人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

317 / 336
316話 秘宗拳

 夕方

 

 ~校舎裏~

 

「はい吸って~……吐いて~……ゆっくり~」

 

 アフタースクールコーチング、今週の課題は“秘宗拳”。伝説によると、開祖はかの有名な水滸伝の登場人物“燕青”。故に“燕青拳”とも呼ばれるし、燕青は反乱軍の将軍だったため、()主(開祖)の名前を()密にした()法。故に秘宗拳(・・・)と呼ばれるようになったという話もある。

 

 その特徴は“迷蹤芸”とも呼ばれる由縁になった複雑な歩法と、上下に激しい姿勢の変化で相手を翻弄する技法。

 さらに関節技や経絡にツボといった目に見えない急所を攻める擒拿(きんな)術である。

 擒拿(きんな)は他の流派にもあるが、秘宗拳のそれは最も繊細で高度、そして強力無比。

 そう秘宗拳を教えてくれる(チョウ)先生は語っていた。

 

 そして秘宗拳の套路は太極拳のようにゆっくりと練習するが……今やっているのは“易筋経”という健康体操のような気功法。

 

 張先生は秘宗拳の達人であると同時に鍼灸や気功、中国医学に通じた医師でもあるそうで、今回は格闘技術の習得よりも、試合前に体のコンディションを整えることに重きを置いて指導をしてくださるそうだ。

 

「息を吐いて~、吸う~……それと同じで気も発する、使う、それだけではダメですね~……使った分の気をしっかりと養わなければ~、体を壊します」

 

 ここ最近も色々と問題が続いているし、格闘技術を全く学べないというわけでもない。

 張先生の指導方針は渡りに舟だった……

 

 易筋経、そして気功的な養生方法を学んだ!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~超人プロジェクト・日本支部~

 

 練習後はMr.コールドマンの視察がてら、日本支部のビルでアメリカチームと情報交換。

 さらに今晩は来客もある。

 

「こんばんは、先輩」

「お邪魔します」

 

 本日の来客は、久慈川さんと井上さん。

 先日の心霊ロケ以来、電話やメッセージで無事は確認していたが、会うのは初めて。

 

「2人とも、元気そうで良かった」

「翌日はもう倒れそうだったけど、強いショックを受けただろうって、事務所がお休みを作ってくれたから。無事に復活できたよ!」

「ははっ、そのぶん明日から大変だけどね。ところで」

「ああ、紹介します。こちらは──」

 

 部屋にいたアメリカチームの皆を紹介する。といっても最近色々と話題のMr.コールドマンや動画投稿をしている安藤家の面々、そして対戦相手であるウィリアムさんについては、2人とも既に知っていたようだ。

 

 アイドルの久慈川さんを知っている。出演している番組を見た。

 こちらこそ動画を見た。歌が上手などと双方は互いに褒めあっている。

 

「えっと……先輩? どういうこと?」

 

 おっと。今日はこの前の話がしたかったのに、という顔だ。

 

「大丈夫。皆さんには先日のことは話してあるし、2人への説明のためにも、同席してもらおうと思ったんだ」

「へ? ってことは、事情を知ってるの? っていうか、信じてくれるの?」

「久慈川さんはペルソナに目覚めたのよね? 私たちもペルソナ使いよ」

「エレナさんたちもペルソナ使いなの!?」

 

 大げさに驚く彼女と、静かに驚く井上さん。

 2人にはまずそこから説明し、落ち着いてもらう。

 

「私たちだけじゃなかったんだ……」

「その通り。そしてMs.久慈川。あなたとタイガーが先日遭遇したようなトラブルだが、似たようなことは他でも発生する。今年8月にアメリカで起きた、テロ事件をご存知かな?」

 

 Mr.コールドマンが日本語で問いかけると、久慈川さんは思い出したように答える。

 

「それって、先輩が撃たれたのと同時期に起きた事件ですか?」

「その通り。あれは毒ガスによるテロと報道されていたが、本当は違う。あなたが遭遇したトラブルのように、常識では考えられない力によるものだったんだ。

 私は事件当時、現場のホテルに居合わせてね。護衛共々、謎の現象に巻き込まれてしまったんだよ。そこをペルソナ使いであるタイガーに救われた。そしてここにいる彼らもそれぞれ巻き込まれ、生き延びた。結果としてペルソナ使いとして覚醒したのが6名。

 それ以来、我々はこの力の研究のため。そして同じような問題に備え、大切なものを守るため。タイガーとは協力関係を結んでいる」

「……何度聞いても信じがたいと言いたくなる話ですね……」

「Mr.井上。それは当然の反応だ。気持ちは分かる。我々も最初はそうだった。それに我々がこうして明け透けに情報を流している理由の1つも、この情報を他所で話されたとしても、大多数の人間には信用されないと考えているからだ」

「分かりやすいお言葉、ありがとうございます。……超人プロジェクトは、まさかそのための?」

「いや、プロジェクト自体は公表されている通りの思惑で、元々計画されていた。タイガーを支援する口実にも都合がよく、またタイガーを起用することが我々のメリットにもなるので、利用しただけだよ」

「あの……」

 

 ここで口を開いたのは久慈川さん。

 

「皆さんがペルソナ使いだったり、信じられないような話を信じてくれるのは分かりました。でも実際のところ、ペルソナって何なんですか? どうして私がそんな力に目覚めたのかも分からないし、今後の対策って」

「それについては俺の方から説明しよう」

 

 俺は久慈川さんに1つ1つ説明する。

 ペルソナとは何か。そしてシャドウについて。

 久慈川さんが本来歩むはずの未来も少し。

 そして来年、ニュクスと人類滅亡の危機が迫っていることも……

 

