影時間
~某病院前~
今日もアメリカチームと約束がある。
しかし突然合流場所が変更になり、俺は聞いたこともない病院前にいる。
理由は合流してからという話だったけれど……あ、来たみたいだ。
周辺把握に引っかかる物体を感知した瞬間から数秒。
八本の足を持つ、巨大な馬のペルソナが、猛スピードで俺の前へと到着していた。
「お待たせ!」
「タイガー、早いわね!」
乗っていたのはロイドにエレナ。
そしてこのペルソナ“スレイプニル”の召喚者であるジョージさんだ。
「今日来るのは3人だけか?」
「後からグランパの“へーリオス”で、アンジェリーナとウィリアム叔父さんが来るわ」
と、話しているうちにスレイプニルは送還され、今度はいかにもな戦車が轟音を響かせて向かってくるのが見えた。
「……あれがボンズさんのペルソナ……聞いてはいたけど、本当に戦車だな」
「車種は“M1エイブラムス”だね。昔、一時期乗ってたらしいよ」
「それはそれは……」
到着した戦車が器用に縦列駐車する様子を眺めていると、上部のハッチから3人が出てくる。
「これで全員ですね。ところで合流地点が変わった理由を知りたいんですが」
「ああ、それは俺から話すぜ。当事者だからな」
声を上げたのはウィリアムさん。
「タイガー。年末の試合は本来、俺じゃなくて別の奴が試合相手だったんだよな?」
「ええ、そういう話でした」
先方が怪我とかで一方的にキャンセルされて、ウィリアムさんが代役として来てくれたわけだけど……
「その元対戦相手が昼間、俺のところに来たんだよ。タイガーと試合をさせろって」
「……どういうことですか?」
詳しく話を聞いてみると……
今日の昼、ウィリアムさんは年末の試合までの調整のために、場所を貸していただくジムへ挨拶に行っていた。また、そこで俺の対戦相手として、アフタースクールコーチングの取材を受けることにもなっていた。
そんなところに、元対戦相手が乱入してきたそうだ。
そしてその人は、俺との試合を断ったのは事務所やマネージャーが勝手にやったこと。ネットで俺から逃げたと噂されて迷惑しているなど、色々理由を並べて俺との試合、つまりはウィリアムさんとの選手交代を要求したという。
「もう決まったことなんだから、そんなことできるはずねぇだろ……ってなったんだが、相手を代われの一点張りで会話にならなくてさ。
困ってたら、取材のレポーター役で来ていたあのリセって子が、俺らにコッソリ言ったんだよ。そいつが何かに憑かれてるって。んで例の召喚補助器を使ってもらって、別室から様子を見てもらったら、弱いけど霊に憑かれて洗脳状態だったことが分かった、ってわけだ」
「それも話を聞いた限り、報告にあった“愛と叡智の会”って団体の霊っぽいんだよね」
「タイガーには今から、その元対戦相手を調べてもらいたい。タイガーなら一般人でも影時間に落とせただろう?」
ロイドとボンズさんも補足してくれた。
「何でまたそんなことに……でも事情とやるべきことは分かりました。その人はこの病院に?」
「ああ。最終的に俺とそいつがスパーリングして、勝った方がタイガーと戦うって話になってな」
「……なるほど」
精神面の異常で病院送りになったわけではなかったようだ。
「病室は調べがついてるから、僕が案内するよ。ついてきて」
そう言って手を挙げたロイドを先頭に、影時間の病院へ潜入。
調べがついているとの言葉通り、病室までの案内はスムーズ。
俺は言われた通りに病室で象徴化していた男を人間に戻し、調査を行った。
その結果、
「どう?」
「結論から言うと、愛と叡智の会の人工霊で間違いない。ただ犯人……術者が前とは違う」
「どういうことだ? タイガー」
元試合相手の男性から追い出した霊は、まるっきり光明院君やそのマネージャーに憑いていたのと同じ姿をしていたが、それを駆除した時に読み取れる命令内容が明確に異なっていた。
具体的には……光明院君等に憑いていた霊の命令は端的でわかりやすく、 支配力も強かったように思える。
しかし今回の霊から読み取れた命令はその全く逆。感情的で荒く、わかりにくい。
そのせいか支配力も低く、思考の誘導はできたようだが、対象の行動を操りきれていない。
「コントロールできていない?」
「はい、ジョージさん。命令を読み取った限り……今回の件を仕掛けた術者は、本当は俺を狙っていたみたいです。とにかく俺を襲えとか、試合前に怪我をさせろとか」
「……じゃあなんで俺のところに来たんだ?」
「たぶん、術者の力不足で支配が中途半端だったので……この方に、命令に抗う格闘家としてのプライドがあったのかも。“路上の喧嘩じゃなくて、リングの上で”とか」
「……操られながら、それなりに筋を通そうとしたってか」
「想像にすぎませんが、そうでなければ試合の権利をよこせ! なんて言いに行かないかと。命令では手段を選ばず再起不能にしてもいい、みたいなのもありますし……」
「誰だかしらねぇが、胸糞悪いぜ」
「それは同意します」
以前にも不良グループを雇って俺を襲わせようとした“何者か”がいたが……今回の件に関わっている気がしてならない。人工霊を使った事件だし、白鐘にも連絡しておこうか……
「調査が終わったなら、撤収しよう。まだ時間はあるが、影時間のうちに出なければマズイ」
気になることは多いが、ひとまずボンズさんの提案に従うことにした……