~駅前広場はずれ~
ビルの上を駆け、急ぎストレガと特別課外活動部のほぼ中間地点へ降り立つ。
上から見た限りだが……ジンが肩を貸して移動しようとしてはいたが、タカヤは動くことも難しい状態に見えた。そして今日、特別課外活動部がこの場に来たのは、俺が誘い込んだから……流石に放っておくのは気が引けた。
俺がここにいて真田や桐条の眼に入れば、おそらく無視はされないだろう。何が起きたのかは、チドリの妨害でハッキリとはわかっていないようだったし。何かしているように見せた方がいいかな……
そんなことを考えながらふと空を見ると、いつにも増して巨大な月が視界に入る。
……そういえば、今日は満月か。
「ッ!」
「……先輩、あれって」
「ああ、あの後ろ姿。間違いない。“翁”だ」
「! 先輩たちが話してた、要注意イレギュラーの?」
「まさかこんな所で見つかるとはな。月を仰ぎ見て、何をやってるんだ?」
なんとなく月を眺めながら待っていると、特別課外活動部の3人がやってきた。
物陰に隠れて、背後から様子を伺っているみたいだけれど、そこは周辺把握の範囲内。
おまけに俺の聴力もだいぶ上がっていたのか、小声なのに会話が聞き取れる。
……襲ってこないな。警戒して様子を見ているのか?
だったら、このままゆっくりストレガのいない方へ誘導するか……
「動いたぞ」
「こっちには気づいてないみたいですね……」
「よし、追おう」
……残念ながら、全部ばれてるんだけどな……隠密行動とは……こうやるのだよ!
適当な角を曲がり、さらに先の角へ。全力で建物の陰に隠れてみる。
「……どこに行った?」
「見失ったの?」
「くっ、私の探知にも……いや、向こうだ!」
わざと居場所を明らかにして、追跡させる。
「いました、先輩」
「ああ、どうやら大通りの方に向かっているようだな」
「……なるべく見失わないように注意してくれ。翁は私の探知を妨害する能力、またはそういう特性を持っている可能性がある」
気づかれたか……だったらもう隠す必要もないか。
先ほどと同じ、全力で隠れた後に居場所を明らかにする行動を繰り返しながら、大通りへ出る。
そうしていると、向こうも当然のように気づく。
「……これは、おかしいな」
「ですよね……何度も見失ってるのに、そのたびに場所が分かって、また追跡できるって……」
「……追跡がバレているな」
ここで初めて視線を彼らへ。そして声には出さないが……
“やれやれ、ようやく気づいたのか”
そんな雰囲気を出してみる。
「くっ! 間違いない、やはり奴はこちらに気づいている!」
「ってか、すっごい馬鹿にされた気がする!」
「……いつからかは知らんが、どうやら俺たちはおちょくられていたようだなッ!」
演技や歌で磨かれた“表現力”と“伝達力”により、雰囲気に込めた意味が十全に伝わったらしい。
俺は隠れていた路地から激昂状態で飛び出してきた3人を
後ろから何か聞こえるが、気にしない。
……
…………
………………
翌日
12月14日(日)
午前
~秀尽学園・体育館~
「おはようございます!」
今日は日曜。中高生のアイドルたちも集まりやすい、貴重なドラマの撮影日。
の、はずなんだけれど……待合室代わりの体育館には、なんだか重苦しい空気が充満している。
「葉隠君、おはよー……」
「おはようございます」
「ども……」
共演者のアイドル全員。さらにスタッフの人たちまで、負の感情のオーラを纏っていた。
緊張ならまだ良いほうで、中には強い怒りや不快感を抱いている人もいる。
一体、何が?
「葉隠様、久慈川様が」
付き添いの近藤さんに言われて、久慈川さんと井上マネージャーに気づく。
しかし、この2人も他と同じ暗い顔、というか疲れた顔。
「おはよう先輩……」
「おはよう。さっそくだけど、何があった?」
「それは……ちょっとこっちに」
手招きをして、耳を貸せと。大声ではしづらい話か。
「だいぶ前に電話で、現場の愚痴をこぼしたの、覚えてる?」
久慈川さんとはなんだかんだで会うことも多いし、色々と話している。だけど電話で愚痴となると……
「もしかして、学園祭が終わったあたりの話か? 確か、久慈川さんがアフタースクールコーチングに出演して、その時のスタジオ収録に佐竹の両親が来たとか……まさか」
「そのまさか。今回はお母さんだけだけどね。なんていうか、刺々しくはないんだけど……私達には息子をよろしく、でも息子の邪魔にならないように、みたいな感じ。あと自慢話も長いし。
さっきまで光明院君とか磯ッチさんとかもいたけど、絡まれて嫌になったのか何処か行っちゃった。そういえば偉い人の他に、先輩と近藤さんを探してたみたい」
「俺達を?」
「うん。今日は収録だから、来るはずよね? って。まだ来てないと分かったら、偉い人への挨拶に行っちゃったけど」
「佐竹の母親は確か──」
名前は佐竹志乃。女優業を中心に活動している方で、昼ドラやサスペンスによく出演している。その他、情報番組のコメンテーターにCMなども多数……年齢はうちの両親よりも一回り近く上だけど、女優、芸能人ということで外見にはそれなり以上に注意しているんだろう。美魔女とか、美熟女として名高かったりもする。
