撮影を行う心霊スポットまでバスで移動中。
車内には俺たちの他にスタッフの方々とIDOL23のメンバーが2人乗っている。
到着まではまだしばらくかかるということで、近藤さんと井上マネージャーはスタッフさんたちと交流。久慈川さんは二人のアイドルと女の子同士、夜なのに元気に語り合っているようだ。
IDOL23はとにかく活動範囲が広い。テレビをつければどんな番組でも、高確率でメンバーの誰かが出演しているし、収録の時にも高確率でメンバーの誰かと顔を合わせる。久慈川さんは同性だし、芸能活動1本に専念している分、彼女たちと接する機会が多いのだろう。だいぶ仲がよさそうだ。
いいことだと思いつつ、俺は1人で勉強に勤しむ。
学校の期末試験と番組企画のセンター模試受験が迫っているというのに、襲撃や金流会の相手もあって、こういった隙間の時間まで使わないと時間が足りない……
……
…………
………………
「先輩、これ差し入れ」
「お? ありがとう」
近づいてきていた久慈川さんから暖かい紅茶を受け取る。
「あとこれ、アスカちゃんからお菓子。お疲れ様ですって」
「おお、チョコレート菓子。糖分はありがたい」
先ほどまで久慈川さんが座っていた席の方を見ると、小顔な女子が覗き込んでいたので頭を下げてお礼を伝える。
彼女は佐久間アスカさん……IDOL23の1人で何度か面識はあるが、かなりの人見知りらしく挨拶を除くと一言も話したことがなかったけれど、こうして気遣いをしてくれるしいい人そうだ。
「お菓子も貰ったし、少し休憩するかな……」
「休憩? じゃあ先輩、さっきの話の続きいいかな? 向こうはマネージャーさんと話があるみたいだから」
「それはいいけど……さっきの続きというと、襲撃予告の話か」
「予告って言うか、実際に襲われたんでしょ? 逃げられたとは聞いたけど、他の人が来ちゃって詳しく聞けなかったし。もう怒ってないけど、気になるもん」
なら、差し支えない範囲で話すとしよう。
とりあえず襲撃者である金流会のことと、乱入してきた
「お金で人を襲おうとするなんて……そんな人たちもそうだけど、そんな依頼をする人もいるなんて、なんか怖いな……」
「まぁ、その金流会についてはもう問題ないみたい。聞いた話だと乱入してきた人の方にかかりきりになってるらしいから」
「だとしても、そういう依頼をした人だっているわけでしょ?」
そこは久慈川さんの仰る通り。
実は金流会に直接依頼した人物までは突き止めた……というかあの場にいたカメラマンをアジトに運んで尋問したところ、自分が依頼主だと白状した。しかし問題は、その
吐かせてみたら、どうもあの男はこれまでも金で芸能人の粗探しをしたり、ハニートラップを仕掛ける人を雇ってゴシップやスキャンダル写真を捏造したりしていた。そのタチの悪さから所属はフリーだが、例によって週刊“鶴亀”との繋がりも深く、撮った写真は鶴亀の知人に流す予定だったらしい。
そこで俺はやっぱり鶴亀、またはその後ろにいる愛と叡智の会が手を引いているのかと考えたが……鶴亀の名前を出すと、カメラマンの男はありえないと断言。
理由を聞くと、依頼人が機械か何かで声を変えた状態で電話をしてきたから。
鶴亀の依頼を何度も受けている男に、いまさらそんな小細工をする記者はいない。
さらに相手との打ち合わせ中は節々に不慣れと思われる言動があり、無駄に手間もかかった。
どれも鶴亀の記者ならありえない事だと男は語っていた。
魔術も使って厳しく調べたため、嘘は話していないだろう。
しかしいくら絞りだしても、手がかりになるような情報はなし。
精々、依頼内容が俺に芸能活動ができないようにしろ、という単純かつ私怨が剥き出しの内容だったため、依頼人はおそらく“俺を個人的に恨んでいる人物”で、こういった裏工作については素人だろうという予測の言葉が出てくる程度。
黒幕までの手がかりはそこで完全に途切れてしまった。
本当に、不安要素が残っていてスッキリしないんだよな……
「先輩、本当に気をつけないと。何かあってからじゃ遅いんだからね」
「分かってる……だから話を変えないか?」
休憩中なのにまったく気が休まらないことに気がついた。
……
…………
………………
高速道路をひた走り、1時間ほどで現場に到着。
バスを停めている駐車場付近に建物の明かりはなく、いきなり山奥に踏み込んだみたいだ。
「ここからは車が入れないので、心霊スポットまでは歩きになります」
スタッフさんからの説明によると……
心霊スポットはここから少し歩いた先にある古いトンネル付近。元々開発して利用するのに向く土地ではなかったらしく、やがて新しい道が整備されたことにより利用者が激減し、トンネルの封鎖が決定するとまったく使われなくなったそうだが……問題はここから。
まったく使われないトンネル跡地。用もなく来る人はいない。人目につきにくい。
そういう理由があって、一時期はたまり場や肝試しに利用する地元の若者達がいた。
そんな彼らが今回の心霊スポットの噂、“人が消えるトンネル”の最初の犠牲者である。
