翌日
12月7日(日)
体調が“疲労”になった……
朝
~部室~
「おはよう」
本来はドラマ撮影の予定が入っていたが、昨日の件で急遽休みになり、勉強会をやっている部室に顔を出すと、参加していたいつものメンバーが一瞬硬直。
そして爆発するような驚きの声とともに迎え入れられた。
否、引きずり込まれたと言う方が正確かもしれない。
「お前はまた、本当に何をやっているんだ!?」
「無事みたいでよかったけどさ……連絡しても全然携帯繋がんねーし、皆心配してたんだからな!」
「寮の食堂で流れてるニュース見てたら、突然葉隠君が熊に襲われたとか退治したとか、女子寮も大変な騒ぎだったんだからね!」
パイプ椅子に座らされた俺に桐条先輩、友近、島田さんがまくしたててきた。
他の皆は3人の言葉には同意しつつも、落ち着かせようとしてくれている。
そして数分後。
「皆には心配をかけて本当に申し訳ない」
ポケットに入れていた携帯は体当たりの際、俺と熊に挟まれて潰れたのか壊れていたし、色々とあって皆への連絡は頭から抜けていた。
「ん……いや、無事ならいいけどさ……」
「とりあえず元気そうではあるしね……」
「私たちも少し熱くなりすぎた。すまない。……しかし君はどうしてそう頻繁に危機的状況に陥るんだ」
それはむしろ俺が聞きたいが……
情報が錯綜していたらしいので、話せる範囲で何が起きたかを説明することにした。
「心霊ロケで」
「アイドルがトンネルに消えて」
「気が狂ったみたいな人もいて撮影中止……」
「しかもトンネルには熊が追い込み漁で死体がたくさん……」
高城さん、西脇さん、山岸さん、そして頭を抱えた岳羽さん。
岳羽さんは顕著だが、他の皆も理解に苦しんでいる……
そこで声を上げたのは天田だった。
「とにかく襲ってきた熊を倒して助かったと」
「まぁ、そういうことになるな。怪我は噛まれたところも含めてかすり傷くらいだし、消毒と念のため感染症予防の注射で済んだよ」
「流石っす! 兄貴!」
「マジでパネェっす!」
和田と新井は考えることをやめたようだ……
と思ったが、2人はこれがいつも通りな気もする。
「? 葉隠君、疲れてる?」
「いやいや岩崎サン? 熊に襲われてぶっ倒した翌日なんだから、疲れててフツーだとオレッチは思うなー」
「いや、熊は大したことなかったんだけどその後がね……」
「超大型の人食い熊ってニュースで言ってたけど、大したことないのか?」
宮元が首をひねっている。
うん。感覚が狂っているのは俺の方だろう。
「なんと言ったらいいか、目が覚めた後が面倒だったんだよ。怪我はないようなものだったとはいえ、警察から聴取を受けたんだけど、全く信じない上に遠慮がなかったり……今回は近藤さんもダウンしてたからあれだ、サポートしてくれる人の大切さを思い知ったよ。
一晩泊まって退院してからも、一晩のあいだに熊のことがニュースになったおかげで、反応の早い一部の連中から大バッシングだし」
「は? 大バッシングってなんだよ?」
「葉隠君は熊に襲われた被害者なんだから、非難される理由がないじゃない」
「むしろほら、空手家として“熊殺し”とか箔がつくんじゃね?」
「まさに今順平が言った熊殺しが原因でさぁ……なんか動物愛護団体の人たちが“熊を殺すなんてかわいそうだ!”とかなんとか」
「えー……」
「ちょっと何それ。襲ってきた熊って、もう何十人も人を食べてる人食い熊なんでしょう?」
「そうなんだけど、それはそれ、これはこれ。確かに人を殺した熊は悪いけど、だからといって熊を殺せばそれは熊と同じことをしている、とかなんとか。
あとは今回一緒にロケをしていたIDOL23のアイドル2人が当分休業することになったから、
“どうして守らなかったんだ!”とか、“自分だけ生き残ればいいのかこの卑怯者!”とか。そういう感じで一部のファンが騒いでたりするみたいだ」
「ちょっと、それ勝手過ぎませんか?」
