人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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309話 成仏(強制)

 魔術で肉体を強化し、戦闘準備を整える。

 すると頭の中に久慈川さんの声が響く。

 

『熊が高速接近中!』

「視界に収めた! こっちで対応する!」

 

 入り口と奥から近づいてくる2種類の敵。

 しかしやはりというか、到着は熊の方が早かった。

 

「先手必勝!」

 

 巨体を揺らして駆ける熊の正面に出て、まだ距離のあるうちにソニックパンチ。

 鼻面目掛けて気の塊を放つ──が、直後に熊が横への跳躍。明らかに避けている。

 

『先輩! あの熊、悪霊に憑かれて全体的におかしくなってる。感覚も敏感になってるみたい』

 

 目に見えなくても感じ取って避けられるようだ。だったら広範囲の魔法は?

 

『ストップ先輩! 爆発や衝撃はできるだけ控えて。ここ人が通るくらいなら大丈夫だけど、長年整備されてないから。強力な魔法だと崩落するかも!』

「了解……」

 

 魔法は取りやめ。

 熊はさらに距離を詰め、勢いのままに飛びかかり手を伸ばす。

 

 回避──

 

『防御して!!』

 

 警告と同時に体が重くなる。

 

「ッ!」

 

 警告のおかげで、かろうじて防御が間に合った。

 振るわれた腕を受け止めた背中に、丸太で殴られたような衝撃が走る。

 

 だが、

 

「──破ッ!」

「グオオォッ!?」

 

 飛び込む勢いのまま迫る牙を避け、体と体が衝突。

 全身の力をカウンター気味に叩き付け、さらに渾身の力を込めて押し飛ばした。

 熊は吹き飛び数メートル先で転がった……が、即座に立ち上がる。

 

 “(カオ)”、つまりは体当たりからの“双纏手”を。

 強化された体で八極拳の技を正確に叩き込めたのに、あまりダメージはなさそうだ。

 

 おまけに、この全身に絡み、しがみつく手足(・・)……

 視線を肩越しに後ろに向ければ……こいつが被害者の霊の集合体だと分かった。

 大勢の人間の体を粗く潰して、巨大な1つの肉団子(・・・)にしたような怪物。

 体が重いのはこいつのせいで間違いない。

 

 持っていた塩を振り撒くと体の重みから開放されたが、分体の時ほど劇的な効果はない。

 護符の防御も超えてきたし、効くことは効くが嫌がる程度。消滅させるには弱いようだ。

 

『ごめん先輩、気づくのが遅れた』

「警告だけで十分に助かってる。気にするな。

 それにしてもこれが奥の……悪霊に言っても酷だろうけどもっと綺麗に一体化できないのか」

『何の話?』

「いや、こいつ見た目がね……見えないなら気にしなくていい。それが正解だよ。それよりどうしようか?」

「グルルル……」

「…………」

 

 熊は牙をむき出しにしてこちらを睨みつつも、先ほどのように飛び込んではこない。

 隙を伺うゆっくりと左右に動いている。

 

 集合体の方も同じだ。警戒しているようで、熊と俺を挟むように動き続ける。

 どちらかを相手に動けば、どちらかがその隙を突いて手出しをするだろう。

 一対多の戦闘には慣れているが、悪霊は厄介だ……シャドウよりも有効な攻撃が限定される。

 

『気をつけて。その悪霊は人を捕まえたり、逃がさないように動きを鈍らせたり、こっちの邪魔をする能力に長けてるみたい。あと、沢山の霊の集合体だからか魔力量も桁外れ。弱点は光属性? らしいけど、先輩が使える魔法に光属性はないね……でも護符と塩と水が光属性を持ってるみたいだから、効果的に使っていこう!

 熊の方は人や人が持っていたお菓子を食べてたんだと思う。病気レベルで脂肪が厚くて、打撃系の攻撃は効きにくくなってるみたい。あと痛覚もだいぶ麻痺してる。でもちゃんとダメージは入ってるから安心して!』

「それは良い情報だ」

 

 打撃が効きづらいなら斬撃か貫通系の技で、脳か心臓を抉れば殺せるな。

 そう簡単に殺させてはくれないだろうが、狙うべきポイントがあるに越したことはない。

 

『! 行方不明の3人も追いついてきたよ! 打ち合わせ通りお願い、井上さん、近藤さん』

「承知いたしました」

「まず捕まえないと……どうしよう。とりあえずセクハラで訴えられないといいなぁ……」

 

 井上さん、この状況で案外余裕あるな……悪霊はともかく熊は見えてるはずなんだが……っと!

