人身御供はどう生きる?   作:うどん風スープパスタ

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320話 災い転じて福となす

 12月11日(木)

 

 ~保健室~

 

 今日も大胆に授業をサボり、試験勉強に時間を費やしていると、

 

「すみませ! ……ん? あれ?」

「うぅ……」

 

 先輩と思われる体操服の女生徒が2人。

 体調が悪そうな1人にもう1人が肩を貸しながらやってきた。

 

「大丈夫、ではなさそうですね。とりあえずこちらのベッドへ」

「あ、ありがとう。葉隠君だよね? 江戸川先生はいないの?」

「つい先ほど職員室へ。すぐに戻ると言っていましたけど、一応連絡しておきますね」

 

 女子生徒の体調はかなり悪そう。

 携帯でメールを書きつつ、吐き気もあるようなので嘔吐に備えて膿盆を用意。

 

 勝手知ったる他人の部屋、じゃなくて保健室。

 必要なものがどこにあるかは大体把握していた。

 

「あっ、いや、変な薬を飲まされるよりは……でも苦しそうだし、背に腹はかえられない、って私が決めていいの……?」

 

 元気な女子生徒は友人に先生の薬を飲ませるかどうかで逡巡している。

 俺はすっかり慣れてしまったけれど、これが一般生徒の普通の反応だよな……

 

 そんなことを思いながら、江戸川先生に急患が来たことと分かる範囲の情報をまとめてメールで送る。

 

「そうだ! 葉隠君ってサイキックパワーで治療とかできるんでしょ? 何とかならない?」

「はい?」

 

 逡巡した結果、そんな結論に至るとは思わなかった。

 

 おそらくヘルスケア24時で目高プロデューサーの胃潰瘍を言い当てたり、気功治療で痛みを和らげたことを言ってるんだろう。

 

 ……まぁ、勝手に薬を与えたりしなければ大丈夫か。

 

「とりあえず症状を聞いても?」

「あ、うん。話すのも辛いくらい頭が痛いんだって、それと目も痛いって」

「体調が悪くなったのはいつ頃からですか?」

「今朝からちょっと様子がおかしいなとは思ってたんだけど、体育の授業の途中で急に悪化したみたいで」

「なるほど」

 

 辛いと思うが本人にも確認し、さらにめまいやずっと体が重いという話を聞いた。

 目や舌を見せてもらい、体内の気の流れと学んだ中国医学の知識と合わせて考えると……

 

 全体的に疲れが溜まってるけど、特に酷いのが眼精疲労。頭痛は眼精疲労によって引き起こされたものだろうか?顔にはむくみも見られるし、めまいや体の重さは体内の水の代謝が乱れた時の症状に当てはまる。

 

 この時期だし、夜遅くまで勉強でもしていたんだろうな……それも連日連夜。

 

 まずは頭部にあるツボ・風池(ふうち)天柱(てんちゅう)をゆっくりと押して離すを、複数回繰り返して筋肉の緊張を和らげ、気功で体内の気の流れを整える。

 

 風池と天柱。この2つのツボはネットで検索すれば簡単に見つかるくらい有名かつ代表的なツボ。そしてそれだけに効果も認められている有効なツボだ。彼女も痛みが和らいできたようで、呼吸がだんだんと落ち着き、体の緊張も解けてきた。

 

 あとは……2人に見えないように、さも今お湯で温めたようなタオルを魔術で用意し、寝ている女生徒の目元にかぶせる。眼精疲労には目元を温めて血行を促進するのが効果的だ。

 

 後は、しばらくこのまま休めば大丈夫だろう。

 

 と、そこまでやったところで保健室の扉が開く。

 

「うわっ!?」

「お待たせしました。ヒヒッ、患者はそこですか?」

「江戸川先生、こちらで……あれ?」

 

 たった今、温タオルを乗せた彼女から、安らかな寝息が聞こえる。

 

「……完全に眠っていますねぇ……このタオルと膿盆は影虎君が?」

「眼精疲労とそれに伴う頭痛、あと吐き気とめまいがあったようなので、先生が来るまで少しでも楽になればと。ただ、まさか眠るとは……」

「ああ……毎年いるんですよねぇ、こういう勉強疲れでダウンしてしまう生徒さん。苦痛を伴う症状が和らいで、張り詰めていた緊張の糸が切れたんでしょう。

 ところで……」

 

 先生の目が、もう1人の先輩へ向く。

 

「あ、こちらの方は彼女をここにつれてきてくれた先輩です」

「そうでしたか。では、もう授業に戻って大丈夫ですよ。彼女はしばらくこのまま休ませましょう。目が覚めたら診察して、教室に戻るか帰宅するかを決めますから。授業担当の先生には問題ないと伝えておいてください」

「わかりました!」

 

 先輩女子は逃げ出した! ……という表現がぴったりな勢いで、走り去っていった……

 そんなに江戸川先生が苦手か。

 