「私が聞いた話では、非常に顔の広い方だそうですね」
「近藤さんの仰る通り、芸能界だけでなく他の業界にも影響力を持っている方です。過去には彼女に睨まれたアイドルが、コスメのCMの主役に決まっていたのに、直前で突然降ろされるなんてこともあったそうで……みんな戦々恐々としているんです」
井上さんは周囲に聞こえないよう気にしながらも、具体的な例を出して教えてくれた。
だがそんな話をしていると、噂をすれば影というやつだろうか? 周辺把握で佐竹とそれらしい人物が近づいてくるのを感知。
急いで話を止めるよう全員に合図して、表面上は何もなかったように取り繕い、久慈川さんと井上さんは立ち去った……その直後。
「失礼。……あら?」
「お母、!!」
「まぁまぁ! そちらにいらっしゃるのは葉隠君ではなくて?」
入ってくるとほぼ同時に、目ざとく俺たちの姿を捉えた佐竹母。
「初めまして。佐竹健治の母の、佐竹志乃です。会えて嬉しいわ。そちらは近藤さんね」
皆の雰囲気が悪いので、俺も嫌味の1つでも言われるのかと思えば……出てきた声はやたら好意的。しかもオーラを見ても敵意は感じられない。後ろにいる息子とは対照的に、本気で喜んでいる感じだ。
そしてそんな好意的な態度に驚いているのか、周囲がざわめく。
とりあえず礼節をもって対応するが……
「活躍は聞いているわ。でもテレビのお仕事って、生活リズムが不規則になりがちでしょう? 体は大丈夫?」
「はい。ありがたいことに、近藤さんやスタッフの皆さんがサポートをしてくださっていますし、撮影現場の皆さんにも、特に体調には配慮してくれるので」
「それはよかったわ。何事も体が資本だものね」
続けて今度は俺をべた褒めし始めた……これは逆にやりづらい……ってか、佐竹(息子)の機嫌がどんどん悪くなっているのだが。
また、しばらくしてべた褒めが終わったかと思えば、今度は自分の息子の自慢話が始まる。これがまた驚くほどのマシンガントーク……流石は芸能界の大ベテランということだろうか?
「でね。息子はダンスもお勉強もよくできて、ああ! そうだわ、葉隠君もそうよね」
「恐縮です」
「葉隠君がよければだけど、うちの息子と仲良くしてちょうだい。きっとお互いに良い刺激になると思うの」
「……お母様、撮影の準備もあるので」
佐竹(息子)は自分と仲良く、のあたりでとうとう我慢できなくなったらしい。身に纏うオーラは黒々として、さらにドロドロと粘着質。まるで原油のようなそれを、天井に届くかというほどに増大させて。しかし母親には従順なのか、作った笑顔を顔に貼り付けて話を遮った。
「あら! そうだったわね。それに、なんだか私ばかり喋ってしまったわ。いきなりごめんなさいね」
「いえいえ。お話できて光栄です」
「……僕はちょっとトイレへ。失礼します」
佐竹は足早に控え室を出て行く。
……あのオーラ……俺の何がそこまで気に入らないのか知らないが、先日の元対戦相手に憑いていた霊から感じたものに似ている。
先日、久慈川さんと話していて、もしかしてとは思ったけど……
「あの子ったら、我慢でもしてたのかしら? ごめんなさいね」
「お母様の前で緊張しているのでは?」
「ああ、近藤さんの言う通りかもしれませんね。授業参観みたいに」
「あら、そうかしら」
「……そうだ。話が変わりますが、彼は勉強はどうしてるんでしょう? 実は最近、そちらの方が負担になってきていて」
「まぁ、そうなの? それなら“愛と叡智の会”ってご存知?」
! いきなり、堂々とその名前が出てくるか。
「学習塾を経営されている団体だそうですね」
「本来の活動は“より良い教育”とは何か研究することで、学習塾経営はその一環だそうだけど……でもそのおかげで、とっても良い先生が大勢所属していらしてね。うちの子の家庭教師もお願いしてるの。おかげでうちの子もいつもテストは学年1位なんですのよ。
もし必要なら紹介もするけど……せっかくだし、よかったら一度健治ちゃんと一緒にお勉強してみたらいかがかしら? 家庭教師の先生もよければと仰っていたし」
「家庭教師の先生が、ですか?」
「ええ、競い合える相手がいるのは良いことだって。同じグループの光明院君の名前も出ていたかしら?」
「そうなんですか……」
偶然ではないだろう。もう少し探りを──
と思ったその時、
「ん?」
突然、周囲が若干暗くなる。
「あら、電気が切れかけているのかしら?」
明かりが気になったんだろう、佐竹(母)の言葉を聴いて、視線を上へ。
そこには不規則に点滅する照明と、天井にへばりつく霊。
「!!」
霊の口元が禍々しく弧を描くさまに悪寒を感じ、脳内へ警戒音が鳴り響く。
「危ないッ!!」
「キャッ!?」
反射的に佐竹(母)を抱えてその場から飛び退けば、まさに間一髪。
それまで俺たちが居た位置に、照明の破片と大量のガラス片が降り注いだ──