朝食後
~ホテルの部屋~
あと8時間もすれば、試合会場に入り、準備や軽いインタビューを受けることになる。
今日までのことを思い返して、瞑想し、時間つぶしも兼ねてあるモノを作ることにした。
……
…………
………………
昼前
部屋で休んでいると、扉がノックされた。
近藤さんなので迎え入れ、用件を聞くと、
「昼食の誘い?」
「はい、Bunny'sの木島様、光明院様、磯野様。タクラプロの井上様と久慈川様の5名が、近くで収録をしていたようで。せっかくですから葉隠様も一緒にどうかと。どうしましょうか」
「ちょうどお腹も空いてましたし、それは普通に嬉しいですが……なんで近くにいるって分かったんでしょう」
まさか久慈川さんの能力で?
「いえ、久慈川様の能力ではなく、今朝、ここの食堂で“エリー・オールポートと葉隠様を見た”と言う情報がSNSで拡散されているようですね。試合会場はしばらく前から公開されていますし、近くにいるのではないかと」
「そうでしたか」
SP連れた外国人がいたら何者かと思うよな……
「わかりました、とりあえず連絡を取って、合流しましょう」
そして30分後。
「お待たせしました」
高級焼肉店の個室で、彼らと合流することに成功。
「オッス! 虎。先に頂いてるぜ」
「元気そうだな」
「今日が試合なんだ、当たり前だろ。磯ッチも光明院も、元気そうで何よりだ。木島さんもお久しぶり……というほどでもないですかね? なんだかすごく久しぶりな気がしますが」
「ははは、お互いに忙しいからね」
「ちょっと先輩! 私たちもいるのを忘れないでよ。それからハイ、これメニュー」
「別に忘れてないって。でも2人にはついこの前も会ったし、Bunny'sの3人とは──」
そこで気づいた。
「……中止になった撮影以来か」
『……』
一瞬、変な空気になるが、ここで無理に話を変えるとずっと変な空気になりそうだ。
「そういえば、佐竹君の容態はどうなんですか? 気になっているので、差し支えなければ」
ここは逆に踏み込んでみた。
すると木島プロデューサーが“こちらからも相談したいことがあったから”、と口を開く。
「彼の容態については、正直なところ、よくわからない。命に別状はないけれど、面会謝絶だと会社の上から言われている。ただ、お母様から直接連絡を頂いた時の話では、意識は戻っていて、会話も普通にできる状態らしい」
「マジっすか!? プロデューサー」
どうやら磯ッチや光明院君も初めて聞いたようだ。
「ああ……」
だが、木島プロデューサーの答えは歯切れが悪い。
「何か、あったんですね」
「実はそうなんだ。佐竹君のお母様から、 彼の今後についてのお話があってね……今は体調不良によるやむを得ない休業状態ということになっている。けど、彼はこのままだと今のグループからの脱退、もしかするとそのまま引退ということにもなるかもしれない」
『!!』
状況は深刻そうだ……
「どういうことなんですかプロデューサー!」
「光明院君、落ち着いて」
……とりあえず肉の注文をして、食べながらじっくり話を聞こう。
ワンクッション入れて、少し冷静になってもらい、届いた肉を焼きながら話を聞く。
「で、どうしてそういう話になったんですか? 会社からの指示で?」
「それが違うんだ。お母様からの話だと、佐竹君は体よりも精神的に参ってしまってるそうでね。体調が回復しても、これまでのように仕事ができるかは分からないと。それに、彼の素行についても少々気になることがあったらしい。もしかすると葉隠くんなら知ってるかもしれないけど──」
木島プロデューサーの口から出てきたのは、いつぞやの襲撃を隠れて撮影しようとしていたフリーカメラマンの名前だった。
「そいつは業界ではそれなりに有名な男なんだ。もちろん悪い意味で。彼のご両親も被害にあったことがあるらしくて、昔受け取った名刺を渡してこいつには注意しろ! と言い聞かせていたそうだ。
でも彼が倒れた後、その男が突然お母様のところに来て、彼のことを聞いたそうなんだ。その時に“佐竹君の方から連絡があった”とも言ったらしく……病院で問いただしたら知らないと言ったけど、様子がおかしかったからおそらく事実だろうと。
