。

 

「ヒソカさん!」

「どうした? 金流会が動いたか?」

「違います。荒垣って奴が、ヒソカさんに会わせろって表に」

「ああ、今行くよ」

 

 連絡役の男に急いで案内させると、荒垣先輩は廃ビルの一室に通されていた。

 先輩を案内したと思われる男がペットボトルの水を差し出している。

 

「待たせたね」

「それほど待ってねぇし、丁重に扱われたから驚いた。聞けば事前に俺が来たら通すように指示してたらしいな? 俺が来ると分かってたのか?」

「可能性の1つとして考えていただけさ」

 

 そう、可能性。

 この辺で顔見知りが狙われていると聞けば彼が聞きつけるとは思っていた。

 そして彼が桐条先輩への連絡をしたことは、身をもって確認した。

 ただし、それ以上の行動をとるかは分からなかったし、正直に言うと迷惑である。

 静観していて欲しかったんだが、都合良くいかないなぁ……

 

「ああ、悪いけど2人にしてくれ。囲まれてちゃ話もしにくいから」

「ウッス!」

 

 連絡役の男と室内にいた荒垣先輩の案内役が退室。

 それを見届けてから改めて話を続ける。

 

「これでも本職は探偵でね。葉隠影虎に近しい人物にはある程度調べがついている」

「そうか。ところでお前、苗字は田中だよな?」

「この姿で会うのは初めてだね」

 

 先輩には影時間の姿しか見せていなかったし、前世の苗字を名乗っていた。

 こちらの姿で会ったことはなかったはずだが、オーラは青く冷静で、確信があるのだろう。

 

「改めまして“田中ヒソカ”だ。よく気づいたね? 影時間では声も意識して変えていたのに」

「夏ごろから会わなかったが、ヒソカって名前が売れ始めたのもその頃からだ。それにストレガの連中と話していたって噂もある。連中とつるむ奴なんてこの辺でもそういないからな。前から関係は疑ってた。ただこれまではお前が何してようが俺には関係なかったってだけだ」

「なるほどね」

 

 俺が納得していると、先輩は声を低くして本題に入る。

 

「……俺がここに来た理由も分かってるな?」

「まぁね。葉隠君の身の安全、あるいは僕と彼の関係かな?」

「両方だ。なんであいつに近づいた?」

 

 ごまかしは許さない。

 たとえオーラが見えなかったとしても、そう言いたいのが雰囲気で分かる。

 この反応なら“ヒソカ”と“葉隠影虎”が同一人物とは考えてもいないだろう。

 その点は安心してよさそうだが……

 

「興味があったからさ」

「……テメェがタルタロスに入り浸って暴れまくってたのは聞いてる。シャドウの方がよっぽど危険で強いんじゃねぇか?」

「確かにシャドウは戦うと手加減なんてしないけど、勝てない相手を見ると逃げたりもするんだよね。それに上に行くほど強くなるけど、15階に壁がある。その壁のせいでそれ以上は上の階に行けないんだ。

 だから向かってくるシャドウはいない。そういうやつを追いかけて無理に戦ってもつまらない。もっと強いシャドウがいると思われるところには行けない。というわけで、もうタルタロスはつまらないのさ」

 

 先輩はどうやらタルタロスの仕組みをそこまで知らなかったようだ。

 顔をゆがめ、小さな舌打ちも聞こえた。

 

「噂が本当なら、地下闘技場もある。金流会と事を構える気があるなら、何も気にせず暴れられるはずだ。なのに如何して葉隠にこだわる?」

「噂を聞いてるなら知ってると思うけど、一度金流会のメンバーとは喧嘩してる。これが案外つまらない相手でね。正直葉隠君が負けるとは思わなかったけど、つまらない怪我をされても面白くないし」

 

 そう答えると、先輩から怒りのオーラが湧き上がる。

 

「お前は本当に喧嘩しか頭にないのか」

「そう気を荒げないでほしいんだが。そもそも君がそこまで怒ることかい? 葉隠君は今年地元から出てこの街に来た。となると出会ってから1年にも満たない、しかも君と彼の接点はあまり多くもない。君の知り合いを介した間接的な関係が精々だ。深い付き合いとは思えない」

 

 なのにそんなに拳を握り締めて、今にも殴りかかってきそうだ。

 しかしヒソカの言動が気に入らないにしても、荒垣先輩らしくない。

 外見はやや強面だが、先輩は本来そう簡単に暴力に訴えるタイプではない。

 実際に怒りのオーラに加えて冷静なオーラも垣間見える……となると……

 

「ああ……彼の代わりに自分が相手になる気かな?」

 

 推測を口に出すと、先輩は一瞬硬直。

 オーラも急速に落ち着き、数秒かけて握りこんだ拳を解いていく。

 どうやら正解だったようだ。

 

「案外、冷静なんだな。喧嘩を売ればどんな状況でも嬉々として乗ると聞いていたんだが」

「噂は所詮噂だよ。それにしても喧嘩を売って自分に目を向けさせようなんて、考えても実行するかね? もう一度言うけど、君が体を張る必要なんてないだろう」

 

 素直でなくて、意外とお人よしな先輩らしいと言えば先輩らしいが……

 

「必要ならある」

 

 ……ん? 