またそれ以降も彼らを探しに訪れた人や、噂を聞いて肝試しにきた人など、何人もの行方不明者が続出しているらしい。
そんなトンネルを実際に訪れて様子を実況、噂を検証するのが今回の撮影である。
「行きたくないなぁ……」
「……」
「ちょっと、もーやだー!」
彼女たちの頭には安全のためのヘルメット+表情を撮るカメラ。
リアクションを求められ、久慈川さんはほどほどに嫌そう。
佐久間さんのリアクションはびっくりするほど薄い……
それを補うためか、もう1人のアイドルである桜井さんがオーバーリアクション気味に見える。
ちなみに俺はなぜか着慣れない衣装、それも陰陽師のイメージが強い
……聞いていた話とだいぶ違うので確認したところ、普段この手の撮影の時に依頼している霊能力者に都合がつかなかったため、先方は代役としての参加を依頼したつもりだったらしい……
「ではこれから心霊スポットに向かっていただきますが、その前に。先生から注意などをどうぞ」
ADさんがこっちに話をふってきた。
「えー、とりあえず緊急事態に備えてお祓い用のお塩やお水は用意してありますが、この格好はただの衣装です。僕はお祓いなどを専門にしているわけではないので、極力憑かれないように自分で気をつけてください」
「自分で!?」
そのために注意すべきポイント……
オーナーからの受け売りになるが、“相手の霊を1人の人として考えて行動する”こと。
たとえば自分が家にいるとして、そこに見ず知らずの人が突然やってきたらどうか?
礼儀正しく訪ねてくるならまだしも、勝手に押し入ってきて大騒ぎをしたら?
普通に考えれば通報案件になってもおかしくない。それと同じこと。
土地や建物に憑いている霊(いわゆる地縛霊)は、生前そこに執着や何らかの理由があり離れられなくなっている霊のこと。心霊スポットと呼ばれる場所は、そんな霊にとっての家と考えてもらいたい。
良い思い出か悪い思い出かは知らないが、自分の執着した土地を見ず知らずの人間が踏み荒らしに来る。人間なら警察に通報という手段も取れるが、霊にはそれができない。直接相手に訴えかけるしか方法がない。悪霊でなくとも手段によっては、追い出す意思が強ければ危険もある。
企画を根底から否定することになるが、本当は心霊スポットに行かないことが最善なのだ。
その上でどうしても行くならば、ちゃんと準備をした上で、極力礼儀正しく行きましょう。
「──ということです。分かっていただけましたでしょうか」
「「分かりました!」」
「わかりました……」
こうして季節はずれの心霊ロケが始まる。
「?」
ん? 今、一瞬だけ“警戒”が反応したような……
まさかガチで危険な心霊スポット?
「はいカットー! 少し移動してから撮影再開します! 暗いので気をつけてついてきてください!」
「はーい。行きましょ、先輩」
「あわてると転ぶぞ」
警戒スキルなんて、あまり反応しなくなって久しい。
金流会の襲撃でも反応しなかったし、周囲にはなにもない。
それがこんなタイミングで……
「久慈川さん。この前渡したお守りというか、お札。ちゃんと持ってるか?」
「? 持ってるよ? どうして?」
「念のための確認」
バラエティーなんだから、のんびりとは行かずとも安全に。
あー怖かった、で終わってほしい。
近藤さんにも連絡しておこう。
……
…………
………………
「はい、ではここからは皆さんが先に進んでください」
という指示とともに女の子3人が懐中電灯を渡されて先を歩き、その後ろから俺、カメラさんとADさん。近藤さんやマネージャーさんたちがついていく。
周囲は暗いだけでなく、舗装も剥げて背の高い雑草が伸び放題。
そんな道なき道を行く彼女たちの足取りは必然的に重く、遅くなる。
「キャー!」
「今……」
「足下! 何か足下通った! 霊!?」
「今のはただの蛇ですね」
時に驚き、時にフォローも入れつつ。
慎重に先へ先へと進んでいくと、
「うわぁ……」
トンネルに近づくにつれて明らかに嫌な空気を感じ、無情にも警戒スキルが強く働く。
金流会と関係ない仕事でもこれって、面倒ごとが多すぎるだろ……
これもあのクソ神のせいか? だとしたらマジでぶん殴りたい。
「先輩、この先って」
「久慈川さんも分かる?」
「うん……言葉にできないけど、すごく嫌な感じがする……」
「霊ですか!?」
久慈川さんとのやりとりを耳ざとく聞きつけたスタッフさんが声を上げる。
「ここはまだ大丈夫ですが、先に進むとヤバそうですね」
「どんな霊が見えますか?」
「霊そのものはまだ見えませんよ。ただ気配が近く、それも危険な気配を感じる段階で」
「ではもっと近づいてみましょう!」
……言葉で聞いても実感がないのは仕方がない。
霊的な違和感を覚えるか覚えないかはその人しだい。
だけど“危険な気配がする”と言われた直後に、あっさりと“もっと近づこう”。
個人的に霊を信じるか否かは別として、こちらの意見を考慮する気がないように感じる。
一応、代役とはいえ霊能力者としての出演依頼と聞いたんだけどね?
