人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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本日は全部で2話の更新です。
この話は2話目で、前回の続きは1つ前からです。



308話 OJT

 久慈川りせ視点

 

 ~トンネル前~

 

 アスカちゃん達がトンネルの中に入ってから10分と少し。

 中の状態は二人とマネージャーさんが合流したみたい。

 そのせいか感じる気配は全体的に奥の方へ移動していて、入り口には何もいない。

 今のところ3人とも命には別状ないみたいだけど、早く助けないと。

 

「行けますか?」

 

 先輩が私たちに声をかけ、私たちが答えた次の瞬間。

 真っ暗だったトンネルの天井付近に光が生まれる。

 等間隔で次々と。どんどん先まで広がって、トンネルの中を明るく照らす。

 おかげで雑草で荒れ放題の道が良く見えるようになった。

 

「これは先輩だよね?」

 

 準備のときに先輩は一生懸命、何枚ものメモ用紙に何かを書いていた。

 その内の一枚に先輩がエネルギーを出していて、それが光に変わってる?

 

「光源を生む“魔術”だ。電気のある日常生活ではあまり使う術じゃないが……何でも習っとくもんだな……少し改造したらこの通り。これで足元の心配はいらないだろ?」

「“魔術”……もう先輩なら何でもありっていうか、だんだん驚けなくなってきたけど、先輩って本当に何者なわけ?」

「んー長くなりそうだし、とりあえず“魔術が使えるペルソナ使い”って事で。……この際だから言っとくと、久慈川さんも“ペルソナ使い”だから。その感知能力はその一部だと思うし、たぶん目覚めかけてるんじゃないかな?」

「ちょっ、そういう重要そうなことさらっと言う!? ……もう! 全部終わったらしっかり説明してもらうからね! 先輩!」

 

 私が叫ぶと先輩はくすくすと笑う。

 こんな時に何をと思って腹が立ちかけたけど、

 

「その調子だ。気合を入れるのはいいけど、入れすぎはよくないからな」

 

 その一言で自分が固くなっていたことが分かって、膨らみかけた怒りがしぼんでいく。

 

「場数を踏めば久慈川さんも自然に慣れてくるさ」

「こんな状況普通は滅多にないもん。てか先輩、こんな状況に慣れるって普段何してるわけ?」

「……別にやりたくてやってるわけじゃないんだけどね……」

 

 先輩は思い出したようにため息をつきながら、片手間で今度は黒い煙を手から出し始めた……かと思えば煙は集まって、攻撃的なシルエットの狼や黒子(くろこ)を着た人? に変わっていく。でも、それらは動物でも人間でもない。

 

 井上さんは目を丸くしているけど、私は先輩から生み出されたナニカだと直感的に理解した。

 

 同時に、先輩が今着ている黒い(・・)狩衣……衣装として渡されたものは動きにくいと脱ぎ捨てて、代わりにどこからか取り出して着ていたそれが、目の前で生み出されたソレに近いナニカであることも。

 

「安全のために、この使い魔をまず先行させる。奥に近づく使い魔に悪霊が手を出せば、それで相手の手の内がある程度分かる。逆に本体である俺を狙って使い魔をスルーするのであれば、そのまま3人を引っ張り出してきてもらう」

 

 少しでも安全性と確実性を高めるためにと、先輩は最終的に生み出した黒子5人に狼3匹、その全てをトンネルに送り出す。

 

 そして数分後。

 

「今のところ使い魔には変化なし。俺たちも平常心で行きましょう」

 

 先輩を先頭に、私達はトンネルに踏み込んだ。

 

「……久慈川さん。このトンネル、どのくらい続いているか分かる?」

「うん。2キロないくらいだね。一部緩やかに右にカーブしてるみたい。3人と、ヤバそうなのは反対側の端。ちょうど行き止まりになってる所にいるみたい。あとヤバいのとは別に小さな反応もたくさんあるね」

「行き止まり……こっちの入り口みたいに封鎖されてるわけか。小さな反応も気になるが」

「うん。一応緊急時用の避難口がトンネルに沿って数箇所あるみたいだけど、そっちも全部封鎖されてるみたいだね。小さいのは何だろう、ヤバいのと似てるんだけど別というか、中途半端な感じ?」