 色々と複雑なので質問は最後にしてもらい、要点をまとめて話をした。

 それを彼女は黙って、時々うつむきながら聞いて……話が終わり、最初に出てきた言葉は、

 

「私……アイドルやめようとするんだ……」

「……そこなのか?」

「ん~、他の話も気にはなるけど……たとえば私がペルソナ使いになった理由は結局、そういう素質を持ってたっていうか、運命みたいなものでしょ? あと先輩はペルソナ使いの素質を持ってる人とその未来を知ってたわけで、原因までは分からない」

「その通りだ」

「人類滅亡の危機とかスケール大きすぎて、正直実感ないし……それに滅亡の危機は来年で、そのあとに私が八十稲葉での事件に関わるなら、人類滅亡しないってことにならない?」

「確かに。久慈川さんは本来このことを知らないはずだし、何もしなくても回避される未来は決まっているな」

「それに比べて、アイドルを辞める話はちょっと現実味があるんだよね。あっ、信じてないってことじゃないよ!? なんていうか、こう……私さ、先輩に負けたくないって言ったじゃない? あれがなかったらもしかして、って思うの。

 もちろんその前も頑張ってたつもりだけど、言われたことを言われた通りにやるので精一杯っていうか、右も左も分からずに流されて、井上さんと意見をぶつける勇気もなかった。今は本当に信頼してるけど、前はもっと距離があって、お仕事の関係っていうか……そういう状態がずっと続いてたら……私、先輩の言う通りになったかもしれないって、否定できないの」

 

 そんな彼女の顔を見て、井上さんも口を開く。

 

「……それは僕のせいでもあるよ。僕はりせちゃんが奮起するまで、彼女を弱い子だと思っていた。素のりせちゃんはいつも控えめで、怖がりで、才能は認めていたけどむやみに期待を口にしたら、プレッシャーで潰れてしまうんじゃないかと思ってた。

 沢山仕事をもってくれば、世に出る機会を増やせば、必ず人の目をひきつける。人気が出る。りせちゃんにはそれだけの魅力がある。……そのうちに自信をつけていけばいい。そう考えて売り込みを……本人を無視して、今思えばひとりよがりのマネジメントをしていたよ」

『気持ちがすれ違ってしまったのね。でも今はそれに気づけて、タイガーの言う未来にはならなかった。暗くなっちゃダメよ。物事がいい方に転がったと喜びましょう』

 

 過去を思い出して暗くなっていた2人に、面倒見のいいアメリアお婆ちゃんがやさしく声をかける。……が、英語のため2人は理解できていなかった!

 

「あ、えっと、なんだろ、優しくしてもらってるみたいだけど、井上さん?」

「ごめん。りせちゃん、僕も英語苦手なんだ」

『あら? どうしたのかしら? 通じてないみたいね』

「忘れてた……近藤さん、翻訳機(・・・)の予備ありますか?」

「こちらに1つ。もうひとつは私のを」

「ありがとうございます。2人とも、これを片耳につけてください」

「携帯用のヘッドセット?」

「話題が大幅に変わるけど、ロイドがペルソナの能力を応用して開発した“多言語対応翻訳装置”だよ」

 

 ロイドのペルソナは機械を操る能力を持ち、観測と分析によるアナライズが可能。

 同じくアナライズを持つ俺を参考に、ロイドは密かに外国語を習得していた。

 ネット上から辞書をダウンロードし、単語や文法も習得。

 それだけだと機械翻訳と変わりないが、ペルソナは人の心が具現化したもの。

 ロイドという人間の脳を通すことで、機械的な翻訳機能で生じる違和感を検知&自動調整。それをペルソナの力により高速で繰り返し、自然な表現になるよう調整が加えられた。

 

 さらにそれをまたデータ化してコンピューターのプログラムに対応させ……完成したのが超高精度で自然な翻訳システム。

 

「それだけじゃないよ! 同じ要領で高性能な音声認識システムや肉声に近い機械音声システムも作って組み合わせてあるんだ! ヘッドセットの設計段階ではノイズキャンセルに骨伝導マイクやスピーカーを採用してもらって音量調整も──」

「とにかく! 高音質でラグの少ない高性能な翻訳装置ができたらしくて、2人が来るまで実際に使って試してたんだよ」

 

 ちなみにカメラを使った顔認証機能と音声認識・入力システムを同期させた議事録作成システムもある。作成された議事録は多言語でも、いずれかの言語に統一して出力することも可能で、国際的な会議をスムーズに進められる画期的なシステムだとかなんとか……

 

 しばらく見ないうちに、ロイドがエイミーさんの影響を受けてきている気がしてならない。

 

 だがその効果は本当にすばらしく、

 

「わっ! 本当に話しかけられてすぐ日本語が聞こえる!」

「機械音声って耳が痛くなるようなイメージだったけど、これは違うね」

「声のサンプルを集めて解析して、聞き取りやすく不快感が減るように調整してるからね! あとは、できるだけ発言した人の声に似るように設定してあるんだ。だけどまだ改良の余地もあるね。特に翻訳の違和感なんだけど、僕の母国語の英語以外はやっぱりクオリティーが一段落ちて……タイガー、日本語とその他の言語がネイティブに近づくようにデータ提供してよ!」

「俺も気になることがあるから協力はするけど、それは後でな」

 

 そろそろ話を戻そう……




影虎は秘宗拳を学び始めた!
久慈川と井上がアメリカチームと出会った!
影虎は2人に事情を説明した!
ロイドが“多言語対応翻訳装置”の他、会議用の道具を開発していた!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。