俺も正直そう思うけど、色々と言われるのもいつものことだ。
逆に“助けてくれてありがとう!”なんて言葉も出ているし、いちいち気にしていられない。
「でもまぁ、今回はさすがに疲れた。来て早々悪いんだけど、奥でちょっと休ませてもらうな。事務所にはマスコミがつめかけていたせいで行けないし、寝不足で」
「ああ……よく見ると顔色も良くないな。ゆっくり休むといい」
皆も桐条先輩の言葉に頷いている。
お言葉に甘えて奥の部屋へ。
今回の事を振り返ってみると、先ほど皆に話した程度はまだ些事だ。
本当の問題はあの後……トキコさんから覚悟しておけと言われた通り。
邪気の左手で強引に除霊を行った副作用として、俺の体にはいくつか体に変化が起きていた。
信じたくないが……畳の上でごろりと寝転び、意識を集中。
その状態を維持しているとペルソナを呼び出すのに近い感覚で、
『やっぱりできる……』
目の前には寝ている自分自身の体。
今回の事での変化その1・“自由に幽体離脱ができるようになった”
これはそういうこと、としか言いようがない。
骨折や脱臼のように癖になるのか、寝ようとしたらうっかり離脱して目が覚めるので困る。
昨晩はコツをつかむのに必死だったおかげで、本気で寝不足だ。
でもこの状態だとちょっと空中に浮かんで移動したり、壁抜けをすることが可能。
これを利用すれば、
「大丈夫かな……葉隠君」
「あんなに疲れてる感じの影虎も珍しいよな」
「こう何度も事件に巻き込まれていると、流石に負担はあるだろうな」
「うちで飯食ってもらえば元気出ますかね?」
「あっ、リラックス効果のあるハーブティーを調合してみたんだけど」
と、このように情報収集も可能。
さらに変化その2・“悪霊の能力を学習した”
意図したことではないけれど、一度体に取り込んだ時に悪霊の力の使い方を学んでいた。
最初は気づかなかったし、言語化もできないけれど、なんとなく“ああ、こうやるんだ……”という感じで力が使えるようになってしまっていた。
その証拠に、
敵全体を中確率で絶望させる“奈落の波動”
敵全体を中確率で洗脳する“ブレインジャック”
さらにはドッペルゲンガーの特徴として即死系魔法が習得不可能なため諦めていた、闇属性(呪怨属性?)の攻撃魔法である“エイハ”、恐怖状態の相手を即死させる“亡者の嘆き”など、4つのスキルを一度に習得していた。
エイハはまだ分かるが、亡者の嘆きは相手を恐怖させるという条件がつくと考えれば“即”死ではないといってもいいのか……判断基準が分からない。トキコさんとのコミュで習得した“鎮魂の音色”と合わせて検証していく必要がある。
しかし……人間離れしたことはこれまでもやってきたけれど、今回はそれらとはまた違う。
本格的に人間やめたというか、こう……根本的な部分で人間の道を踏み外した気がしている。
状態異常が得意なドッペルゲンガーとあの霊の力。
相性も良かったのもなんか複雑……だけど自分の行いの結果だし、熊を仕留めた時にも、
中ダメージに加えて物理攻撃力を低下させる“牙砕き”
中ダメージに加えて魔法攻撃力を低下させる“胆砕き”
中ダメージに加えて防御力を低下させる“バックドロップ”
と物理攻撃スキルも3つ習得していたので、戦闘能力としては大幅なプラスだ。
前を向いて、なんとか心に折り合いをつけよう。
そう考えながら体に戻ると、やっぱり疲れは残っていた。
すぐに眠気が襲ってくる……
……
…………
………………
夕方
~校舎裏~
「本当に大丈夫かい?」
「問題ありません。ゆっくり休みましたし、そもそも呂先生に鉄頭功とその応用を教えていただいていたおかげで、怪我という怪我もせず済みましたから」
「熊に襲われる状況は想定していなかったけど、役に立ったなら教えていて良かった、かな?」
目高プロデューサーと呂先生にも心配されながら、地功拳の演舞を行う。
そして金的に耐えるなど鍛えた防御力を披露し、一週間の地功拳の練習が無事に終了した!