「久慈川様。トンネル内の空気の状態は分かりますか?」

「それも大丈夫みたいです。空気の流れはちゃんとあるし、命に関わるような危険なガスも出てません」

 

 先輩や近藤さんに聞かれた瞬間、パッと答えが頭に浮かぶ。

 それどころか、情報が多すぎて処理仕切れていない感じ……

 少しだけ頭が重い気がするけど、これは問題ないことも分かる。

 頭の中を駆け巡っていく情報の波を感じながら、先輩の後をついていく。

 

「……! 先輩、小さい反応に動きがある。先行組と重なって……えっ!? なにこれ、“洗脳状態”!? 先行組がこっちに戻ってくる!」

「確かに俺の命令聞かなくなってるわ。らしいっちゃらしいな」

 

 納得してないでどうにか! って、何これ、頭に別の……先行組と先輩の情報?

 ……あっ、先行組って囮だからそんなに強く作られてないんだ。

 ……先輩、ちょっと人間やめてない?

 

 色々な情報が流れ込んできて、処理するうちに分かってきた。

 そっか、具体的に意識を向けると処理がしやすくなるんだ。

 今分からないことも時間をかければ、ある程度詳しく調べられるかも? よーし!

 

「りせちゃん、大丈夫かい?」

「先ほどから表情がめまぐるしく変わっていますが」

「大丈夫です。情報量が多すぎるけど、ようやくコツが分かってきたみたいで……とりあえず先輩! 先行組が襲ってくるけど、大丈夫だよね?」

「調子が出てきたみたいだな。任せとけ!」

 

 先輩はその言葉通り、幽霊に操られて戻ってきた使い魔――正式名称はシャドウ?――を格闘技だけで軽々とノックアウト。“電光石火”ってスキル? を使ったのは分かったけど、1対8でも一瞬で肉眼では追えなかった。

 

 シャドウたちは煙に戻って消えてしまい、取り憑いていた霊の反応だけがその場に残る。

 

「まだ幽霊は消えてないよ!」

「大丈夫。視界に入れば姿は見えた。それより憑かれないように。洗脳能力を警戒してくれ!」

「了解! ……あれ?」

「どうした?」

「あー……うん。この小さい霊なんだけどね。調べてみたら、この小さな幽霊は“分体”だって。ある意味先輩の使い魔シャドウみたいなもので、奥にいるヤバい奴の分身。ただ本体よりも著しく能力が落ちるから、先輩の護符の効果が邪魔で私たちには取り憑けないみたい。

 それに奥のヤバイのが元気な限りまた出てくるみたいだし、下手に消耗するより無視して進んだ方が無難かも」

「ならそうしよう」

 

 先輩は即決で私の提案を受け入れてくれた。

 本当に私のナビ能力を信用してくれている感じがして、軽くプレッシャー。

 気合を入れ直して。だけど気合を入れすぎない。微妙な気合で前に進む。

 緩やかに右に向かうカーブにさしかかった。

 ここを過ぎたら3人の所まではもうすぐのはず……

 

「……久慈川さん」

「どうしたの?」

「ヤバそうな奴って、奥にいる1匹以外に感じないか?」

「ん……そうだね。今のところ奥で動かないのだけだけど、どうして?」

「さっきから無視してる分体なんだけど、人間だけじゃなくて野生動物の姿をしている奴もいるんだ。しかも例外なく、何かに引き裂かれたような感じで体のどこかが欠損している」

「うわっ」

 

 それってつまり、ゾンビみたいな姿ってこと?

 姿が見えなくて良かった……

 

「って良くない! そういうことする奴がいるかも。ってこと?」

「ああ。もちろん奥の奴がヤバイのかもしれないが、分体と本体のやり方は“洗脳”だろ? 派手な傷をつけるのはなんだか毛色が違う気がして」

「分かった。もう一回、全体を調べてみるね」

 

 改めてトンネル全体をサーチ……!!