 

 ヘイトイーターを発動。防御力を高め、敵意を自分に引き付ける。

 すると2人の動きに気づいて動きかけた悪霊が、こちらに向き直った。

 

『先輩ナイス! 熊が右からのしかかりに! 悪霊はまたさっきと同じ手!』

「了解!」

 

 敵はナビの通りに動いたため、今度は対処がだいぶ楽だった。

 

「敵の行動予測ができるのか?」

『完全じゃないけど、一度見た手なら兆候くらいはなんとか!』

 

 本当に頼もしいな!

 

「だったら積極的に教えてくれ。敵の動きが分かれば、それだけ余裕ができる。

 余裕があれば──」

『悪霊が分体をばらまくよ!』

 

 襲い来る熊を再び押し飛ばし、悪霊へ接近。

 

こういうこと(・・・・・・)もできる!」

 

 本体から湧いて出た分体を殴って(・・・)粉砕。続いて劈掛(ひか)掌……両腕を鞭のように振り回す連続攻撃で他の分体を一掃。さらに本体の一部も削る!

 

「グッイヤァアァァッ!?」

「叫び声を上げるあたり、思った以上に効果あったみたいだな……」

『霊を拳で!? って、護符の模様をドッペルゲンガーで手に書いてたんだ……それで護符と同じ効果を拳に……なにその無茶苦茶な除霊方法』

「わざわざ札を取り出して貼り付けたり振り回すより、ルーンを刻んだ拳で殴る方が効率的だろう? それにルーンも護符と同じじゃない。護符のルーンの周囲にさらに魔法円を追加して、威力を3倍にしてある! ……まぁ、魔力消費も通常の3倍なんだけど」

『そんなことより熊が復活したよ!』

「とにかく余裕があれば簡単な術の改造はできるってことだ」

 

 護符をベースに、追加の魔法円の記述で効果を変える即興の魔術改造。

 魔力は使うが効果は上げられた。これならまだ戦いようもある。

 

「ガアッ!」

「ちっ!」

 

 体当たりを受け止め、噛み付きはアッパーで迎撃。

 野生の力を最大限に生かした攻撃の数々は、ためらいもなくこちらの命を狙ってくる。

 その隙を縫って反撃したいところだが、いったいどれだけここで被害者を出し続けたのか。

 好き勝手暴れる熊に隙ができると、必ず悪霊がフォローが入る。

 敵でなければ褒めたいくらいのコンビネーションだ。

 

『先輩! 要救助者3名、無事に保護! だけど全員気を失ってる! このままじゃ逃げられないよ!』

 

 こちらが敵を引き付けているうちに、2人がやってくれたようだ。

 この報告を受けて、ここから何とか脱出の隙を……と考えた時だった。

 

「ナン、デ……」

 

 ──!!

 

「皆、気をつけろッ!!」

 

 自分の能力の支配下にいた者が開放されたのだから、気づくのは当然かもしれない。

 こちらのスキルで敵意を引き付けていても、100%敵の行動を制御できるわけではない。

 

 だが、動いている敵に対して攻撃を加えるわけでもなく。捕まえようとするでもなく。

 ただ、一言呟いたのみ。その“たった一言”の呟きに、本能的に危険な何かを感じた。

 

 そして、その直感は正しかった!

 

「ナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデナンデェェエエエエエ!!!!!」

「ぐぅっ!?」

『きゃあっ!?』

 

 悪霊の様子が急変。突如狂ったように叫びだし、膨大で気持ちの悪い魔力を見境なく発している。

 激しい頭痛と吐き気に襲われるが、幸いなのは熊も被害を受けているらしく、足元がおぼついていない。

 

「無事か!? 久慈川さん!」

『全員、命には別状なし! でもこれ、受け続けると本気でヤバイよ! 呪怨属性? 闇属性? のガードキル? 専門用語多すぎ! とにかく無差別攻撃で、あいつの力そのものが毒じゃないけど毒みたい。お札がもっと強力なら防げるかも……でも止められるなら止めるのが一番良いはずぅう、気持ち悪い……』

「分かった。何か手は……! マカジャマ!」

 

 気を確かに持たないと、一気に意識が持っていかれそうだ。

 しかも魔法ではなく魔力そのものに悪影響があるらしい。

 魔法の封印を試みたが、失敗。それどころか悪霊はさらに逆上したように叫びだす。

 

「ナンデ!? ドウシテ死ナナイ!? アキラメナイ!?」

「何を言って」

「俺私タチハ死ンダの二!? 何モデキズニ殺サレタのに!? ナンデ死ナナイ!? ズルイズルイズルイズルイズルイズルィイイイイイッ!!! 死ネッ! お前タチも死ネェッ! モッと怖ガレ! もット苦シメ! 泣イテ叫ンデ私たち俺ノ仲間にナレヨォオオッ!? ハヤクハヤクハヤク! 絶望シロ!! 絶望絶望絶望絶望──!!!」

 

 それが全ての理由で本音か。

 元から話はできそうになかったけど、完全にキレたらしい。

 

