影時間 タルタロス2F
疲れたー……
博物館でのアルバイトを終えて帰宅した俺は、今日もタルタロスへ来ていた。
あの後原さんだけでなくほかの学芸員の人たちにも驚かれ、パズルは得意だとか、空間認識能力が高いってよく言われます、とか言ってなんとか場をしのいだ。
そのあとはもう五人そろって俺を口で天才と呼んで実際はビックリ人間扱い。絶対面白がってか仕事を押し付けにきていた。おまけにそこへ小野館長まで来たため騒ぎが大きくなり、明日も働くことになった。
でもそれはバイトとしてちゃんと役に立てた証拠だろう。普通は土器一つを接合して完成させるにはもっと時間がかかると皆さん言っていたし、お給料には色が付いて一万五千円とおまけに博物館の回数券まで貰ってしまった。
時給千円で仕事が朝の八時半から午後七時半までの十一時間。昼休み込みだから一万円に届かないと思っていたのでだいぶ予想を超えたけど、いい結果で終わってよかった。
体の疲れもこのくらいなら戦えるし、シャドウから吸血していればすぐに調子は取り戻せる。……だいぶ感覚がずれてきた気がするな。これじゃシャドウが栄養ドリンクみたいじゃないか。
そんな事を考えているうちに、今日最初のシャドウを発見。臆病のマーヤが一匹だけだ。
廊下を駆け足で近づけば、シャドウがこちらに気づいて逃げ始めた。
「逃がさない!」
「ギャウッ!?」
足を速めて飛びかかり、右の鈎爪を背中に突きたてるがシャドウは逃げるために暴れ始めた。
しがみつき続けるのも疲れるので、先端以外の形状を細い紐のように変えてシャドウから飛び降りる。
シャドウは振り払えたと思ったのか一目散に逃げ出すが、爪はまだ釣り針のように刺さっているので……
「吸血、吸魔」
伸ばした紐状のドッペルゲンガーを通して力が流れ込んでくる。
それでもシャドウは逃げ続けたが、俺がドッペルゲンガーを伸ばせる限界距離。
およそ二十メートル進んだ所で紐が伸びきり、ようやく気づいて背中に手を伸ばす。
だが時既に遅く、その手が届く前にシャドウは力尽きて消滅した。
槍貫手に続いて考えた爪と紐の組み合わせはこういう事ができるので便利だ。
……まぁ、あそこまで気づかない奴も珍しいが……攻撃受けた! もっと逃げなきゃ! とか考えてたのかな……?
ちなみに普通は直後かすこし逃げて気づくので追撃したり、紐の余りでがんじがらめにして動きを封じたりする。これさえあれば宝物の手でも逃がさず捕まえられる気がしている。
「それにしても、最近逃げるシャドウが増えたな……」
五階を越えたあの日から、四階以下のほとんどのシャドウが俺を見ると逃げ出すようになった。やっぱり力の差が大きすぎるんだろう。ゲームで強くなりすぎて雑魚が逃げるのと全く同じ光景だ。それがなんで五階を越えていきなりなのか……兆候とかあったかな? 普段目に付いた奴に片っ端から、逃げようが逃げまいが関係なく襲い掛かってるから分からない。
でもまぁ、考えてみたらそれって
友達に手ごたえ無くして楽しいの? と聞かれたこともあるが、俺はギリギリの戦いよりもレベルアップの瞬間やスムーズに進めてストーリーを楽しむ方が好きだったからな。
ボスに挑むときもその前で雑魚が逃げ回り戦っても武器の一撃で倒せる、回復アイテムの出番がなくなるほど強くなってからボスに挑んでいた。おまけにレアなアイテムは温存しておこうと考えがちなので、レベリングと合わせるといつか強敵が出たら使おうとしたアイテムを使わずにゲームクリアするなんていつもの事だ。
この前五階で回復アイテムの宝玉輪(全体全回復)を一つ見つけたけど、それもまだもったいなくて使う気にならない。ちょっとした疲れならやっぱり安全な下で吸えばいいと思ってしまう。
おっ。歩いていたら小部屋がみつかった。しかも部屋の真ん中には宝箱がある。
でも今まで何度か宝箱見たけど、お金しか出てこないんだよなぁ……しかも弁当と飲み物買ったらなくなってしまう額だけなので儲からない。ここで稼げたら一石二鳥なのに……
あまり期待せずに宝箱を開けてみると、中には五百円玉が一枚。
やっぱりお金だったが、今までで一番高額だ。ちょっとラッキー、で……
「気づいてるっての!」
「ギシュッ!?」
背後を振り向きながら後ろに下がり、忍び寄ってきた残酷のマーヤの攻撃を避けながら、相手の仮面にジオをおみまいする。するとシャドウは体をピクピクと痙攣させる。感電か、どうやら動けないようだ。
爪を突き立て吸うが、シャドウはそのまま消えるまで動くことは無かった。
……それにしても最近、敵が状態異常を起こす確率が上がっている気がする。
この前貰ったラックバンドのおかげだろうか?
「ちょっと試してみるか」
数少ない荷物の中に毒消しの効果があるディスポイズンがある事を確認。
ラックバンドを外してポイズマを使った時と、ラックバンドを付けてポイズマを使った時。
それを実際に複数回使って比べてみよう。
それから俺はシャドウを探し、力を吸い取る傍らでポイズマを使いまくった。
今日は吸血で体調を整えたら上に登るという予定を忘れて。
「やっぱりラックバンドを着けていた方が成功率高いか……」
とりあえず二つの場合を二十回ずつ試してみたが、外した状態での成功が七回に対して、着けた状態では九回の成功を収めた。もう少しデータを集めてみるか……!