他にも、他のメンバーや他所のアイドルを蹴落としたり、有力な新人を潰すような行為をしていた可能性が出てきていてね……」
話を聞いて、ふと近藤さんの方を見ると、あちらも同じことを考えたようだ。
「実を言うと、それらしき妨害行為を俺は前々から受けていました」
「!」
「先ほど名前が出たフリーカメラマンも、不良グループに依頼をして俺を襲わせて物理的に潰すか、捏造したスクープ写真で社会的に潰そうとしていたようです」
「秘密裏に我々の調査チームが調べたところ、そのカメラマンは何者かから突然電話で連絡を受け、対価として金銭を受け取っていたことが明らかになっています。そうですか……彼とそのカメラマンは、お母様を介して繋がっていたのですね」
俺と近藤さんの話を聞いた木島プロデューサーは、ガックリと肩を落とす。
「お2人はそこまで知って……本当なんですね」
「な、なぁ、近藤さんの口ぶりだと、佐竹が犯人ってことも分かってたのか? 虎?」
「少し前までは、あくまでも候補者の1人だったけどね。実はその襲撃って一度じゃなくて、何度もあったし。見ず知らずの人にそこまで恨まれる覚えはないし、だとしたら知ってる人かな? って考えたら、俺が知る限り一番俺を嫌ってるのがあいつだったんだよ」
「そうか、そういやあいつ、いつも虎のことを目の敵にしてたっけ……」
プロデューサーに続いて、磯っちも肩を落とした。
「……」
そして光明院君は黙っているがオーラを見ると……いや、見なくても怒っているのが明らかだった。
空気が重苦しい……
「だーっ! もう! 今日はそんな話をしにきたんじゃないでしょ!」
「! 確かにその通りですね。この話はやめましょうか」
「俺も変な話を始めてすみません」
「まったく先輩ったらもー。そんなんで試合、大丈夫なの?」
「そこは大丈夫だとも!」
むしろさっきの話題で軽く戦闘モードに入っていた気がするが……言わないでおこう。
「そんじゃ改めて、って! 虎はいつの間にそんな食ってんだよ!?」
「いつの間にって、話してる間に」
「相変わらずすごいね、葉隠君。僕、見てたけど話しながらもどんどんお肉焼いて食べてたよ」
「2つくらいなら同時進行しても問題ないですから」
それからも話は話、焼肉は焼肉でしっかり楽しんだ!
そして最後に、
「それじゃあね! 先輩、試合頑張って!」
「残念だけど、僕らはクリスマス特番の収録があってね」
「直接は見に行けないが、画面越しに応援しているよ」
「……お前はお前の仕事、きっちりキメてこい」
「光もこう言ってるし、勝って来いよ! 虎!」
アイドルとマネージャーの5人からも、応援してもらった!
……
…………
………………
夕方
~後楽園ホール・控え室~
久慈川さんたちと別れた俺と近藤さんは、試合会場である後楽園ホールに現場入り。
そして各種新聞やニュース、そしてアフタースクールコーチングのスタッフさんから取材を受け、さらに入場のリハーサルなど、時間をかけて準備を整えた。
あとは試合の時間を待つのみ……残された時間は2時間もない。
そんな時だった。控え室の扉が控えめにノックされたのは。
「どうぞ」
扉が開き、入ってきたのは天田とMr.コールドマン。そして江戸川先生だ。
「調子はどうかね?」
「万全です」
「それは良かった」
Mr.コールドマンはそれだけ言うと、いつもより深い笑顔を見せる。
「あの、先輩」
「ああ、天田。どうした?」
「えっと、僕、関係者席から見てますから! 頑張ってください!」
「もちろんだ」
鍛えられた“伝達力”により、その一言で天田には伝わったようだ。
「……そうですよね。ここまでやってきて、いまさら頑張らないなんて選択肢、ないですよね。……実は先輩のご両親とジョナサンも来ていて、さっきまで一緒に見ようって話をしてたんです」
「なるほど。で、3人は?」
「それが、僕と同じように先輩に会いに行かないか、ってMr.コールドマンに誘われたのに、龍斗さんが断っちゃって。“話すことなんてねぇよ”って」
「親父らしいな」
容易に想像できてしまい、笑いがこみ上げてくる。