最初から最後まで、実に穏やかな撮影で、少し心が休まった。
……
…………
………………
夜
~超人プロジェクト・日本支部~
マスコミもほとんど帰った頃を見計らって事務所を訪れた。
壊れた携帯の代わりを支給してもらえることになったので、その受け取りと健康診断のため。
だったのだが、
「いらっしゃい、白鐘さん」
「突然お邪魔してすみません」
事務所に白鐘直斗が訪ねてきた。
「ニュースを見たので無事とは分かっていましたが、もし体に障るようなら」
「擦り傷程度でしたから。全く問題ないので、どうぞご遠慮なく。何か気になることが見つかったみたいですね?」
応接室で顔を合わせた彼女のオーラには、苦悩の色が混ざっていた。
「ではお言葉に甘えて……先日、あなた方から聞いた情報をこちらの方でも調べてみたところ……まずサプリメントからは情報通りの薬品が検出され、その情報を元に僕が追っていた事件の加害者に聴取と家宅捜索を行ったところ、同様の薬品が含まれたサプリメントを使用していたことが判明しました。
これにより警察は、記載のない薬品入りの“違法サプリメント”を事件の原因と断定。入手経路と製造元の特定に力を入れるそうです」
……
「捜査から外されたのか」
「質問の理由を聞かせていただいても?」
冷静にこちらを探るような目を向けてくるが、オーラは正直だ。
「言い方に主体性を感じなかった。“入手経路と製造元の特定に力を入れるそうです”……個人的に考えている白鐘さんの性格と捜査への熱意からして、捜査に携われるのなら“力を入れる“、あるいは既に“力を入れている”と言い切ると思ったし、逆にさっきのように伝え聞いたような言い方をするとは思えなかった。
直感的と言えばそうなるけれど、間違っているとは思わないし、その後の反応で確信もした」
「……元々複数の事件の共通点と原因を特定する、という依頼でしたから。その2つが見つかった時点で依頼は解決。探偵としての役目は終えました」
「それは警察側の言い分」
用意されていたティーカップへ伸びた手が、触れる直前で止まる。
「本当に依頼は解決で納得しているのなら、白鐘さんがここに来る必要はない。ましてや俺に警察の動向を報告することもない。捜査を外されても納得できないので、一人でも事件を追いかけるつもりでしょう?」
「驚きましたね。僕の考えていることを正確に言い当てられたこともそうですが、それ以上に……あなたの言葉は状況から推理をして答えを導き出しているようで、逆に回答から推理が出ているような印象を受けます」
まぁ、うん。実際そうだからね。
性格はある程度知ってるし、警察からの扱いが悪いのも知ってる。
その上でオーラで精神状態とか見たら話の全容に大体想像がついた。
あとは言葉の節々を指摘して、揚げ足をとったようなもんだ。
むしろそれを感じ取れる直人が凄い。
と思っていると、
「取り繕う意味もなさそうですし、単刀直入にお話します。僕に力を貸してください」
彼女は姿勢を正して協力を持ちかけてきた。
さて、どう返事をするか……
影虎は“疲労”になった……
昨夜の騒動がニュースになった!
影虎は悪霊の力を取り込んでいた!
影虎は幽体離脱ができるようになった!
影虎はスキルを大量に習得した!
影響はそれだけなのか……?
地功拳の練習が終了した!
白鐘直斗が訪ねてきた!