そう考えて戦いながら四階まで登った時、突然頭に新たな情報が流れ込んできた。
「……ポズムディ?」
頭に流れ込んできたのは毒状態を治療するための回復魔法スキル。それが今使えるようになったようだ。
前から思ってたけど、どうしてペルソナって頭の中に使い方が流れ込んでくるのか……それは今度ストレガにでも聞くとして……
「毒にするポイズマを使い続けたら、毒を治療するポズムディを覚えた? 偶然か? 特定の状態異常を使い続けたら治療の魔法が覚えられるのか? 今までどれくらい使ったっけ……今日だけじゃないし……タルカジャとかどうなんだろう、かなり使ってるけど……」
俺はその検証のため、さらなる実験を続ける事を決めた。
また、実験に伴い今日の探索時間が完全に潰れた。
それに気づいたのは、今日の影時間が終わりそうだから帰ろうと考えた時だった。
4月27日(日)
午前零時十二分
~男子寮廊下~
ちょっとばかり集中しすぎたタルタロスから無事帰宅し、寝よう……と思ったら眠気が皆無。なかなか寝付けないうちにちょっとトイレへ行きたくなった。
共同トイレに向かっていると、前から順平がやってきた。
「あれ? 影虎じゃん」
「順平こそ、まだ起きてたのか」
「まーなー……ちっと面倒な事になっちまってさ……」
「面倒な事?」
「それがさー、聞いてくれよー。俺、明日死ぬかもしんない……」
「んな大げさな、何があったんだよ。聞くから」
「おう……ほら、俺らこの前女子と食事したじゃん? あの時ともちーと岩崎さんの関係、進展させようって話になっちゃったみたいなんだよ。岩崎さん以外の女子の間で」
「そりゃまたおせっかいだな……」
「だろ? でもそれで明日っつーかもう今日だけど、二人にデートさせようって話にもうなってんだよ」
「行動早いな。……で? それでなんで順平が死ぬんだ?」
「……影虎、お前、あの二人だけでデート上手くいくと思うか? それどころか、デートが始まると思うか?」
少し考えてみる……
「……考えられなかった」
「だろ!? 俺もさー、最初は何とかなると思ったんだよ。でもさー、島田さんから中等部の二人の様子聞いたらさー……ないわーって思っちまったんだよ。主にともちーに。あそこで同意しなかったらまだ逃げられたのに……」
「つまり順平も付いていくのか、二人のデートに」
「行くのは俺だけじゃなくてあの時のメンバーから高城さんと影虎抜いた全員。高城さんは用事あるらしくて、影虎はバイト行ってたから。夜にいきなり言われても迷惑だろうって。俺には迷惑じゃないんですかねぇ!?」
「声落とせって、夜中なんだから……」
「……影虎、女子に電話番号知られてなくてよかったな。俺きっと明日ともちーのフォローと女子からのプレッシャーで死ぬわ。だって一緒に島田さんの話聞いてたゆかりっちマジキレてたもん。笑ってたけどすっげートゲトゲしいこと言ってたし。ゆかりっちがトゲトゲしいのはいつもの事だけど、恋愛話には特にそうだけど……あっ、これ本人に言うなよ?」
「分かってるから、続きを」
「お、おう……つかどこまで話したっけ……まぁ、最終的に二人には本音を隠して皆で遊びに連れ出すことになったわけよ」
「なるほど、で、どこに行くんだ?」
「午前中は映画。丁度新作のファンタジー映画公開されっから、それなら男子も女子も楽しめるってことなんだけど……問題は午後なんだよ……」
「何かまずいのか?」
「……俺、午後のプランを任されちった。買い物とか無理に女子に合わせなくていいって言われたけど、少しは女子の事も考えないと……変なプラン出したら……今から怖いぜ……」
「なるほどなぁ……センス無いって言われるのは嫌だろう。でもそこまでか? 誘ってきた方が丸投げしたようなものだし、理不尽……順平、何で目をそらした?」
「いや~……実は恋愛マスターのオレッチがドーンとコーディネートしてやるよ! って、見栄張っちゃって……」
「なんでそんな事を」
「場の雰囲気おかしかったからさ、ジョークのつもりだったんだよ……ただ、空気を読み違えたみたいで……ゆかりっちだけじゃなくて他の女子からも冷めた目で見られて、じゃあ任せるって事に」
女子は丸投げしすぎだと思うけど、順平も自分で墓穴掘っている。
こいつ、いつか見栄で身を滅ぼすんじゃ……そういえば将来チドリに特別課外活動部のリーダーって嘘ついて捕まるんだった。納得。
「……助けてくれ影虎!」
「無理だよ、俺明日もバイトだし。助けるって言っても、どうしろと?」
「せめて、なんかないか? いいデートスポットとかさぁ。できれば面白くて金のかからないとこ」
「贅沢言うなっ……」
と思ったけど、一つ思いついた。
「博物館はどうだ? 辰巳博物館」
「博物館。あー、そういや中学の頃行ったな。あそこか……バッティングセンターよりよさそうだな」
「それ野球や運動に興味ない人だと喜ばれない選択だと思うぞ……」
楽しませられる自身があるならともかく、俺なら女子に暇させる光景しか想像できない。
「博物館か……影虎、辰巳博物館って入館料いくらか知ってる?」
「それならバイト代のおまけに貰った回数券があるから、人数分渡すよ」
「マジで!? ありがたいけど、何でバイト代のおまけにソレ?」
「バイト先が辰巳博物館だから」
「あ、なるほど」
それから俺は元々の用事を済ませて部屋に戻り、順平に回数券を渡した。
回数券を受け取った順平は心底ほっとした笑顔で礼を言い、軽やかに自分の部屋に帰っていった。
さて、話してたらほどよく眠くなってきた。寝るか……
本日の収入
バイト代 一万五千円 + 回数券二十枚綴り。