12月12日(金)
昼休み
~生徒会室~
先輩方に卒業式で歌う候補の曲を視聴してもらっている間、俺は昼食のサンドイッチを食べつつ、携帯でネット掲示板を覗く。
……朝、寮の食堂のテレビでも見たけれど、昨日の乱入がニュースになっている……
『試合拒否が上層部の勝手な判断だったとしても、組織に所属してる以上は従うべきだろ』
『媚び諂えとは言わないけど、勝手に乱入はなぁ……ショー的な演出であってほしいわ』
『相手方もスタッフも記者も困惑してるし、どうみても演出じゃねぇwww』
『取材中断した上に、飛んできたマネージャーと代表者が平謝りだもんな。
なのに本人は謝りもせず、断固として試合相手を交代しろ、だもんなぁ……』
『しかもスパーリングで勝ったら交替ってチャンスもらったのに、一撃KOって何だよ』
『正直、幻滅した』
……元対戦相手の評価が著しく下がっている……
普通の人には彼が操られていたなんて分からないからな……
「葉隠君?」
「っと。会長、どうですか?」
「どれもいいけど、“3月9日”か“YELL”で迷ってるね……で、葉隠君は何見てたの? ちょっと深刻そうだったけど」
「今朝のニュース関連でちょっと」
「今朝の……この話か。これは私も格闘技ファンとして、残念に思うね」
……掲示板の話はここまでにして、卒業式の細部を詰めることにした……
……
…………
………………
放課後
~校舎裏~
秘宗拳の練習で、今日は“聴勁”を重点的に学ぶ。
「聴勁とは、相手の勁(力)を聴くこと。実際に音が鳴るわけではないけれど、目に見えないものを感じるという意味。力まずに、相手に触れたところから相手の動きを感じてください」
先生が伸ばした手の甲に、こちらも手の甲を合わせ、押し合うように動かす。
「これは太極拳の“推手”や空手の鍛錬法の“カキエ”と同じですね」
「その通り。聴勁は秘宗拳だけのものではありませんし、特に太極拳ではよく使われる用語です。……だいぶ慣れているようなので、今日まで教えたことを絡めてもうワンステップ進みましょう」
そう言うと先生は、ポケットからアイマスクを取り出した。
「これを着けて練習を?」
「その通り。難しいと思うでしょうけど、コツを掴めば意外と簡単です。力を抜いて動きを感じる。それと同時に──」
先生は俺の右手を左手で取ると、一度“目をつぶっている”とアピールしてから、右手も合わせて俺の手を包み込む。
そして次の瞬間、手を包み込んでいた右手が手首、腕へと滑るように動き、肩の前を通って首を軽く掴む。
さらに続けて先生の手は、滑るように上へ。首に沿って顎を押し上げ、ついでとばかりに顔面に手をかけると、自然に指先で目潰しができる位置にあった。
「今は分かりやすくやりましたが、接触する部分は一部でも、必ず全身に繋がっています。だから、相手の動きを感じつつ、人体の構造を意識してください。擒拿(関節技)と同じですから、復習もかねて一緒にやりましょう」
なるほど、やってみよう。
目隠しをした状態で擒拿(関節技)を練習した!!
……
…………
………………
夜
~超人プロジェクト・日本支部~
久慈川さんが来てくれたので、彼女も交えて乱入事件について話すことになった。
しかし、現状では分かっている情報を共有・確認しただけで終わってしまう。
「間違いないのは、俺を狙う何者かがいること。あとは年末までは注意が必要なことだな」
これで万が一、俺が怪我をして試合に出られない! なんてことになったら、時間をかけて準備してきた全てが無駄に……とまでは言わないが、テレビの企画は潰れてしまう。そうなったら大損害だ。
「先輩、犯人の手がかりとかないの?」
「流石に証拠を残さないように注意はしてるみたいでな……」
「そっか、そのくらいはするよね」
「ああ……ただ、俺はその術者に相当嫌われてるらしい。年末の試合どころか、再起不能になっても構わない、むしろそうしろ、って感じの命令を出すくらいだからな」
「それ、嫌われるってレベルじゃないと思う……でも変じゃない? なんでその犯人は先輩をそんなに嫌ってるの?」
俺に聞かれても……と思ったが、言われてみれば確かに。
「先輩?」
「……」
俺は有名になり、ネットを介して見ず知らずの相手から批判を受けることも多くなった。しかし、見ず知らずの奴からここまで恨まれる覚えはない。
もしかして、犯人は俺の知っている人物……?
影虎は先日の乱入事件を気にしている!
影虎は犯人に目星をつけた?