 

「反応あり! 丁度私たちが入ってきた入り口からトンネルに入ってきたみたい。けっこう速いスピードで近づいてきてる。おまけに奥のもこっちに向かって動き始めてる。アスカちゃんたちも一緒!」

「挟み撃ちというわけですか。これはまた厄介な」

「理不尽な状況の悪化がもはや日常に感じて驚かなくなってきた……相手の詳細は分かる?」

「うん。この反応、私たちと同じ生き物だと思う。幽霊と似た感じもするけど、たぶん動物。ちょっと待って……」

「ゆっくりでいい。必要なら時間は稼ぐ。自分自身を信じろ」

「……りせちゃん、頑張って」

 

 深呼吸……緊張するけど落ち着かなくちゃ。

 そんなのステージの前の集中と同じ。

 私にはできるはず。だって何度もやってきたから。

 

 もっと詳しく教えて。相手は何なの?

 この反応の違いは何? 違和感の原因は?

 

 私は問いかける。

 私自身に確認するように。

 

 そして感じる。

 自分の中に感じるナニカを。

 

 私は問いかける。

 自分の中に感じたナニカに。

 

 そして感じた。

 私自身の、私自身への問いかけを。

 

 “ナニカ”は“ナニカ”

 先輩の着ている“ナニカ”に近いモノ。

 

 比較して理解する……

 先輩の“ナニカ”は先輩自身。

 私の感じる“ナニカ”は私自身。

 

 

 ……

 

 

『我は汝、汝は我』

 

 見つけた……これが私の力、先輩の言っていた“ペルソナ”!

 

 心の内側に秘められたソレに気づいた瞬間。

 世界が今までよりも明るく色づいた気がした。

 そして胸の前に現れる青いカード。

 

 どうすれば良いのかはもう分かっている。

 私はそのカードを両手で、大事に包み込んで手を組み合わせる。

 

「お願い、“ヒミコ”!!!」

 

『我は汝、汝は我。

 汝、我が耳目(じもく)は汝の耳目と心得よ。

 さすれば常世(とこよ)現世(うつしよ)の如し』

 

 どこからか吹き込む突風が草を掻き分け、溜まり積もった埃をはらう。

 その中心で、私の背後に生まれた影。これが私のペルソナ。

 

 女性的でしなやかな体に、アンテナのような頭部。

 その手に持ったバイザーを、後ろからやさしく包み込むように私にかけてくれる。

 私の頭からは霧が晴れていくように、全ての情報が整理されていく。

 

「ふぅ……お待たせ! ハッキリ分かったよ。私の力も、敵の正体もね!」

「それは助かる。で、敵は何だった?」

「熊」

「……は? 悪いけどもう一回」

「だから熊! 厳密に言うと種類はヒグマで、体長は2メートル50センチくらい。何でここにいるかまではわからないけど、たぶんここに入り込んだ動物や肝試しに来た人を追い詰めて、襲って食べてたんだと思う……それが“人が消えるトンネル”の正体だったんだよ」

 

 アスカちゃんたち3人がいた場所には、たくさんの骨や死骸がある。

 そしてそこにいたヤバい奴は、被害者たちの成れの果て。

 

「奥にいたのは何も知らずに遊びに来て、熊に襲われて亡くなった人の霊の集合体。彼らは生きてる人を道連れにしたがってるの。熊も熊で殺された人たちの霊が取り憑いていて、かなり凶暴化してるみたい」

「タチの悪い敵が2体同時に接近中か。まぁ来年の練習と思えばいいか。今は2対2だし……頼りにしていいんだよな?」

「危険な相手だけど、先輩と私が力を合わせればなんとかなるよ! ただ私たちはそっちにかかりきりになると思うから、3人の救出は井上さんと近藤さん、お願いね!」

「かしこまりました。彼女たちはこちらで何とかしましょう」

「ははは……もう何でもやるよ!」

「OK! 敵はもうそこまで来てる。女は度胸! アイドルは愛嬌! 全身全霊一発勝負! いっくよー!」

 

 ここは一発やるしかない!

 

 私はライブのテンションで奮い立つ自分がいることに気づいた。




一行はトンネルに侵入した!
久慈川りせがペルソナに覚醒した!

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