「おやおや、逃げられてしまいましたか……あの子も1年の頃に、私の薬を何度か飲んでくれたんですけどねぇ」

 

 ……きっと何かがあったんだな……

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 放課後

 

 ~部室~

 

 今日も勉強会。

 来週月曜からが本番の試験週間なので、残された勉強時間は今日を含めてあと4日。

 もう残された時間は少ない……が、しかし。

 俺は厨房で料理をしていた。

 

「よし。おーい! 休憩入れよう! もうできる!」

 

 勉強をしている皆が机の準備を始める様子を感じながら、仕上げに入る。

 

 全員分の卵を大きなボウルに割って溶き、刻んだハーブを少々。

 深めのお皿の中心に、用意しておいた型を使って、作っておいたチキンライスをドーム形に盛る。

 

 そしてここからが時間との戦いだ。

 熱した複数のフライパンに卵液を流し入れ、適度に固まった物から手早くトントンと成形。

 内部が固まりきらないように、すべての神経と能力を集中。

 特に“警戒”スキルは常時発動させておく。

 

 そして完成した半熟のオムレツは、すぐにチキンライスの上へトッピング。

 切れ目を入れれば、固まった部分の重さで自然にフワリと花開く卵……完璧だ!

 

「あとは、チキンライスと同じく作っておいた特製デミグラスソースを贅沢に。最後にバジルで彩を添えて」

 

 “特製デミグラオムライス”が完成した!!

 

「お待たせー」

「来たー、ってかめっちゃ美味そうじゃん!」

「相変わらずクオリティー高っ」

「男子は素直に喜べていいね」

「女子的にはこう、負けた気がするよね」

 

 喜んでいる男子にも、微妙な顔の女子にも協力してもらい、オムライスや飲み物を空いたテーブルに運び終わったら、さっそく食べ始める。

 

 ……! 味も良い感じだ!

 

「ブリリアント!」

「確かに美味しい、美味しいけど……」

「テスト近いのに、のんきにご飯食べてて大丈夫かな……」

 

 岳羽さんと山岸さんが不安を口にするが、テストが近いからこそ、詰め込み過ぎは駄目だろう。

 

 皆に午前中の女子生徒の話をしてみる。

 

「へぇ~、そんなことがあったんすか」

「そんなに体調崩すまで勉強とか、考えらんねー」

 

 和田と新井がそう言ったのをきっかけに、どちらかといえば勉強嫌いな男子たちが同意。

 そこを女子たちにイジられたり、窘められたりしているけれど、

 

「でも江戸川先生が言うには、本当に多いらしいよ。そういう人。特に3年生になると」

「3年の先輩方は受験直前だからな、無理もない。君たちは1年だからまだ先のこと、と油断しているかもしれないが、少しずつ準備をしておかないと、受験生になるのは意外とすぐのことだぞ。かくいう私も来年は受験生だからな」

「耳が痛ぇ……」

「ったく。ミヤ、今からそんなんじゃ本番が心配だよ」

「一足早く大学受験、っていうか模試を受ける一年生もいるしね~……で、その本人は大丈夫なの?」

 

 島田さんの言葉で視線が俺に集まった。

 

「先生方にはちょっと申し訳ないけど、授業を全部サボって勉強時間に充てる。そうすればなんとか……って感じだな。なんとか一通りの範囲は網羅して、あとはどこまで問題に慣れられるか。試験の時間内に力を出し切れるかだと思う」

「そっかー」

「せめてもう少しトラブルがなければ、それだけ余裕もあったんだけどな」

「色々あったもんね、不良グループに襲われたりとか」

「そうそう、あとは心霊ロケとかな」

「それで熊に遭遇したりー、危険な目に遭い過ぎじゃない?」

「俺のせいじゃない。そうなってしまったんだから、仕方ないだろ」

「でも2週間経たないうちに2件だろ? 気をつけないと、本番までにまた一悶着あるんじゃね?」

 

 友近の言葉を誰一人として否定しないし、俺自身も否定できない。

 

 ……なんだか嫌な沈黙が流れた……

 

「まぁ、何事も準備が大切ってことだな。勉強も、身の安全も」

「そうだな。勉強疲れに関しても、生徒会から通達を──そうだ準備といえば、葉隠」

「はい。何でしょう?」

「海土泊会長が卒業式の件を気にしていた。事務所側からの許可は出ているが、楽曲についての話がまだだそうだ」

 

 ああ、卒業ソングの件か。

 

「わかりました。楽曲の候補は届いていますから、USBにデータを写して提出します。明日の昼には生徒会室に顔を出せますし、詳しい話もそこで」

「分かった。そう伝えておこう」

「葉隠君、卒業式で歌うの?」

「ああ、企画段階だからまだ広めないでほしいんだけど──」

 

 皆と食事をしながら会話を楽しんだ!!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 夜

 

 ~自室~

 