 皆は……久慈川さんはペルソナこそ消えていないが、トンネルの壁際に背を預け、口元を押さえて膝を突いている。近藤さんと井上さんは保護した3人を抱えて合流しようとしたのだろう。3人に潰される形で動けなくなっていた。どうやら俺が一番症状が軽いらしい。

 

 急いで助け起こして久慈川さんの周囲に並べるが、返事は力ない声や頷きのみ。

 代わりに今度は嘲るような笑い声がトンネル内に響く。

 余裕のつもりか、追撃してくる様子もない。

 

 ……彼ら、彼女らは元々被害者なのは分かっている。

 あんな形になりたくてなったわけでもないんだろう。

 危険で面倒な敵ではあるが、その点に関しては憐れみを感じる。

 だけど今は、腹の底から沸々と怒りが湧き上がる。

 

「勝手な自暴自棄に、他人を巻き込むなッ!!」

 

 一喝しながら持っていた護符の束を投げつける。

 護符は塩や水と違い、業務用のプリンターで簡単に大量生産可能。

 そのため無駄に数だけはある。

 

 投げつけた勢いでハラハラと、雪のように振り注ぐ護符。

 身に纏っていたドッペルゲンガーは解除。

 代わりに地面へ広げて新たな魔法円を描く。

 

 求めるのは防御であり攻撃。

 護符に込められた退魔効果を引き出し、指定の範囲を元凶の悪霊ごと(・・・・・・・)包み閉じ込める!

 

 意思と魔力を込めた魔法円が発動。

 振り撒かれていた悪霊の魔力が、陣を通して振り撒かれる退魔の力で祓い清められていく。

 その力は同じく包み込まれた悪霊に対しても影響を与える。

 

「ウウッ!? グウゥ……」

 

 抵抗しているが苦しそうな様子。

 先ほどとは立場が逆になったようだ。

 

『先輩……』

「! 大丈夫か?」

『うん、先輩があの悪霊の力を祓ってくれたから。それに先輩の持ってる“魔法円”ってスキル。これ“円の内側にいる味方の体力も少しずつ回復する”効果があるんでしょ?』

「初めて使うし、気休め程度だけどな」

『それでも十分。私だけじゃなくて皆も楽になってる、特に先に影響を受けてた3人は……ってそれより! 確かに攻撃は防げてるけど、力任せの勝負は不利だよ!』

 

 確かに魔法円にどんどん魔力を持っていかれて、このままではすぐに魔力が枯渇するだろう。俺だけの魔力なら。

 

「心配ない。念のため(・・・・)の用意があるから。……最近、物騒なことが続いてるから一応ね」

 

 まず使うような状況になってほしくなかったけどね!

 

 ……だいぶ強くなったつもりなのに。

 正直、今の力なら大抵のことは楽々こなせるだろう。

 最初と違って、今の能力ならチート級とか言っても差し支えないと思う。

 なのに本当に上手くいって欲しいことだけは、どうしてか上手くいかない。

 

 ……悲観していても仕方がないし、とりあえず目の前の敵を片付けよう。

 

 ポケットから取り出したるは、水晶の破片をこれでもかと取り付けた無骨な指輪。

 

『!?』

「分かった?」

『う、うん』

 

 石は以前、文化祭のステージを利用してエネルギーをかき集めた水晶の破片。

 元は800人以上の人々から集めた魔力を引き出し始めると、その膨大さを霊も感じたか、

 

「ヤ、ヤメロ! 卑怯者ォッ!! ヤメロヤメロヤメロォオオオ!!」

「勝てば官軍、負ければ賊軍。自力で勝てないってのは少々悔しくもあるけれど、別に幽霊退治が専門というわけじゃないし、何より自分の命がかかってる。

 灰は灰に、塵は塵に……」

 

 引き出した魔力を陣へ供給。

 退魔の力が強くなり、徐々に悪霊の表面が焼け爛れた端から光へと代わっていく。

 

「イヤダ……助けて……死にたクない! 消えタくナイ!!」

「……その気持ちは正直、分からなくもない。俺も10年以上前からずっとそう思ってる」

 

 だけど、彼らは既に死んでいる。

 亡くなった人間を生き返らせることはできないし、できたとしても倫理に反すだろう。

 

 やがて巨大な肉団子のようだった悪霊は、握りこぶし程度まで収縮。

 頭ひとつ分の体は残っていたが、とうとう力を失い抵抗はなくなった。

 魔法円を解除。ドッペルゲンガーへと戻し、すぐさま“邪気の左手”を使用。

 

「あ、アア、あ」

「貴方たちのような人がいたことは忘れない。せめて最後は楽に逝けますように……」

 

 退魔の力も纏わせた左の鉤爪で、霊を貫く。

 崩れた霊は光となって、ふわりとトンネルの天井へ消えていった……


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