 

「確かに俺と葉隠の接点は少ない。知り合ってから一年経ってないのも事実だ……だけどな。あいつはその短い間で多くのことをやってくれた」

 

 先輩が語り始めたのは、真田と天田の話。

 

 真田と同じ養護施設で育った事。

 その縁で特別課外活動部に在籍していた事。

 ペルソナを暴走させてしまい、天田の母を殺してしまった事。

 

 それら全てを知らないと思っている俺へ。

 特に天田の母の件は、懺悔をするように。

 1つ1つ語っていく先輩。

 

「ふさぎ込んで孤立していた天田は、あいつとつるむようになって笑うようになった。アキもあいつに負けてから周りを見るようになった。葉隠に自覚があるかは知らねぇが、あいつはもうアキや天田、それに他の奴らにとっても大事なダチの1人なんだよ。関係が浅いだの短いだのは関係ねぇ」

「……」

 

 ダチ(友達)

 

 先輩の言葉を聞いた瞬間、ガードを素通りして殴られたような不思議な感覚に包まれた。

 

「……友達、ねぇ……それは君にとってもなのかい?」

「あ? ……あいつには恩がある。アキと天田を支えてくれた恩がな。……それ以上はあいつ自身が決めることだ」

 

 つまりは葉隠影虎が友達だと言えば否定しないと。相変わらずのツンデレだ。

 だけど、だからこそ、わざわざこんなところまで乗り込んできたのかね……

 

 自然と笑みがこぼれてしまい、即座に先輩が眉をひそめる。

 

「何笑ってやがる」

「なんでもないさ。ところで葉隠君の事だけど……安心してほしい。本当は彼に危害を加えるつもりはないんだ」

 

 本心からそう言うと、先輩は一際真面目な視線を向けてくる。

 先輩は気遣いもできるし、見かけによらず他人の心の機微に敏感なのだろう。

 

「急にどういう風の吹き回しだ?」

「どうも何も、彼を傷つけるつもりは始めからなかったし、今では彼には無事でいてもらわないと僕が困る。だから今回は彼を“狙っている”という名目で助けに入ったつもりだよ。

 ……少し話が戻るけれど、君の飲んでいる制御剤。あれは確かにペルソナの暴走を抑えられるのだろうけれど、僕は命を削る薬なんか飲みたくない。だから僕は薬を使わずに暴走を抑える方法を探している」

「そういやお前も暴走したと言ってたな。今どうなんだ?」

「つい最近もやらかしたよ。どうも僕のペルソナの暴走は精神に影響があるらしくてね。理性を失って、暴力に酔って、自分の心と体の制御が利かなくなる時があるんだ」

 

 組んだ手にうっすらと暗い不安のオーラが纏わり、その先にいる先輩からは怒りのオーラが立ち上る。ただし怒りは怒りでも、赤に混ざる色からして俺を心配しての怒りだろう。徹頭徹尾人が良い。

 

「薬じゃダメなのか?」

「何度でも言う。命を削る薬はお断りだよ。それを飲んだらそう遠くないうちに全てが終ってしまうだろう?」

 

 これまで積み重ねてきた事を無にするにも等しい手段だ。

 たとえ暴走が頻繁に起こるとしても、制御剤だけは許容できない。

 

「言いたい事は分からなくはない。薬も……無理強いする権利は俺にはない。だが1つだけ言わせろ。俺はもちろんストレガの連中も制御剤しか知らない。それを葉隠に付きまとって対策が見つかるのか? あいつは超能力者だとか色々言われちゃいるが、ただの一般人だろ?」

「影時間に寮へ忍び込んで象徴化を確認したからペルソナ使いでない事は分かっている。彼の経歴も一通り調べ、桐条の関係者でないことも確認した。しかし可能性はあると見ている」

「何を根拠に、というかお前何やってんだよ……」

「あまり悠長にはしていられない。とにかく薬は最終手段で、使わずに済ませる方法を手当たり次第に探していたんだ。顔見知りになってこれからだというところだったのに……金流会は本当に余計なことをしてくれた」

「……本当に葉隠に危害を加えるつもりはないんだな」

「当たり前だ。どうしてようやく見つけた可能性を自分の手で潰さなければならない」

「そうか。なら……いい」

 

 おや? 追求されるかと思ったが、随分とあっさりしているな? 

 

「俺は制御剤で間に合ってる。お前に葉隠を傷つけるつもりがないなら、俺から言う事はねぇよ。暴走については……危険を理解してるなら、俺が口出しする事でもない。邪魔したな」

 

 言うが早いか、先輩は立ち上がって部屋を出て行く。

 

 ……まったく。本当に(葉隠影虎)のために来てくれたんだな。

 そして、話を聞いて(ヒソカ)にも気を使ってくれる。

 

 彼は(葉隠影虎)(ヒソカ)が同一人物と知ったら何を思うだろう? 

 

 ……考えても意味はない。それは知られてはならない。一時的に別れているとはいえ、先輩は特別課外活動部の一員だ。桐条先輩や真田との関係が切れている訳ではなく、昼の事も考えると、原作より頻繁に連絡を取り合っていると思われる。先輩の人間関係的には良い事だと思うけれど、下手をすれば俺の情報が桐条へ一気に流出する。

 

 そう考えると今日は話し過ぎたか……

 いや、ここに乗り込んでくるくらいだから、下手なごまかしは逆効果。

 暴走という桐条先輩たちに知られたくない情報も握っている。

 お互いに弱みを握りあう、というわけではないが、そう簡単に暴露はできないはずだ。

 

「……この思考が申し訳なくなってくるね……」

 

 なんだか調子が狂う。

 これも全部荒垣先輩のツンデレが悪い。

 

 心の中で責任を押し付けると、なぜか特別課外活動部とのコミュが上がった。

 




勉強会のグループに襲撃の事が伝わった!
噂を聞いた荒垣がヒソカを訪ねた!
荒垣は秘めていた影虎への感謝を語った!
ヒソカ(影虎)はちょっと困惑している!
特別課外活動部とのコミュが上がった!

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