 試験勉強をしていたら、ふと学習していた内容に疑問を持った。

 参考書と記憶している内容が間違っている……と思ったら、間違えていたのは記憶。

 それも自分自身の記憶ではなく、先日の記憶転移で混ざりこんだ別人の記憶だ。

 

 ……どうやらこの記憶の持ち主は、高3の受験生。友達に誘われて息抜きのつもりで肝試しに参加して亡くなったようだ。……その友達の記憶もあるな……こっちも高3か……高校最後の年ではしゃいでたんだな……

 

 記憶に集中し、それを辿り、情報を集めてまとめ、“別人の記憶”にカテゴライズ。

 自分と他人を混同しないように、脳内で明確に分けておく。

 先生とこの対処法について話し合い、実行して以来、記憶転移についてはだいぶ落ち着いた。

 

 しかし、混ざりこんでいた記憶を確認していると、記憶は実に様々だ。あまり後悔はなさそうな記憶もあれば、今回のような“無念”を感じる記憶もある……というか、8:2くらいで無念の方が多い。

 

 すでに皆様、旅立たれているはず。

 俺の中にあるのは彼らの魂ではなく、記憶の残滓。

 そう分かっていても、いざ無念の記憶を見つけると気になってしまう。

 

「いっそ自己満足でもいいから、できる範囲で望みを叶えてあげるとか……?」

 

 あれ? 望みを叶える……他人の記憶は他人の記憶だけど、今は俺の中に混ざってるわけで、それは自分で読み取れる……

 

 思いつきと直感に従い、以前見つけていた男性パフォーマーの記憶を引き出してみる。

 

 彼はジャグリングを得意としていて、ボールに限らず野菜やカバン、投げ上げられる重さの物なら大体はパフォーマンスに使えた人。観客から適度なものを借りて投げてもらい、それをキャッチしてジャグリングを継続する芸で、ちょっと人気があったらしい。

 

 ここに観客はいないが、投げ上げられる物ならいくらでもある。

 

 ジャグリングの記憶を引き出して、やり方と感覚を理解。

 筆箱と枕を手にとって、交互にお手玉は普通にできる。

 さらにティッシュ箱を加えて、成功。

 ハードカバーの本は少々重かったけど、勝手に体が動いて成功。

 4つの物が空中に∞を描く。

 

 ちなみに俺にジャグリングの経験は無い。まったく無い。

 それが、できている。

 

 記憶転移……これはスキルカードの研究に応用できる。

 動く体と目の前を飛び交う物体を見て、俺はそう確信した!

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 深夜

 

 ~廃ビル~

 

 今日はアジトに新しく立ちあげた会社で働きたいと言っている奴らを集め、基本的なマナーを叩き込む。そのためのマニュアルも人数分作ってきた。

 

 しかし、彼らの表情とオーラを見る限り、あまり身が入っていない。

 

 社会人として、他人と関わる仕事をするならある程度のマナーは必須。

 だけど、現役の不良にいきなりのマナー講習は堅苦しく感じるのだろう。

 

「はい注目! ……見てて大体お前らが何を考えてるか分かる。そして俺も、グレて不良やってるお前らにマナーの大切さだとか、労働の素晴らしさだとか、学校の道徳の授業みたいな綺麗なお話をする気もない。だから純粋にメリットとデメリットで考えろ」

 

 集まった不良全体を見渡して、視線を集めて話を続ける。

 

「たとえばお前がゴミを回収に行くとする。そうしたら相手は口やかましそうなジジイやババア。さっさと片付けて帰りたいのに、やれ服装がだらしない、挨拶がなってない、そんな具合で1円にもならない説教を延々聞かされる……それか表面上だけはキッチリ取り繕って、何も言われずさっさと仕事して帰る。どっちがいい?」

「あー……そう言われっと確かになぁ……」

「だろう? 他のやつも大体そうだと思う。面倒なことは少ないほうがいいに決まってる。

 それにマナーは堅苦しいかもしれないが、対応が大体決まっているんだ。ポイントは手元のマニュアルにまとめてあるから、それだけ守ればまず問題ない」

「本当にここに書いてあるだけでいいんすか?」

「ああ、問題ない。目指すのは完璧で素晴らしい対応じゃなくて、“無難な対応”だ。特別なことはしなくていい。敬語やマナーは相手との間に距離を感じさせる。気楽に話したいという客もいるかもしれないが、仕事上は常に店員と客の関係だ。……さっきまでよりは分かったか?」

『ウッス!』

「よーし! 服装に関しては揃いの作業着を注文してあるから、それが出来てから。また説明するが、仕事前には互いに確認し合うように。今日は挨拶の仕方だけ覚えてもらうぞ!」

 

 働く喜びとかそういったものは、働きながら見つければ良い。

 机の上で教わって理解できるものでもないだろう。

 

 この後しばらく、路地裏には男たちの野太い声が響き渡った……


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