「で、その後は母さんが親父についていって、ジョナサンはウィリアムさんの方か?」
「完全に当たってます。本当に、話す必要なかったんですね」
「まあ、付き合いは長いからな……ああ、でも天田が来てくれて都合が良かった。渡したいものがあったんだ」
持ち込んだ荷物の中から、ごく一般的なクリアケースを取り出した。
中身は普通のプリンターで印刷した紙を束ねた、厚めのレポートのようなもの。
手渡された天田はケースの表裏を眺めて不思議そうな顔をしている。
「空けて中身を手に持ってみろ」
「こうですか? ……!!」
どうやら理解できたようだ。そしてそれは成功の証。
「“体術の心得”。これって、スキルカードなんですか!?」
「カードというほどコンパクトじゃないし、色々と条件もあるから“スキルブック”ってとこかな。魔術によってスキルカードの機能を再現することに成功したのさ」
「ヒヒッ! それはそれは、どうやったのかが気になりますねぇ」
静かだった江戸川先生が、ぐっと前に出てくる。
だが、話を聞きたいのは天田もMr.コールドマンも同じようだ。
「ポイントは“記憶転移”です。偶然の事故のようなものでしたが、他人の記憶が混ざり込んできた経験が役に立ちました。あと、愛と叡智の会の人工霊も」
「ああ、あの熊がいたトンネルで無茶な悪霊退治をした副作用だという……」
「ヒヒヒ、毒と薬は表裏一体。副作用も使い方しだいですか」
「シャドウ召喚の際に特定のスキルを覚えさせる感覚とか、色々合わせて考えたら、感情によって生じるエネルギーである“MAG”に記憶・経験を込めて他者へ移す“記憶転移の魔術”が実現できました。
今回それに込めたのは“体術の心得”。記憶転移の魔術もそうですが、これまで学んだことの集大成。試合に向けての復習がそのまま役に立ちました」
「それは分かりましたけど、僕が貰っていいんですか?」
天田は俺とスキルブックへ、交互に視線を送りながら聞いてきた。
「遠慮せずに貰ってくれ。こういう形ではなかったかもしれないけど、元々戦い方を教えるって約束――契約だったろう? 来年まで時間もないし、何よりもこれは天田に受け取ってもらいたいんだ」
「僕に?」
「うん、まぁ、なんだ。この一週間、調整のためにこれまでのことを思い返してたら、天田だけじゃなくて、皆にも色々と言いたいことが浮かんできたんだけど……長くなりそうだから、とりあえず受け取ってくれ」
「とりあえずって」
「いいじゃないか」
納得できない様子の天田の肩に、コールドマン氏がそっと手を載せた。
天田はそんな彼の顔をしばらく見ていたが、
「わかりました。僕も強くはなりたいですし、早速使いますよ」
「使ってくれ」
あきらめた様に、天田は目をつぶる。
するとスキルブックに込められた魔力が天田の体へ流れるのを感じた。
「どうだ?」
「変な感じです。頭の中に、知識が流れ込んできたみたいな……ネメシスのスキルにも体術の心得が増えてます」
「成功だな。あとは訓練で体に馴染ませていけばいいだろう」
「試合の後には、色々話してもらいますからね」
「……話すよ、この試合に勝ってからな」
そう約束した、直後だった。
「では、我々は観戦席へ向かうとしよう」
コールドマン氏は天田によびかけ、部屋を出て行こうとする。
そして扉を閉める前に、
「タイガー、君は変わったね。いや、成長したというべきか。特にこの一週間で。私は試合がさらに楽しみになったよ」
そう言い残し、控え室の扉は閉じられた。
残されたのは、俺と江戸川先生。
「まったくあの人は、どこまで分かってるのかね」
「ヒッヒッヒ……“男子、三日会わざれば刮目して見よ”とも言いますが、よく見れば分かるものですよ。それよりも体をほぐしておきましょう」
江戸川先生は今日もセコンド兼ドクターとしてついてもらう。
そんな先生の勧めで、ストレッチとマッサージを行うことにした。
影虎は“スキルブック”の作成に成功した
天田がスキルブックを使用した!
影虎の知識と経験を受け継ぎ、“体術の心得”を習得した!
これにより、次回は天田が試合の解説役っぽくなります。