そんな話をしている間にもIDOL23の2人が進んでしまうので、遅れないように着いていく。
しかしやっぱり、進めば進むほどに危険な気配が強くなる。
そしてとうとう問題のトンネル前……
「これ、きついなぁ……」
「先輩ここ、うるさくない? よくわからない声みたいなので」
「私もなんか急に寒気がしてきて」
「体、重い……」
ここまで来ると、霊感が弱い人でも違和感や体調不良を覚えるようだ。
……それも無理ないな……
トンネル周辺をよく見れば、半透明な無数の手が金網の隙間から伸びている。
さらに久慈川さんの言った通り
──タスケテこっちに逃げてオイデきちゃだめ来いクルナお前も──
先ほどから無数の声が重なり合って、非常に聞き取りづらい声が聞こえてくる。
間違いなく目の前のトンネルが霊の居場所であり、気配の発生源。
トンネルの前には封鎖のための金網が設置されているが、人が悠々通れる位の穴が開いていた。
おそらくこれまで何人もがあの中に入って、何らかの被害を受けている。
そして“これ以上は進んではいけない”と確信した時──
「じゃあ、そろそろ中に入ってみようか!」
例のスタッフがトンネル内への突入を指示。
「待ってください!」
俺はとっさに撮影をここまでで止めるように進言し、説明もした。
この先は本当に危険であると。身の安全が保障できないと。
「私もここ入りたくない。絶対にマズいし、嫌です」
「体調不良を訴えている方もいるようですし、ここは一度戻りませんか?」
久慈川さんも感じるものがあったようで、顔色を悪くしながら俺に同意してくれる。
しかし、
「ダメダメ! 撮影続行! 霊がいるなら行って撮らなきゃ! 何のために来たと思ってるの!」
近藤さんと井上さんも間に入ってくれるが、スタッフは断固として撮影を続行すると行って譲らない。
「どうしたの? 急にここから先はいけないとか言い出してさ」
「だいぶ前から危険を感じると伝えていたはずですが」
「君は霊能力者で格闘家だろ? 怖くて先に進めないとかさー、ちょっと情けなくない?」
「僕は危険だから危険と申し上げているだけです。なんと言われようとこの意見は変わりません」
スタッフの言葉には苛立ちや低レベルな煽りが加わり始め、霊的なものとは違う意味でもどんどん空気が悪くなっていく。
そんな時だった。
「……? おい、アスカちゃんどこだ?」
「えっ? 桜井さんと一緒にそこに……あれ? いない……えっ!? 嘘!」
「マジでいないぞ!? マネージャーさん!」
「まさか……佐久間さん! 桜井さん! ……変ないたずらはやめて返事をしてー!」
カメラさんの一言で周囲がざわめき、IDOL23の2人が忽然と姿を消していたことを認識。
担当マネージャーの女性が方々に声をかけるが、返事はなかった……
影虎は移動中に勉強した!
影虎は久慈川に襲撃のことを話した!
影虎は襲撃の依頼人を突き止めていた!
しかし本当の黒幕まではたどり着けなかった……
心霊ロケが始まった!
影虎は陰陽師の衣装を着た! ただし意味はない!
影虎の警戒スキルが強く反応した!
影虎はすさまじい気配を感じている!
心霊スポットは本物だったようだ……
影虎はロケ中止を進言した!
スタッフはロケ続行を訴えている!
アイドル2人が姿を消していた……